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2021/09/05

アニー・フィッシャー The Complete London Studio Recordings

Fischer女流ピアニストのアニー・フィッシャーについては、廉価盤LPでシューマン「子供の情景」を聴いたことがあるぐらいで、ほぼノーマーク状態だったが、最近読んだアンドラーシュ・シフ『静寂から音楽が生まれる』の中で、「彼女に習ったことはな」いが、「およそ三五年間にわたって彼女の演奏活動を追いかけ、いくつもの忘れ難いコンサートに居合わせ」「個人的にこれほど頻繁に聴いた女性ピアニストはほかにい」ない、などと書かれていたので、改めてその演奏に耳を傾けてみた。

取りあえずLP盤の「子供情景」に久々に針を落としてみたら、全体に控えめな中に無限のニュアンスの変化を籠めた、とても中身の濃い演奏に驚嘆した。若い頃に聴いてもその良さが分からなかったのか、再生装置が貧弱だったせいなのか。終曲「詩人は語る」が深淵な余韻を残して消えていっても、しばらくは音盤が回転したまま放心したようになってしまった。

俄然他の演奏も聴きたくなってCDを物色してみたけれど意外にその数は多くなく、彼女が英EMIのアビーロード・スタジオで録音した音源を集めたボックスセットが、ほぼ唯一の個人全集盤に近い存在だ。

彼女はレコード録音を忌み嫌っていたそうで、シフの前掲書でも、アビーロード・スタジオで録音している最中にスピーカーから「ティー・タイム」と声がして中断させられたので、すぐさま荷物を纏めて家に帰ったという逸話が紹介されている。

CD8枚に収録された曲目等はこちらを参照してもらうとして、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマンといった彼女のレパートリーの中核をなす作曲家に加え、リストとバルトークの協奏曲も含んでいて、彼女の芸術を俯瞰できる貴重なセットとなっている。

最も印象に残ったのはシューマンである。再びシフの言葉を借りるなら、「良いテクニックを持っているピアニストは、生き生きとしたファンタジーを意のままに操り」「音のフォルム、音色の階調、良く訓練されたタッチ」で「それを演奏に置き換える術を知っています」。そうした並外れたテクニックを持っていた彼女が「もっとも完璧に演奏した作曲家を一人挙げるとするなら、それは間違いなくローベルト・シューマンです」と。

それ以外ではモーツァルトの協奏曲第20番、ベートーヴェンのソナタ第30、32番などに感銘を受けたが、逆に前者の第24、27番や後者の第18番は、何だか弾き飛ばしているような素っ気なさを感じた。前出のエピソードほどではないにしても、彼女の虫の居所が悪くなるようなことがあって、早くセッションを終えたかったのかもしれない。(笑)

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