2017/04/18

造幣局通り抜け

週末、大阪に出かける用事があり、ついでに造幣局の桜の通り抜けを見てきた。前に見たのはもう何年前か思い出せないぐらいだが、満開の八重桜はさすがに見応えがあった。

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しかし、あまりの人出の多さに疲れてしまった。前がつかえて思うように歩けないストレスだろうか。やはり、誰もいない道を走って通り抜けるのが一番だ。

というわけで(笑)、今日から東海道街道走り第4弾に出かけるので、次回更新までしばらくお待ちを。

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2016/11/25

大分旅行(観光篇)

廃線ランの翌日はマイカーで九重、湯布院、別府と回った。幸い、この日は快晴に恵まれた。まずは九重“夢”大吊橋を渡った。平成18年にオープンしたもので、高さ173メートルは歩道専用として日本一だという。

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橋の上から九酔渓を望む。息を呑む絶景に違いないが、真下を覗き込むと息が止まる。(苦笑)

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橋のたもとの遊歩道から震動の滝(雄滝)を望む。落差83メートル。日本の滝百選にも選ばれ、水量の多い時期は周囲を揺るがすほどの轟音で流れ落ちることが名前の由来とか。

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大分県道11号、通称やまなみハイウェイを通り、最高地点(1333メートル)の牧の戸峠まで行ってみた。間近には三俣山が、

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遥か遠方には阿蘇連山が望める。

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ここで折り返し、一路湯布院に向かう。途中、蛇越展望台から由布岳と湯布院の街並みが一望できる。

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湯布院は10年ほど前、別府大分マラソンのついでに一度訪れたことがある。当時よりいっそう観光地化していて、中国、韓国の旅行者が湯の坪街道を賑やかに闊歩するなど、すっかり様変わりしている。

前回は行きそびれた金鱗湖まで歩いてみた。

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湖底から湧き出した水が大分川として流れ出ている。川面に映った逆さ紅葉が美しい。

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土産物を見繕い、カフェで一休みしてから、再び県道11号で別府市内へ移動。帰りのフェリーに乗るまでの間に温泉に浸かることにする。今回は車があるので、中心街から離れた鉄輪(かんなわ)温泉のひょうたん温泉をチョイス。

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名物瀧湯など各種の風呂にゆっくり浸かって旅の疲れを癒した後、別府観光港に移動してフェリーさんふらわあに乗船。懐かしいCMソングが流れて出航する頃には、もうすっかり日が暮れていた。

11月24日 ジョグ10キロ

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2016/07/16

北海道の旅 後篇

知床半島に入って最初の名所オシンコシンの滝。水量が豊富で迫力がある。さすがは北海道、日本離れしていて、2年前の北欧旅行で見たノルウェーのツヴィンデの滝を思い出した。

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しかし、残念ながらこの日は天気が悪く、知床半島の奥へ行くほど霧が濃くなってきた。知床五湖を巡る散策を楽しむ予定だったが、高架木道の展望台でもこの有様だ。

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おかげで少し時間が出来たので、少し足を延ばしてカムイワッカ湯の滝を見に行くことにした。途中から未舗装の悪路となり、レンタカーの日産ノートを4WDモードに切り替える。野生のエゾシカと遭遇したが、人や車を見慣れているのか逃げようともしない。

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「湯の滝」の名のとおり、30度ぐらいの温泉が流れ落ちていて、湯気が立ち籠めている。もう少し上流まで行けば、滝壺が天然の露天風呂になっているそうだ。

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4日目は朝一番に知床峠までのドライブ。前日同様、濃い霧が立ち籠めているが、経験上、峠の向こう側は晴れている可能性がある。峠の頂上まで行っても相変わらず何も見えない状態だったが、羅臼側にものの2、3分も降りていくと急に視界が開け、雄大な風景が姿を現した。

