シフのベートーヴェン・ピアノソナタ全集
アンドラーシュ・シフというピアニストについて、名前は知っていたものの、これまでほとんどその演奏を聴いたことはなく、言わばノーマーク状態だった。今そのことを大変後悔している。
先日のバレンボイムのリサイタルを前に、ベートーヴェンの最後の3つのソナタの聴き比べをしたのだが、ケンプやゼルキン、ポリーニよりも印象に残ったのが、ECMという聞きなれないレーベルから出ているシフのCDだった。
まずもってフォルティシモでも全く濁ることのない美しい音に魅了された。解釈は極めてオーソドックスながら、端正にして微細なニュアンスに富んだ演奏は、最後まで聴き手の心を捉えて離さない。音楽に内在する運動法則にピタリと寄り添い、寸分も外さない演奏とでも言うべきか。
最後の3つのソナタのみ客を入れないセッション録音であるが、それ以外は全てチューリヒ・トーンハレにおけるライヴ録音であることに更に驚かされる。会場の雑音はほとんどなく、もちろんフライング拍手など無縁で、スイスの聴衆のレベルの高さを窺わせる。そういう聴衆あってこそ、演奏家の集中力も高まるというものだろう。ドイツの新興レーベルECMの録音も極めて優秀である。
さて、シフはベートーヴェンのほか、バッハ、モーツァルト、シューベルトといった独墺系の作曲家を主要なレパートリーにしているようで、目下様々なCDを取寄せては聴いている。さしずめ「シフ三昧」の日々を過ごしているといったところだ。
残り少なくなった時間の中で、こうしたアーティストに出会えた(その価値を認識したと言うべきか)のは正に僥倖と言うべきだろう。ただ、他にもそんな演奏家が何人もいるかもしれないと考えると、ちょっと悩ましくなってくる。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント