『静寂から音楽が生まれる』
アンドラーシュ・シフ著。版元の紹介文。
今日世界でもっとも注目を集める音楽家の一人であり、日本における人気と注目度も極めて高いピアニスト、アンドラーシュ・シフのインタビュー&エッセイ集。第1部では、自身の芸術家としての基本姿勢、演奏技法と解釈の方法、そしてピアニストおよび指揮者としてのさまざまな経験について語り、第2部では、円熟した巨匠の素顔と音楽への深い洞察が、ユーモアやウィットに富んだ繊細な筆致で紡がれる。(引用終わり)
このところの「シフ三昧」の一環で、大変興味深く読むことができた。
第1部の冒頭、インタビュアーがいきなり「あなたにとって音楽とは」という紋切り型の質問をしたのに対し、シフがこう答えることによって本書はスタートする。
はじめに静寂があり、静寂から音楽が生まれます。そして、音響と構造からなる実にさまざまな現在進行形の奇跡が起こります。その後、ふたたび静寂が戻ってきます。つまり、音楽は静寂を前提としているのです。
一方、第2部の最後はコンサートにおけるアンコールについて書かれた「付言」となっているが、例えばベートーヴェン最後のピアノソナタ、ハ短調作品111にアンコールなど不要とし、「あるのは静寂だけでよいのです」と、巻頭との見事な照応を見せて本書を締め括っている。
実に深い含蓄をもった言葉だと思う。確かにシフの演奏を聴いていると、再弱音の奥に秘められた静謐さとか、休止符によってこそ表現される音楽内容といったことを意識させられることが多い。
そんな彼だから、第2部の「聴衆のための十戒」というエッセイの中で、聴衆も沈黙を保つことを厳しく求め、とりわけ「拍手をするのが早すぎてはなりません」という10箇条目を最も強調している。それも詰まるところ「音楽が静寂に始まり静寂に終わる」からである。
実際、彼のCDはトラックの冒頭すぐに音楽が始まらない。ライヴ録音された「ゴールトベルク変奏曲」では何と11秒も経ってようやく第1音が聴こえる。また、演奏の後もかなりの秒数の余白が置かれていて、その部分も含めての音楽なのだということを如実に表している。
ほかにも、ハンガリー生まれのユダヤ人として、決して幸福ではなかった幼少期の記憶(「人生の中でハンガリーを故郷と思ったことは一度もない」という告白は胸を打つ)や、尊敬する作曲家や教師たち、名演奏家との思い出など、いずれも彼の血となり肉となった経験が率直に語られていて興味が尽きない。
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コメント
芥川さんも著書で触れていますね。
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【芥川也寸志 著 「音楽の基礎」】
第1章の1「静寂」
「音楽の鑑賞にとって決定的に重要な時間は、演奏が終わった瞬間、つまり最初の静寂が訪れたときである(中略)。
演奏の終了を待たない拍手や歓声等で遮られることが多いのは、まことに不幸な習慣と言わざるを得ない。
静寂は、音楽の基礎である。」
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書において、まず「静寂」から記しています。演奏後の静寂によって音楽は完遂されるということ。「第九」の譜面もラストは休符。
https://www.amazon.co.jp/%E9%9F%B3%E6%A5%BD.../dp/4004140579
投稿: frun 高橋 | 2021/07/24 16:36
frun 高橋さん
1971年刊のこの本にも既に同じことが
書かれていたのですね!
しかも、シフの本と同様に最初の章で…。
それだけ、演奏家や作曲家にとって、
フライング拍手やブラヴォーは
昔も今も変わらない悩みと言えるのでしょうね。
投稿: まこてぃん | 2021/07/25 08:19