2018/06/15

『あやしい彼女』

Ayakano2016年、「あやカノ」製作委員会。松竹配給。多部未華子主演。allcinema の紹介文。

73歳の瀬山カツ(倍賞美津子)はワガママで無神経な毒舌おばあちゃん。地元商店街ではいつもトラブルの元凶となる鼻つまみ者。女手一つで育て上げた娘の幸恵(小林聡美)とバンド活動をしている孫・翼(北村匠海)の自慢話に周囲は辟易。そんなカツの唯一の理解者が、昔なじみの中田次郎(志賀廣太郎)。彼女を一途に慕い、どんな時でも味方になってくれていた。
ある日、幸恵と喧嘩して家を飛び出したカツは、見知らぬ写真館にふらりと足を踏み入れる。やがてふと気づくと、いつの間にか20歳の時の自分(多部未華子)に若返っていたのだった。そしてひょんな成り行きから、大鳥節子と名乗り、次郎の家に居候することに。やがて、のど自慢大会がきっかけで翼のバンドにスカウトされたカツ。かわいい孫のためとひた肌脱ぐことに。一方、音楽プロデューサーの小林拓人(要潤)も同じようにカツの歌声に魅了され、その行方を捜していたのだが…。(引用終わり)

2014年の韓国映画『怪しい彼女』のリメイク。中国版、ベトナム版もあるそうだが、そうと知らずに見れば、純然たる邦画として全く違和感はない。突然若返るというベタな設定ながら、単なるファンタジーコメディにとどまらない。苦労続きだった主人公の人生を振り返りつつ、もう一度青春時代をやり直せたらという、ヒューマンドラマとしての厚みをもっている。

何と言っても、多部未華子の可憐さが本作最大の魅力だが、そのキュートな外観と、言葉遣いなどに現れる73歳の老女の中身とのギャップがとてもコミカルである。「大鳥節子」の人物造形は、その名前からして『ローマの休日』のオードリー・ヘップバーンへのオマージュで、他にも「真実の口」を模した福引の抽選箱に手を突っ込むシーンなどが登場する。ラストも「やはりそう来たか」という納得のオチだ。(笑)

冒頭の輸血シーンの意味が最後に明らかとなり、清々しい結末へと繋がっていく。ほろ苦いラブロマンスや、母娘間のわだかまりとその解消なども織り交ぜ、多部未華子が吹き替えなしで歌うナツメロとも相俟って、老若男女が楽しめる一級の娯楽作品に仕上がっている。

ところで、ふと多部未華子の顔はどこかで見た気がすると思ったら…

6月13、15日 ジョグ10キロ

続きを読む "『あやしい彼女』"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/09

『怒りの葡萄』

Grapes1940年、米。ジョン・スタインベックの同名小説の映画化。ジョン・フォード監督。ヘンリー・フォンダ主演。allcinema の紹介文。

殺人容疑で入獄していた主人公トム・ジョードは仮釈放で4年ぶりに故郷オクラホマの農場に戻るが、小作人として働いていた一家は既に凶作の土地を逃れさったあとだった。叔父の家で家族と再会した彼は、みなで遥かカリフォルニアに行き、職を求める。そして、桃もぎで雇われた農場で賃金カットに反対したストが起き、首謀者ケイシーを殺した男をトムは殴り殺してしまう。一家で国営キャンプに潜んだが、彼を追う保安官が姿を現わし、トムはまた一人逃亡の旅に出る……。再会を信じ、彼を送り出す母の逞しい言葉で映画は締めくくられ、やるせない余韻を残す。(引用終わり)

世界で最も豊かな経済大国アメリカにも、こんな悲惨な時代があったのかとまず驚く。家財道具一式を積んだオンボロトラックで遥かカリフォルニアを目指す一家の姿は、現在のシリアやロヒンギャなどの難民と重なって映る。

しかも、「乳と蜜の天地」のはずだったカリフォルニアに着いてみたら、難民キャンプのような所しか行き場所がなく、一家は道中で聞かされた過酷な現実を目の当たりにすることになる。そのシーンでは音声はほとんどなく、キャンプの人々の茫然とした表情を次々に映すだけだが、それがどんな言葉にも勝る説得力をもって迫ってくる。

