2017/12/12

架空の名演

モーツァルトの交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」。あだ名の由来は、もともとハフナー家のために書かれたセレナードを編曲し、交響曲に仕立て直したことによる。

先月末から、NHK-FMでこの曲を立て続けに3回聴く機会があった。11月29日のクラシック・カフェ、12月3日の名演奏ライブラリー、同8日のオペラ・ファンタスティカで、演奏はそれぞれムーティ指揮ウィーンフィル、テイト指揮イギリス室内管、ベーム指揮ロンドン響(ザルツブルク音楽祭ライヴ)である。

それぞれ特徴ある演奏で、同じ曲でもだいぶ違って聞こえるのが面白かったが、自分にとってのこの曲の最高の演奏は、実は空想上のものである。もう30年以上も前の話になるが(その頃はまだタバコを吸っていた)、飛行機に乗っていて実に不思議な体験をした。ちょっと気恥ずかしい部分もあるが、ある所にそれを書いたものを抄録してみる。

…離陸したYS11がどんよりとした雨雲を突き破るようにぐんぐん上昇するにつれて、鉛色の東京湾が次第に雲に隠れていく。禁煙のサインが消え、タバコに火を点け、目を閉じる。飛行機の旅で一番好きな瞬間である。瞼の裏が急に明るくなって、とても眩しい。目を開けると、窓の外には真綿のような雲海が果てしなく広がり、陽光に輝いている。この世のものとも思えぬその眺めに見惚れているうち、心と体に纏わりついていた疲れが解き放たれ、不審議な安堵感に満たされる。再び目を閉じる。
 その瞬間である。何の脈絡もなく、モーツァルトのハフナー・シンフォニーの第1楽章 Allegro con spirito が頭の中に響き始めた。それも信じ難いぐらいの完璧なテンポとハーモニーをもって…。冒頭主題の2オクターブにわたる力強い跳躍はまさに魂(spirito)の躍動そのもの。それに対置されたメロディは、対照的に柔和な表情をみせ、それでいて一分の隙もない緊密な音楽。剛と柔の絶妙のバランスの上に立った、奔放自在のようでいて、古典の様式から些かも逸脱しない展開。いくら言葉を尽くしても空しくなるばかりである。この美しさはもはや人間の仕業ではない、と思い始めた時、涙が頬を伝って落ちた。
 冒頭主題が一層の雄々しさで再現され、音楽は終結へ向けて急激にエネルギーを蓄えながら高揚していく。ヴァイオリンが人間ばなれした軽やかさで跳びはねる。その圧倒的な美の前に、もはやそうすることでしか感動を処理することができないかのように、涙は滂沱として流れ続ける。…

文字どおり、「架空」の名演だった。この時のような体験は、それまでもそれ以降もないし、「ハフナー」の、否、モーツァルトの楽曲のそれ以上の演奏にはまだ出会っていない。

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2017/11/13

吉井瑞穂、N響に客演

昨日放映されたNHKクラシック音楽館はN響第1868回定期で、曲目はブラームスの交響曲第3番と第2番、指揮はクリストフ・エッシェンバッハ、コンサートマスターは篠崎史紀である。ただ、オーボエのトップはいつもの青山聖樹や茂木大輔ではなく、長い茶髪を後ろにまとめた若い女性が吹いている。

見覚えのある顔だと思ったらやはりそうで、マーラー室内管弦楽団(MCO)の首席、吉井瑞穂その人だった。N響でトップを張れる女性奏者と言えば、私の知る範囲ではこの人しかいない。N響がついにスカウトしたのかと思いきや、実は青山、茂木両氏は事情があって出演出来ず、偶然日本にいた吉井に客演の要請があったようである。

思えば、2006年のMCOの京都公演(メインは同じブラームスの第2番!)で初めてこの人の演奏に接して大変驚いたものだが、もうあれから11年になるのだ。2014年にはベルゲン国際フェスティバルのMCO演奏会でも実演に接した。既にベルリン・フィルやバイエルン放送響ほかドイツの主要オケに客演するなど、確実にキャリアを重ねてきたようだ。

演奏はお見事の一語に尽きる。N響との共演はおそらく初めてと思うが、元々オケの一員であったかのように、全く違和感なく溶け込んだ上で、ちゃんと彼女自身の表現が出来ている。およそプロ奏者であれば、初顔合わせでも破綻のないアンサンブルは出来るだろうが、彼女の場合はそんな次元ではなく、音楽的にもっと高度なレベルでそれを成し遂げている。N響メンバーも今回の共演が楽しかったに違いない。終演後には楽員からもひと際大きな拍手を受けていた。

既に結婚していて、お子さんもいるらしい。「欧州~鎌倉を行ったり来たり」の生活には苦労もあるだろうが、今後ますますの活躍を期待したい。

11月13日 ジョグ10キロ

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2017/08/20

リパッティのショパン・ピアノ協奏曲第1番

Archipel先日、リパッティが弾いたグリークとシューマンのピアノ協奏曲に改めて感銘を受けたと書いたが、その後、ショパンの協奏曲第1番のCDを入手、これまた素晴らしい演奏に驚いている。1950年2月7日の録音というから、彼が亡くなる約10か月前にあたるが、そんなことは微塵も感じさせない。

モノラルで、しかも演奏会のライヴ録音ということで、フォルティシモの迫力はさすがに伝わらないが、ピアノからピアニシモにかけての千変万化のニュアンスは十分聴きとることが出来る。とりわけ第2楽章のこれほど美しい演奏は初めて聴いた気がする。

ところで、このCDは Archipel という聴き慣れないドイツのレーベルである。実は、以前イギリスEMIから同曲のLPが発売されていたが、これが実はチェルニー=ステファンスカという女流ピアニストの演奏だったことが後に判明。その後、リパッティ本人の演奏によるディスクがEMIから再発売されたものの、音源に不備があり、欠落部分に他のピアニストの演奏を嵌め込んだという。

このCDは別の音源で欠落部分を補って作られたものだそうで、当時の録音としては十分鑑賞に堪える。共演のオットー・アッカーマンという指揮者は名前も知らなかったが、リパッティの天才的なフレージングによく合わせている。ドイツ人のような名前だが、ルーマニアの出身らしく、リパッティとの相性も良かったのだろう。チューリヒ・トーンハレ管弦楽団もなかなかの演奏水準を示している。

カップリング曲はグリュミオー(Vn)、プリムローズ(Va)と組んだモーツァルトの協奏交響曲K.364(オケはケルン放送響)。アッカーマンのCDという位置づけのはずだが、どういう訳かジャケット写真はグリュミオーである。

8月18、20日 ジョグ10キロ

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2017/08/02

ディヌ・リパッティ再発見

Lipattiルーマニア出身、33歳で夭折した不世出のピアニスト、ディヌ・リパッティのことは、以前に少し書いた。彼は1917年生まれだから、今年が生誕100周年ということになる。それに因んだものであろう。先月、NHK-FMの「名演奏ライブラリー」では彼の特集があり、またラジオ第1放送の「ラジオ文芸館」では、彼を題材とした恩田陸「二人でお茶を」が朗読された。

それに触発された格好で、手元に1枚だけある彼のCD、グリークとシューマンのピアノ協奏曲を改めて聴いてみた。オケはフィルハーモニア管。指揮は前者がアルチェオ・ガリエラ、後者が若き日のカラヤンである。それぞれ1947年、48年収録の古いモノラル録音で、特にグリークは原盤由来のノイズが混じるなど、今日的感覚では鑑賞に堪えない音質である。それでも…

前に聴いたとき、どうして分からなかったのかというぐらい完璧な演奏である。しかし、それは例えば、速くて難しい音符を完全に弾きこなす(それだけでも大変なことだが)という意味ではない。どんな小さなパッセージでも、そのテンポや強弱の変化、タッチ、僅かなルバートに至るまで、十分に考え抜かれ、これ以上はないだろうという表現を、寸分の狂いもなく次々と音にしていくのである。もはや、生身の人間がやっていることとは思えないほどだ。

コルトーに促されてパリで勉強したリパッティについて、デュカスは「彼に教えることは何もない」と言い、プーランクは「聖なる精神性をもつ芸術家」と形容したという。EMIの名プロデューサー、ウォルター・レッグは、CDのライナーノーツにも引用された追悼文の中で、「彼が弾いたあらゆる音符は、それ自体の生命をもっていた。彼はあらゆるフレーズと、あらゆるフレーズにおけるあらゆる音符に、“性格”を与えることを力説した」「リパッティのように弾くためには、神の選ばれた楽器にならなくてはならない」と述べている。

今日の医療技術をもってしても、彼の病気を完治することは無理だったかもしれないが、少なくとももう少し長くキャリアを続けられた可能性はあるだろう。彼の霊魂が日本の音大生の体を借りて、神がかり的な演奏を繰り広げるという恩田氏の作品にふれ、改めて彼の早過ぎる逝去が惜しまれてならない。

8月1日 ジョグ10キロ

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2017/06/27

ブルックナー・エキスプレスウェイ

前回の記事でブルックナーの交響曲第7番が登場した。それで思い出したのだが、以前ニューヨークシティマラソンを走った際、ブルックナー・エキスプレスウェイ(以下「BE」という。)なる高速道路があることが分かった。その詳細が新たに判明したので追記しておく。

1.BEは0号線から9号線まであり、いずれも長大な延長距離を有する。最も長い8号線は、起点から終点まで通常約1時間20分を要する。そのため、「BEは道路界のウワバミ」と揶揄されることがある。

2.なお、9号線は第3工区まで完成したところで、設計者の死去により工事が中止。最終第4工区の概略設計図は残されているが、現状でも道路としての完成度は8号線までに勝るとも劣らないとされる。

3.各道路は完成直後からルート改変が相次いでいる。そのため、オリジナル・ルート以外にも、改変責任者の名前を冠した「ハース・ルート」や「ノヴァーク・ルート」など各種のルートが存在し、時代に応じて人気のルートが変わることもあって、非常に複雑な様相を呈している。

4.各道路の起点付近では濃い霧が発生することが多く、信号が見づらい場合もあることから注意が必要である。

5.レーン間にある白線は通常は等間隔であるが、BEの場合、同じ長さを2等分、3等分した白線が交互に続く箇所があるので、惑わされないようにする必要がある。

6.高速道路であるにもかかわらず、何もない場所に突如として「全車両一旦停止」の標識があり、数秒間の停止を余儀なくされる。その設置理由は現在もよく分かっていない。

7.路肩には起点からの距離以外にも、何かの数をカウントしたものと思しき数字標識が数多く設置されている。これについても設置理由はよく分からない。

8.なお、さらに詳しいことについては、日本の高名な道路評論家である金子某氏の著書『こだわり派のための徹底分析 ブルックナー・エキスプレスウェイ』を参照のこと。

6月26日 ジョグ10キロ

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2016/08/15

ショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲全集

Fitzwilliam_3交響曲全曲に続いて、彼の創作のもうひとつの重要な柱である弦楽四重奏曲全曲を聴いた。演奏はフィッツウィリアム弦楽四重奏団。作曲者が死去した1975年から77年にかけて録音されたもので、これもCD6枚で3千円というお値段に惹かれた。(笑)

彼の交響曲第1番が作品10、最後の第15番が作品141であるのに対し、弦楽四重奏曲は第1番が作品49、最後の第15番が作品144であり、後者は作曲者の中期から後期に当たる時期に作曲されているのが特徴である。

