2021/02/23

ワルターのブルックナー交響曲集

Sicc10301bブルーノ・ワルターが晩年にコロンビア交響楽団を指揮して録音したディスクは何枚か持っていて、特にモーツァルトの交響曲は中学時代以来の愛聴盤となっている。ブラームスの第4番は自分にとっての「刷り込み盤」であることは以前に書いた。

ブルックナーの交響曲第9番の廉価版LPも持っているけれど、昔のCBSにありがちな乾いた音と人工的な残響で、なかなか集中して聴くことが出来ない。そもそも、ワルターはマーラーとの関係が深く、ブルックナーとは縁が薄いような気がして、それ以外のシンフォニーの録音があることすら知らずにいた。

しかし、最近ソニー・クラシカルがアナログ録音の新たなデジタルリマスターに取り組んでいて、その一環としてワルター指揮コロンビア交響楽団によるブルックナーの交響曲第4、7、9番のCDが2019年に発売されたことを知り、物は試しと聴いてみたのだ。

一聴してLPとは次元の異なる音に驚いた。弦楽器の音はLPのようなガサガサ感が少なくて艶が感じられ、管楽器とのバランスも取れている。ホールトーンも自然な感じでよく捉えられ、今日の鑑賞に十分堪えるレベルの音質に驚く。この60年もの間、録音技術は一体どれだけ進歩したというのかと素朴な疑問を抱いてしまう。

ワルターの演奏は純音楽的というのか、ブルックナーのスコアに忠実に、余計な感情移入を排した正攻法の音楽づくりが大変好ましい。それに応えたコロンビア交響楽団の演奏は、録音用に特別に編成された楽団とは思えないほどで、特に管楽器など相当の腕前の奏者を集めたことが窺える。

この頃のワルターは80代前半。既に引退を決めていたが、CBSのプロデューサー、ジョン・マックルーアに口説かれて再び指揮台に上がった。しかし、この演奏からはそんな年齢のことなど微塵も感じさせない。それを見抜いていて、この奇蹟とも言える演奏をステレオ録音で残すことに成功したマックルーアの功績は大である。

ところで、ここまで書いてきた文章は、セル指揮のブルックナー第8番の記事を下敷きにした。それくらい経緯が似ているのだけれど、セルとワルターが残した曲目がひとつもダブらないところが面白い。ヨーロッパからアメリカに活躍の場を移した巨匠2人による、変則的な交響曲集として今後も愛聴したいものだ。

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2021/02/11

歌劇「連隊の娘」

Regimentドニゼッティ作曲のオペラ・コミック。2019年3月メトロポリタンオペラ公演の録画を鑑賞。METライブビューイングの紹介文。

19世紀初めのチロル地方。進軍してきたフランス軍第21連隊には、戦場に棄てられていたのを軍曹シュルピスに拾われ、連隊で大きくなったマリーというアイドルがいた。そんなマリーに、崖から落ちた彼女を助けてくれた農民の若者、トニオという恋人ができる。だがそこに現れたベルケンフィールド侯爵夫人は、マリーが亡くなった妹とフランス軍人との間の子だと言い、彼女をパリに連れて行く。貴族の生活になじめないマリーを追ってトニオがやってくるが、マリーにはすでに婚約者がいた…。(引用終わり)

マリーにトニオって、20世紀のミュージカルにそんなのがあったっけ(笑)。それはともかく、ストーリーは例によって面白おかしいともハチャメチャとも、「いかにもオペラ」という作り話であるけれど、本作最大の魅力は音楽、とりわけ主役二人の数々のアリアの美しさにあるだろう。

トニオ役にはハイC(清涼飲料ではなく、高いハ音のこと)が9回出るアリア「ああ友よ、何と嬉しい日!」が要求され、メキシコ出身のテノール、ハヴィエル・カマレナ(写真中央)はこれを見事に歌いこなしたばかりか、聴衆の熱烈な喝采に応えてアンコール、さらに9回ハイCを炸裂させて場内を沸かせた。

マリー役の南アフリカ出身のソプラノ、プレティ・イェンデも負けてはならじと、羽のようなコロラトゥーラで数々の難曲を軽々とこなし、さらにズールー族特有の口中で破裂する音まで披露するなど、芸達者なところを発揮している。

また、シュルピス軍曹役のベテラン、マウリツィオ・ムラーロ(写真右)が、本番前に「風邪による体調不良」とアナウンスされたことを全く感じさせない安定した歌唱と演技を見せ、さすがの貫禄を示している。

さて、これでうちにあったオペラのDVDとビデオは、一部の同曲異演版を除いて全て観終えた。その数ざっと50作品。きっかけとなった病気がなければ、短期間にこれだけの数をまとめて観ることはなかっただろう。まさに怪我の功名というやつであるが、それまで未知の大陸だったオペラの世界に、一応のとっかかりは得られたものと思う。

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2021/01/24

歌劇「ロメオとジュリエット」

Gounodグノー作曲のオペラ。2017年、メトロポリタンオペラ公演の録画を鑑賞。METライブビューイングの紹介文。

18世紀のイタリア、ヴェローナ。対立する家に属するロメオとジュリエットは、素性を知らずに舞踏会で出会い、恋に落ちる。敵同士と知っても離れられない2人はひそかに結婚式を挙げるが、喧嘩に巻き込まれたロメオはジュリエットの従兄弟を殺し、追放の刑に。別れを前に、恋人たちは愛を確かめ合う。親が決めた結婚を強いられるジュリエットは、仮死状態になる薬を手に入れる。彼女が死んだと誤解した一同は、ジュリエットを墓所に運ぶが…。(引用終わり)

シェイクスピアの名作悲劇を題材にした音楽作品は数多いが、本作はその中でも最も成功した部類に入るとされる。グノーという作曲家は何となく馴染みが薄いけれど、親しみやすいメロディ、巧みな管弦楽法、場面に合わせた緩急自在の展開など、いずれをとっても円熟した作曲技法を見せている。

見どころは何といっても主役二人の歌唱と演技で、ディアナ・ダムラウとヴィットーリオ・グリゴーロの豪華コンビが、蕩けるような美声とともに大変な役者ぶりを発揮している。

とりわけグリゴーロは、有名なバルコニーのシーンで軽業師のごとく柱に攀じ登ったかと思えば、ティボルトとの決闘で大立ち回りを演じた直後でも息を乱すことのない歌唱を披露するなど、厳しい修練の成果を窺わせていて立派である。

ダムラウも14歳の少女という設定のジュリエット役にふさわしく、可憐な表情づくりとともに、軽々とした身のこなしを見せていた。指揮はジャナンドレア・ノセダ、演出はブロードウェイの大物バートレット・シャー。ともに正攻法の音楽、舞台づくりで好感が持てた。

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2021/01/21

“George Szell: A Life of Music”

Szell_20210119180201弟子 Michael Charry によるジョージ・セル伝。Kindle版の英書を何とか読破した。セルの生涯とその音楽に対する興味に加え、抗癌剤点滴の長い待ち時間がなければ、到底読み終えることは出来なかっただろう。

ジョージ・セルの生い立ちと天才少年ぶりから始まり、若き日の音楽修業を経て楽壇に華々しくデビューした後、様々な経緯を経てアメリカ・クリーヴランド管弦楽団の音楽監督に就任し、この楽団を世界有数の名門オーケストラに育て上げた過程を詳細に記述している。

紙の本で452頁に及ぶ内容を要約して紹介するのはとても手に余るので、自分として意外に感じたいくつかの点をメモしておくに止めたい。クリーヴランド管と数々の優れたレコーディングを残したセルだが、それ以外にも録音には残らなかった(一部音楽祭のライヴ録音を除き)多面的な活動を展開していたのだ。

  • セルはクリーヴランド管以外にも米国主要オーケストラとの関係を保ち続け、特にニューヨーク・フィルハーモニックには毎シーズンのように客演指揮に訪れていた
  • 毎年夏は必ずヨーロッパに滞在し、ザルツブルク、ルツェルン等の音楽祭に出演したり、夫人とともにスイスで静養したりという生活を繰り返していた
  • 古典派、ロマン派の作曲家の作品を主要レパートリーとしていたが、現代作品とりわけアメリカの作曲家の新作を積極的に取り上げ、その紹介に努めた

さて、セルと言えば、練習での厳しい指導ぶりや、楽員の大幅な入れ替えなどが取り沙汰されるが、それについてはさすがに「与党」である著者の立場から悪しざまなことは書けないようで、セルを擁護するような論調になっているのは致し方ないところか。

ただ、内輪の人間しか知らない裏話がいくつか披露されているので、そのうち2つを紹介することにしよう。

ひとつは、1969年9月にオイストラフ、ロストロポーヴィチ、リヒテル、カラヤン、ベルリン・フィルという組み合わせで実現したベートーヴェンの三重協奏曲の録音を巡る話である。実は同じ年の5月に、セルとクリーヴランド管はオイストラフ、ロストロポーヴィチとブラームスの二重協奏曲を録音していた。ベートーヴェンもセルが指揮して不思議はなかったのに、なぜカラヤンに話が行ったのか。

それは、ロシア人3人のソリストのスケジュールが厳しく、コンサートでの公開演奏を経ず僅か2回のセッションで録音するという条件を、たとえスケジュールが合ってもセルは承知しなかっただろうが、カラヤンはすぐに飛びついたからだというのだ。EMIのプロデューサー、ピーター・アンドリーがそのことについてセルに謝罪する一幕もあったようだ。

もうひとつは1970年の来日公演の際の札幌での逸話である。コンサート終了後、セルがホスト役となって、来日公演スポンサーを招待した宴席が札幌市内の高級料亭で開催された。出席者それぞれに着飾ったゲイシャがついていたが、セルについたのはその筆頭格だった。セルはもっと若くて魅力的なゲイシャに当たらなかったことで気分を害し、さらには宴席の請求額にショックを受けたそうである。(笑)

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2021/01/12

フリッチャイのベートーヴェン交響曲集

Fricsay_20210111183001フェレンツ・フリッチャイは、1914年ハンガリーのブダペストに生まれ、63年に48歳の若さで亡くなった指揮者である。同じブダペスト出身で夭折した指揮者イシュトヴァン・ケルテスのCDは何枚か持っていて愛聴しているが、フリッチャイについては名前を知っているという程度だった。

最近、ベートーヴェン生誕250年に因んで、フリッチャイのベートーヴェンについて書かれたある記事を読んで興味が湧いたので、彼がベルリン・フィルを振ったベートーヴェンの交響曲集を聴いてみた。

録音順に、第1番(53年1月)、第8番(同4月)、第9番(58年4月)、第3番(同10月)、第7番(60年10月)、第5番(61年9月)で、収録場所は全てベルリン、イエス・キリスト教会。なお第1、8番はモノラル録音である。

フリッチャイの若すぎる死をもたらした白血病の兆候は57年に現れたとされる。58年11月と59年1月に大きな手術を受け、1年近い療養生活を余儀なくされたが、その前後で彼の芸風が大きく変貌したことがしばしば指摘されている。

確かに上記の録音順に聴いていくと、初めの頃はトスカニーニを思わせる、キビキビとして推進力に富んだ颯爽とした演奏ぶりだが、後の年代にいくにつれテンポは次第に遅くなり、メロディをたっぷりを歌わせた恰幅の良い演奏を繰り広げるようになる。

晩年になると演奏テンポが遅くなる傾向は、バーンスタインやチェリビダッケなど他の指揮者にも見られるが、それが弱冠40代の指揮者の芸風に現れているのである。大病の発覚で死期の近いことを悟り、自らの生きた証としての表現を極限まで追求した結果なのであろうか。演奏時間38分余に及ぶ第5番も、こうした事情を知った上で聴くと胸に迫ってくるものがある。

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2020/12/10

歌劇「西部の娘」

Delwestプッチーニが作曲したオペラ版西部劇ともいうべき作品。本作を委嘱し1910年に世界初演したメトロポリタンオペラの2018年公演の録画を鑑賞。ライブビューイングの紹介文。

19世紀半ば、ゴールドラッシュに沸くカリフォルニア。酒場ポルカの女主人で、鉱夫たちのマドンナでもあるミニーは、初めて酒場に現れたディック・ジョンソンと惹かれ合う。実はジョンソンは盗賊団のボス、ラメレスだった。ミニーに気がある保安官ランスは彼の正体をミニーに明かすが、彼女は撃たれたジョンソンをかくまい、彼の命を賭けてランスとカードの勝負をする。危うく勝ち抜けたミニーはジョンソンを逃すが、彼は盗賊団を恨む鉱夫たちに捕まり、ランスの前に引き出された。死を覚悟し、ミニーへの伝言を口にするジョンソン。そこへミニーが現れ…。(引用終わり)

それぞれ日本、中国を舞台にした「蝶々夫人」「トゥーランドット」とあわせて「ご当地三部作」と呼ばれるが、作曲者が実際に訪れたことがあるのは、本作の舞台となったアメリカのみである。

METの舞台は、カリフォルニアの酒場内部のセットや、荒くれ男たちの迫力ある擬闘など、さすがに「本家」だけのことはあってリアリティに富み、西部劇の映画を観ているような錯覚に陥る。

ジョンソン役のヨナス・カウフマン、ミニー役のエヴァ=マリア・ヴェストブルックは言うまでもなく、敵役の保安官ランスを演じたジェリコ・ルチッチが味のある歌唱と演技で主役を盛り立てる。

プッチーニの音楽は4管編成に拡大するとともに、無調音楽へと限りなく接近していて、既に20世紀に入って10年という時代を感じさせる。初演でジョンソンを歌ったカルーソーの注文で追加されたという第3幕のアリアが秀逸である。

12月9日 ジョグ4キロ

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2020/12/01

歌劇「サムソンとデリラ」

Samsonサン=サーンス作曲。2018年、メトロポリタンオペラ公演の録画を鑑賞。ライブビューイングの紹介文。

旧約聖書の時代、ペリシテ人が支配するイスラエルのガザ。支配下に置かれていたヘブライ人の英雄で怪力の持ち主サムソンは、人々を鼓舞してガザの太守を殺す。ペリシテ人の美女デリラは、復讐のためにサムソンを誘惑し、怪力の秘密が彼の長い髪にあることを聞き出した。デリラに裏切られ、怪力のもとである髪を切られたサムソンは、ペリシテ人に捕らえられ、目を潰されてさらし者にされる。サムソンが神に許しを求めて祈ると奇跡が起き…。(引用終わり)

旧約聖書士師記第13~16章の物語に基づき、最初は宗教曲(オラトリオ)として構想されたものの、当時フランスで確立しつつあったグランド・オペラに改作された作品である。第3幕の有名な「バッカナール」のエキゾチックなダンスや、クライマックスでの神殿崩壊シーンなどが呼び物のスペクタクル・オペラで、もともと宗教曲の枠に収まらない作品だったのだろう。

ストーリーとしては比較的単純であるけれども、男を蕩かすようなデリラの手練手管と、その誘惑と必死に戦うサムソンの葛藤は見応え十分。また、今回の公演ではデリラの役どころについて、エリーナ・ガランチャが幕間のインタビューで「デリラの人間味や豊かな感受性を表現したい」と答えていたように、復讐を遂げることだけが目的の単なる悪女として扱っていないところも興味深かった。

そのガランチャは妖艶なルックスもさることながら、情念を秘めたような翳りのある声質がピッタリだし、サムソンを演じたロベルト・アラーニャは母語フランス語の歌唱が冴え、第2幕のガランチャとの二重唱はまさに圧巻であった。METのオケと合唱も、サン=サーンスの多彩な音楽をよく表現していた。

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2020/11/22

あるコンサートでのハプニング

新たにまたブラームスの交響曲を聴いて、ずいぶん昔に行ったコンサートでの思わぬハプニングを思い出した。

1974年10月2日、まだ高校生だった自分は、大阪・中之島のフェスティバルホールで開催された、バイエルン国立歌劇場管弦楽団の特別演奏会を聴いていた。指揮はヴォルフガング・サヴァリッシュで、メイン曲はブラームスの交響曲第1番。演奏そのものの記憶はもうほとんどないが、第2楽章の最後でコンサートマスターがソロを奏でる箇所でそれは起こった。

弦のピチカートで奏される3連符の上昇する分散和音を受けて、ソロ・ヴァイオリンがアルコ(弓で弾く)でその続きを情緒たっぷりに締め括るという聴かせどころである。音名で言うと、gis-h-e-gis-h-e-gis 、階名で言えばミソドミソドミというホ長調の主和音を、単純に上昇するだけの音型である。

ところが、当夜のコンサートマスター氏は何をどう勘違いしたのか、最初を三度低い e(ド)から始めてしまったのだ。そのままドミソドと続けていけば最後がドで終わり、ミが1音足りないことになる。さすがにすぐに気が付いたのだろう、それはもう見ていて気の毒なほど顔が真っ赤になり、内心では必死に対処方法を考えているに違いないのに、表面的には美しいソロを続けている振りをしている。

途中の1音を飛ばしたりしてもさほど不自然には感じられなかっただろう。しかし、そこはいかにもドイツ人の真面目さというか、融通の利かなさというか。そのまま弾き続けて、最後はやはりドで一旦落ち着いてしまったが、少し後からさりげなくミを追加して何とか辻褄を合わせる形で終わった。

もちろん気が付いた聴衆も多かったに違いないが、遠路来日したバイエルン歌劇場のオケに敬意を表してか、場内がざわついたりすることはなかった。天下の名門楽団でもこんなハプニングはあるのだとその時は思ったものだが、その後の数多の演奏会でもこれに匹敵する出来事に遭遇したことはない。

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2020/11/14

アーノンクールのブラームス交響曲全集

Harnoncourt先日観た歌劇『フィデリオ』の演奏が大変素晴らしかったので、このところアーノンクールのCDを各種取寄せて聴いている。アーノンクールと言えば、バロックから古典派にかけての音楽を、古楽器を用いて当時の姿に復元した演奏を行なう、古楽復興の旗手という印象が強かった。大変な研究熱心で知られ、またマッド・サイエンティストみたいな風貌から(失礼!)、何となく取っつきにくい印象を持っていたのは事実だ。

しかし、彼は1980年代からはモダン・オーケストラも指揮するようになり、ブラームスやメンデルスゾーン、ブルックナーなどロマン派作品にまでレパートリーを広げるようになった。ウィーンフィルやベルリンフィル、コンセルトヘボウ管など超一流の楽団が彼を招いているところを見ても、その実力のほどが知られるというもの。

その成果のひとつが、このベルリンフィルを振ったブラームスの交響曲全集で、1996年から97年にかけてベルリン・フィルハーモニーでライヴ録音された。ルドルフ・ブッフビンダーとの共演でコンセルトヘボウ管を振ったピアノ協奏曲2曲他と合わせ5枚組のCDに収録されているが、どういう訳か千円ちょっとで販売されていたので、ダメ元で購入してみた。

ダメ元というと聞こえは悪いが、手兵ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスと録音したモーツァルトやベートーヴェンの交響曲と同様、きっと随所に仕掛けを凝らした「奇矯な」演奏に違いないという先入観の混じった、半ば興味本位で聴いてみたというのが正直なところだった。

ところが、豈図らんや。通例の演奏とは異なるアーティキュレーションや音価にハッとする箇所はあるものの、意外にも正統的というか大変「真っ当な」演奏であるのにまず驚いた。しかし、アーノンクールの演奏は明らかにどこかが違う。それも本質的な部分において。何度か聴き直すうちに分かってくる部分があるかもしれないが、まずは響きの透明感というか見通しの良さが第一印象に強く残った。

ブラームスの管弦楽法は良く言えば重厚で複層的、しかしともすれば不透明で厚ぼったい響きになりがちだ。特にヴィオラ以下の低弦群の響きが混濁したようになる憾みがある。ところが、この演奏ではそこも含めて全体の音がよく「見える」。テルデック(旧テレフンケン)の録音の素晴らしさもさることながら、ヒントになるのはブックレットに引用されているアーノンクールの発言だ。