ちなみに、「乳と蜜…」という言葉は、聖書の「出エジプト記」を踏まえたものである。そもそもタイトルの「怒りの葡萄」からして、ヨハネ黙示録の「神の怒りで踏み潰される人間」から来ており、スタインベック文学の背景には聖書やキリスト教信仰があると言われる。

資本家による土地収奪や搾取、それに対する労働者の抵抗やストライキなど、社会主義の側に立った映画と捉えられかねない内容で、当時のハリウッドでは相当な勇気が必要だったと思うが、本作は単なるイデオロギー映画ではなく、逆境を生き抜く民衆の逞しさや家族の絆といった、普遍的な価値を謳い上げている点に価値があるだろう。

主人公トムが「俺は闇のどこにでもいる。母さんの見える所にいる」などと語って母親との別れを告げるシーンが有名だが、それよりもラストの場面で、元の家に戻りたいと嘆く父親を励ます母親のセリフが素晴らしい。さしずめ、アメリカ版「肝っ玉母さん」と言ったところか。

女は男より変わり身が早い/男は不器用でいちいち止まる/ところが女は流れる川でね/渦や滝があっても止まらずに流れる/それで強くなる

金持ちはダメ/子供が弱いと死に絶える/でも私たち民衆は違う/死なない/しぶとく生きていく/永遠に生きるのよ/民衆だから

他にも要所要所でキーパーソンとなるこの母親役を演じたジェーン・ダーウェルは、ノミネートどまりだった主演男優ヘンリー・フォンダを差し置いて(笑)、アカデミー賞助演女優賞を獲得している。巨匠ジョン・フォードが同監督賞を受賞したのは言うまでもない。

6月7、9日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/05/22

『フェリーニのアマルコルド』

Amarcord1974年、伊仏。WOWOWの紹介文。

1930年代のある年の春、イタリア北部の港町リミニ。チッタ少年は友人たちといたずらに明け暮れる毎日だが、思春期の自分にとって興味津々な大人の美女グラディスカを追い回すものの、彼女はチッタのことを子ども扱いする。それからの1年間、チッタの父親がファシズムに反対したせいで拷問を受けたり、母親が亡くなったり、グラディスカが町一番のハンサムである軍人と結婚したりといった出来事が次々とチッタの周囲で起きる。(引用終わり)

フェリーニの映画は何本か観たものの、『道』以外は難解というか、自分にはさっぱり分からない作品ばかりだったが、本作は比較的平易な内容である。というより、全体的なストーリーは存在せず、1年間の色々な出来ごとを寄せ集めただけの特異な構成である。

しかし、美しい映像表現とあわせて、個々の出来ごとの描き方がとても巧く、「ああ、確かにこういうことってあるな」と思わせる。それらを連続して観ることによって、観客は登場人物たちと同じように1年を過ごした感覚に陥る。

精神病院に入院している叔父を連れ出したものの、目を離した隙に彼が高い木に登ってしまい、「女が欲しい!」と叫び続けるシーンが有名だが、記録的な大雪で町中にうず高く積った雪の塊りの周りで、チッタとグラディスカがすれ違うシーンも大変印象的だった。

5月20日 ジョグ10キロ
5月22日 ジョグ13キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/05/13

『アイ'ム ホーム 覗く男』

Wakefield2016年、米。日本では劇場未公開。ブライアン・クランストン、ジェニファー・ガーナー他。WOWOWの紹介文。

弁護士ハワードはニューヨーク郊外の自宅に戻る途中、電車が停電で止まり、帰宅が遅れる。偶然、ガレージの屋根裏部屋に入り込んだ彼はそこで眠ってしまうが、翌朝目を覚まし、最近仲が悪かった妻ダイアナが、自分が浮気をしていると誤解することを恐れて家に戻れなくなる。さらに、そのまま屋根裏部屋から家族を観察することが楽しみになった彼は、近所で残飯を探してはそれを食べ、ずっと屋根裏部屋で暮らし続けるようになり…。(引用終わり)

春先からクリスマスまで、およそ1年弱に及ぶ主人公の異常な隠遁生活の顛末を描く。変態、悪趣味、性格異常…。普通の常識からすれば彼の行動はそう形容するしかなく、特に女性から不評を買うことは間違いないが、「もし…だったら」という設定の面白さは秀逸で、極論すれば本作の価値はそこだけにある。

