2019/02/17

複数の作曲家の楽曲がカップリングされたCD

約30年ぶりにスピーカーを買い替え、アンプのメンテをしたことで音楽再生のクオリティが格段に向上し、手持ちのCDを聴き直す機会が増えている。通常は作曲家名アルファベット順、楽曲ジャンルごとに並べている中から探し出すのだが、それが簡単にいかない場合がある。

それがタイトルにあるようなCDである(何かひと言で表せる業界用語があるのかもしれないが)。クラシックのCDでは珍しくなく、例えばメンデルスゾーンとチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲がカップリングされ、俗に「メンチャイ」と称されるものとか、グリークとシューマンのピアノ協奏曲がカップリングされたCDは数多い。

そういう典型的な組み合わせならまだしも、時には想像もつかないようなカップリングのCDもあって、年々記憶力が低下している自分にはとても覚えきれない。手持ちの全てのCDのリストでも作れば良いのだろうが、そこまで手間をかけるのも面倒だ。

ということで実行したのが、当該CDのジャケットもしくは楽曲リストをコピーしてソフトケースに収め、CD本体とコピーに分けて、それぞれの作曲家の場所に収納しておくという方法である。探してみてコピーだった場合は、カップリングされた作曲家のところに本体があるというわけだ。

該当するCDは全部で50点弱にもなり、「こんな曲のCD、持ってたんや」という意外な発見もあった(笑)。今後、全部を聴くかどうかは分からないが、聴きたくなったときには辿り着け、手持ちのものを無駄にしない仕組みは出来たわけだ。ある意味、「断捨離の逆バージョン」と言えるかもしれない。

2月15日 ジョグ10キロ
2月17日 LSD20キロ

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2019/01/27

異次元の再生音

アンプの修理が終わって、心おきなく音楽を聴けるようになったが、どうもこれまでとは次元の異なる再生音であるという気がしている。RUBICON6の真価がようやく発揮されてきたということだろう。もちろんエージングの効果もあるだろうが、アンプの不具合が解消したことが大きいと思われる。

言葉にするのは難しいけれども、音がひと塊りとなって聴こえるのではなく、それぞれの楽器の音が見通し良く、きちんと判別できるというのだろうか。それにより、内声部を含めた楽曲の構造がまさに浮き彫りとなり、奥行きを伴って立体的に目の前に広がるのだ。

突飛な譬えだが、ちょっと前に流行ったステレオグラムが初めて「見えた」ときの驚きに似ている。普通に見れば平面に印刷された幾何学模様でしかないのに、突然奥行きが生まれ、立体的な図形が透明な水の中に浮かび上がるように見える、あの瞬間の驚きである。

2つのスピーカーから出る音というより、3次元の立体空間そのものが音場として鳴っているかのようである。目を閉じれば本当にそこでオーケストラが演奏しているような錯覚すら覚える。ダリ社が言うところの「スピーカーはその存在を消し」というのは、まさにこういう音を言うのだろう。

ステレオグラムが立体的に見えるのは、両目から入る視覚情報が脳の中でいわば編集されることによるらしい。してみると、2つのスピーカーという点から出る音が、立体空間が鳴っているように感じるのも、両耳から入る音声情報を脳が編集しているためだろうか。大変興味深いことである。

1月25日 ジョグ10キロ
1月27日 LSD40キロ

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2019/01/24

アンプが復活!

最近スピーカーを買い替えたばかりなのに、今度はプリメインアンプにトラブルが発生した。アキュフェーズのE-405という機種で、前のスピーカーと同じく平成の初めに購入したものである。もう30年近く使い続けているが、以前から左スピーカーの音声が途切れたり、カリカリといったノイズが発生することがあり、また、ノイズはなく正常に再生できているようでも、左右の音の定位感が曖昧なように感じられる場合があった。

試みにメインボリュームを左右に何度か回すと大抵ノイズが治まるので、ボリューム内部の接点にゴミでも付着したのかもしれない。いずれ修理か買い替えを迫られるだろうなと思っていたが、最近になってノイズの発生頻度が高まり、折角スピーカーを買い替えたばかりというのに音楽に集中できなくなったので、思い切ってメーカーに修理を依頼することにした。

点検の結果、原因はボリュームではなく、出力リレーという部品の接触不良が原因と判明した。幸いにも部品の在庫があったので交換することが出来た。それ以外はピークメーターのランプが劣化していたため交換したぐらいで、使用状態は全体に良好のようである。ボリューム、スイッチ類の接点もクリーニングしてもらい、30年選手もすっかり若返ったことだろう。

再生してみると、当然のことながらノイズは皆無となり、定位感の曖昧さが一掃されて個々の音像がビシッと決まる。それにより、残響も含めた音場全体の立体感が鮮やかで、音楽により深く没入することができるようになった。

買い替えの10分の1くらいの費用で済んだので、費用対効果は抜群である。あとは同じ時期に買ったソニーのCDプレーヤーが長持ちしてくれることを祈るばかりだ。まさか「30年タイマー」なんて仕込んでないよね。(苦笑)

1月23日 ジョグ10キロ

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2019/01/06

『玉木宏 音楽サスペンス紀行▽ショスタコーヴィチ 死の街を照らした交響曲第7番』

2日、NHKBSプレミアムで放映された標記番組を録画視聴した。NHK公式サイトの紹介文。

第二次世界大戦のさなか、ドイツ軍に包囲され過酷な状況にあったレニングラードで、ある演奏会が行われた。ショスタコーヴィチが故郷・レニングラードにささげた「交響曲第7番」。飢えや寒さと闘いながら、人々はどのようにして“奇跡のコンサート”を実現したのか? 一方、作品の楽譜は密かにマイクロフィルムにおさめられ、遠路アメリカまで運ばれた。ソビエトとアメリカの大国同士が音楽で手を結んだ、驚くべき政治的背景とは?(引用終わり)

作品の成立過程から各地での初演、内容の解釈や評価に至るまで、異例づくめで謎だらけのこの大作について、当時の世界情勢や政治的背景にまで踏み込んで取材したドキュメンタリーである。1941年9月の作曲者自身による有名なラジオ放送の実際の音源を聴くことも出来た。

ただ、全体的にはこの第7番がファシズムに対する抵抗の象徴として、ソ連のみならずアメリカでも政治利用されたという文脈だけで纏められている点がやや物足りなかった。もちろん、「第7番は、ファシズムはもちろん、私たち自身の社会システム、すなわち全体主義体制、全てを描いている」という、作曲者自身の注目すべき発言も紹介されているけれども、それ以上の掘り下げはない。例の戦争の主題がレハールの引用と思われることなど、音楽的な内容についての解説も欲しかったところだ。

それはともかく、駅伝とウィーンフィル以外およそ観たい番組がない正月のテレビにあって、今年は唯一この番組だけは大変見応えがあった。進行の玉木宏も終始沈痛な表情で冷静に語っていて好感がもてた。どこかで突如千秋真一に扮して指揮を始めないか心配していたが、さすがにそれはなかった。(笑)

1月5日 ジョグ10キロ

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2018/11/30

不要なLPを処分

断捨離第3弾として、不要なLPを処分することにした。いろんな理由により同じ音源のCDを入手したLPが少なからずあり、もう聴く機会はないものと判断した。今日、大阪に出かけたついでに梅田の某中古レコード店に立ち寄り、計25枚を売却してきた。

実は3月にもCDを数点売却していて、予想より良い値段がついていたのだが、さすがにLPは古いものが多く、ほとんどタダ同然というものも多かった。それでも、誰かにまた聴かれる機会が訪れれば浮かばれるというものだ。

それにしても、25枚のLPの重かったこと! 「断捨離して身軽になる」というのを、身をもって実感した。(苦笑)

11月29日 ジョグ10キロ
月間走行  166キロ

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2018/11/24

バイワイヤリングに変更

暫定的にシングルワイヤリング接続していたRUBICON6を、早速バイワイヤリング接続に変更することにした。

RUBICON6は高音域、低音域それぞれの接続端子を備えていて、本来は2本(4芯)のケーブルでアンプと接続するように設計されているが、簡便法でケーブル1本(2芯)でも接続できるように、ジャンパープレートが用意されている。当初はその方式で接続していた。1本のケーブルで上の高音域用端子に接続し、そこからジャンパープレートで下の低音域用端子にも信号が行くというわけだ。

Ts3r0002

しかし、この方式だと低音域で発生した逆起電力というものが悪さをして、高音域の再生に歪を生じさせるため、2本のケーブルで別々に接続することでその悪影響を軽減しようというのがバイワイヤリング接続だ。

しかし、これはスピーカー側で分岐するか、アンプ側で分岐するかの違いでしかないとも言え、ただの迷信だとして退ける説もあるけれど、いずれにせよ本来の設計どおり2本のケーブルで別々に接続した方が望ましいのは確かだろう。

今回、4芯の導体を持ち、バイワイヤリングが1本で出来るZONOTONE社のケーブルを購入。1本で2本分とは言え、1m当たり3千円以上する。太い銅線の束と悪戦苦闘しながらようやく接続を完了。見えにくいが、低音域用端子には赤と黒の芯線が接続されている。当然、ジャンパープレートは取り外す。

Ts3r0010

ケーブルにもエージングが必要という説もあるが、とりあえず試聴してみると、既にハッキリと音の違いを実感している。高音域の伸び、透明感が向上すると同時に、音の見通しが更に良くなり、これまで一つの塊りで聴こえていた音がきちんと分離して聴こえる。特に、メロディの蔭に埋もれがちな、第2ヴァイオリンやヴィオラといった内声部の動きが聴き取れることで、音楽の構造がより明確に把握できる。

改めて、CDにはこれだけの情報量が刻み込まれていたのかと驚くと同時に、これまでの再生音は何だったのかという思いを禁じ得ない。大袈裟に言えば、家にある全てのディスクを聴き直してみたい衝動に駆られている。オーディオの世界の奥深さを改めて感じた次第だが、しかしそれ以上に欲を出すと無間地獄に陥りそうで怖くもある。

11月22、24日 ジョグ10キロ

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2018/11/21

終のスピーカー

長年愛聴してきたインフィニティのスピーカーから異音が発生するようになり、実に28年ぶりにスピーカーを買い替えた。事前にネットでいろいろリサーチして、イギリスのB&WかデンマークのDALIが良さそうだったので、この2社に絞り込んだうえで、大阪日本橋の某オーディオ専門店で試聴させてもらった。

当初はB&Wの702S2というモデルが有力とみていた。実際に聴いてみて、そのスッキリとして見通しの良い音は、さすがに世界中のスタジオで活躍するモニタースピーカーを作っているメーカーだけのことはあると感じた。

Rubicon6しかし、次に聴いたDALIのRUBICON6というモデルは、その上にプラスアルファというのか、音楽の香りや余韻のようなものまで感じられた。単に音をチェックするだけならB&Wの方が性能が上だけれど、家で音楽を楽しむのにはこちらの方が良いのではと、一目ならぬ一聴惚れ(?)で購入を決めた。28年前のインフィニティの時もそうだった。オーディオは迷い始めたらキリがないのだ。

現在、ホワイトノイズとピンクノイズを交互に流してエージングを行っているところだが、合間に音楽を再生してみると、その再生音の素晴らしさを早くも実感する。音がスピーカーという「点」から、あるいは左右のスピーカーを結ぶ「線」から出ているのではなく、リスナーの向こうにある「面」から、いやむしろリスニングルームの一部が3次元の「立体」として鳴っているという感じなのである。

DALIのカタログには、「リスナーの前からスピーカーはその存在を消し」という言葉が出てくるが、確かにそれが決して大袈裟な宣伝文句ではなく、メーカーが目指した再生機器の理想像が実際に音となって実現しているのが分かる。

当初は床を傷めないようスパイク受けを使用していたが、トゥイーターの位置が耳より若干低かったこともあって、厚さ60ミリのコンクリート板を敷き、その上に直接スパイクを乗せるようにしたら、一段と音の解像度が上がった。また、今のところケーブルはシングルでジャンパープレートを経由しているが、近いうちにバイワイヤ接続にすることを検討している。

ところで、DALIとはスペインが生んだシュルレアリスムの巨匠からとったのかと思っていたがそうではなく、Danish Audiophile Loudspeaker Industries の略だった。RUBICONはもちろん、カエサルが「賽は投げられた」と言って渡ったルビコン川に由来する。メーカーの不退転の決意を示したものだそうだ。

こちらだって、購入を決断する時はそれぐらいの覚悟だったのだからね(笑)。先代と同じように30年近く愛聴すれば、自分は90歳近くになる計算だ。故障さえなければ、これが多分、終(つい)のスピーカーとなるだろう。

11月20日 ジョグ10キロ

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2018/11/14

ドホナーニのベートーヴェン交響曲全集

80756_4以前にNHK-FMで第8番の演奏を聴いて興味を抱いた、ドホナーニ指揮によるベートーヴェンの交響曲。遠路はるばるロンドンから全集盤を入手し、通して聴いてみた。テラークの再発売廉価盤で、2枚組×3セット、EVERYBODY'S BEETHOVEN というタイトルが付されている。

管弦楽はクリーヴランド管弦楽団。第9の合唱は同合唱団(指揮ロバート・ペイジ)、独唱者はキャロル・ヴァネス(S)、ジャニス・テイラー(Ms)、ジークフリート・ジェルサレム(T)およびロバート・ロイド(B)である。1983年から1988年にかけて、クリーヴランド管弦楽団の新旧の本拠、セヴェランスホールおよびマソニック・オーディトリアムで収録されている。

演奏は基本的に速めのテンポで、前へ前へと力強い推進力をもって進行し、剛毅にして快活な、とても男性的な演奏と言って良かろう。それは、一般的には優美とされる偶数番の交響曲でも同様で、とりわけ第4番のこれほど力感に溢れた演奏はあまり経験がない。「2人の巨人に挟まれたギリシャの乙女」というシューマンの形容が的外れにすら思えるほどだ。

ただし、第6番「田園」だけは、そういった表現がそぐわず、特に第1楽章は最後までどこか落ち着きがない。田舎に着いた安らぎどころか、もう都会に帰りたいと言っているかのようだ(笑)。第2楽章以下はサラリとした味わいでそれなりに聴かせるだけに惜しい。

それ以外はどれも素晴らしい。とりわけ第1番や第2番といった初期の交響曲にも、後期のそれに劣らぬ深みとスケールが感じられ、なかなかの名盤であると思う。ブラームスの交響曲全集もそうだが、アメリカの楽団というだけであまり顧みられることがないのは残念だ。

テラークによる優秀な録音も魅力だ。比較的各楽器に近い位置で録っていると思われるが、その明瞭な音が全体として見事に調和しているところが素晴らしい。第8番第2楽章の例のバスの音型も、テラークでなければ十分聴き取れなかったのではないか。

ところで、その第8番のような「意外な発見」も期待しながら聴いたが、わずかに1つだけ、これまで知らなかった(気付かなかった)箇所を発見した。第5番第1楽章の473~475小節にかけてのホルンである。倍の四分音符ではあるが、見事に「運命の動機」になっていて、ドホナーニ盤ではこれが強調されて浮かび上がっている。

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421~423小節にも同じような音型があるが、こちらはやや控えめで、最初は気がつかなかった。

