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2020/11/14

アーノンクールのブラームス交響曲全集

Harnoncourt先日観た歌劇『フィデリオ』の演奏が大変素晴らしかったので、このところアーノンクールのCDを各種取寄せて聴いている。アーノンクールと言えば、バロックから古典派にかけての音楽を、古楽器を用いて当時の姿に復元した演奏を行なう、古楽復興の旗手という印象が強かった。大変な研究熱心で知られ、またマッド・サイエンティストみたいな風貌から(失礼!)、何となく取っつきにくい印象を持っていたのは事実だ。

しかし、彼は1980年代からはモダン・オーケストラも指揮するようになり、ブラームスやメンデルスゾーン、ブルックナーなどロマン派作品にまでレパートリーを広げるようになった。ウィーンフィルやベルリンフィル、コンセルトヘボウ管など超一流の楽団が彼を招いているところを見ても、その実力のほどが知られるというもの。

その成果のひとつが、このベルリンフィルを振ったブラームスの交響曲全集で、1996年から97年にかけてベルリン・フィルハーモニーでライヴ録音された。ルドルフ・ブッフビンダーとの共演でコンセルトヘボウ管を振ったピアノ協奏曲2曲他と合わせ5枚組のCDに収録されているが、どういう訳か千円ちょっとで販売されていたので、ダメ元で購入してみた。

ダメ元というと聞こえは悪いが、手兵ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスと録音したモーツァルトやベートーヴェンの交響曲と同様、きっと随所に仕掛けを凝らした「奇矯な」演奏に違いないという先入観の混じった、半ば興味本位で聴いてみたというのが正直なところだった。

ところが、豈図らんや。通例の演奏とは異なるアーティキュレーションや音価にハッとする箇所はあるものの、意外にも正統的というか大変「真っ当な」演奏であるのにまず驚いた。しかし、アーノンクールの演奏は明らかにどこかが違う。それも本質的な部分において。何度か聴き直すうちに分かってくる部分があるかもしれないが、まずは響きの透明感というか見通しの良さが第一印象に強く残った。

ブラームスの管弦楽法は良く言えば重厚で複層的、しかしともすれば不透明で厚ぼったい響きになりがちだ。特にヴィオラ以下の低弦群の響きが混濁したようになる憾みがある。ところが、この演奏ではそこも含めて全体の音がよく「見える」。テルデック(旧テレフンケン)の録音の素晴らしさもさることながら、ヒントになるのはブックレットに引用されているアーノンクールの発言だ。

それによれば、彼は作曲者の自筆譜のみならず、作曲者の手書き修正の入った初期印刷譜、ウィーンフィルやベルリンフィルに保存されているパート譜まで渉猟し、ニキシュなど往年の指揮者がどんな指示を与えていたかを研究した。

その結果、今なら1回の弓で弾く音符の3倍を昔は1回で弾いていたそうである。弦楽器のことはよく分からないが、単純に考えて一度の弓で3倍の音を出そうと思えば弓の速度は3分の1に落ちる。それを補うためには弓を持つ右腕に力を入れて(?)弦をよく鳴らさないといけないだろう。

それによって豊かな音を生み出すボウイングはかつて最重要のテクニックとされ、彼自身チェロ奏者として1日最低30分は練習したものだが、左手の運指が重視される今では、その技術は数十年前に比べて衰退しているのだという。この演奏でそうしたボウイング法が実際に使われたかどうか定かでないが、弦楽器群の音の見通しの良さに、その研究成果の一端が現れていることは間違いないだろう。

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