ショルティ盤「マタイ受難曲」
1987年3月、ゲオルク・ショルティが74歳にして初めて録音したバッハであるが、礒山雅氏が絶賛されていなければ、およそ聴いてみようという気にならなかっただろう。氏はCD解説書にこう書いている。
「ショルティの《マタイ》」はさぞ・・・・・・と思ってこの演奏に接する人は、苛烈なデュナーミクに代わる淡々たる運びに、むしろとまどいを覚えるであろう」
まさにその通りで、リヒター盤や(ブログには書かなかったが)クレンペラー盤など、指揮者の個性的な解釈が前面に押し出された往年の名演奏以上に、そのことが十分に予想されるショルティ晩年の録音が、その真逆の、楽譜に忠実で模範的とも言える演奏であるのに驚いた。
主観を排してこの巨大な作品と真摯に向き合い、シカゴ響の名手たちの力量に支えられた精確なアンサンブルで再現される音楽ドラマは、日本語で言えば楷書体とか教科書体で書かれた、由緒正しい「定本」を読んでいるかのようだ。
それでいて、無味乾燥に陥ることは決してなく、前半は淡々と進められた物語が、ペトロの3度の否認からイエスの死に至るヤマ場に向けて、じわじわと確実に緊迫度を増していく。
歌手陣では福音史家のハンス・ペーター・ブロッホヴィッツ、イエスのオラフ・ベーアもさることながら、キリ・テ・カナワとアンネ・ソフィー・フォン・オッターの女声二人が素晴らしく、全体に調和のとれた声楽アンサンブルを形成、唯一気がかりだったシカゴ交響合唱団のコーラスも、よく統率されていて大変迫力のある歌唱を聴かせている。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント