2018/04/18

『炎のランナー』

Chariots1981年、英。ヒュー・ハドソン監督。アマゾンの紹介文。

パリ・オリンピック陸上短距離で祖国イギリスに金メダルをもたらした2人の若者がいた。ユダヤの血をひいている為、言われなき差別と偏見を受けてきたハロルド。彼にとって走ることは偏見に勝利することであった。一方、宣教師の家に生まれたエリックは神のため、信仰のため走った……。(引用終わり)

あまりに有名なヴァンゲリスのテーマ曲以外、ほとんど知らなかったが、ランナーとしては死ぬまでに一度は観ておくべきだろうと思った。多少の脚色はあるものの、実話に基づいて製作された、一種のスポーツ・ドキュメント的な作品である。

しかし、単純なサクセス・ストーリーにとどまらず、ユダヤ人差別の問題や、信仰とスポーツの相克、さらにはプロを排除するアマチュアリズムといった、社会倫理的な背景にも力点が置かれ、作品に深みを与えている。

なお、ハロルドが一目惚れするオペラ歌手シビルが出演していたのは、「ミカド」というオペレッタで、そのロングラン公演が行われていたサヴォイ劇場に彼女を送るよう、彼の友人アンドリューが運転手に命じる場面がある。「ミカド」=天皇を冒瀆するような内容らしく、日本ではほとんど上演機会がない作品だ。

ところで、今日から東海道街道走りの最終回に出発するので、次回更新までしばしお待ちを。

4月16日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/04/12

『わたしを離さないで』

Nlmg2010年、英米。カズオ・イシグロの同名小説の映画版。allcinema の紹介文。

緑豊かな自然に囲まれた寄宿学校“ヘールシャム”。そこは、牧歌的な田園地帯にありながら外界からは完全に隔絶され、徹底した管理が行われている謎めいた施設だった。そんな静かで整然とした環境の中で、幼い頃からずっと一緒に育ってきたキャシー、ルース、トミーの仲良し3人組。やがて18歳となった3人はヘールシャムを卒業し、農場のコテージで共同生活を送ることに。初めて接する外の世界に不安や喜びを感じていく3人。そして、いつしかルースとトミーが恋人になったことで3人の関係も終わりを迎えようとしていたが…。(引用終わり)

同じカズオ・イシグロ原作で、以前『日の名残り』を観たが、とても同じ作家と思えないほど全く違うジャンルの作品なのに、それぞれ独特の作品世界にどっぷりと浸らせてくれる。さすがはノーベル賞作家だけのことはある。

ネタバレになるので肝心のところはほとんど何も書けないが、平均寿命が100歳を超えた架空世界(パラレルワールド)というSF的な設定を使いながらも、内容的にはとても切ないヒューマンドラマというところが秀逸である。映像、音楽ともに大変美しく、そして哀しい。

平均寿命がいくら延びても、人間はいつか死ぬ。それは誰にとっても避けられないことなのだ。ラスト近くの、「よく分からないのは、私たちの命が、私たちが救う人々の命とそんなに違うのかということだ。皆、“終了”する。たぶん誰もが人生を本当には理解せず、また十分長く生きたと感じないままに」(筆者試訳)というキャシーの独白が心に迫った。

ところで、同じ原作で日本でも2016年にテレビドラマ化されている。主役3人は綾瀬はるか、三浦春馬、水川あさみというのだが、この映画を観た後となっては、観てみたいような観たくないような。(苦笑)

4月10日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/04/09

『ダンス・ウィズ・ウルブズ』

Dances_21990年、米。ケビン・コスナー監督、主演。allcinema の紹介文。

1863年、南北戦争の激戦地。その自殺的行為から英雄となり、殊勲者として勤務地を選ぶ権利を与えられたジョン・ダンバーは、当時の最西部で、かねてより興味を持っていたダコダにあるセッジウィック砦を望んだ。常人なら孤独に耐え兼ね、精神を病んでしまうような荒野に、次第に魅了されてゆくダンバー。彼は、愛馬シスコとトゥー・ソックスと名付けた野性の狼と共に、不思議に満ち足りた日々を送り始める。ひと月が経った頃、ダンバーはシスコを盗みに来たインディアンを追い払った事から彼らと次第に交流を深めるようになる。やがて、インディアンに育てられた白人女性と恋に落ちたダンバーは、“狼と踊る男”という名をもらい、侵略者である白人から彼らを守ろうと努力するが……。(引用終わり)

馴染みのない西部開拓時代の話に加え、3時間という長尺ゆえこれまで敬遠していた作品だが、観る価値は十分ある映画だった。

何より、白人=善、インディアン(ネイティブ・アメリカン)=悪という、かつてのハリウッド映画のステレオタイプにとらわれず、インディアンの側から西部開拓時代の真相を描いた点は革新的である。その内容から当初は原作小説の出版が拒否されたそうだが、コスナーは私財を擲って製作を敢行、結果的にアカデミー賞7部門を受賞する大成功となった。

無人の砦で次第に自分の存在理由に疑問を持ち始めた主人公が、近隣のスー族と交流を始める中で、自然と同化した彼らの生き方に強く惹かれ、次第に溶け込んでいく様子が丹念に、そして美しい映像を通して描かれる。バファローを狩る場面は大変な迫力があり、また白人ながらスー族の一員となった女性とのラブロマンスありと、長い尺だが全く飽きさせることがない。

レンタルで観たので特典映像は全くなかったが、バファロー狩りや狼の調教など、製作の舞台裏を紹介したメイキング映像があれば観てみたいものだ。いや、もしかしてあれはCGなのかな?(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/04/06

『そこのみにて光輝く』

Sokonomi2014年、製作委員会。綾野剛、池脇千鶴、菅田将暉ほか。アマゾンの紹介文。

ある出来事がきっかけに仕事を辞め、目的もなく毎日を過ごしていた佐藤達夫(綾野剛)は、ある日パチンコ屋で使い捨てライターをあげたことをきっかけに、粗暴だが人なつこい青年・大城拓児(菅田将暉)と知り合う。拓児に誘われるままについていくと、そこは取り残されたように存在している一軒のバラックだった。そこで達夫は拓児の姉・千夏(池脇千鶴)と出会う。
互いに心惹かれ、二人は距離を縮めていくが、千夏は家族を支えるため、達夫の想像以上に過酷な日常を生きていた。それでも、千夏への一途な愛を貫こうとする達夫。達夫のまっすぐな想いに揺れ動かされる千夏。千夏の魂にふれたことから、達夫の現実が静かに色づきはじめ、達夫は失いかけていたこの世界への希求を取り戻していく。そんなとき、ある事件が起こる――。(引用終わり)

原作者の佐藤泰志は何度か芥川賞候補に上りながら、各賞に縁がないまま41歳で自殺した不遇の作家という。自身の出身地函館を舞台に、どん底の環境に生きる千夏と拓児の姉弟と、死亡事故の責任を感じて仕事を辞めた達夫との魂の触れ合いを描く。

全体にとても暗いストーリーに加えて、セリフが極端に少ない長回し、くすんだような色合いの映像(撮影近藤龍人)は、全く独特の作品世界を作り上げている。一時は三人で乾杯するほどに好転の兆しが見えるが、それは映画の中では実現しないままでエンドとなり、もうどこにも救いがないように思える。

達夫と千夏が海岸で見つめ合いながら、泣き笑いのような微笑を浮かべるラストシーンも、決して明るい希望を感じさせるものではない。しかし、開き直りというのか、人は自らの置かれた環境で何とかして生きていくしかない。その際、心から理解しあえる相手が近くにいれば、たとえそこ(底)であっても、むしろそこだからこそ光輝く、という象徴的なシーンであるのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/03/31

『ゴールデンスランバー』

Goldenslumber2009年、製作委員会。伊坂幸太郎原作、中村義洋監督コンビの映画はこれで3本目。堺雅人主演、竹内結子、吉岡秀隆ほか。allcinema の紹介文。

仙台に暮らすごく平凡な30歳の独身男、青柳雅春。金田首相が凱旋パレードを行うその日、大学時代の同級生・森田に呼び出された彼は、“お前、オズワルドにされるぞ。とにかく逃げろ”と謎の警告を受ける。その直後、背後のパレード会場で爆発音がしたかと思うと、なぜか2人の前に警官が現われ、躊躇なく拳銃を向ける。訳もわからぬまま反射的に逃げ出した青柳は、やがて自分が身に覚えのない証拠によって首相暗殺の犯人に周到に仕立てられていくことを大量のマスコミ報道で知る。青柳の元恋人で大学時代のサークル仲間でもある樋口晴子は、事件の報道に驚き、かつての仲間たちに連絡を取ろうとするのだが…。(引用終わり)

無実の市民が首相暗殺犯に仕立てられるという設定は、日本の常識からすればいかにも荒唐無稽であるが、ケネディ暗殺事件の主犯とされるオズワルドも、実は当局に仕立てられたという説があるそうだ。青柳がラジコンヘリを操作していたとされるのは「教科書倉庫ビル」だが、これはケネディ事件の史実を踏まえたものだろう。

そのおおもとの設定に目をつむりさえすれば、ハラハラドキドキのサスペンスがノンストップで展開して飽きさせない。他の伊坂作品同様、多くの伏線が見事に回収され、一種の爽快感が味わえると同時に、ちょっとしたユーモアやしみじみとした人情を感じさせる場面もあり、完成度が高いと評価されているのも頷ける。

主演の堺雅人は、誰からも信頼される好青年という役どころがぴったりで、絶体絶命の危機に陥りながらも、飄々と、そして最後まで希望を捨てない芯の強さを感じさせる。また、中村監督映画の常連濱田岳をはじめ、香川照之、伊東四朗、柄本明といった脇役陣がいい味を出していて、映画に一層の深みを加えている。

なお、「謎の整形外科医」が声(岩松了)だけで登場するが、いわゆる美容整形を行うのは整形外科ではなく、正しくは形成外科である。「整形疑惑」などと言われるように、すっかり定着してしまっているので、今さら正しい表現にしても分かりにくいと判断したのかもしれないが。

3月30日 ジョグ10キロ
月間走行 200キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/03/28

『重力ピエロ』

Pierrot2009年、製作委員会。引き続き、伊坂幸太郎の小説の映画版。ただし、監督は森淳一。加瀬亮、岡田将生他。アマゾンの紹介文。

遺伝子研究をする兄・泉水と、自分がピカソの生まれ変わりだと思っている弟・春。そして、優しい父と美しい母。平穏に、そして陽気に過ごすこの家族には、過去に辛い出来事があった。その記憶を抱えて兄弟が大人になった時、事件は始まる。謎の連続放火事件と、火事を予見するような謎の落書き(グラフィティアート)の出現。落書きと遺伝子暗号の奇妙なリンク。春を付け回す謎の美女と、突然街に帰ってきた男。すべての謎が解けたとき、24年前から今へと繋がる家族の"謎"が明らかになる―(引用終わり)

グラフィティアートに秘められた謎のメッセージとか、連続放火事件との関連性とか、思わせぶりな仕掛けがたっぷりだが、結局のところは単純な復讐物語であり、最後まであっと驚くような展開はない。

ただ、普通あり得ないような兄弟の間の愛情、それを温かく見守る父親の目線といったあたりが、この悲惨な物語をかなりな部分で救っている。「本当に深刻なことは陽気に伝えるべきなんだよ」。そして、「楽しそうに生きていれば地球の重力なんて消してしまえるんだ」と。

一方、元連続レイプ犯役の渡部篤郎は、常人には全く理解不能な思考過程を楽しそうに語りながら、ゾクゾクするような恐ろしさを感じさせる名演技を見せている。本当の悪人というのはこんな感じなのかもしれない。

