2020/07/08

「プリティ・ウーマン」

Prettywoman1990年、米。リチャード・ギア、ジュリア・ロバーツ。ご存じ、王道シンデレラ・ストーリーのロマンチックコメディ。映画ドットコムの紹介文。

ハリウッドの娼婦ビビアンは偶然知り合ったウォール街の実業家エドワードにひと晩買われる。ビビアンに興味を持ったエドワードは1週間の契約を結ぶ。エドワードにとってはほんの気まぐれ、ビビアンにとっては最高のお客。その2人がいつしか惹かれ合い……。(引用終わり)

今日的な観点からすると性差別として非難されかねない内容を含むが、これまで目立った批判は出ていないようだ。ビビアンが明確な個性を持つ自立した一人の女性として登場し、エドワードはまさにそこに惹かれるという設定と、何よりもこの二人の微笑ましい恋愛プロセスを描く軽妙なタッチが、そうした批判から免じさせているのだろう。

ついさっきまで街頭で客引きをしていた娼婦が、通行人も振り向くようなレディに見事に変身する。作品の中でも言及される「シンデ**レラ」や、「マイ・フェア・レディ」を下敷きにしたようなストーリーだが、1週間3000ドルの契約で同居を決めるあたりがいかにも現代風で、もともと脚本のタイトルは「$3000」だったそうだ。

ところで、エドワードからビビアンへのサプライズプレゼントとして、LAからサンフランシスコまで小型機で飛び、オペラを観に行くというシーンがある(LAにはオペラハウスがないため)。演目はヴェルディの名作「椿姫」である。パリの高級娼婦だった主人公ヴィオレッタが、青年貴族アルフレードとの真実の恋に目覚める物語は、まるで本作のストーリーと二重写しのようだ。これが伏線となって、エドワードがビビアンを迎えに来るラストシーンを、名アリア「ああ、そはかの人か」が盛り上げる。

7月8日 ジョグ4キロ

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2020/06/29

「トゥルーマン・ショー」

Trumanshow1998年、米。ジム・キャリー主演。映画ドットコムの紹介文。

離島の町シーヘブンで生まれ育った男トゥルーマン。保険会社で働きながら、しっかり者の妻メリルと平穏な毎日を送る彼には、本人だけが知らない驚きの事実があった。実はトゥルーマンは生まれた時から毎日24時間すべてをテレビ番組「トゥルーマン・ショー」で生中継されており、彼が暮らす町は巨大なセット、住人も妻や親友に至るまで全員が俳優なのだ。自分が生きる世界に違和感を抱き始めた彼は、真実を突き止めようと奔走するが……。(引用終わり)

TVはニュースぐらいしか見ないので全く知らなかったのだけれど、リアリティショーというジャンルの番組が近年世界各地のTVで人気を博しているそうである。事前の台本や演出がなく、予測不可能で困難な状況に一般人出演者が直面する様子を、ドキュメンタリーやドラマのように楽しめる番組なのだそうだ。

しかし、この映画では主人公だけがその設定を知らされておらず、逆に彼以外は妻や親友も全て俳優で、行動からセリフまで全て指示されている。実際のTV番組ではさすがにそこまでやらないだろうが、その極端さこそが本作の面白いところだ。

生まれてから30年、つい最近に至るまで自分が置かれている環境に違和感はなかったのかなど、突っ込みどころは多々あるけれど、真実を求めて動き出した彼の勇気と行動力には思わず拍手を贈りたくなる。その様子を変に深刻ぶらず、明るく快活に演じ切ったジム・キャリーのキャラクターがいい。

一応の決着がついて番組は終了となるが、その瞬間に視聴者は「他の番組を」「『TVガイド』は?」と早くも他の番組を物色する。リアリティとか何とか言っても、結局TVというのは面白ければそれでいい「見世物」なのだ。別にそれが悪いとは言わないけれど。

