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2021/06/28

香川・徳島の旅 その1 鳴門

25日から2泊3日で香川と徳島に旅行してきた。息子が会社の寮を出てアパートに移ってから一度も行っていなかったので、どんな様子か偵察するのが主目的だったが、それだけというのでは面白くないので、あちこちの観光を兼ねたプランを組んだ。

まずは、たまたま大潮の時期に当たっていたこともあり、何年かぶりで鳴門の渦潮を見物した。小型の観潮船に乗って渦の間近で見ると、船が揺れるほどの迫力があった。

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続いて、これまでは高速道路で横を通過するだけだった大塚国際美術館を見学した。高速から見えるのは建物の地上部分だけで、実は地下3階まであるのだった。収蔵された作品は1000点以上、順路に従って歩くと4キロにもなる。現役ランナー当時ならいざ知らず、足腰が弱くなった病人にはかなり堪えた。

入って最初に眼に飛び込んで来るのが、徳島出身の米津玄師が紅白で歌ったという「システィーナ礼拝堂」の内部である。

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上の階に行くほど時代が下っていく。

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美術館のある大毛島から橋を渡った島田島の四方見(よもみ)展望台からの眺望。眼下のウチノ海に浮かんでいるのは釣り用の筏だそうだ。右奥が鳴門の市街地である。

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この後、高松に移動する。

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2021/06/24

『椿姫ができるまで』

Traviata_202106230902012012年、仏。ヴェルディの傑作オペラ「椿姫」の製作に挑んだフランスのオペラ歌手ナタリー・デセイと、演出家ジャン=フランソワ・シヴァディエの姿を中心に、その舞台裏を追ったドキュメンタリー。アマゾンの紹介文。

2011年春、フランスのオペラ歌手ナタリー・デセイは、演出家のジャン・フランソワ・シヴァディエとともに、エクサン・プロヴァンス音楽祭で上演されるヴェルディの傑作オペラ「椿姫」の製作に臨んだ。演奏はルイ・ラングレ指揮によるロンドン交響楽団。練習の合間に茶目っ気を見せるデセイ、シヴァディエの演出の下、真っ新な稽古場から始まり、試行錯誤を経て、一つ一つのシーンを積み上げ、色彩に満ちた華麗な舞台に至る製作風景は観る者を魅了する。デセイの伸びのあるソプラノで聞かせる「椿姫」の名場面も映画の見どころの一つ。(引用終わり)

「オペラ映画」つながりでもう1本観てみたが、大変興味深かった。METライブビューイングなどで練習風景の一部が紹介されたりすることはあるが、オペラの製作過程をこれほど詳細に、かつ美しい映像美で表現したドキュメンタリー作品は珍しいのではないか。

歌手デセイと演出家シヴァディエが互いの感性をぶつけ合い、切磋琢磨しながらよりよい表現を目指して奮闘する姿は、確かにそれだけで1本の映画作品として十分成立しうることを証明したものと言えよう。

デセイほどの歌手が、あと15分しかない練習時間の最後に、第3幕ラストでヴィオレッタが倒れるシーンを何度も何度も試行錯誤するシーンは、彼女のプロフェッショナリズムを如実に示すと同時に、オペラがただ歌うだけのものではなく、演技や物語など多くの要素が組み合わさって初めて成立する総合芸術であることを教えている。

映画である以上、デセイとシヴァディエを中心にした台本進行という形は止むを得ないが、アルフレード役のチャールズ・カストロノヴォ、父ジェルモン役のルドヴィック・テジエ、指揮のルイ・ラングレらも一体となって健闘、さらには練習ピアニストや道具係などの裏方に至るまで、各自の仕事を全うしている様子がよく捉えられていて好感が持てる。

これを観ればオペラのことがもっとよく分かり、好きになること間違いなしの1本。ああ、時間がいくらあっても足りない!