3月26、28日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/03/22

『フィッシュストーリー』

Fishstory2009年、製作委員会。伊坂幸太郎原作&中村義洋監督コンビの第2弾。伊藤淳史、高良健吾、多部未華子ほか。アマゾンの紹介文。

1975年 早すぎたパンクバンド「逆鱗」は世間に理解されないまま解散へ向かおうとしていた。彼らは最後のレコーディングで「FISH STORY」という曲を演奏する。
1982年 気の弱い大学生は「FISH STORY」の間奏部分に「女性の悲鳴が聞こえる」という噂を聞く。さらには出会った女性に「いつか世界を救う」と予言され…。
2009年 修学旅行中に眠り込んでフェリーに取り残された女子高生は「正義の味方になりたかった」コックと出会う。その直後、二人はシージャックに巻き込まれる。
2012年 街が静まり返るなか、営業中のレコード屋の店長は「地球が滅亡する日でも好きなレコードを聴いていたい」と、「FISH STORY」に耳を傾けている。
「FISH STORY」という曲の間奏には、なぜ1分間の無音部分があるのか? 果たして、2012年地球は滅亡してしまうのか? 時空を超えてすべてがつながった時、想像を超える爽快なラストがおとずれる!!(引用終わり)

これ以外に1999年7月、ノストラダムスの大予言に関連した短いシーンがあり、それを含む5つの時代に亘る、一見バラバラな物語がオムニバス風に登場する。何となく「FISH STORY」が共通のモチーフになっているのではと思わせる程度だが、ラスト5分に全てが繋がる見事な連続映像があり、ほとんどカタルシス的に腑に落ちる快感が味わえる。

「風が吹けば桶屋が儲かる」というのか、最近では「ブラジルで蝶が羽ばたけば、テキサスで竜巻が起きる」というのか、世の中意外なことが巡り巡って、予想もつかない結末を生んでいるという、一種のお伽噺として楽しめる映画と思えば良いだろう。

ところで、「FISH STORY」を「魚の物語」と誤訳した「ハーフじゃなかった男」を演じている岡田眞善は、さすが岡田眞澄の息子というだけあって、父譲りのバタ臭い容貌が役にぴったりで笑えた。

3月20、22日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/03/19

『アヒルと鴨のコインロッカー』

Coinlocker2006年、製作委員会。中村義洋監督。濱田岳、瑛太他。アマゾンの紹介文。

大学入学のために仙台へ引っ越してきた椎名。新居の片づけをしていると、同じアパートの河崎と名乗る男が声をかけてきた。口ずさんでいたボブ・ディランの曲に興味を持ったらしい。しかし、彼は初対面の椎名に、同じアパートに住むブータン人のドルジという青年に広辞苑を盗んでプレゼントしたいから「本屋を襲わないか?」と誘う。ドルジは河崎の元彼女の琴美と付き合っていたらしい。また買うのではなく盗むのが大切だと奇妙なことを言う河崎。 椎名は逃げ腰だったが河崎の巧みな話術にのり、気づいたら本屋襲撃に加担していた!(引用終わり)

伊坂幸太郎の同名小説を映画化。原作には映像化不可能なトリックがあるけれども、そこは映像上の演出で何とか辻褄を合わせている。同じロケ、セットで倍の尺が撮れるので効率的でもある。(笑)

本屋襲撃の裏に隠された、河崎、琴美、ドルジの不思議な友情、かつて彼らの住む街を荒らしていたペット殺し事件のエピソードが絡まり合って展開し、ついに本屋襲撃事件へと突き進んでいく。途中、上記のトリックを含めていくつか伏線が張られているが、それらは最後には見事に回収される。

瑛太、濱田岳の凸凹コンビの遣り取りはテンポが良く、後半に出てくる松田龍平も含めて、今や若手実力派俳優に成長した彼らの演技が冴えている。全篇でボブ・ディランの「風に吹かれて」がモチーフとして印象的に用いられているが、ラストシーンでは「コインロッカーに不審物あり」とか通報されないだろうか。(笑)

3月18日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/03/16

『メッセージ』

Arrival2016年、米。テッド・チャンの小説『あなたの人生の物語』に基づくSF映画。アマゾンの紹介文。

突如地上に降り立った巨大な宇宙船。謎の知的生命体と意思の疎通をはかるために軍に雇われた言語学者のルイーズ(エイミー・アダムス)は、物理学者イアン(ジェレミー・レナー)とともに、“彼ら”が人類に何を伝えようとしているのかを探っていく。そして、その言語の謎が解けたとき、彼らが地球にやってきた驚くべき真相と、人類に向けた美しくもせつないラストメッセージが明らかになる――(引用終わり)