6月29日 ジョグ2キロ
月間走行  9キロ

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2020/06/26

「ワンダーストラック」

Wonderstruck 2017年米。ブライアン・セルズニック原作の同名小説を映画化。トッド・ヘインズ監督。KINENOTE の紹介文。

1977年、ミネソタ。母親を交通事故で亡くし、おばさんのもとで暮らしている少年ベン(オークス・フェグリー)。実父を知らないベンは、母の遺品から父のある手がかりを見つけ出す……。その50年前の1927年、ニュージャージー。両親が離婚し、厳格な父に育てられている聴覚障害を持つ少女ローズ(ミリセント・シモンズ)は、いつも孤独を感じていた。そんなローズの宝物は、憧れの女優リリアン・メイヒューの記事を密かに集めたスクラップブックだった……。そしてある日、ベンは会ったことのない父を探しに、ローズは憧れの女優に会うために、それぞれニューヨークへと向かう。異なる時代に生きたふたりの物語は、やがて謎めいた因縁で結びつけられ、ひとつになっていく……。(引用終わり)

KINENOTE の分類では「サスペンス・ミステリー」とあるが、むしろ「ファンタジー・ヒューマン」と言う方が相応しい作品ではないかと思う。ベンとローズそれぞれの物語が、50年の時を越えて頻繁に行ったり来たりする構成に最初は戸惑うものの、NY自然史博物館という共通の場所に収斂していく辺りから目が離せなくなる。

秀逸なのは1927年と1977年、それぞれの時代を見事に再現した映像である。前者はモノクロでセリフは一切なし、劇伴が効果音を兼ねるサイレント映画風の作りになっているが、要所では聴覚障害者のローズが筆談で会話するため、大体のストーリーは理解できる。

一方、後者はいかにも70年代という感じのチープな色調で、ヒッピー風の若者が気怠そうに町を闊歩する、ベトナム戦争後のNYの街頭風景を映し出す。改装前のポートオーソリティ・バスターミナルの内部など、年代物のセブンアップの自販機が置かれていたり、一体どうやって撮影したのかと驚いてしまった。

さて、ひょんなことから自然史博物館に迷い込んだベンは、父親がそこで働くジェイミーという少年と仲良くなり、彼の情報を頼りに謎解きのカギとなるキンケイド書店に辿り着くことになる。少しだけネタバラシになるが、1927年のローズに兄から届くハガキにそのヒントがあるのだが、字幕は敢えてかどうかそこを訳していないので要注意である。

そこからラストにかけて、50年の時を繋ぐ因縁が順を追って明かされていき、冒頭のベンの悪夢をはじめとする様々な伏線が見事に回収されていく。全てが腑に落ちたとき、何とも言えない静かな感動が胸に迫ってきて、美しいラストシーンが全体を締め括る。子供から大人まで、観る者の心に温かいものを残す秀作である。

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2020/06/17

「ロング・エンゲージメント」

Engagement2004年仏。「アメリ」と同じ、ジャン=ピエール・ジュネ監督、オドレイ・トトゥ主演。アマゾンの紹介文。

第一次大戦下のフランス。前線の塹壕を5人の兵士が連行されて行く。過酷な戦場から逃れるため自らの身体を傷つけたフランス兵たちだ。彼らは刑のかわりにドイツ軍の標的となるような敵陣との中間地点に置き去りにされた。そのなかの最も若い兵士がマチルドの婚約者マネクだった。
終戦後も全く音沙汰のないマネクの安否を気づかうマチルドのもとに、戦場で彼に出会ったというエスペランザから手紙が届く。その日からマチルドの懸命な捜索が始まった。プロの探偵を雇い、新聞に告知を出し、必死に捜索を続けるマチルド。兵士たちの知人など関係者が浮かぶたびにどこにでも出向き、さまざまな出会いと証言を重ねていく。
だがマネクの最期を見たものは一人もいない。「マネクに何かあれば、私にはわかるはず---」果たして、その愛の直感は、奇跡を起こし、マチルドを彼へと導くのか?(引用終わり)

戦争で生死行方ともに不明になった恋人を探し求めるという単純なストーリーだけれど、登場人物の人間関係がかなり複雑で、そこを押さえておかないとマチルドの捜索の内容が分からない。「アメリ」でもそうだったが、この監督の作品は説明が極端に少ないので、最初観たときは途中でついていけなくなり、再度メモを取りながら観直す破目になった。