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例によって手持ちの他のLP、CDをチェックしてみたが、何とセル指揮クリーヴランド管の1963年の録音が、比較的明瞭にこれらの音型が分かる。これまでは漫然と聴き流していたのだ。またチコちゃんに叱られる(笑)。そう言えば、セルの全集でも「田園」だけは何度聴いてもピンと来ないが、クリーヴランドの伝統なのか、それともドホナーニがセルの影響を受けたのだろうか。

11月12、14日 ジョグ10キロ

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2018/09/28

NHK「おはよう関西」オープニング曲

NHK大阪放送局が平日朝に放送している「おはよう関西」という番組がある。7時45分から8時までで、つまり連続テレビ小説(いわゆる朝ドラ)の前番組だ。そのオープニングとエンディングに、ヴァイオリンとギターを中心とした軽快な音楽が流れる。

てっきりNHKのオリジナルと思い込んでいたのだが、ある時たまたまMBS毎日放送のラジオを聴いていたら、「市川紗椰のKYOTO NOTE」という番組のオープニングで、同じ曲が流れてきたので驚いた。

まさかMBSが他局の音楽を勝手にパクるとは思えず、そうするとこれはNHKオリジナルではなく、どこかのアーティストが作った同じ音楽を、たぶん偶然に両放送局が使用しているのだろう。

そう思って両番組の公式サイトなどを覗いてみたが、オープニング曲に関する情報は全く見当たらない。ちょっと手間がかかったが、ネットでいろいろと検索してみて、ようやく該当の情報に辿りついた。

ジュスカ・グランペールという、京都を拠点に活動しているヴァイオリンとギターのアコースティック・デュオが演奏する「めざめ~Reveil」という曲である。確かに、朝のニュース番組や京都の地域情報番組にふさわしい音楽というわけだ。

グループ名は「おじいさんになるまで」という意味のフランス語で、共におじいさんになるまで楽しく続けていきたいという願いをこめたものだそうだ。寡聞にしてグループ名も知らなかったが、結構いろんな番組やCMに楽曲を提供しており、そうと気づかぬうちに彼らの音楽に接しているかもしれない。

同曲のサンプル試聴はこちら

9月27日 LSD40キロ

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2018/09/19

奈良フィル定期演奏会

18091616日の日曜日、奈良フィルハーモニー管弦楽団第43回定期演奏会を聴いた。同楽団の存在は知っていたが、実際に聴いたのは初めてである。ラン仲間でクラリネットも嗜むRさんから、チケットが余っているので行かないかとお誘いがあった。

曲目は、シベリウスの交響詩「フィンランディア」と交響曲第2番、その間にグリークのピアノ協奏曲というオール北欧プログラム。指揮は粟辻聡、ピアノ独奏は喜多野美宇子である。

1985年に結成された奈良県唯一のプロオケということで、正直なところそれほど演奏水準は高くないだろうと予想していたが、失礼ながら意外にもほとんど破綻のない、まとまった演奏を聴かせていた。特に最後の交響曲では、シベリウス特有の暗い音色に籠る情念のようなものを引き出していた。

ただ、第1ヴァイオリンが10名という比較的小編成の弦楽器群に比して、金管楽器の音量が大きく、直接音が前面に出過ぎる場合が多かった。全体のバランスや響かせ方という点で、もう少し改善の余地がありそうだ。朝比奈時代の大阪フィルもこんな感じで金管が目立っていたから、ひょっとすると関西楽壇のDNA(?)なのかもしれない。

また、ピアノ独奏は速いパッセージになると端折るというか、弾き飛ばしてしまう傾向があり、肝心のメロディラインすら追えない箇所も散見された。ただし、カデンツァになると俄然張り切る人なのか、そこだけは大変迫力ある演奏をしていた。

なお、アンコールにシベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」という小曲が演奏された。曲名すら知らなかったが、弦5部の合奏に最後だけティンパニが加わり、祝祭という題名にもかかわらず、しっとりと落ち着いたいい音楽だった。

9月17日 LSD20キロ
9月19日 ジョグ10キロ

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