CDのランナーノーツを書いた Alan George 氏によれば、このうち第11番までの11曲が中期、第12番以降の4曲が後期と、明確に2つのグループに分かれるとしている。しかし、第11番から第14番の4曲が、彼のほとんどの弦楽四重奏曲を初演したベートーヴェン弦楽四重奏団の各奏者に献呈されていることから、第11番以降の5曲とそれより前の楽曲で分けるのが自然という気がする。

そうした分析はともかく、交響曲の記事でも書いたような彼の音楽の特徴が、弦楽器4本というミニマルな編成によって、より明瞭に聴き取れるように感じられた。管弦楽法にも優れていた彼の交響曲に聴く多様な音色の変化を取り除いた、彼の音楽の言わば骨格というか本質的部分がそこにあるように思える。

交響曲同様、当時のソ連社会の状況を反映した悲惨、苦難、葛藤と、それに対する人間の戦いを描くかのような緊張感に溢れる一方、晩年には「人の生と死」といった哲学的領域にまで踏み込むなど、全15曲はそれぞれ限りない多様性を見せている。

ただし、晩年の作品で12音技法への接近が見られるものの、弦楽四重奏という伝統的様式の範囲をほとんど逸脱することなく書かれているのは驚嘆に値する。主題の提示があって、それが様々に展開された後、主題を再現して終わるというソナタ形式の基本の上に、フーガやパッサカリア、レチタティーヴォといった古典的技法まで含んでいる。先の Alan George 氏はこう書いている。

ベートーヴェンやバルトークとは違って、彼(ショスタコーヴィチ)が弦楽四重奏という媒体について、その既に存在する限界を超えた用法を試みなかったことに留意すべきである。実際、彼はそれを次第に精製し昇華させつつも、それをあるがままに受け入れたのである。この点で、彼が弦楽四重奏という技法を発展させたとはほとんど考えられない。しかし、彼がその表現領域を拡大させたか否かは、それとは全く別問題なのである。(まこてぃん訳)

8月14日 ジョグ10キロ

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2016/07/22

『ショスタコーヴィチの証言』

Testimonyソロモン・ヴォルコフ編。1986年初版の中公文庫。現在は絶版となっている。アマゾンの紹介文。

レーニン賞など数々の栄誉に輝く世界的作曲家が、死後国外での発表を条件に、スターリン政治に翻弄された芸術家たちのしたたかな抵抗と過酷な状況を語る。晩年に音楽学者ヴォルコフが聞き書きして編んだ、真摯な回想録。(引用終わり)

スターリンを頂点とするソ連の政治体制への痛烈な批判を含む内容だけに、ソ連本国での出版は絶望的で、記録者のヴォルコフはショスタコーヴィチから、自分の死後にソ連国外で発表することを委託された。ショスタコーヴィチが死んだ翌年の1976年、ヴォルコフはアメリカに亡命、1979年に本書が英語で出版された。

当然ながらソ連当局は本書を「偽書」扱いして、ショスタコーヴィチの真意を伝えていないと反駁し、本書の真贋を巡る論争が繰り広げられたが、「訳者あとがき」によれば、本書のロシア語タイプ原稿には、各章ごとにショスタコーヴィチの署名があるそうだ。

スターリンが行なった恐怖政治の実態について、これほど生々しく「証言」した書物は、おそらく他にあるまいと思われる。たとえば、ある夜ラジオ放送でモーツァルトのピアノ協奏曲を聴いたスターリンがそのレコードを欲したため、それが生演奏だったにもかかわらず「無い」とは答えられず、急遽楽員が集められて一夜のうちに録音が行なわれた。指揮者は恐怖のあまり思考が麻痺してしまって自宅に帰され、結局3人目の指揮者でどうにか最後まで録音できた。こうして、世界にたった1枚だけのレコードが作られた。文句なしに記録(レコード)、追従の記録であった。