明日から四国旅行に出かけるので、次回更新までしばしお待ちを。

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2021/06/21

映画「ラ・ボエーム」

Laboheme_202106210848012008年、独・墺。ロバート・ドーンヘルム監督。アンナ・ネトレプコ、ロランド・ビリャソン他。ベルトラン・ド・ビリー指揮バイエルン放送交響楽団。アマゾンの紹介文。

1830年、パリ。クリスマス・イヴの夜、ボヘミアンたちが暮らす屋根裏部屋で一人残った詩人・ロドルフォの前に、階下に住むミミがローソクの火をもらいにやってくる。部屋の鍵を無くすミミ、鍵を探して暗闇の中で触れ合う手と手―。その瞬間、恋に落ちる。ところが不治の病を患っていたミミは日に日に悪化。貧く何もできないロドルフォは無力さに絶望し、ミミとの別れを決意する。ある日裕福な子爵の世話になっていたはずのミミが、思わぬ姿でロドルフォの前に現れる。(引用終わり)

1965年にミラノ・スカラ座で収録された映像は以前に観たが、本作はオペラハウスではなくスタジオのセットでの収録と思われ、プッチーニの音楽がついた映画という仕立てである。モノクロ画面も併用しながら、オウムや花などワンポイントでカラーを使うなど、さすがに映像は凝った作りになっている。

数あるオペラ作品でも屈指の名作である「ラ・ボエーム」は、本作以前にも2度映画化され(1926年、1936年)、さらにはミュージカル「レント」の原作になるなど、映像化にも適した作品でもあるようだ。大掛かりなグランドオペラとは対極的に、パリの屋根裏部屋を舞台に展開するミミとロドルフォの悲恋ドラマは、確かにアップ画像で観てこそのものかもしれない。

ネトレプコは当時37歳。その後はすっかり恰幅も良くなり、それにつれて少し暗さを帯びた独特の声質に移行したが、この当時は病身のお針子を見事に演じて哀れを誘っている。ビリャソンはラテン系の濃い顔(滝藤賢一に似ている?)に若干違和感があるが、歌唱はさすがに一級品である。ただ、他の配役で声が別人となっているのはなぜだろう。映像と音声の収録スケジュールが合わなかったのだろうか。

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2021/06/18

ワルターのマーラー交響曲集

Mahler_20210615204801前に書いたブルックナーの交響曲集に続いて、新規リマスターによるマーラーの交響曲集を聴いた。ただし、こちらはコロンビア交響楽団(C)とニューヨーク・フィルハーモニック(N)による演奏である。

曲目は第1番(C)、第2番「復活」(N)、第9番(C)、それに「大地の歌」(N)の4曲で、偶然だろうが、ブルックナーの場合と同様、セル指揮クリーヴランド管による交響曲集(第4、6番)とダブっていないところが面白い。

ワルター最晩年のステレオ録音として、作曲者の初期と晩年から2曲ずつが選ばれた理由は分からない。しかし、彼の交響曲の中では構成や楽想が比較的単純で分かりやすい第1、2番と、それらが次第に複雑化長大化(ある意味では冗長化)して第8番で頂点に達したあと、悟りの境地を開いたとでも言うべき最後の2曲(第10番は未完)とは好対照をなし、マーラーの交響曲のエッセンスを味わえるセレクションかもしれない。

そうした選曲のせいもあるかもしれないが、アルバム全体を通じて大変聴きやすく、見通しの良い演奏が展開されていることは特筆に値する。膨大なスコアの意外なところに対旋律が潜んでいて、それを明確に浮かび上がらせることで、楽曲の立体的な構造が可視化するというのか、聴いていてハッとさせられる箇所がいくつもあった。

それを助けているのが、ステレオ最初期の1960年前後というのが信じられないほど優秀な録音で、オリジナルテープからのリミックス、リマスターがそれを十全に引き出している。「復活」終楽章の合唱がやや遠くてぼやけた感じはあるけれど、クライマックスまで歪のない迫力ある音に驚嘆した。

ところで、「大地の歌」と第1番の余白に収録された「さすらう若人の歌」(C)でメゾを歌っているのは、ミルドレッド・ミラーという歌手である。ワルターの「大地の歌」と言えば、ウィーンフィルとの録音で共演したキャスリーン・フェリアーの伝説的な名唱が有名だが、こちらもなかなか味わいのある歌唱を聴かせている。「若人の歌」も瑞々しい表現が素晴らしい。

ネットで検索してみたが、この録音に関する情報以外、彼女について言及した記事はさほど多くなく、日本ではあまり馴染みのない歌手のようだ。本国アメリカの Wikipedia によれば、彼女は1924年にドイツ人移民の子ミルドレッド・ミュラーとしてオハイオ州クリーヴランドに生まれた(のちに改名したのは米国内の反ナチ感情を考慮したためという)。

1949年には両親の故郷シュツットガルトに移り、当地を含むいくつかの歌劇場、音楽祭でデビューを飾った。その活躍がメトロポリタンオペラのビング総裁の目に留まり、51年にはケルビーノ役でメットデビューを果たす。その後23年の長きに亘ってメットの看板歌手として活躍したが、配役としては男装のズボン役が多く、“Legs Miller ” の綽名をもっていたという。

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2021/06/15

クラリネットを売却

「その時」に向けた身辺整理を進めつつあるが、まず優先順位が高いのは本人でないと処分方法が分からないものだ。特に趣味で使っていた道具類や収集したコレクションなどは、そのままゴミに出して良いものか、売却するとしてもどの業者に依頼するかなど、遺族が判断に苦しむ場合が多いだろう。

今回売却した楽器などはその最たるものだ。もう40年も前の大学オケ当時使っていたもので、卒業後も短期間在籍したアマチュアオケや、ミュージック・マイナスワンのCD(楽器版のカラオケみたいなもの)で遊んだりすることはあったものの、最近はもうケースにしまったきりになっていた。

たまに取り出しても息が続かず、本格的にやろうとすれば相当の練習時間を要する。不治の病に侵された身となっては、もう手離しておいた方が良いと判断した。金属のキーが多数ついているので、棺桶に入れることも出来ない。気になって調べてみたら、うちの市では「不燃ごみ」の扱いらしいが、収集場所に楽器が置かれている風景を想像すると相当シュールだ。(笑)

引き取り先は学生当時からお世話になっていた大阪心斎橋のK楽器である。先日バレンボイムのリサイタルで大阪に出かけたついでに立ち寄ることにした。ほとんど骨董品のような古い楽器なので、果たして値段がつくかどうか不安だったが、そこは腐ってもビュッフェ・クランポン。楽器の保存状態も良好と評価してくれて、予想していた倍以上の値段で買い取ってくれた。

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今ごろは掘出し物の中古品として店頭の片隅に並んでいるだろうか。お金に余裕のない音大生などの手に渡って、大事に使い続けてもらえるなら、楽器にとってはケースで眠り続けているよりも幸せに違いない。

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2021/06/12

ダニエル・バレンボイム ピアノリサイタル

7日、フェスティバルホール。緊急事態宣言下の大阪でよく開催できたものだ。満席でも2700席なので「上限5000人」の基準はクリアするが、「収容定員の50%」の方はどう見ても超えていた。

しかし、演奏中は誰も喋らない(物音を立てただけで睨まれる)クラシックのコンサートを、野球やサッカーと同じ基準で律すること自体が不合理と言うべきだろう。

演奏曲目(Bプロ)はベートーヴェンのピアノソナタの最後の3曲、すなわち第30番ホ長調作品109、第31番変イ長調作品110、そして第32番ハ短調作品111である。

今回の来日公演は「ベートーヴェン ピアノ・ソナタの系譜」という副題が掲げられ、東京公演初日はAプロとして最初の4つのソナタが演奏される予定だったが、いかなる理由か当日は最後の3つのソナタが演奏されるハプニングがあったそうだ。また、当初Bプロの予定だった名古屋公演は、第9番から第12番のCプロに変更されたという。

それはともかく、バレンボイムにとってベートーヴェンのソナタはライフワークであり、映像を含めこれまで実に5種類のピアノソナタ全集を録音しているほどである。80年代初頭にパリで録音されたDGの旧全集は、私の現在の愛聴盤となっている。