しかし、それだけの価値はある作品だ。悲惨な戦争に引き裂かれた男女の愛。マチルドは小児麻痺の体をおして恋人を探し求めるが、別の女性は恋人を殺した人間への復讐に執念を燃やす。やむを得ない事情で不倫に至ってしまった過去を隠して生きる未亡人、別人に成りすまして密かに戦後を生き延びる元兵士もいる。

そういった様々なエピソードが、ひとつひとつ丁寧に描かれているけれど、それがセリフによる説明ではなく、美しい映像によって直感的に表現されているのが本作最大の特徴であろう。ラスト近く、マチルドが川岸の東屋で化粧直しするシーンは、ルノアールの絵画のような美しさに圧倒される。また、畑の中で農夫が兵隊に徴用される僅か十数秒のシーンですら強い印象を残すが、そのためにわざわざ麻を一から栽培し、ヘリで草を揺らして撮影したというから恐れ入る。

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2020/06/11

「アメリカン・ビューティー」

Americanbeauty1999年米。サム・メンデス監督、ケヴィン・スペイシーほか。映画ドットコムの紹介文。

郊外の新興住宅地に暮らす夫婦と娘の三人家族。夫婦仲は冷め、娘は親と意思の疎通がない。おかしな青年とゲイ嫌いの父親がいる隣家も同様の家庭だ。だが夫がリストラに遭い、娘の友人に性的妄想を抱き、妻は浮気、娘は隣家の青年と駆け落ちを決意し……。コミカルで辛辣な家庭崩壊ドラマ。アカデミー作品賞、監督賞、主演男優賞、脚本賞、撮影賞の5部門を獲得。(引用終わり)

一見ごく普通の中流家庭を構成する登場人物たちの突然の行動変化が、ともすればマンガ的なほど分かりやすく描写され、またジャケット写真に象徴される性的なエピソードも頻繁に登場する。最初に観終えた瞬間は、何だか浅薄で悪趣味で嫌味なブラックコメディのように感じた。

しかし、時が経つにつれ、じわじわと底知れぬ恐ろしさが忍び寄ってきた。ここに登場するのは、どこかの知らない住宅地に住む「彼ら」だけれど、それはもしかしたら明日の「あなた」に起こるかもしれない話なのだ。

一見平和で平凡な日常生活を送る現代人の内面に潜む不安や不満、虚栄心、秘められた願望、破壊や逃走への衝動などが、遠慮会釈なく白日のもとに晒されていく。これは、そういうとても怖い映画なのだ。「自分はそんなのとは関係ない」と仰る(あるいは思い込んでいる)幸せな聖人君子諸氏に、この映画はお勧めできない。

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2020/05/18

「アメリ」

Amelie2001年、仏。ジャン=ピエール・ジュネ監督。アマゾンの紹介文。

空想好きの小さな女の子アメリは、そのまま大人になってモンマルトルのカフェで働いている。彼女の好きなことはクレーム・ブリュレのカリカリの焼き目をスプーンで壊すこと、周りの人たちの人生を今よりちょっとだけ幸せにする小さな悪戯をしかけること。彼女の人生は、スピード写真コレクターのニノとの出会いによって、ある日突然、混乱をきたす。人を幸せにするどころか、優しい笑顔のニノにアメリは恋心を打ち明けることが出来ない。アメリの最も苦手な現実との対決、不器用な恋に必要なのは、ほんの少しの勇気。(引用終わり)

何とも言えない独特の世界観と魅力を持った作品だ。入り込めない人にはどこが面白いのかとなりかねないが、意外なことに還暦を過ぎたオジサンでもハマってしまった。

日常とかけ離れた世界を疑似体験させる映画の力は、心のどこかに確実に何かの痕跡を残した。観て決して損はなかったと思わせる作品だ。

主演オドレイ・トトゥの可憐さ、小悪魔ぶりが本作の魅力の半分ほどを占めるが、脇役からチョイ役に至る俳優陣の起用に監督は苦労したそうで、登場人物が一人残らず物語世界のリアリティ構築に寄与している。