そんな状況の中、ショスタコーヴィチの音楽は「形式主義的」だとされ、『プラウダ』紙上で厳しい批判を受けたが、その批判について「内省」した後は、「社会主義リアリズム」に沿って体制を賛美した内容とされる作品を生み続け、多数の称号や賞を受けて不動の地位を確立した。しかし、それは表面的なことで、真意は別のところにあったのだ。

例えば第7交響曲について、彼はこのように述べている。

戦争は多くの新しい悲しみと多くの新しい破壊をもたらしたが、それでも、戦前の恐怖にみちた歳月をわたしは忘れることができない。このようなことが、第四番にはじまり、第七番と第八番を含むわたしのすべての交響曲の主題であった。
結局、第七番が《レニングラード交響曲》と呼ばれるのにわたしは反対しないが、それは包囲下のレニングラードではなくて、スターリンが破壊し、ヒトラーがとどめの一撃を加えたレニングラードのことを主題にしていたのである。(318-319頁)

第7交響曲のいわゆる「戦争の主題」の軽薄な感じに違和感をもっていたが、「訳者あとがき」に紹介された柴田南雄氏の指摘によれば、これはレハールの「メリー・ウィドウ」からの引用であって、そこには「彼女たち(酒場の女たち)は親愛なる祖国を忘れさせてくれるのさ!」という、とんでもなく危険な言葉が隠されていたのだ。これを読んではじめて「そうだったのか」と合点がいった。

これ以外にも、ショスタコーヴィチの作品にはこのような仕掛けが随所に施されているようだ。一例を挙げると、第5交響曲終楽章コーダの「ソドレミ」というトランペットの輝かしいファンファーレは、実は「カルメン」の引用で、その歌詞は何と「信用しちゃだめよ!」なのだ。

スターリンには音楽を理解する能力がなく、その取り巻きもまた同様だから、こんな仕掛けには気がつくまいと考えたのだろうが、万が一にも当局に嗅ぎつけられていたら、彼はどうなっていたか分からない。粛清、自殺、亡命…。どんなこともあり得た時代だったのだ。

そんな危険を冒してまで、彼が文字通り命がけで音楽の中に埋め込んだメッセージを踏まえてこそ、ショスタコーヴィチの音楽の真価が理解できるのだろう。20世紀という人類史上特異な時代をしたたかに生き延び、その確たる証を五線紙に遺した作曲家。それがショスタコーヴィチなのである。

7月21日 ジョグ10キロ

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2016/05/19

『拍手のルール』

Applause副題「秘伝クラシック鑑賞術」。「もぎぎ」こと茂木大輔著。アマゾンの紹介文。

クラシックの敷居は高い? ほかのお客さんは音楽がすごく解っているようだが? 正しい拍手のしかた、指揮者によって何が違う? 楽譜が読めないと音楽は解らないのか? など…。知りたかった疑問にお答えまします。(引用終わり)

ご存じ、N響首席オーボエ奏者にして、「のだめカンタービレ」の音楽監修を担当するなど、クラシック音楽の普及にも力を入れる茂木氏によるクラシック入門書である。ユーモアを交えた、軽妙で肩の凝らない文章ながら、書かれていることはかなり本格的である。

年季だけは入ったクラシックファンである自分としては今更の感もあるが、「フライング拍手」について書かれた部分に興味を抱いた。是正される兆しもないではないが、本当に何とかならないものか。それは演奏者側にとっても同じのようだ。

演奏者にとっても、1時間をこえるような大作交響曲を準備し、集中し、必死で演奏し、ついに最後の美しい瞬間に到達したその達成感、満足感は、この数人、一人の行為でみごとに破壊されてしまう。(112頁)

では、それをやめさせる手立てはないものか。もぎぎ先生が提唱するのは、次のような対策である。演奏会鑑賞免許制度、喝采安全信号機、指揮者の聴衆管理、場内アナウンス。実現性や効果はともかくとして、演奏家にそんなことまで考えさせるほどの迷惑行為ということだ。

