« 古切手の一部を売ろうとしたが・・・ | トップページ | 貝吹山城跡ハイキング »

2022/01/27

『マタイ受難曲』

Chikuma礒山雅(いそやま・ただし)著。1994年東京書籍より刊行、2019年筑摩書房より文庫化(ちくま学芸文庫)された。版元の紹介文。

荘厳な響きと、雄大な構想により、西洋音楽の歴史において圧倒的な存在感を誇ってきた“マタイ受難曲”。イエスの捕縛から十字架刑、そして復活までの物語を描いたこの作品には、罪を、死を、犠牲を、救済をめぐる人間のドラマがあり、音楽としての価値を超えて、存在そのものの深みに迫ってゆく力がある。いまなお演奏ごとに、そして鑑賞のごとに新たなメッセージが発見され続ける、すぐれて現代的なテーマを秘めている。
バッハ研究の第一人者が、バッハの手書き譜や所蔵していた神学書など膨大な資料を渉猟し、ひとつひとつの曲を緻密に分析して本国での演奏にまで影響を与えた古典的名著。(引用終わり)

たった一つの楽曲について1冊の本が出来るということ自体、ほとんど例を見ないと思うが、それが文庫判にして624頁もの大著であることは、取りも直さずこの曲が紛れもなく「西洋音楽史上最大の傑作」であることの証左であろう。

内容は、新約聖書の4つの福音書に記された受難記事の概要、バッハ以前の受難曲の系譜、バッハ楽曲の作曲経緯と歌詞の由来などを概説した「序論」(ここまでで143頁!)と、各曲ごとにその歌詞の内容や背景、それぞれの音楽の聴きどころを譜例を交えて紹介した「本論」からなり、巻末には参考文献リストやCD紹介、著者自身による全曲の歌詞対訳などを収める。

要するに「これ1冊あればこの曲の全てが分かる」というぐらいの守備範囲を持ち、しかもその内容は、著者がわざわざドイツに滞在して調べ上げたというバッハの神学蔵書を始めとする膨大な文献に基づき、音楽やキリスト教に関する著者の該博な見識をもとに記述された大変高度なものである。と同時に、著者自身の見解も躊躇なく開陳されていて、単なる平板な学術書の域を超えたチャレンジングな面も持っている。

特に「本論」における解説は、ただ対訳を見ながら聴いているだけでは絶対に分からない、歌詞が象徴するものとかその背景を細大漏らさず解説してくれていて興味が尽きない。ただ、これを片手に適宜中断しながらCDを聴いたりしたら、ただでさえ3時間かかる演奏時間が、3日あっても足りなくなること必至だ。(苦笑)

巻末の対訳は平易な口語体で読みやすいが、還暦過ぎの人間にはいかんせん文字が小さすぎる。CDリストは大変参考になる。なかでも著者の挙げるベスト3の一角にショルティ指揮シカゴ響盤が入っているのが意外だった(他はリヒターの旧盤とレオンハルト盤)。「あのショルティがアメリカのオケを振ったバッハなんて」という偏見や先入観をものともしない著者の曇りなき眼に敬意を覚えた。

なお、本文庫の刊行は2019年12月。著者はその前年2月に死去(享年71)しているので、文庫版の出来上がりは目にされなかったものと思われる。

|

« 古切手の一部を売ろうとしたが・・・ | トップページ | 貝吹山城跡ハイキング »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。