また、随所に散りばめられた小ネタの面白さや、雲の色にまでこだわったという映像の丁寧な作り込み、パリの街角の雑音もうまくブレンドした音声の巧みさなどが光る。

5月18日 ジョグ4キロ

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2020/05/06

「パッチ・アダムス」

Patchadams1998年、米。ロビン・ウィリアムス主演。アマゾンの紹介文。

“ユーモアこそが最良の薬”
患者の為の医療とは何かを問い続けた、実在の医師をモデルにした感動のヒューマンドラマ。自殺癖を持つアダムス(ロビン・ウィリアムズ)は、自らの意思で心療内科に入院。そこで“笑い”が心の癒しになると気付いた彼は、医学の道を志し、名門大学の医学部に見事入学する。そして、治療の一環としてユーモアで患者を楽しませることを主張するが、彼の理論は学部長や仲間に理解されなかった。そこでアダムスは、自らの信念を貫き通すため、恋人とともに無料診療院を開設する。(引用終わり)

ホスピタル・クラウンとかクリニクラウンという人々がいて、入院患者を励ますボランティア活動をしていることは知っていたが、それはこのパッチ・アダムスの活動に始まり、全米にそして世界に広がったそうである。

映画にも出てくるが、普通は医師と言えば一段高いところにいる存在で、道化を演じるなど思いも及ばない。そうした医療界の常識に果敢に挑んだ彼の半生を映画化したのが本作品だ。

しかし、パッチはただ人を笑わせることが好きで得意だからという理由だけで道化をやったのではない。その背後には「医療とは何か」という彼の哲学があり、その実践方法の一つが道化というに過ぎないのである。パッチが医学部の同級生に次のように語って聞かせる場面がある。

「人は皆死ぬ。医者の務めとは、死を遅らせるのではなく、健康を増進して生活の質を向上させることだ」

ただ生き永らえているのではなく、喜怒哀楽の感情をもち、社会性を保ちながら、少しでも楽しい時間を過ごす。どんな重症患者といえども、人間らしく過ごすことは必要で、それが自然治癒力を高めることになるという信念である。

全篇にわたって、パッチ本人になり切ったかのようなロビン・ウィリアムスの演技が光る。特典映像の中で監督のトム・シャドヤックは、主役はロビン・ウィリアムスが演じることを条件に引き受けたとコメントしているが、確かに彼にしか出来ない役柄ではないかと思う。

5月5日 ジョグ4キロ

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2020/04/18

『リトル・ミス・サンシャイン』

Sunshine2006年、米。監督はジョナサン・デイトン、ヴァレリー・ファリス夫妻。制作には何と5名が名を連ねる。アマゾンの紹介文。

田舎町アリゾナに住む少女オリーヴ。なんともブサイクでおデブちゃんな彼女が、全米美少女コンテストでひょんなことから地区代表に選ばれた。オリーヴ一家は黄色のオンボロ車に乗り、決戦の地カリフォルニアを目指すことに。人生の勝ち組になることだけに没頭する父親、ニーチェに倣って信念で沈黙を貫く兄、ゲイで自殺未遂をした叔父、ヘロイン吸引が原因で老人ホームを追い出された不良ジジイ、そしてバラバラ家族をまとめようと奮闘する母親。そんな落ちこぼれ家族の、奇妙でハートフルな旅が始まった…!(引用終わり)

一応はロードムービー仕立ての家族コメディドラマと言えるけれども、この家族というのが皆一風変わった個性派揃いで、普段の行動や嗜好もてんでバラバラといった有様。ひょんなことから始まった彼らの長旅は最初から不穏な空気が漂い、次から次へと不運な出来事に見舞われる破目になる。

よくまあこれだけ続くものだと感心しながら観ているうち、彼らが気の毒だとか可哀そうという感情よりも、もうここまで来たら笑い飛ばすしかないという心理状態になってくる。しかし、どうやらその辺りからがこの作品の本領発揮なのではないか。

人間、どんな不幸に陥っても落ち着くところに落ち着くものだし、もしかしてそこに何らかの救いがあるかもしれない。そういう開き直ったような明るさ、大らかささえあれば、人生何とかなるものだというポジティブな気持ちにさせてくれる。一連の出来事を通じて家族がお互いを思いやり、団結を取り戻すといったありきたりのストーリーだけではアカデミー賞(脚本賞、助演男優賞)は貰えなかっただろう。

