2018/10/13

『光をくれた人』

Light2016年、米豪ニュージーランド。マイケル・ファスベンダー、アリシア・ヴィキャンデル他。アマゾンの紹介文。

心を閉ざし孤独だけを求め、オーストラリアの孤島で灯台守となったトム。しかし、美しく快活なイザベルが彼に再び生きる力を与えてくれた。彼らは結ばれ、孤島で幸福に暮らすが、度重なる流産はイザベルの心を傷つける。
ある日、島にボートが流れ着く。乗っていたのは見知らぬ男の死体と泣き叫ぶ女の子の赤ん坊。赤ん坊を娘として育てたいと願うイザベル。それが過ちと知りつつ願いを受け入れるトム。4年後、愛らしく育った娘と幸せの絶頂にいた2人は、偶然にも娘の生みの母親ハナと出遇ってしまう――。(引用終わり)

舞台はオーストラリア西部沖の孤島。赤ん坊と既に死んだその父親がボートに乗って流れ着くことから物語が展開していくが、これと似たような設定で、お隣ニュージーランドの海岸に母子とピアノを乗せた舟が着くところから始まる『ピアノ・レッスン』を思い出した。

直前に二度目の流産を経験し、悲嘆にくれていた灯台守夫妻の子供として、赤ん坊は育てられていくのだが、実は本土にその母親が生存していて、一連の真相が明らかとなり、娘は実の母の家に引き取られていくのだが…というストーリー。

夫婦間の愛情、子供への愛情、人として守るべき道、罪と赦し。主人公夫妻も実の母も、互いに矛盾する大変難しい選択を迫られる。その息詰まるような心理ドラマが、抑制の効いたセリフによって展開し、美しい映像と音楽がそれに静かに寄り添う。

なお、主演の二人はもともと交際中で、本作製作の翌年に実際に結婚したそうである。どうりで迫真の演技だったわけだ。(笑)

月曜から伊勢街道の走り旅に出かけるので、次回更新までしばしご猶予を。

10月11、13日 ジョグ10キロ

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2018/10/04

『恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』

Bakerboys1989年、米。シドニー・ポラック製作総指揮。ミシェル・ファイファー、ジェフ・ブリッジズ、ボー・ブリッジズ他。アマゾンの紹介文。

なかなか人気が出ず、お呼びのかかるラウンジも格の低いところが増えてきたジャズ・ピアニスト兄弟「ザ・ファビュラス・ベイカー・ボーイズ」(ジェフ&ボー・ブリッジズ)。この状況を打破するべく美人ヴォーカリスト、スージー(ミシェル・ファイファー)を雇い、トリオとして再出発した。彼女の人気でトリオは次第に人気を博していくが…。(引用終わり、一部加筆。)

あるサイトで「邦題以外はすべていい。音楽もカメラも役者も。」と紹介されていたが、本当にそのとおりで、小難しい文芸映画を観た後、理屈抜きに楽しめる1本だった。

とりわけ、全篇に亘って流れるジャズナンバーの数々が、洗練された都会の気怠さ…みたいな雰囲気を醸し出している。ミシェル・ファイファーの歌はほとんど玄人はだしで、サウンドトラックがグラミー賞を受賞したそうだ。

その歌もさることながら、彼女の何とも言えない妖艶さ、それと同居する可愛らしさやふてぶてしさなど、大人の女の色香を全て体現したような演技が、本作最大の魅力だろう。グランドピアノの上で身をくねらせて歌うシーンは、上質なエロティシズムを強烈に感じさせる。

ベイカー兄弟を演じたジェフとボーは本物の兄弟なのだが、そう言われないと気付かないほど容貌は似ていない。しかし、実はこの映画の役柄的にはそれが功を奏していて、兄は律義で実務に通じた常識人、弟は才能はあるが人間的には未熟という、対照的な兄弟像を作り上げるのに寄与している。

メインは一応ラブストーリーだが、そこに兄弟の対立や和解、エンタメ業界の現実などが絡んで、独特の作品世界を作り出している。弟が飼っている黒のレトリーバーとか、アパートの上階に住む少女も、意外なほどストーリー展開に絡む名脇役となっている。一見唐突で、余韻を残したエンディングも味わいがある。