それによれば、彼は作曲者の自筆譜のみならず、作曲者の手書き修正の入った初期印刷譜、ウィーンフィルやベルリンフィルに保存されているパート譜まで渉猟し、ニキシュなど往年の指揮者がどんな指示を与えていたかを研究した。

その結果、今なら1回の弓で弾く音符の3倍を昔は1回で弾いていたそうである。弦楽器のことはよく分からないが、単純に考えて一度の弓で3倍の音を出そうと思えば弓の速度は3分の1に落ちる。それを補うためには弓を持つ右腕に力を入れて(?)弦をよく鳴らさないといけないだろう。

それによって豊かな音を生み出すボウイングはかつて最重要のテクニックとされ、彼自身チェロ奏者として1日最低30分は練習したものだが、左手の運指が重視される今では、その技術は数十年前に比べて衰退しているのだという。この演奏でそうしたボウイング法が実際に使われたかどうか定かでないが、弦楽器群の音の見通しの良さに、その研究成果の一端が現れていることは間違いないだろう。

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2020/11/08

喜歌劇「こうもり」

Fledermaus「ワルツ王」ヨハン・シュトラウスⅡ世が作曲したウィンナ・オペレッタの代表作。1983年大晦日のコヴェント・ガーデンの公演録画を鑑賞。指揮はプラシド・ドミンゴ。舞台上の成り行きから、ピットの指揮者が「清きアイーダ」の一節を朗々と歌う場面もある。

資産家アイゼンシュタインは役人に暴行した廉で禁固刑に服する予定だが、尋ねてきた友人ファルケにオルロフスキー公爵邸の舞踏会に妻ロザリンデともども、ただしお互いに内緒で誘われる。ファルケは「こうもり」の仮装のまま放置された仕返しに、愉快な復讐劇を仕組んでいたのだ。夫を送り出したロザリンデの前に、かつての恋人の声楽教師アルフレードが現われ、愛をささやいている間にアイゼンシュタイン当人と間違われ連行されてしまう。
華やかな舞踏会会場。フランス貴族に成りすましたアイゼンシュタインは、仮面をつけたハンガリー公爵夫人を妻と気づかず、懐中時計を使って口説こうとするが時計を巻き上げられる。歌・踊り・シャンパンに溢れた舞踏会が最高潮に達し、新年を迎える。翌朝、刑務所に出頭したアイゼンシュタインは、自分の名で投獄されているアルフレードと、駆けつけてきたロザリンデの関係を疑い、妻の浮気を責め立てる。しかし、ロザリンデはアイゼンシュタインから奪った時計を取り出し、逆にやり込めてしまう。そこへ、この茶番劇の仕掛人ファルケとオルロフスキーが現われ、「悪いのはみんなシャンパンの泡のせい」と大団円を迎える。

あらすじが少し長くなってしまったが、要するに倦怠期の夫婦の浮気合戦、変装大会がひとしきり盛り上がったところで種明かしとなり、「目出度し目出度し」で幕を閉じるという、例によって何とも他愛のない筋書きである。アイゼンシュタインが刑務所に入る件はどうなったのかと思ってしまうが、それを言うのはヤボというものか。

初演された1874年当時のウィーンは、前年のウィーン万国博で頂点を極めたバブルが崩壊、株式市場が大暴落して自殺者が続出するなど、重苦しい空気に包まれていたという。そんな状況から一時的にでも逃避するためか、人々はこのお気楽なオペレッタに熱中した。第1幕でアルフレードが歌う。「ままならないことは忘れよう! 忘れることは幸せだ」と。

本作は劇中の設定と同じ大晦日に上演される機会が多いそうで、ジルベスターコンサートのオペラ版というのか、華やかな趣向が凝らされるのが通例となっている。この公演でもヘルマン・プライ、キリ・テ・カナワの豪華コンビに加えて、第2幕の舞踏会の余興(?)では、英国の人気芸人やシャンソンの大御所アズナヴール、ロイヤルバレエのスターが登場して喝采を浴びている。

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