シフのモーツァルト・ピアノ協奏曲全集
アンドラーシュ・シフが、尊敬する師匠のシャーンドル・ヴェーグ指揮するザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカを相方に指名して録音した全集盤を聴いた。ただし、他の作曲家の作品を編曲した「パスティーシュ」である第1番から第4番までと、3台、2台ピアノのための第7番、第10番は含まれない。
録音は1984年から93年にかけて行われ、当時シフは30歳台、ヴェーグは70歳代と、親子ほども年が離れたコンビだが相性はぴったりである。どの曲も端正、典雅にして愉悦感に溢れた演奏が貫かれていて、清澄にして深遠な最後の第27番でもどこか人間的な温もりを感じさせ、またやや通俗的な匂いのする第21番や第26番でも気品を失わないところが素晴らしい。
第25番、第26番のカデンツァはシフ自作のものだが、歌劇「フィガロの結婚」の音楽(序曲やアリア「もう飛べまいぞこの蝶々」)を引用する部分がある。モーツァルト自身もそんな遊びをしていた可能性が高いと思われ、「モーツァルトのピアノ協奏曲の演奏には彼のオペラに関する知識が不可欠だ」というシフの持論を実践している。
なお、カメラータ・アカデミカという楽団は、パウムガルトナーやハーガーらが首席指揮者を務めたザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団とは別の団体である。この楽団についてシフは先日読んだ『静寂から音楽が生まれる』の中で、「彼(ヴェーグ)自身の楽器」「彼の四重奏団の延長のようなもの」であり、「ヴェーグの教え子たちによって演奏されるヴァイオリン・セクションは魔法のように均質に響」いたと書いている。
それに加えて管楽器もやたらに巧いので驚いていたら、同書の中でシフが種明かしをしてくれている。「このオーケストラは弦楽合奏団だったから」「最上の管楽器奏者の補強が必要」だったので、親友のハインツ・ホリガー(注・世界的なオーボエ奏者)に助けを借りたら、フルートのオーレル・ニコレ、クラリネットのエルマー・シュミット、ファゴットのクラウス・トゥーネマン、ホルンのラドヴァン・ヴラトコヴィチなどを連れてきてくれたというのだ。そりゃ、巧いはずだわ!
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