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はるか遠方に国後島を望む。

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余談になるが、知床と言えば必ず出てくる森繁久彌「知床旅情」に、「遥か国後に白夜は明ける」とある。しかし、知床半島は北極圏ではないので白夜はあり得ないし、そもそも白夜は終日昼なので「明ける」ことはない。更に言えば、白夜はもともと「はくや」と読んでいたものが、森繁氏がこの歌で「びゃくや」としたために、それが一般に流布したそうだ。

再びウトロまで戻り、おーろら号で海上からの知床観光を楽しんだ。

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波や流氷に浸食されて出来た「クンネポール」(アイヌ語で「黒い穴」の意)。フィンガルの洞窟もこんな感じなのだろうか。メンデルスゾーンではないので、メロディも何も浮かんで来ないが。(苦笑)

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カムイワッカの滝。先ほどの「湯の滝」の下流に当たる。

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これで知床観光はおしまい。女満別空港に向かう途中、斜里町の外れにある名所「天に続く道」の眺望ポイントに立ち寄る。18キロもあるという長い長い直線道路が地の果てまで続いているように見える。北海道ならではの風景だ。

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帰って来た「内地」はそれほどの暑さではなかったが、あの爽やかな空気を丸ごと持って帰りたかった。

7月15日 ジョグ10キロ

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2016/07/13

北海道の旅 前篇

3泊4日で北海道旅行に行って来た。起点はかつてサロマ湖ウルトラマラソンで何度か利用した女満別空港。今回、ANAのマイレージ有効期間が切れそうになり、それを消化する目的もあったのだが、あいにく大阪からの直行便はなく、わざわざ中部国際空港まで移動してのフライトとなった。

空港近くの「メルヘンの丘」。以前から有名だったはずだが見過ごしていた。実は、今回の旅行は当初自分ひとりで行くつもりだったのが、家内も一緒に行くことになり、さらに娘までわざわざ休暇を取って同行することになった。立ち寄り先や行程がその影響を受けているのだ。(笑)

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網走市内に向けてレンタカーを走らせていると、国道の路側を相当なスピードで走るランナー集団を何組か目撃した。市内に入る頃になって、ホクレン・ディスタンスチャレンジ第3戦が網走市内で行なわれることを知った。どうりで網走市内のホテルが取りにくかった訳だわ。

我々が泊まったルートインホテルにも実業団の選手やスタッフが多数投宿していて、朝食会場では旭化成の宗猛総監督、カネボウの高岡寿成監督らと隣のテーブルになった。さすがに声を掛ける勇気はなかったが、文字通り「同じ釜の飯を食った」間柄となったわけだ。(笑)

さて、初日は夕方の到着だったので、能取岬1周のドライブをしただけで終わった。岬に向かって伸びる道路がオホーツク海にダイブしているように錯覚する。ここでロケを行った映画も何本かあるそうだ。

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2日目はワッカ原生花園に出かけた。ウルトラマラソンでは80キロ以降の最もキツイ箇所に当たり、とても花を眺めたりする余裕がなかったが、今回はレンタサイクルでのんびりと見物できた。

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ハマナス

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エゾスカシユリ

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昼食は常呂町内の「しゃべりたい」というユニークな名前のカフェで、名物ホタテのフライが載ったカレーをいただいた。

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この後、自分は今回の旅行の主たる目的の行程に移るが、それについては稿を改める。その間家内たちは別行動で網走監獄、流氷館などを訪れたそうだ。

3日目の午前中は網走湖畔のシマリス公園を訪れた。自分ひとりだったらまず来なかっただろうが(笑)、人馴れしたリスが手に乗ってエサを食べる様子は愛らしく、心が癒される。

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この後、知床に向かって移動する途中、斜里町の麺通館(「メンズクラブ」と読ませる。この辺りは変わった名前の店が多いのか)のカニ塩ラーメンで昼食。

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後篇に続く。

7月10日 LSD31キロ
7月13日 ジョグ10キロ

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2015/11/02

下津井から高松へ

廃線ラン終点の下津井から、現在は鉄道会社ではなくなった下津井電鉄が運行する下電バスに乗って児島駅前に戻った。ちょうど日没の時間帯で、途中の鷲羽山展望台の停留所では、夕景を見に来たと思しき人が乗り降りしていた。こちらは移動中のバスの車窓から眺めるだけだったが、瀬戸大橋の向こうに沈みゆく夕陽は美しかった。「日本の夕陽百選」とかいうものに選ばれているそうだ。

