2018/08/14

『ボーン・アイデンティティー』

Bourne2002年、米。ダグ・リーマン監督。マット・デイモン主演。アマゾンの紹介文。

海上を漂っていた瀕死の男(マット・デイモン)がイタリア漁船に救われる。語学に堪能で、自己を守るための武術と頭脳に優れている彼だったが、記憶を喪失し、自分の名前や経歴すら思い出せない。唯一残されていた銀行の名前と貸金庫の番号から、スイスへ赴いた。そこには“ジェイソン・ボーン”名義の身分証明書と他にさまざまな国籍のパスポート、大量の現金、拳銃が眠っていた・・・。そして、時を同じくして、アメリカではCIAが彼を抹殺する指令を出していた――(引用終わり)

タイトルだけは聞いたことがあって、遺骨のDNAを鑑定して人物を特定するとかの、ちょっとホラーめいたサスペンスものかと思っていたが、全く違っていた(そういう勘違い、かなり多い・笑)。

ロバート・ラドラムの小説『暗殺者』(原題The Bourne Identity )に基づく、正統派のスパイ・アクションもので、「ボーン」は骨ではなく、主人公の名前(工作員としての偽名)だった。ちなみに、ジェイソン・ボーンはイニシャルがJ・Mで、ジェイムズ・ボンドと同じという指摘がある。

ボーンが何らかの事情でミッションに失敗したCIA工作員であるらしいことが、比較的早い段階で判明するので、全体のストーリーはそれほど複雑なものではない。しかし、記憶喪失に陥っていたボーンが事の真相を探り出すまでのスリリングな過程を、偶然ボーンと同行することになったマリーとともに、観客も追体験していくことになる。

全体的なテンポ感、スピーディなカット割が素晴らしく、迫力あるカーチェイスシーンのみならず、一瞬も弛緩することのないサスペンスが続く。DVDで観たので、スローで見直したり、時折止めて休憩したりしたけれど、劇場で一気に観たら大変疲れるだろうな。(笑)

スピンオフも含めて続篇が都合4作も作られているので、機会があれば観てみたい。

8月12日 LSD20キロ
8月14日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/08/08

『バグダッド・カフェ 完全版』

Bagdadcafe1987年、西独。パーシー・アドロン監督。マリアンネ・ゼーゲブレヒト主演。アマゾンの紹介文。

アメリカ西部、ラスヴェガスとロサンゼルスを結ぶ長距離道路が通過する砂漠のど真ん中で、ドイツの寂れた田舎町ローゼンハイムから旅行にやってきた夫婦は喧嘩の果てに、妻のジャスミンは夫を残し一人で車を降りた。砂漠には不似合いのハイヒールと大きなトランクを引きずって歩き続けるジャスミン。そこからそう遠くはない、道路脇にたたずむ寂れたカフェ兼モーテル兼ガス・ステーション。そこでは女主人のブレンダが家族にもお客にも不機嫌に怒鳴り散らし、亭主さえも追い出したところだった。砂漠を歩き続けたジャスミンがやっとの思いで、その店にたどり着く。看板に書かれた文字は“BAGDAD CAFE”。ここから2人の女性の物語が始まる。(引用終わり)

文句なしの傑作である。砂漠の中の寂れたカフェに集う人々の、砂漠のように荒んだ心が、ある人物の来訪を機に魔法のように癒されていく。救世主となったのは、米国旅行中に夫とケンカ別れしたばかりの、自身も荒んだ心境だったに違いない中年ドイツ人女性ジャスミン(ドイツ語読みではヤスミン)である。

ジャスミンがカフェの給水塔を掃除するジャケット写真が象徴的だが、彼女の何とも言えない包容力、温かさが、人々の心にこびりついた埃や垢を洗い流していく。最初は得体の知れないジャスミンを警戒し、ついには「出て行け!」と悪態を吐いた女主人ブレンダも、すぐに少し言い過ぎたと反省の色を見せる。その直後、近くを通るルート66に美しい虹がかかる。二人の心の架け橋を象徴するかのようで感動的だ。

たまたま荷物に入っていた手品セットをマスターした彼女は、その芸でドライバーたちの評判となり、カフェは連日大賑わいとなるが、ビザの在留期限が切れ、帰国を余儀なくされることになる。カフェは再び閑散とし、ブレンダは茫然自失の態である。ブーメランは給水塔に当たって手元に戻って来ない。ブーメランの主であるヒッチハイカーのエリックは、実にその伏線のために登場したのかもしれない。(笑)

その後の展開はまあお約束どおりだが、そうと分かっていてもホロリとさせられるのは、有名な主題歌 Calling You のせいだろう。乾き切った砂漠に響く、ジェヴェッタ・スティールの透明で伸びやかな声が、心に沁み入るようだ。

8月6、8日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/08/02

『スミス都へ行く』

Smith_31939年、米。フランク・キャプラ監督。ジーン・アーサー、ジェームズ・スチュアートほか。アマゾンの紹介文。

ある州の上院議員が病死、ただちに後任議員の指名が行われることになった。陰謀を企てる州選出の有力上院議員ペインらは、政界の事情を知らないボーイスカウトの少年団長スミスを議員に祭り上げる。ところが、故郷ウィレット河の少年村の建設案をめぐって、スミスは彼らの不正に気づく。いったんは失望して帰郷を決意したスミスだが、秘書サンダースに激励され、翌日の会議でペインたちのダム建設案の不正を暴く勇気に満ちた名演説を始める。(引用終わり)

実際のところ、スミスが行ったのは格調高い「名演説」などではなく、「フィリバスター」という長広舌である。日本語では「議事妨害」と訳される。休憩を挟まず、憲法全文でも何でもとにかく喋り続ければ、その間は議案採決を阻止できるというものである。

それと同時進行で、ダム建設推進派が彼を誹謗中傷するキャンペーンを繰り広げ、彼の演説を止めさせようとするが、スミスの身体を張った24時間近い演説は、ついにペイン上院議員の良心を動かすことに成功する。

全体的には勧善懲悪ものと言えるが、その結末に至るまでの過程では、ワシントン政界やマスコミの胡散臭さとか、そこに投げ込まれたスミスが味わった挫折がリアルに描かれている。一方では、父の友人だったペイン上院議員や、秘書サンダースとの関係性の変化も織り交ぜ、人間ドラマとしての奥行きも感じさせる。名作と言われる所以である。

映像はモノクロであるが、1939年製作とは思えぬほど美しい。スミスが一目惚れしたペインの娘との会話でドギマギする場面は、両人の顔のアップではなく、スミスが足元で愛用の帽子を何度も落としてしまうところだけを写す。スミスの心理状態を如実に表していて、大変印象的である。

7月31日 LSD20キロ
月間走行 174キロ
8月 2日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/07/30

『ブレードランナー 2049』

20492017年、米。ライアン・ゴズリング、ハリソン・フォードほか。公式サイトの紹介文。

2049年、貧困と病気が蔓延するカリフォルニア。人間と見分けのつかない《レプリカント》が労働力として製造され、人間社会と危うい共存関係を保っていた。危険な《レプリカント》を取り締まる捜査官は《ブレードランナー》と呼ばれ、2つの社会の均衡と秩序を守っていた―。
LA市警のブレードランナー“K”(R・ゴズリング)は、ある事件の捜査中に、《レプリカント》開発に力を注ぐウォレス社の【巨大な陰謀】を知ると共に、その闇を暴く鍵となる男にたどり着く。彼は、かつて優秀なブレードランナーとして活躍していたが、ある女性レプリカントと共に忽然と姿を消し、30年間行方不明になっていた男、デッカード(H・フォード)だった。
いったい彼は何を知ってしまったのか? デッカードが命をかけて守り続けてきた〈秘密〉―人間と《レプリカント》、2つの世界の秩序を崩壊させ、人類存亡に関わる〈真実〉が今、明かされようとしている。(引用終わり)

前作から30年後のLAを舞台に、更に進化したレプリカントと人間社会との危うい両立が脅かされる事態が出来するという設定。基本的に前作の世界観を踏襲しながら、人類存亡にかかわる危機感をより強く感じさせる一方で、映像や音声は洗練されたというのか、前作の一種独特な猥雑で不穏な空気感は薄まっている。

ただ、比較的最近に前作を観て、今回の粗筋も予め把握した上でもなお、ストーリー展開が追いづらいように感じた。全体的に説明が極端に少なく、無言、無音の静止画のような映像が続くかと思いきや、カギとなる部分は思いがけないほど短く、全く油断がならないのだ。全体的なストーリーはそれほど複雑ではないのだけれど。

俳優陣では、ハリソン・フォードがさすがの貫録を見せているし、ウォレスの片腕イヴ役のシルヴィア・フークスの底知れぬ恐ろしさと、それと対照的な、AI(人工知能)ジョイ役のアナ・デ・アルマスの可憐さが印象的だった。ジョイを起動(?)する際には、プロコフィエフ「ピーターと狼」の軽快なメロディが大変効果的に使われている。

7月29日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/07/18

『赤い靴』

Redshoes1948年、英。マイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガーの共同監督・脚本。アマゾンの紹介文。

レルモントフ・バレエ団は青年作曲家ジュリアン・クラスターと バレエ・ダンサーで社交界の令嬢ヴィキイ・ペイジの二人の新人を発見して一座に契約した。レルモントフは企画していたアンデルセン童話にもとづく新バレエ『赤い靴』の曲をクラスターに作曲させ、女主人公にヴィキイを抜擢することにきめる。
クラスターの新曲はレルモントフも気に入ったので、パリからモンテカルロに移り公演したバレエ劇『赤い靴』は華々しく脚光を浴びることになる。バレリーナ、ヴィキイ・ペイジの名と新人作曲家ジュリアン・クラスターの名は、たちまち世界的となった。二人は稽古中から互に心をひかれ愛し合う仲となったが…。(引用終わり)

この映画のことは全然知らず、アンデルセンの童話に基づいた少女趣味のバレエ映画という先入観を持っていたが、それはとんでもない誤解だった。芸術を作り上げる難しさと厳しさ。その中で、芸術と愛の二者選択を迫られたヒロインの悲劇を、1948年製作とは信じられない美しい映像と、フルオーケストラの音楽で詩情たっぷりに描いた、映画史上に残る傑作なのである。

赤い靴を履けば名バレリーナになれるが、その代わりいつまでも踊り続けなければならない。その靴を脱ぐときは彼女が死ぬ時だ。アンデルセンの童話と、映画全体のストーリーとが二重構造になっているが、とりわけ劇中劇の形で演じられるバレエ「赤い靴」の17分にも及ぶシーンが圧巻だ。

主人公ヴィキイ役のバレリーナ、モイラ・シアラーのほぼノンストップの踊りは息もつかせぬ迫力があるし、現実の舞台から幻想的な特撮へと、物語の展開にあわせて変幻自在に移り変わる映像表現が素晴らしい。音楽は何と、サー・トーマス・ビーチャム指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団による演奏である。

スティーヴン・スピルバーグやフランシス・F・コッポラらがリスペクトしているという話も頷けるところで、近年マーティン・スコセッシがデジタルリマスター版を製作、カンヌ映画祭で上映されたとのこと。ただ、レンタルしたDVDはリマスター版ではなく、字幕もフランス語のセリフの大部分や、ヴィキイとジュリアンの結婚を知らせる電報など、肝心のところが訳されていないのは残念だった。

7月16日 ジョグ4キロ
7月17日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/07/12

『十戒』

Tencommandments1957年、米。チャールトン・ヘストン主演。アマゾンの紹介文。

名匠セシル・B・デミル監督が、かつてサイレント映画時代に演出した旧約聖書劇『十誡』を巨額の製作費でリメイクしたスペクタクル史劇の超大作。
今からおよそ3000年前のエジプト。ナイル川で拾われ、エジプト国王の王子として育てられたモーゼ(チャールトン・ヘストン)は、王の実子ラメシス(ユル・ブリンナー)の罠にはまり、砂漠に追放。しかし、やがて彼は神の啓示を受けて奴隷解放を決意し、彼らを連れてエジプト脱出を企てる。(引用終わり)

旧約聖書「出エジプト記」に基づくが、モーゼがエジプト王家に拾われてから、ヘブライ人の出自を知るまでの間は聖書に記述がなく、その部分についてはフィロンやヨセフスら古代歴史家の著作で補ったという説明が、映画に先立ち幕の前に出て来た監督自身によってなされている。

モーゼの出自から、エジプトでの活躍と逆境、神からの啓示を受けヘブライ人奴隷を引率してエジプトを脱出、約束の地パレスチナに向かうまでの苦難に満ちた道のりを、これぞハリウッドという厖大な物量を投入したスケール豊かな映像で描いている。

映画史上有名な紅海がまっぷたつに割れるシーンをはじめ、CGなど存在しない当時、職人芸的なアニメーションを駆使した特撮なのだろうが、6Kデジタルで修復された映像は今日の鑑賞にも十分堪える。

最近、少しずつ聖書の勉強を始めているけれど、ユダヤ人は神からイスラエルの土地を与えられた民族であるという伝承は、こうやってビジュアルで見ると大変分かりやすく、印象に残る。

映画から少し脱線するが、聖書の記述を信仰のよりどころとする福音派(エヴァンジェリカル)が親ユダヤ、イスラエルであるのはそこから来ているし、彼らを最大の支持基盤とするトランプ政権が、イスラエル寄りの政策を打ち出すのもそこに理由がある。アメリカとは、今も聖書が支配する宗教国家なのである。

そこにいくと、全くの無宗教に加えて、根っから大阪人の私は、『十戒』というタイトルを見るたびに、「十日戎」と勘違いしたりするのだ。(笑)

7月10日 ジョグ10キロ
7月12日 LSD20キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/07/06

『大いなる西部』

Bigcountry_21958年、米。ウィリアム・ワイラー監督。グレゴリー・ペック主演。アマゾンの紹介文。

東部出身のジェームズ(グレゴリー・ペック)は、牧場主テリルの娘パット(キャロル・ベイカー)と結婚するためにテキサスに赴いた。しかしテリル家は水源地をめぐってヘネシー家と争っており、またパットを想うテリル家の牧童頭スティーヴ(チャールトン・ヘストン)はジェームズを敵視。非暴力、平和主義者のジェームズはこれらのものごとをすべて合理的に解決しようとするが…。(引用終わり)

ワイラー、ペックと言えば『ローマの休日』と同じコンビだが、本作は打って変わって西部劇である。しかし、ありきたりの西部劇ではない。開拓時代のテキサスを舞台とするものの、お定まりの保安官やインディアンは一切登場しない。派手な撃ち合いなどではなく、人間ドラマとしての色彩が濃い。

テリル、ヘネシー両家の水源を巡る対立を平和的に解決しようと奔走する主人公だが、東部から来た新参者は余計な邪魔をするなとばかり撥ねつけられてしまう。結局は両家の当主が直接対決するしかなくなるのだが、その場面を上からの引いた画面で客観的に描くクライマックスは手に汗を握る。

印象的だったのは、ヘネシー家の当主ルーファスが単なる敵対者、悪党ではなく、威厳のある父親として描かれている点だ。不肖の息子に手を焼き、最後まで許せないと思いつつも、その死に父親としての悲しみを垣間見せるシーンは心に迫った。名作の誉れ高い本作だが、アカデミー賞は唯一、助演男優賞がルーファス役のバール・アイヴスに与えられた。

映画が製作されたのは私が生まれた1958年で、60年も前のことになるが、最近の修復によって美しいカラー映像に生まれ変わっていて、今日でも十分鑑賞に堪えるレベルだ。ヴァイオリンのリズミカルな音型が印象的な音楽がオープニングを盛り上げている。

7月5日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/07/03

『パンク侍、斬られて候』

Punksamurai2018年、dTV企画制作。東映配給。綾野剛、北川景子ほか。町田康原作の同名小説を実写映画化。公式サイトの紹介文。

ある日、とある街道に一人の浪人があらわれ、巡礼の物乞いを突如斬りつける。自らを“超人的剣客”と表すその浪人の名は掛十之進(綾野剛)。掛は「この者たちは、いずれこの土地に恐るべき災いをもたらす」と語るが…。次々とあらわれるクセもの12人。ある隠密ミッションの発令によって始まる前代未聞のハッタリ合戦。そして一人の女をめぐる恋の行方と、一人の猿が語り出す驚きの秘密。今、あなたの想像をはるかに超える、驚天動地の戦いが始まる!(引用終わり)

この紹介文を読んでも何が何だかさっぱり分からない。それもそのはず、主演の綾野剛ですらクランクアップ後に、「毎日、『なんだこの映画』ってみんなで笑いながら作りました。今の時点でも一体この映画がどんな映画になるのか、全く想像がつきません」とコメントしている。

まあ簡単に言ってしまえば、主席家老と次席家老が対立する小藩を舞台に、新興宗教団体「腹ふり党」の討伐を口実に仕官を目論む自称「超人的剣客」の浪人ら、総勢12人ものクセ者たちが入り乱れる、風刺ありギャグありのハチャメチャ時代劇といったところ。いや、まだ分からないか。(笑)

出世と保身のためなら汚い手も平気で使う連中に、怪しげな新興宗教にいとも簡単に騙される民衆。そこに、現代社会に対する痛烈な皮肉を感じ取ることは出来るが、それだけだとしたらやや上っ面な印象は拭えない。一方で結末だけは意外にまともだが、かえって違和感がある。

まあその辺りはサラッと流して、奇想天外なストーリーと、ブラックなジョーク、そこを狙ったか若干チープなCG映像などを、単純に楽しめば良いのだろう。途中でついて行けなくなるかと心配していたが、意外にも全く退屈することなく、131分の尺がむしろ短く感じられた。

主要登場人物で唯一の女性「ろん」役の北川景子が、むさ苦しい男どもの中で「掃き溜めに鶴」の美貌を放っていたことは言うまでもない。(笑)