10月3日 ジョグ10キロ

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2018/10/01

『めぐりあう時間たち』

Thehours2002年、米。スティーヴン・ダルドリー監督。メリル・ストリープ、ジュリアン・ムーア、ニコール・キッドマン他。アマゾンの紹介文。

誰の人生にもやってくる普通の朝が、また始まろうとしていた。1923年ロンドン郊外、作家ヴァージニア・ウルフは「ダロウェイ夫人」を執筆している。1951年ロサンゼルス、妊娠中の主婦ローラ・ブラウンは、夫のために息子とバースデイ・ケーキをつくり始める。2001年ニューヨーク、編集者クラリッサ・ヴォーンは、エイズに冒された友人の作家の受賞パーティ準備に奔走する。3つの時代の、3人の女たちの一日は、それぞれの終わりへと向っていた…。(引用終わり)

原題 The Hours 。ピュリツァー賞を受賞したマイケル・カニンガムの同名小説を映画化。紹介文にあるとおり、ヴァージニア・ウルフの小説『ダロウェイ夫人』を縦糸に、時代も境遇も異なる3人の女性の物語を横糸に織りなされる、複層的かつ緻密なストーリー構成。難解さで有名なウルフの小説が下敷きになっているだけあって、映画の内容もかなり複雑で奥が深く、一度観ただけでは理解が難しい。監督自身、「これは繰り返し観て、新たな絆や共感を見出せる作品にしたかった」と語っている。

花を買ってきて飾る。パーティの準備と料理。親しい人間の訪問による心境の変化。女性同士のキス。自殺行為。いくつかの暗示的なモチーフが共通して用いられるが、それよりも重要なのは、彼女たちがいずれも「誰かのために」生きているという点にある。

ヴァージニアは、彼女の精神病の治療のためだとして、夫がロンドンから離れた田舎町での生活を決め、当時の女性の社会的地位から不本意ながらそれに従っているが、創作に不可欠な刺激のない田舎生活に不満を抱いている。

ローラは内気でいつも一人でいるタイプだったが、彼女に今のような人生を送らせたかったと言う夫の幸せの理想像に合わせて、理想的な妻と母を演じ続けている。しかし、『ダロウェイ夫人』を愛読し、そのヒロインに心が満たされない自分自身を投影している。

『ダロウェイ夫人』と同じ名前を持つクラリッサは、詩人で作家のチャーリーにかつて好意を寄せながら拒否され、その後はエイズに侵された彼の世話を献身的にしている。チャーリーもまたクラリッサのために生きてきたが、そのことをずっと重荷に感じている。

彼女たちの抱えるジレンマ、その解決への過程、苦悩に満ちた選択、その結果払うことになる犠牲といったものを、3人の女優たちが繊細にして説得力ある演技で表現しきっている。本作の価値は彼女たちの演技に尽きると言って過言ではないが、美しい映像表現、心に沁みるようなフィリップ・グラスの音楽も素晴らしい。

少々とっつきにくいが、またいつか観てみたいと思わせる秀作映画だ。

9月28日 ジョグ10キロ
月間走行 195キロ
10月1日 ジョグ10キロ

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2018/09/28

NHK「おはよう関西」オープニング曲

NHK大阪放送局が平日朝に放送している「おはよう関西」という番組がある。7時45分から8時までで、つまり連続テレビ小説(いわゆる朝ドラ)の前番組だ。そのオープニングとエンディングに、ヴァイオリンとギターを中心とした軽快な音楽が流れる。

てっきりNHKのオリジナルと思い込んでいたのだが、ある時たまたまMBS毎日放送のラジオを聴いていたら、「市川紗椰のKYOTO NOTE」という番組のオープニングで、同じ曲が流れてきたので驚いた。

まさかMBSが他局の音楽を勝手にパクるとは思えず、そうするとこれはNHKオリジナルではなく、どこかのアーティストが作った同じ音楽を、たぶん偶然に両放送局が使用しているのだろう。

そう思って両番組の公式サイトなどを覗いてみたが、オープニング曲に関する情報は全く見当たらない。ちょっと手間がかかったが、ネットでいろいろと検索してみて、ようやく該当の情報に辿りついた。

ジュスカ・グランペールという、京都を拠点に活動しているヴァイオリンとギターのアコースティック・デュオが演奏する「めざめ~Reveil」という曲である。確かに、朝のニュース番組や京都の地域情報番組にふさわしい音楽というわけだ。

グループ名は「おじいさんになるまで」という意味のフランス語で、共におじいさんになるまで楽しく続けていきたいという願いをこめたものだそうだ。寡聞にしてグループ名も知らなかったが、結構いろんな番組やCMに楽曲を提供しており、そうと気づかぬうちに彼らの音楽に接しているかもしれない。

同曲のサンプル試聴はこちら

9月27日 LSD40キロ

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2018/09/25

『ドリーム』

Hiddenfigures2017年、米。セオドア・メルフィ監督。アマゾンの紹介文。

1961年、アメリカはソ連との熾烈な宇宙開発競争を繰り広げていた。NASAのラングレー研究所には、ロケットの打ち上げに欠かせない“計算”を行う優秀な黒人女性たちのグループがあった。そのひとり、天才的な数学者キャサリンは宇宙特別研究本部のメンバーに配属されるが、そこは白人男性ばかりの職場で劣悪な環境だった。仲の良い同僚で、管理職への昇進を願うドロシー、エンジニアを目指すメアリーも、理不尽な障害にキャリアアップを阻まれていた。それでも仕事と家庭を両立させ夢を追い続けた3人は、国家的な一大プロジェクトに貢献するため自らの手で新たな扉を開いていくのだった……。(引用終わり)

多少変えている部分はあるものの、ほぼ実話に基づいて製作され、3人のヒロインたちも実在の人物だという。60年代初頭、まだ黒人差別は厳然として残り、とりわけ黒人女性が最先端の宇宙開発に携わるなど、まさに夢のような話でしかなかったのである。

その厚い壁に対して、社会運動として立ち向かったキング牧師のような人物もいたが、まさに映画の原題 Hidden Figures (隠れた人物)として世に知られることなく、大声を上げることもなく、自らの努力と実力だけでその壁に風穴を開けた人たちがいたのだ。

数々の困難を乗り越え、やがてNASAの中で認められていく彼女たちの姿は、颯爽としてとても格好いい。最初は常識の色眼鏡で見ていたものの、次第に彼女たちの実力を認め、障害を取り除く側に回る上司アル・ハリソンを、ケビン・コスナーが好演している。やや予定調和的なハッピー・エンドに物足りなさを覚えないでもないが、彼女たちの勇気と行動力には爽やかな感動を覚える。

ところで、宇宙開発に参画した数学の天才女性と言えば、2009年のこの作品に出ている多部未華子が先輩格に当たるかもしれない。(笑)

9月23、25日 ジョグ10キロ

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2018/09/22

『響 HIBIKI』

Hibiki_poster12018年、製作委員会。東宝配給。平手友梨奈、北川景子ほか。公式サイトの紹介文。

スマートフォン・SNSの普及により、活字離れは急速に進み、出版不況の文学界。そこに現れた一人の天才少女、彼女の名は『響』(平手友梨奈)。15歳の彼女の小説は、圧倒的かつ絶対的な才能を感じさせるもので、文学の世界に革命を起こす力を持っていた。文芸誌「木蓮」編集者の花井ふみ(北川景子)との出会いを経て、響は一躍世の脚光を浴びることとなる。
しかし、響は、普通じゃない。彼女は自分の信じる生き方を絶対曲げない。世間の常識に囚われ、建前をかざして生きる人々の誤魔化しを許すことができない。響がとる行動は、過去の栄光にすがる有名作家、スクープの欲だけで動く記者、生きることに挫折した売れない小説家など、様々な人に計り知れない影響を与え、彼らの価値観をも変え始める。
一方、響の執筆した処女作は、日本を代表する文学賞、直木賞・芥川賞のダブルノミネートという歴史的快挙にまで発展していく。(引用終わり)

主役の平手友梨奈は原作コミックから抜け出たようだというが、仮にそうだとしても映画としての完成度が高いということにはならない。許せない相手に対して彼女が暴力を振るうシーンが何度も登場するが、それでスカッとするだけでは暴力を容認したことになる。

そうではなく、相手が誰であれ、体を張ってでも自らの意思を貫き通す、彼女の一途な生き方が、周囲の大人たちにも影響を及ぼしていくところが作品のキモだとすれば、その部分の描写がいかにも中途半端なのだ。あんなに憎々しげだった相手が、響の一言で掌を返したように良き理解者に豹変する。いくら原作がコミックだといっても、あまりにもマンガ的に過ぎないか。

平手はいきなり主役でのデビューとなったが、今後響以外の役をどう演じていくのだろうか。響の良き理解者であり、常に彼女を守る編集者役の北川景子は、さすがの安定した演技。一方、小栗旬、柳楽優弥、吉田栄作ら脇役陣も豪華だが、残念ながら持ち味を生かし切るほどの登場場面がない。その中で、打算だけで動く編集長を演じた高嶋政伸の演技が光っていた。今、ああいう悪役を演じさせて彼の右に出る人はいないのではないか。

9月21日 ジョグ10キロ

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2018/09/16

『スタンド・バイ・ミー』

Standbyme1986年、米。ロブ・ライナー監督。アマゾンの紹介文。

1959年オレゴンの小さな町。文学少年ゴーディをはじめとする12才の仲良し4人組は、行方不明になった少年が列車に轢かれて野ざらしになっているという情報を手にする。死体を発見すれば一躍ヒーローになれる! 4人は不安と興奮を胸に未知への旅に出る。たった2日間のこの冒険が、少年たちの心に忘れえぬ思い出を残した……。(引用終わり)

スティーヴン・キング原作。あまりに有名なテーマ曲以外、内容は全く知らなかったが、男の子なら誰もが共感する甘酸っぱい青春のひとコマを、オレゴンの美しい自然をバックに詩情豊かに描いた名作である。

列車に轢かれた死体を見つけて有名人になりたいと、冒険を思い立った仲良し4人組だったが、途中からは冒険そのものが目的と化していく。鉄橋の上で列車に出くわしたり、近道しようと渡った沼でヒルに食われたりと、散々な目に遭いつつも、4人の絆は次第に深まっていく。

ついに死体を発見し、追いかけて来た年長の不良グループも退けた4人だったが、帰る頃にはもうすっかり大人へと変身していた。町に帰ってからの別れは実にあっさりしたもので、その後はそれぞれの進路を辿り、出会うこともなかったようだ。長じて弁護士となったクリスが殺害されたことを知ったゴーディの回想と語りで、映画が進行する形をとっている。

4人の中では最も冷静沈着、かつ思い遣りもある人格者、クリス役を演じたリヴァー・フェニックスの演技が素晴らしい。野宿している時、給食費盗難事件の真相を涙ながらにゴーディに語るシーンは胸に迫る。残念ながら、薬物過剰摂取のため惜しくも23歳で亡くなったそうだ。なお、ホアキン・フェニックスは彼の弟である。

9月15日 ジョグ10キロ

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2018/09/13

『セブン』

Seven1995年、米。デイヴィッド・フィンチャー監督。ブラッド・ピット、モーガン・フリーマン他。allcinema の紹介文。

定年退職間近の刑事サマセットと新人のミルズは、ある殺人現場に向かう。そこには肥満の大男の凄惨な死体があった。またほどなくして、今度は弁護士の死体が発見される。サマセットはそれぞれの現場に残されていた文字から、犯人がキリスト教における七つの大罪(傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲)に因んだ殺人に及んでいると分析、残るは5件となった。事件を未然に防ごうと犯人の特定を急ぐ2人。やがて一人の男が容疑者に浮上、しかし接近するも取り逃がし、さらなる犠牲者を出してしまう。そんな中、大罪に沿った犯行が残り2件となったところで、犯人を名乗る男が自首して来るのだが…。(引用終わり、一部訂正。)

最近までタイトルすら知らなかったが、観た甲斐は十分にあった。猟奇的連続殺人事件を扱った内容にもかかわらず、不思議なことにホラーという感じがそれほどしない。最後の1件を除いて殺人行為そのものの描写はなく、事件後の現場の様子だけを映すということもある。

しかし、その映像は確かに凄惨ではあるのに、あまりに見事に作り込まれていて、ある種のアートのように感じられるのだ。むしろ、作中に登場する古い書物(ダンテ「神曲」?)の挿絵の方がグロテスクに感じられるほどだ。

また、ストーリー展開にぴったり合ったテンポ感良い進行や、映像と表裏一体となった音楽や巧みな効果音などにより、とても完成度の高い上質のサスペンス映画に仕上がっている。いつも雨が降る暗い街の風景は、『ブレードランナー』が描いた近未来のLAにも似て、本作の独特の世界観を象徴している。

定年退職直前のサマセット刑事を演じたM・フリーマンの渋い声と演技はさすがで、B・ピット演じる若く熱血漢のミルズ刑事とのコンビの微妙な人間関係の描写もきめ細かい。事件の長期化を予測して、担当から外れることを希望していたサマセットだが、ミルズの熱意にほだされ遂には衝撃的な結末までを見届けることになる。このラストの救いのなさこそが、本作の価値なのだろうと思う。