巨大な柿の種(米菓「ばかうけ」という見方も・笑)のような宇宙船のビジュアルは斬新だが、タコかイカのような異星人とか、時間軸を自由に移動するストーリーは、SFの古典的手法であり、従ってツッコミどころも多いわけだが、そこにこだわっては面白くないだろう。

「彼ら」がイカスミのようなもので綴る文字の解読と、そこに埋め込まれたメッセージの解釈が必死で進められるが、一方では国際社会が大混乱し、宇宙船に対する攻撃が開始される。そこに、ルイーズとイアンの出会いから、女の子の誕生、そして切ない最後までの未来の物語が、時折フラッシュバックするように絡まっていく。

ただ、そうした全体の構図が最後まで観ないと分からないのが辛いところだ。もう一度最初から観直せばいろんな伏線が見えてきそうだが、前半はなかなかついて行けず、つい眠気を催してしまったことを白状しておく。

3月14、16日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/03/07

『深夜の告白』

Doubleindemnity1936年、米。ビリー・ワイルダー脚本・監督。レイモンド・チャンドラー共同脚本。アマゾンの紹介文。

深夜のロサンゼルス。フルスピードで走ってきた車がパシフィック保険会社の前で止まり、肩をピストルで射ぬかれた勧誘員ウォルター・ネフがよろめきながら下りてきた。彼は会社の自室に入り、テープレコーダーに向かって上役バートン・キーズに宛てた口述を始めた。数カ月前、ウォルターは会社に自動車保険をかけているディートリチスンを訪ねたが不在で、夫人のフィリスに会った。翌日フィリスはウォルターのアパートを訪れ、夫を殺してそれを事故死と見せ、倍額保険を取ろうともちかけた。足を怪我したディートリチスンは、近く開かれるスタンフォード大学の同窓会へ汽車で行く予定だった。最初は当惑するウォルターも、フィリスの肉体の魅力に負けて、ついに計画を手伝う破目になった。保険に入ろうとしないディートリチスンからサインを詐取して保険証書を作った2人は、犯行当夜のアリバイを作って実行に入るのだが… (引用終わり)

邦題とジャケットから、恋愛ものかと思っていたが、原題 Double Indemnity は列車事故などの際に保険金が倍額になるという保険条項のことで、それを利用した殺人事件を巡るサスペンス映画であり、魔性の女により犯罪に巻き込まれた保険セールスマンの悲劇というフィルム・ノワールでもある。

クライマックスで銃撃されたウォルターが会社に戻って来て、事件の顛末を録音機(上記紹介では「テープレコーダー」とあるがそうではなく、「ディクタフォン」と呼ばれる蝋管式録音機である)に吹き込むところから始まる。『刑事コロンボ』と同じく倒叙法という手法だが、そう言えばキーズのねちこい追及ぶりは、コロンボのモデルとなったのかもしれない。

列車事故を偽装した殺人事件の顛末は手に汗握るし、何とかやりおおせたものの真相がバレないか心配する犯人たちの心理もヒリヒリとさせられる。「共犯者は墓場行きの路面電車に一緒に乗っているようなもの。どちらも終点まで途中下車は出来ない」というキーズの言葉が印象的だ。最初から結末がある程度分かっているのは若干興ざめだが、この時代としては良く出来たサスペンスだと思う。

ただ、肝心の偽装殺人のトリックが若干お粗末である。きちんとした鑑識と検死が行われれば、本当の死因は簡単に判明するだろうし、線路脇にも何らかの痕跡が残っているはずである。

もうひとつ、ロサンゼルスの有名な野外音楽堂ハリウッド・ボウルのことを「ボウリング場」と訳した字幕もお粗末である。確かにウォルターがボウリングをして気分転換するシーンはあるが、当該場面ではちゃんと背景に音楽堂が映っていて、シューベルトの未完成交響曲が流れているのだから分かりそうなものだ。

3月6日 ジョグ10キロ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