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翌日は瀬戸大橋線で一旦茶屋町まで戻ってから、宇野線に乗り換えて宇野を目指す。子供の頃、両親の実家のある香川まで行くのに何度も通った路線だが、沿線風景には全く記憶がない。現宇野駅は平成6年に新築、移転したもので、以前の駅とは場所も異なっている。

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海の近くまで行ってみると、かつての宇高連絡船の宇野港岸壁の痕跡が保存されていた。奥の空き地がかつての宇野駅のスペースだったのだろう。

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宇野から四国フェリーで高松へ向かう。瀬戸大橋が開通して27年経つが、今でもトラックや乗用車の利用が結構ある。観光バスも1台乗っていた。船内で100V電源が使えたのは意外だった。それだけスマホが普及したということか。

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高松港に着いて、高速バスの発車時間までの間に、家内の希望で近くの高松城を見物。天守閣跡が復元されている。

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「うどん県」に来た以上、これは欠かせない。ただ、あまりに有名になったせいか、お味の方は今ひとつだった。

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10月31日 ジョグ10キロ
月間走行  277キロ

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2014/12/04

タイム・トラベル

親類の葬儀のため1泊2日で高松に行ってきた。高速道路網の整備で随分早く行けるようになったが、たとえ時間的な距離は短縮されても、何年も会っていなかった人々と再会し、別の時間・空間の中で暮らしている親類たちと過ごしたひと時は、さながらタイム・トラベルのようだった。

それはさておき、昨日の午前中時間が空いたので、泊めてもらった母の実家近くにある由良山(標高120.3M)に登ってみた。遠方からの山全体の写真を撮り忘れてしまったが、皇居にも使用されたという良質な石材が採掘された山で、そのため山頂付近から半分ほどえぐり取られたような特異な形状をしている。採掘場跡は断崖絶壁と池になっている。

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山頂からの風景。正面に屋根の形をした「屋島」が見える。

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山頂付近には防空壕の跡がある。山に登ってここまで辿り着くのは大変だったろう。

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麓の神社参道脇に古い道標を発見。「當山四國道」とあるが意味はよく分からない。お遍路と何か関係があるのだろうか。左側面に「安政五年戊午十一月三日建之」の銘がある。幼少時から何度も来ている場所であるが、当然これまでその存在に全く気づいていなかった。

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12月1~3日 休養
12月4日    ジョグ10キロ

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2014/06/14

尾鷲1泊旅行

北欧から帰って間もないが、今度は超近場(笑)の三重県尾鷲に、家内と1泊旅行に出かけた。とはいえ尾鷲は初めてで随分遠方に感じていたが、うちから車で実走4時間弱と意外に近かった。予定よりかなり早く着いたので、旅館近くの熊野古道を少し散歩した。石に苔むした古道は用心しないと足を滑らせる。

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宿泊した旅館はクエ料理が名物で、クエコースと会席を1人前ずつ注文した。前菜も盛りだくさん。

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旅館は鄙びた漁村の中にあり、当然ながら刺身は新鮮そのものだ。

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お待ちかねのクエ。皮が固いため鍋は30分煮込むが、それでも身は崩れずに「みっしり」と引き締まっている。

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クエの唐揚げ。まさに「心を揺さぶられる」美味さだった。

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濃厚なのに後がしつこくない雑炊を仕上げに頂いて、すっかり満腹した。

翌日は向井黒の浜というところで潮干狩り。実はこれが今回の旅行の主たる目的だ(笑)。昨年の不漁のリベンジというわけである。干潮時刻の約2時間半前、午前9時頃現地に到着すると、早くも2組の先客が準備をしていた。

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現地の様子。写真の左側に中部電力の火力発電所があり、その燃料受入設備が海に向かって伸びている。右奥に見えるのは弁財島という小島で、干潮時には陸から歩いて行くことが出来るそうだ。

海に向かって三角形の砂州が張り出している部分が潮干狩り場となる。野球の内野グラウンドぐらいの広さしかなく、大型連休などは大混雑するのだろう。砂州と言ったけれども、大きいものは拳大の石がゴロゴロし、小さいものは何故かアサリ貝の模様に似た石が多くて、貝を掘り当てる作業はラクではない。

それでも、正午過ぎまでの約3時間、2人で格闘した結果、やや小粒だったものの、クーラーボックスの底が見えなくなるほどの成果があった。駐車場の管理をしていた地元の人も驚いておられた。帰ってから量ってみたら1キロ強あった。

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潮と汗でベタベタになったので、近くの「夢古道の湯」でサッパリし、遅い昼食を摂って帰路に就いた。これで昨年のリベンジは果たした。さて、お次はどこに行こうか。(笑)

6月11~13日 休養

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2014/06/10

北欧旅行記 フィンランドその2(完)

早朝ランニング観光のもうひとつの目的は、このお方に表敬訪問することだった。

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フィンランドが生んだ不世出の中長距離ランナー、パーヴォ・ヌルミのブロンズ像である。ヌルミは1920年アントワープ、1924年パリ、1928年アムステルダムのオリンピック3大会で、合計9個の金メダルを獲得した。背景のスタジアムで開催された1952年ヘルシンキ大会では最終聖火ランナーを務めた国民的英雄に敬意を表してきた。

さて、ヘルシンキで個人的に見ておきたかった場所は、昨夜と今朝で全て見終えた。その他の名所は、午前中のツアー市内観光でカバーする。まずはマーケット広場。ここは海産物ではなく、新鮮な果物や工芸品、衣料品などが多かった。

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ウスペンスキー寺院。北欧最大のロシア正教会だそうだ。フィンランドは1917年までロシアに支配されており、独立して100年近い今でも因縁浅からぬ関係にあるのだろう。

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ヘルシンキ大聖堂。その足元は元老院広場という広大な広場となっている。ここで自由時間となり、希望者は大聖堂の中を案内するということだったが、全員土産物の購入に余念がなかったようだ。

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かく言う我々も、マリメッコやムーミンの店に直行し、昼食も摂らずに土産物を買い求めた。(苦笑)

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これで北欧4か国歴訪の旅を終え、ヘルシンキから関空への直行便で帰国の途に就いた。移動に次ぐ移動で慌ただしい旅だったが、もし今度来る機会があったら、1つの国や都市にじっくり滞在してみたいと思う。もちろん、アルコールは日本から持参して。(笑)

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2014/06/09

北欧旅行記 フィンランドその1

27日夕刻にヘルシンキに到着。市内のホテルで「チョイスメニュー」の夕食を提供された。名物のミートボールかサーモンを選べるというので前者を選択した。これまでの夕食はサンドイッチ2回、バイキング2回、和風弁当1回だったので、初めてまともな夕食にありつけた感がある。

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「ミートボール」というには大ぶりで、「ハンバーグ」と言った方がピンとくる。味の方はそれほど大ざっぱではなく、付け合せの何とかいうベリー類(聞いたが忘れた)とピクルスの酸味が、肉の濃厚な味を中和する良いコンビネーションだった。

港の傍のホテルに入るともう21時半頃だったが、小雨降る中を腹ごなしの散歩に出かけた。お目当てはここである。

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映画『かもめ食堂』で、小林聡美演じる主人公サチエが経営する日本料理店「かもめ食堂」としてロケが行われた場所で、現在も Kahvila Suomi というレストランとして営業している。営業時間を終えていたので、映画に出てくるアル中おばさんのように、遠慮なく外から中を覗かせてもらった。キッチンの配置や什器は映画とは異なっていたが、小ぢんまりした店内の印象はそのままだ。

これは翌日、市内中心部のマーケット広場で見かけたカモメ。映画の冒頭では太ったカモメが登場するが、この子は普通の体格だ。よく見ると足輪があるのは、誰かが管理しているのだろうか。

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翌朝は早起きして、この旅行中唯一のランニングに出かけた。目的地が市内中心部から適当に離れていて、一緒に行った家内には興味のない場所だったので、早朝のランニング観光で済ませれば一石二鳥なのだ。気温5~6度。絶好の朝ラン日和だ。

ホテルの前を通る Mechelininkatu という大通りを真直ぐ北上するだけなので、道に迷う心配はない。途中から道路の真ん中に未舗装の遊歩道が現れた。もしかすると鉄道の廃線跡かもしれない。

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歩道はこんな感じ。北欧は自転車先進国で(というか、日本が後進国すぎる)、歩行者と自転車の通行帯が明確に区分されている。歩行者が自転車通行帯を横切る際には十分注意する必要があり、自転車と接触すれば歩行者側の責任になるそうだ。

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最初の目的地はここ。フィンランドの大作曲家の名前を冠したシベリウス公園である。公園内にはパイプオルガンのようなモニュメント(左)と、彼の彫像(右)が置かれている。

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彫像のアップ。デスマスクみたいで、厳つい面相がちょっとコワい。

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公園の西側は海である。気持ちのいい場所だが、早朝からジョギングする人は少なかった。

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次の目的地に向かう途中、トラム(路面電車)の車庫があった。

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ランニングで事が足りたためトラムに乗る機会はなかったが、運賃は1回3ユーロ(約420円)もするそうだ。

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その2に続く。

6月8日 LSD34キロ
6月9日 休養

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2014/06/07

北欧旅行記 スウェーデン

ストックホルム郊外のホテルで早速、コペンハーゲンで調達した缶ビールを冷やそうと思ったら、何と部屋に冷蔵庫がない。廊下に出ても製氷機は見当たらない。結局、レストランのスタッフに掛けあうことになったが、グラス2杯分を貰うのが精一杯だった。何とか冷やすことが出来たものの、ビール1本飲むのに何でこんなに苦労しなければならないんだ!

さて、翌27日は午前中ストックホルム市内を観光して、午後には早くも最後の訪問国フィンランドに移動する。ツアー後半はかなり駆け足のスケジュールなのだ。コペンハーゲンは初夏の陽気だったのに、ストックホルムでは一転して冬に逆戻りしたような肌寒さだった。

まず訪れたのがストックホルム市庁舎。ノーベル賞の祝賀晩餐会が行われる大広間「ブルーホール」の風景。奥の大理石の階段を受賞者たちが下りてくるそうで、その傍らにオーケストラが生演奏するスペースが設けられている。

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晩餐会に引き続き行われる舞踏会の会場となる2階「黄金の間」。金箔を張り巡らせた豪華絢爛な内装に息を呑んだ。

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続いて、王宮のある旧市街ガムラ・スタンに移動。大広場に面してノーベル博物館がある。

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入館料は1人100クローネ(約1800円)もするが、そこは現地ガイドさんの「顔」でパスして(笑)、ショップだけ立ち入らせてもらうことで話がついた。もちろん、目的はコレである。

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ノーベルの肖像入りチョコレート。祝賀晩餐会でコーヒーと一緒に出されるのと同じものだそうで、受賞者自身もお土産に買い求めるらしい。10枚入りが120クローネ。1枚200円以上する勘定だ。これでまともに入館料まで払っていたら倍近くになる。一体どんだけボッタクるねん!

気を取り直して、旧市街の街並みを散策。とある教会の裏庭に「アイアン・ボーイ」と呼ばれる小さな像があり、観光客の人気を集めている。寒い季節には誰かに帽子をかぶせてもらっている時もあるそうだ。

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旧市街の街並み。元々中庭に当たる部分にまで家を建てていったため、通りは狭くて入り組んでいるという説明だった。

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壁の間がわずか約90センチしかないところも。人間も一方通行状態だ。(笑)

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昼食はミケランジェロというイタリアンで。ちゃんとレストランで落ち着いて食べるのは、この旅行で初めてのような気がする。午後には早くもストックホルムを後にし、空路ヘルシンキに移動した。

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6月7日 休養

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