最初のうちはすっかり取り乱し、時にはひとり涙を浮かべる妻の姿に、主人公はあるいは留飲を下げ、あるいは慙愧の念を覚えたりするが、夫の不在が長引くにつれ妻は次第にその生活にも慣れ、例年どおり夏のバケーションに出かけたり、ハロウィーンやクリスマスなど年中行事を楽しんでいる。

以下、若干ネタバレ

5月12日 LSD20キロ

続きを読む "『アイ'ム ホーム 覗く男』"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/04/18

『炎のランナー』

Chariots1981年、英。ヒュー・ハドソン監督。アマゾンの紹介文。

パリ・オリンピック陸上短距離で祖国イギリスに金メダルをもたらした2人の若者がいた。ユダヤの血をひいている為、言われなき差別と偏見を受けてきたハロルド。彼にとって走ることは偏見に勝利することであった。一方、宣教師の家に生まれたエリックは神のため、信仰のため走った……。(引用終わり)

あまりに有名なヴァンゲリスのテーマ曲以外、ほとんど知らなかったが、ランナーとしては死ぬまでに一度は観ておくべきだろうと思った。多少の脚色はあるものの、実話に基づいて製作された、一種のスポーツ・ドキュメント的な作品である。

しかし、単純なサクセス・ストーリーにとどまらず、ユダヤ人差別の問題や、信仰とスポーツの相克、さらにはプロを排除するアマチュアリズムといった、社会倫理的な背景にも力点が置かれ、作品に深みを与えている。

なお、ハロルドが一目惚れするオペラ歌手シビルが出演していたのは、「ミカド」というオペレッタで、そのロングラン公演が行われていたサヴォイ劇場に彼女を送るよう、彼の友人アンドリューが運転手に命じる場面がある。「ミカド」=天皇を冒瀆するような内容らしく、日本ではほとんど上演機会がない作品だ。

ところで、今日から東海道街道走りの最終回に出発するので、次回更新までしばしお待ちを。

4月16日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/04/12

『わたしを離さないで』

Nlmg2010年、英米。カズオ・イシグロの同名小説の映画版。allcinema の紹介文。

緑豊かな自然に囲まれた寄宿学校“ヘールシャム”。そこは、牧歌的な田園地帯にありながら外界からは完全に隔絶され、徹底した管理が行われている謎めいた施設だった。そんな静かで整然とした環境の中で、幼い頃からずっと一緒に育ってきたキャシー、ルース、トミーの仲良し3人組。やがて18歳となった3人はヘールシャムを卒業し、農場のコテージで共同生活を送ることに。初めて接する外の世界に不安や喜びを感じていく3人。そして、いつしかルースとトミーが恋人になったことで3人の関係も終わりを迎えようとしていたが…。(引用終わり)

同じカズオ・イシグロ原作で、以前『日の名残り』を観たが、とても同じ作家と思えないほど全く違うジャンルの作品なのに、それぞれ独特の作品世界にどっぷりと浸らせてくれる。さすがはノーベル賞作家だけのことはある。

ネタバレになるので肝心のところはほとんど何も書けないが、平均寿命が100歳を超えた架空世界(パラレルワールド)というSF的な設定を使いながらも、内容的にはとても切ないヒューマンドラマというところが秀逸である。映像、音楽ともに大変美しく、そして哀しい。

平均寿命がいくら延びても、人間はいつか死ぬ。それは誰にとっても避けられないことなのだ。ラスト近くの、「よく分からないのは、私たちの命が、私たちが救う人々の命とそんなに違うのかということだ。皆、“終了”する。たぶん誰もが人生を本当には理解せず、また十分長く生きたと感じないままに」(筆者試訳)というキャシーの独白が心に迫った。

ところで、同じ原作で日本でも2016年にテレビドラマ化されている。主役3人は綾瀬はるか、三浦春馬、水川あさみというのだが、この映画を観た後となっては、観てみたいような観たくないような。(苦笑)

4月10日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/04/09

『ダンス・ウィズ・ウルブズ』

Dances_21990年、米。ケビン・コスナー監督、主演。allcinema の紹介文。

1863年、南北戦争の激戦地。その自殺的行為から英雄となり、殊勲者として勤務地を選ぶ権利を与えられたジョン・ダンバーは、当時の最西部で、かねてより興味を持っていたダコダにあるセッジウィック砦を望んだ。常人なら孤独に耐え兼ね、精神を病んでしまうような荒野に、次第に魅了されてゆくダンバー。彼は、愛馬シスコとトゥー・ソックスと名付けた野性の狼と共に、不思議に満ち足りた日々を送り始める。ひと月が経った頃、ダンバーはシスコを盗みに来たインディアンを追い払った事から彼らと次第に交流を深めるようになる。やがて、インディアンに育てられた白人女性と恋に落ちたダンバーは、“狼と踊る男”という名をもらい、侵略者である白人から彼らを守ろうと努力するが……。(引用終わり)

馴染みのない西部開拓時代の話に加え、3時間という長尺ゆえこれまで敬遠していた作品だが、観る価値は十分ある映画だった。

何より、白人=善、インディアン(ネイティブ・アメリカン)=悪という、かつてのハリウッド映画のステレオタイプにとらわれず、インディアンの側から西部開拓時代の真相を描いた点は革新的である。その内容から当初は原作小説の出版が拒否されたそうだが、コスナーは私財を擲って製作を敢行、結果的にアカデミー賞7部門を受賞する大成功となった。

無人の砦で次第に自分の存在理由に疑問を持ち始めた主人公が、近隣のスー族と交流を始める中で、自然と同化した彼らの生き方に強く惹かれ、次第に溶け込んでいく様子が丹念に、そして美しい映像を通して描かれる。バファローを狩る場面は大変な迫力があり、また白人ながらスー族の一員となった女性とのラブロマンスありと、長い尺だが全く飽きさせることがない。

レンタルで観たので特典映像は全くなかったが、バファロー狩りや狼の調教など、製作の舞台裏を紹介したメイキング映像があれば観てみたいものだ。いや、もしかしてあれはCGなのかな?(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/04/06

『そこのみにて光輝く』

Sokonomi2014年、製作委員会。綾野剛、池脇千鶴、菅田将暉ほか。アマゾンの紹介文。

ある出来事がきっかけに仕事を辞め、目的もなく毎日を過ごしていた佐藤達夫(綾野剛)は、ある日パチンコ屋で使い捨てライターをあげたことをきっかけに、粗暴だが人なつこい青年・大城拓児(菅田将暉)と知り合う。拓児に誘われるままについていくと、そこは取り残されたように存在している一軒のバラックだった。そこで達夫は拓児の姉・千夏(池脇千鶴)と出会う。
互いに心惹かれ、二人は距離を縮めていくが、千夏は家族を支えるため、達夫の想像以上に過酷な日常を生きていた。それでも、千夏への一途な愛を貫こうとする達夫。達夫のまっすぐな想いに揺れ動かされる千夏。千夏の魂にふれたことから、達夫の現実が静かに色づきはじめ、達夫は失いかけていたこの世界への希求を取り戻していく。そんなとき、ある事件が起こる――。(引用終わり)

原作者の佐藤泰志は何度か芥川賞候補に上りながら、各賞に縁がないまま41歳で自殺した不遇の作家という。自身の出身地函館を舞台に、どん底の環境に生きる千夏と拓児の姉弟と、死亡事故の責任を感じて仕事を辞めた達夫との魂の触れ合いを描く。

全体にとても暗いストーリーに加えて、セリフが極端に少ない長回し、くすんだような色合いの映像(撮影近藤龍人)は、全く独特の作品世界を作り上げている。一時は三人で乾杯するほどに好転の兆しが見えるが、それは映画の中では実現しないままでエンドとなり、もうどこにも救いがないように思える。

達夫と千夏が海岸で見つめ合いながら、泣き笑いのような微笑を浮かべるラストシーンも、決して明るい希望を感じさせるものではない。しかし、開き直りというのか、人は自らの置かれた環境で何とかして生きていくしかない。その際、心から理解しあえる相手が近くにいれば、たとえそこ(底)であっても、むしろそこだからこそ光輝く、という象徴的なシーンであるのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/03/31

『ゴールデンスランバー』

Goldenslumber2009年、製作委員会。伊坂幸太郎原作、中村義洋監督コンビの映画はこれで3本目。堺雅人主演、竹内結子、吉岡秀隆ほか。allcinema の紹介文。

仙台に暮らすごく平凡な30歳の独身男、青柳雅春。金田首相が凱旋パレードを行うその日、大学時代の同級生・森田に呼び出された彼は、“お前、オズワルドにされるぞ。とにかく逃げろ”と謎の警告を受ける。その直後、背後のパレード会場で爆発音がしたかと思うと、なぜか2人の前に警官が現われ、躊躇なく拳銃を向ける。訳もわからぬまま反射的に逃げ出した青柳は、やがて自分が身に覚えのない証拠によって首相暗殺の犯人に周到に仕立てられていくことを大量のマスコミ報道で知る。青柳の元恋人で大学時代のサークル仲間でもある樋口晴子は、事件の報道に驚き、かつての仲間たちに連絡を取ろうとするのだが…。(引用終わり)

無実の市民が首相暗殺犯に仕立てられるという設定は、日本の常識からすればいかにも荒唐無稽であるが、ケネディ暗殺事件の主犯とされるオズワルドも、実は当局に仕立てられたという説があるそうだ。青柳がラジコンヘリを操作していたとされるのは「教科書倉庫ビル」だが、これはケネディ事件の史実を踏まえたものだろう。

そのおおもとの設定に目をつむりさえすれば、ハラハラドキドキのサスペンスがノンストップで展開して飽きさせない。他の伊坂作品同様、多くの伏線が見事に回収され、一種の爽快感が味わえると同時に、ちょっとしたユーモアやしみじみとした人情を感じさせる場面もあり、完成度が高いと評価されているのも頷ける。

主演の堺雅人は、誰からも信頼される好青年という役どころがぴったりで、絶体絶命の危機に陥りながらも、飄々と、そして最後まで希望を捨てない芯の強さを感じさせる。また、中村監督映画の常連濱田岳をはじめ、香川照之、伊東四朗、柄本明といった脇役陣がいい味を出していて、映画に一層の深みを加えている。

なお、「謎の整形外科医」が声(岩松了)だけで登場するが、いわゆる美容整形を行うのは整形外科ではなく、正しくは形成外科である。「整形疑惑」などと言われるように、すっかり定着してしまっているので、今さら正しい表現にしても分かりにくいと判断したのかもしれないが。

3月30日 ジョグ10キロ
月間走行 200キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/03/28

『重力ピエロ』

Pierrot2009年、製作委員会。引き続き、伊坂幸太郎の小説の映画版。ただし、監督は森淳一。加瀬亮、岡田将生他。アマゾンの紹介文。

遺伝子研究をする兄・泉水と、自分がピカソの生まれ変わりだと思っている弟・春。そして、優しい父と美しい母。平穏に、そして陽気に過ごすこの家族には、過去に辛い出来事があった。その記憶を抱えて兄弟が大人になった時、事件は始まる。謎の連続放火事件と、火事を予見するような謎の落書き(グラフィティアート)の出現。落書きと遺伝子暗号の奇妙なリンク。春を付け回す謎の美女と、突然街に帰ってきた男。すべての謎が解けたとき、24年前から今へと繋がる家族の"謎"が明らかになる―(引用終わり)

グラフィティアートに秘められた謎のメッセージとか、連続放火事件との関連性とか、思わせぶりな仕掛けがたっぷりだが、結局のところは単純な復讐物語であり、最後まであっと驚くような展開はない。

ただ、普通あり得ないような兄弟の間の愛情、それを温かく見守る父親の目線といったあたりが、この悲惨な物語をかなりな部分で救っている。「本当に深刻なことは陽気に伝えるべきなんだよ」。そして、「楽しそうに生きていれば地球の重力なんて消してしまえるんだ」と。

一方、元連続レイプ犯役の渡部篤郎は、常人には全く理解不能な思考過程を楽しそうに語りながら、ゾクゾクするような恐ろしさを感じさせる名演技を見せている。本当の悪人というのはこんな感じなのかもしれない。

3月26、28日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