ところで、フライング拍手に要注意の楽曲リストも添えられていて、その中で、ドヴォルザークの交響曲第8番ト長調の最後の1小節が、GP(ゲネラルパウゼ=全楽器休止)となっているとの指摘があった。知らなかったなあ。当時もフライング拍手する聴衆がいて、ドヴォルザークは業を煮やしていたとか。まさかね。

5月17日 LSD40キロ
5月19日 ジョグ10キロ

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2016/05/13

ショスタコーヴィチ交響曲全集

Shostakovich_3だいぶ以前に、自分の音楽理解がようやく20世紀に入ったというを書いた。その後、さしたる進展はないけれど、最近ショスタコーヴィチの交響曲全集、CD11枚組を衝動買いした。ハイティンク指揮、コンセルトヘボウ管およびロイヤルフィル。1枚500円しないという値段に惹かれた。(笑)

何も知らずにただ聴いたのでは理解しづらい複雑な構成に加え、作曲者を取りまく時代背景や社会情勢と切り離せない作品ばかりで、音楽之友社刊『作曲家別名曲解説ライブラリー』を片手に、第1番から第15番まで順に聴いていった。

これまでよく聴いた第5番以外で特に印象に残ったのは、第1、第9、第10、第15番といった辺りだが、第4、第8番もまた聴いてみたいと思った。半音階を多用し調性と無調のはざまを行き来する独特のメロディライン、執拗に反復される同じリズム、多彩な打楽器の活用など、全ての曲に共通するいくつかの特徴は、一種の「ショスタコ節」と言えるかもしれない。

音友の解説本で諸井誠氏が書いているように、全体としてマーラーから強い影響を受けたことは明らかである。ただ、その活動の場がウィーンから遠く離れたソヴィエトだったことは、運命の皮肉というほかない。終始ソ連政府の統制を受け、公開の場で自作が討議されるなどという、芸術家にとってはタマラン状況にも耐えつつ、しぶとく生き抜いたショスタコはただの天才作曲家ではない。

さて、交響曲と並んで、彼の創作の大きな柱である弦楽四重奏曲も、近いうちに聴いてみようと思っている。きっと、そのうち耳に「タコ」が出来るに違いない。(笑)

5月12日 ジョグ10キロ

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2016/03/17

やれば出来るじゃない

去る13日にEテレ「クラシック音楽館」で放送された、スクロヴァチェフスキ指揮読売日本交響楽団のブルックナー交響曲第8番を視聴した。今年1月21日、東京芸術劇場で行なわれた特別演奏会である。演奏は大変立派なものだったが、今回書きたいのはそのことではない。

楽曲が終わったときの聴衆の反応である。以前にも書いたように、我が国のコンサートでよく見られる、残響が消えるまで待たずに飛び出す野蛮な「ブラボー」と拍手を苦々しく思っていたのだが、今回に限ってはそれがなく、指揮者がタクトを下ろすまでの数秒間、沈黙が保たれていた。やれば出来るじゃない。

思うに、あの「フライング・ブラボー」は、歌舞伎の「成駒屋!」といった掛け声と同じようなものなのかもしれない。曲が終わるや否や、間髪入れずに「ブラボー」と叫ぶのが、クラシックの「ツウ」だと勘違いしているのではないか。

楽団側もパンフレットに「拍手は指揮者がタクトを下ろしてからお願いします」などと注意書きを入れるようになったが、その成果がようやく現れてきたのかもしれない。ただ、今度はタクトを下ろした瞬間に、何人もの「ブラボー」が同時に飛び出す。「ツウ」の人たちが今か今かとタクトを必死で見つめているのが想像できて可笑しくなってしまう。本当は夢から醒めたみたいにパラパラと拍手が起こって、次第に大きな歓声に包まれるというのが良いのだが。

それでも、フライングされるよりはマシだ。日本人の中でも特に同調圧力が強いと思われる東京圏の人々の間に、この習慣が根付くのも案外あっという間かもしれない。

3月16日 LSD40キロ

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