9月11、13日 ジョグ10キロ

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2018/09/10

『ブルース・ブラザース』

Blues_brothers1980年、米。ジョン・ランディス監督。ジョン・ベルーシ、ダン・エイクロイド他。allcinema の紹介文。

黒い帽子に黒のサングラス、黒いネクタイに黒のスーツという、全身黒づくめのジェイク・ブルースとエルウッド・ブルースは、ちぎりを交わした兄弟分。そのブルース兄弟が昔世話になった孤児院が窮地に陥った! 彼らは孤児院を救おうと、かつての仲間を集めて“ブルース・ブラザース・バンド”を再結成し、そのコンサートの利益を孤児院に寄付しようとするが……。(引用終わり)

コメディであり、ミュージカルであり、派手なカーチェイスのアクションであり、バディものでもある。それらの要素のどれもが超一流であるだけでなく、その全てがひとつの器の中に綺麗に納まっている。

まず、主人公2人のキャラが立っていて、途中からは彼らが登場するだけでニヤッとしてしまう。本職ではない歌も相当のレベルにあるらしい。そして、音楽と言えば、ジェームズ・ブラウン、アレサ・フランクリン(先月亡くなった)、レイ・チャールズと、ブルースに詳しくない私でも名前を知っている大物ミュージシャンが顔を揃える。

さらに、廃業したショッピング・モールを丸ごと復元したり、シカゴ市内を借り切ったりして撮影したカーチェイスは、今となっては撮影不可能な迫力を生んでいる。ナチの車が落下するシーンは、何と実際にヘリから車を落として撮ったそうだ。

ストーリーは単純明快で、何度観てもスカッとする映画の代表格と言える。音楽好きを中心に熱いファンが多いというのも当然だろう。なお、ラスト近くで登場する税務担当官が、実は若き日のスティーヴン・スピルバーグというのもご愛嬌だ。

9月9日 ジョグ10キロ

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2018/09/07

『プライベート・ライアン』

Privateryan_21998年、米。スティーヴン・スピルバーグ監督。トム・ハンクス、マット・デイモン他。allcinema の紹介文。

1944年6月。連合軍によるフランス・ノルマンディ上陸作戦は成功に終わったものの、激戦に次ぐ激戦は多くの死傷者を出していた。そんな中、オマハビーチでの熾烈な攻防を生き延びたジョン・ミラー大尉に新たな命令が下された。ひとりの落下傘兵を戦場から救出せよ。その兵士、ジェームズ・ライアン二等兵には3人の兄がいるが、この一週間の間に全員が死亡。兄弟全てを戦死させる訳には行かないという軍上層部は、ひとり残されたライアンをなんとしてでも故国へ帰還させようと考えたのだ。ミラーは中隊から7人の兵士を選び出し、生死も定かでないライアン二等兵を探すために戦場へと出発するのであった……。(引用終わり)

ひとことで言えば、「戦場のリアル」を徹底的に追求した映画ということになるだろう。冒頭20分以上にも及ぶオマハビーチでの凄惨な戦闘シーンはその最たるものだが、それに続く本題であるライアン救出作戦の一部始終もまた、実際の戦場で日常どんなことが起きていたのかを実感させる。

たった一人の兵卒を救出するために、大尉以下8名のチームが結成される。その中には「俺にヒトラーを狙わせてくれたら、この戦争なんてすぐ終わる」と豪語する凄腕のスナイパーまで含まれている。しかるに、肝心のライアンの居場所は漠然としていて捜索は難航する。どう考えても不合理極まる作戦だけれど、軍最高幹部からの命令は絶対なのである。

さらには、ようやく発見したライアンが帰還を拒否したため、彼らはやむなくライアンの属する部隊とともに、連合軍の生命線となる橋を死守する作戦に従事することになる。その準備から実際の戦闘までのディテールが、これまた詳細かつリアリティーに満ちている。弾丸がなくなれば万事休す。その当たり前のことを、この映画はちゃんと分からせてくれる。

戦争とは一体どういうものか。言葉で表現すれば、そこに何がしかの主張や思想が入り込まざるを得ないが、まるで現場に居合わせたかのような迫真の映像表現で、それを冷徹かつ客観的に描き切った稀有な作品である。アカデミー賞5部門受賞は当然のことだろう。

9月5、7日 ジョグ10キロ

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