コロナの前はベルリンのピエール・ブーレーズ・ザールでソナタ連続演奏会を開いていたことは知っていて(これが最新の全集盤に結実したようだ)、現地に行って聴ければどれだけいいかと夢想していたが、まさか本人が緊急来日してリサイタルを開いてくれるとは思わなかった。

さて、肝心の演奏内容は、ひとことで言えば「円熟の芸」と呼ぶに相応しいものだった。80年代の全集盤ではダイナミクスの幅が大きく、スケール感豊かな表現で聴く者を圧倒するような演奏を繰り広げていたが、今回聴いたのは、別人とは言わないまでも、かなり趣きを異にする演奏内容だった。どちらが良い悪いという問題ではない。どちらもアリで、どちらもバレンボイムなのだ。

具体的に言えば、 にもう以前のような轟音の迫力はないけれども、同じpp の中でのタッチや表情が無限に変化することで、単なるダイナミクスの変化とは次元を異にする表現の多様性を生み出している。ハ短調ソナタ終楽章の最後、弱音のトリルがさらにディミニュエンドして、アリエッタの主題が還ってくるところは思わず息を呑んだ。

突飛な譬えを許していただくならば、若い頃は剛速球で鳴らし、打者の胸元を突く直球でのけ反らせるかと思えば、同じ腕の振りでフォークを投じて打者をきりきり舞いさせていた投手が、年齢を重ねて球威の衰えは隠せなくなったものの、ストライクゾーンの中でのボール半個分の出し入れといった精密なコントロールで勝負するようになった、とでも言うのだろうか。

フェスティバルホールの大きな空間の中で、こうした微細なニュアンスを表現できるのは驚異的ですらある。ベートーヴェンのソナタを知り尽くし、長年に亘り世界各地のホールで演奏活動を続けてきたバレンボイムならではの至芸と言うしかないだろう。

鳴りやまぬ拍手に何度も丁寧なお辞儀で応える巨匠。しかし、「ブラヴォー」の声が多いとみるや唇に指を当てて制止したり、最後は「今日はこれでお終い」とばかり鍵盤の蓋を閉めてステージから去るなど、ちょっとお茶目なところも見せて人間味を感じさせてくれた。

コンサートに足を運ぶのはもしかするとこれが最後になるかもしれないが、それに値するだけの一期一会の素晴らしいコンサートだった。

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2021/06/09

げんきカレー

地域住民や自治体が主体となり、無料または低価格で子どもたちに食事を提供する「こども食堂」が最近各地に出来ているというニュースは見たことがあるが、実はうちのすぐ近所にも「げんきカレー」という名前のこども食堂があることを、最近 frun 高橋さんのブログで初めて知った。

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活動のコンセプト等は同店のサイトを見ていただくとして、夕方には「放課後こども教室」を開催して、学習の場としての機能も果たしているのが特徴であろう。

興味を持ったので先日実地に訪れてカレーを試食しがてら、「みらいチケット」を購入して微力ながら支援させてもらった。ミンチカツカレーが何と300円。もともと子供が食べるためなので甘口だけれど、真っ赤な福神漬を含めてどことなく懐かしい「家カレー」の味がした。

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カウンター席には若い男女2人組の先客がいて、店主との会話から男性が「こども教室」の先生をしているらしいことが分かったが、ひとしきり会話が終わると彼は突然われわれの方を向いて、「以前お会いしたことがありますよね」と言った。

何と、彼は家内が20年ほど前にあるボランティアをしていたとき、一緒に活動していた仲間のO青年だったのだ。今では地元の小学校教師として働く傍ら、ここの「こども教室」の教師陣の取りまとめ役として活動しているとのこと。現役の先生が教えてくれるのであれば、生徒も保護者も安心なことだろう。

それにしても、高橋さんが記事をアップしていなければこの店を訪れることはなかっただろうし、O青年との再会もなかったわけである。つくづく、人のご縁というのは不思議なものである。

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2021/06/06

歌劇「マゼッパ」

Mazeppaチャイコフスキー2作目のオペラ。2019年、マリインスキー劇場公演の録画を鑑賞。指揮ワレリー・ゲルギエフ。

1709年のポルタヴァの戦いでロシアに敗れたウクライナの統領マゼッパを題材にしたプーシキンの詩「ポルタヴァ」を原作とし、チャイコフスキー自ら加筆した台本をもとに作曲された、悲恋と政治的裏切りの歴史ドラマである。

マゼッパの友人で裕福な地主コチュベイの娘マリアは、親子ほども年が離れたマゼッパに思いを寄せ、コチュベイの制止にもかかわらずマゼッパの元に駆け落ちしていく。娘を奪われたコチュベイはマゼッパに復讐しようと、ある計画を実行に移すが失敗し、同志ともども処刑されてしまう。

一連の経緯を知らされて正気を失ったマリアは、ポルタヴァの戦いから敗走してきたマゼッパと再会しても分からず、マゼッパに殺された幼馴染アンドレイを子供と勘違い、その遺骸を抱きながら子守唄を歌ううちに幕となる。この上なく陰惨で、どこにも救いのない悲劇である。

しかし、歌手(名前も知らない人ばかりだったが・笑)、管弦楽、合唱、民族色豊かなダンスや衣裳、舞台装置に至るまで、その全てが一級品で、ロシア文化の底力をまざまざと感じた。

と、これまでの記事ならここで終わるところだが、実は今回の鑑賞体験は自分にとって、大きな転換点となる可能性をもったものとなった。

オペラについては、前の記事で書いたように50作以上を集中的に観てきて、ひと通りの経験をしたつもりではいた。今回は久しぶりにオペラを観てみるかというぐらいの軽い気持ちで、オペラの本流がイタリアだとすれば、傍流のまた傍流に当たるロシアもの、その中でも決してメジャーとは言えない作品に大きな期待はしていなかった。

しかし、意外にも今回の鑑賞体験で、オペラというものがようやく本当に分かり始めたという実感が湧いたのだ。登場人物の心情に深く感情移入(一応悪役のマゼッパにすら)するとともに、それと一体となった音楽に心動かされ、これまでは余興としか思えなかったバレエにも目を奪われた。

上述した本公演の完成度の高さが直接のきっかけとなり、これまでのオペラ鑑賞体験がここに来てようやく結実したのだろうか。今後、オペラを観る自分の目が変わり、本当の意味でオペラを楽しめるようになるかもしれない。そのために自分に残された時間はあまりに少ないのだけれど、せめて主要作品だけでも再度観ておきたいと思った。

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2021/06/03

すき家の神対応

牛丼チェーンでは自分は「すき家派」である(そんなのがあるとしてだが・笑)。ここの「ねぎ玉牛丼」というのが好きで、いつもサイズは「ミニ」で、生玉子を「おんたま」に変更してもらっている。

ところが、先日出かけた際、その「おんたま」を割って器に移し替えようとして手元が滑ってしまい、無残にもフロアに落としてしまったのだ。いい歳こいて何という粗相をしたのかと落ち込んだが、仕方なく「おんたま」を追加注文するべく店員を呼んだ。料金は当然払うつもりだった。

しかし、対応してくれた女性店員はまず「すぐお取替えします」と言うや、伝票も手にせず厨房に引き返した。そして、新しい「おんたま」と共にタオルを2枚持ってきて、ズボン等が汚れていたらこれで拭いて下さいと手渡してくれたのだ。

「いや、2枚も要らないぐらいだけど」と言ったら、「1枚は濡れタオル、もう1枚は乾いているので拭き取りに使って下さい」という返答だった。その気遣いに感心していたら、去り際には「お帰りの際、足元が滑ると危険ですからご注意下さい」とまで言ってくれたのだ。

「たかがファストフード店で」というのが憚られるほどの素晴らしい接客。最近の言葉では「神対応」と言うのだろうか。数年前は夜間の1人勤務体制が「ワンオペ」と称されて社会問題になった同チェーンは、その反省を踏まえたサービス向上に努めて一定の成果を上げたようだ。

たまたまうちの近所の店だけ、いやその店員だけの気遣いかもしれないが、かつては優待券目当てに(笑)株式も保有していたこのチェーン、今後とも贔屓にしてあげようと本気で思ったのだった。

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