7月1、3日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/24

『花戦さ』

Hanaikusa2017年、製作委員会。東映配給。野村萬斎主演。公式サイトの紹介文。

戦国時代末期、花と町衆を愛する風変りな男がいた。男の名は池坊専好。京都・頂法寺六角堂の花僧で、いけばなの名手だ。専好がいけた松は、岐阜城大座敷で権力者・織田信長の心を奪い、豊臣秀吉、千利休をもうならせた。 この男、人の顔と名前を覚えられないうえに、口下手である。その上、秀吉や利休など超有名人の眼前でも権力には全く興味なし! 花をいけることのみが彼の至福なのだ。
時は流れて・・・愛息・鶴松を亡くして正気を失った秀吉は圧政を敷いて、己に異を唱える者どころか陰口を言った町衆にさえも残忍な粛清を始める。死に追いやられた者の中にはともに美を追い求めた友人・利休や、専好を慕う町衆たちの姿もあった。愛する人々を守る為、そして、平和な世を取り戻すため、専好は天下人・秀吉に対して一世一代の大勝負に挑む。彼が手にしたのは刃(やいば)ではなく花だった・・・。 (引用終わり)

文禄3年、実在した華道家元・初代池坊専好が、秀吉を迎えた前田利家邸で巨大な松をいけ、秀吉から称賛されたという大砂物伝説に着想を得た、鬼塚忠原作の時代小説『花いくさ』を映画化。当然ながら池坊華道会が全面的にバックアップし、私のような素人が見ても見事な生け花を、映画の随所で披露している。昇り竜をイメージしたという大砂物など、奥行きまで感じられる映像美で再現している。

秀吉を諌めるため、花を武器に命がけの勝負に出た専好の作戦は果たして成功するのか。最後の対決シーンに向けて、様々な出来事が一点に収斂していきながら、緊張感を高めていく。架空の人物、れんの存在が伏線となって、最後でうまく回収されるところも良かった。

俳優陣では、主役の野村萬斎の千変万化の表情が特徴的だが、人によっては好き嫌いが分かれるかもしれない。秀吉役が市川「猿」之助とはシャレが利いている。他に、中井貴一、佐々木蔵之介、佐藤浩市、竹下景子といった大物俳優が流石の貫録を見せている。ただ、れん役の森川葵はいかにも現代的な顔立ちで、かなり違和感があった。

6月23日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/21

『ドクトル・ジバゴ』

Zhivago1965年、米伊。デヴィッド・リーン監督。allcinema の紹介文。

ロシアの文豪ボリス・パステルナークの同名小説を映画化した長編大作。時はロシア革命前後の動乱期。純真な心を持つ詩人でもある医者ジバゴを主人公に、ラーラとトーニャという2人の女性への愛を通して波瀾に満ちた生涯を描いてゆく。人生の軌跡を、多彩な登場人物を交えながら時代のうねりと共に描く壮大な一大叙事詩。M・ジャールによる美しい“ラーラのテーマ”も忘れがたい。(引用終わり)

この監督の作品は、『戦場にかける橋』『アラビアのロレンス』『旅情』に続いて4作目。テーマはそれぞれ異なるが、「映画はこうやって作るものだ」という一貫した主張が感じられる。文芸や演劇とは異なり、映画はセリフ以外にも、場合によってはセリフなしでも、映像による表現が十分出来るメディアなのである。

本作でもその映像表現の素晴らしいことと言ったら、まさにモーション・ピクチャー、動く絵画そのものである。革命前夜の街頭デモと治安部隊の衝突、ロシアの大雪原を疾走する機関車といった迫力あるシーンのみならず、野戦病院の中で向日葵の花弁が落ちるところや、窓越しに見る雪景色が水仙の花畑に変わり、その花からラーラの顔に移るところなど、鮮やかな色彩を使った象徴的なシーンも印象に残る。

音楽はバラライカが奏でる有名な「ラーラのテーマ」が、要所要所でライトモチーフのように使われている。BDの映像特典によれば、封切当初あまり客入りが良くなかったため、この音楽を町の至るところで流して宣伝したのだという。

ストーリーそのものは、ロシア革命前後の揺れ動くロシア社会を舞台にした、主人公の不倫物語である。ドロドロしたものではないけれど、何だか大作少女漫画か宝塚歌劇みたいな感じで、個人的にはあまり感情移入できなかった。後で調べて分かったのだが、何と本当に今春の宝塚雪組公演で取り上げられていた。

アカデミー賞は脚色、撮影、作曲、美術監督・装置、衣裳デザインの5部門を受賞している。上記のような感想からすると頷けるところだ。

6月19、21日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