ところで、一家が乗ったフォルクスワーゲンのバンが途中で故障し、「押しがけ」でないとエンジンがかからなくなるというシーンがある。ほぼ全車がオートマチックの今の若い人は知らないだろうが、昔バッテリーが上がって困ったとき一か八かでやったら成功した経験を持つオジサンには懐かしい言葉なのだ。(笑)

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2020/04/12

NHKプラス

NHKの地上波(総合、Eテレ)常時同時配信、見逃し番組配信サービス「NHKプラス」が4月から本格実施となったので、早速タブレットにアプリを入れ、利用登録手続きを済ませて視聴してみた。8インチのタブレットで見た感想としては、映画やドラマはともかくニュース番組などを見るには十分なクオリティである。

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これまで外出時にTVを見たいときはガラホのワンセグTVが頼りだったが、画面が小さいうえに屋内では電波が安定せず、全く映らなかったり固まったりする場合が多かった。NHKプラスだと携帯の電波が届く限りどこでも鮮明な映像が見られるから、この先また入院することになってもTVカードを買わなくて済む。ちゃんと受信料を払っている世帯は無料で利用できるのだ。

ローカルは南関東の番組のみとなっていたり、著作権の関係で番組の全部(または一部)が放送されない(または「ふたかぶせ」となる)などの制約があるものの、放送中番組の追いかけ再生や、過去1週間の番組がいつでも見られるなどメリットは大きい。当然ながらNHK地上波の番組に限られるわけだが、普段から民放の番組はほとんど見ないので全く問題ない。

ところで、「NHKプラス」という名称から、総合テレビのコント番組「LIFE!」の「プラス車掌」を連想してしまったが、もしかしてネーミングのヒントになったりしたのだろうか。(笑)

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2020/03/28

『グリーンブック』

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時は1962年、ニューヨークの一流ナイトクラブ、コパカバーナで用心棒を務めるトニー・リップは、ガサツで無学だが、腕っぷしとハッタリで家族や周囲に頼りにされていた。ある日、トニーは、黒人ピアニストの運転手としてスカウトされる。彼の名前はドクターことドン・シャーリー。カーネギーホールを住処とし、ホワイトハウスでも演奏したほどの天才は、なぜか差別の色濃い南部での演奏ツアーを目論んでいた。二人は、<黒人用旅行ガイド=グリーンブック>を頼りに、出発するのだが─―。(引用終わり、一部加筆)

トニーとドンは実在の人物で、彼らの実体験がベースになっているそうだが、無教養でマッチョで下品なのが白人、知的な芸術家で上品なのが黒人と、普通とは逆の設定になっているところがミソである。

境遇も性格も正反対、最初はお互いへの嫌悪感も露わに険悪な雰囲気だった二人が、ツアーを続けるうち様々な出来事を通じて徐々にお互いを認め合うようになる。それはやがて周囲の人間にも良い影響を及ぼすようになる。ロードムービー仕立ての心温まるヒューマンドラマである。

音楽が持つ力も映画の主要テーマになっていて、ドンのピアノを中心にチェロ、ベースを加えたトリオの演奏はもちろん、旅先の黒人バーで弾いたショパンの練習曲「木枯らし」と、その後の地元メンバーとの即興セッションでバー全体が盛り上がる場面は感動的だった。

音楽ネタでもうひとつ。ドンがトニーに手紙の書き方を伝授する場面で、ドンが教えた詩的な文章の最後に、トニーが自分流に「追伸 子供にキスを」と書き添えたいと言うと、ドンは「交響曲の最後にブリキの太鼓を?」(字幕)とからかう。ここは実際は「ショスタコーヴィチの(交響曲)第7番の最後にカウベルを鳴らすようなものだ」となっていて、意味が分からないト二―が「“いい”ってことか?」と訊くと、ドンが「完璧だ」と返す。

ショスタコ7番のあの賑やかな終楽章の最後で「カランコロン」とカウベルが鳴れば噴き出すこと必至だが、一見堅物に見えるドンがなかなかシャレの分かる人物であることが分かる粋なシーンだ。彼がモスクワ音楽院で勉強した経歴を話す前半の場面が伏線になっている。

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