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2020/10/30

『シャイニング』

Shining1980年、英。スタンリー・キューブリック監督。ジャック・ニコルソン、シェリー・デュヴァルほか。144分版を放映したWOWOWの紹介文。

作家志望のジャックと妻ウェンディ、そして予知能力“シャイニング”を持つ5歳の息子ダニーは、ジャックがあるホテルを冬の間だけ管理する仕事のため、ロッキー山脈にある現地へ。だがそこはジャックと同じ仕事をしていた前管理人が家族を殺して自分も自害した、いわくつきの場所。やがて氷雪に閉ざされて密室と化したホテルで、一家は次々に不可解な事象を目撃。特に筆が進まないジャックの精神状態は極めて不安定になっていく。(引用終わり)

スティーヴン・キングの同名小説を映画化した、モダン・ホラーの金字塔とされるキューブリック監督の代表作だが、キング自身は原作にあった要素を大幅に削った本作が不満で、自ら製作と脚色を手掛けたTVリメイク版が作られたという。

そうした経緯はともかく、この映画は一見淡々と進む場面進行のさ中にも、またどんな美しい映像の瞬間にも、不可解で得体の知れない恐怖が終始漂っている。そうした映像効果を高めるため、あえて原作の要素の一部は切り捨て、むしろ謎のまま残すという手法を取ったのかもしれない。

次第に狂気に囚われていく作家を演じたジャック・ニコルソンの怪演が話題となり、斧で破壊したドアから覗く彼の顔のアップがジャケット写真に使われている。しかし、私見を言わせてもらえば、この種の演技はさほど難しくないように思える。元々のキャラクターとは無関係に、狂人という言葉から誰もが想像する表情や行動をなぞれば、何となくそれらしく見えてしまうのではないか。

それよりも、このニコルソンの視線の先にある、逃げ場を失った妻ウェンディを演じたシェリー・デュヴァルの迫真の演技こそ、このホラー映画最大の見せ場だと思う。もともと大きな目と口が大きく開かれ、その表情が膠着したままひたすら叫び続ける。人間が本当の恐怖に襲われたら、多分こんな風になるのだろうと思わせる。

キューブリック監督は、『2001年宇宙の旅』と同様、本作でも音楽を巧みに使って恐怖感を盛り上げている。バルトークやペンデレツキ、リゲティの音楽が、まるで本作のために作られたかのような効果を上げているのに舌を巻く。バルトークの「弦チェレ」のみ、カラヤン指揮のクレジットがついている。

なお、本作から約40年後、大人になった超能力者ダニー(ユアン・マクレガー)を襲う惨劇を描いた『ドクター・スリープ』が昨年封切られ、WOWOWで来月に放映される予定である。こちらも今から楽しみだ。

10月28日 ジョグ4キロ
月間走行   20キロ

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2020/10/27

歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」

Borisgodunov_20201027084401プーシキンの同名劇詩をもとに、ムソルグスキーが作曲したロシア国民楽派オペラの代表作。1874年、ペテルブルクにて初演。2019年12月、モスクワ・ボリショイ劇場における公演の録画を鑑賞。

子供がいない皇帝フョードル1世が歿し、後継者と目されていた異母弟ドミトリーも変死。ドミトリーを暗殺した疑いのある摂政ボリス・ゴドゥノフが皇帝の座に就く。一方、僧院では若い修道僧グリゴリーが老僧ピーメンからボリスについての真相を聞き、秘かな野望を抱いていた。グリゴリーは死んだドミトリーになりすまし、ポーランドの支援を得て反乱軍を組織する。ボリスは将来自分の子に帝位を継がせようとしているが、反面、良心の呵責に苛まされ、あげくは政治も行き詰まって国は荒廃し、次第にボリスの精神が破綻していく。そしてグリゴリーの反乱軍がモスクワに迫り・・・。

16世紀末から17世紀初頭にかけて、ロシア史上「動乱時代」と呼ばれる混乱期に実在した皇帝ボリス・ゴドゥノフを巡る権力闘争とその非業の死を描く。

一方で、そうした政治の混乱は、その最大の犠牲者となった民衆の怨嗟や闘争心を掻き立てる。そうした不穏な社会情勢が、作品全体に通奏低音のように投影され、オペラのもうひとつの軸として展開していく。

初稿版ではボリスが死んだあと、民衆がモスクワに進軍するところで幕となっていたという。陰の主役は民衆であるというわけだ。しかし、やはりオペラとしては主人公の死で終わるという定石どおりの現行版の方がすんなり来る。

陰惨でどこにも救いがないストーリーには辟易しそうになるが、ムソルグスキーの深みのある音楽に加え、豪華絢爛な舞台装置や衣裳は一見の価値があり、総合芸術であるオペラとして十分完成度の高い作品であるのは間違いない。

10月25日 ジョグ4キロ

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2020/10/24

劇場版『みをつくし料理帖』

Miwotsukushi2020年、製作委員会。角川春樹監督、松本穂香主演。公式サイトの紹介文。

時代は享和二年の大坂。暮らし向きは違えども8歳の澪と野江は、まるで姉妹のように仲の良い幼なじみだった。「何があってもずっと一緒や」。しかしそんな二人が暮らす大坂を大洪水が襲い、澪と野江は生き別れてしまう。それから10年後。大洪水で両親を亡くした澪は引き取られ、江戸の神田にある蕎麦処「つる家」で女料理人に。野江は吉原にある遊郭に買い取られ、幻の花魁・あさひ太夫と名乗っていた。澪が苦心して生み出した料理が、別々の人生を歩む二人を再び引き寄せていく。(引用終わり)

髙田郁の同名小説を映画化。これまで北川景子主演の単発TVドラマが2本、黒木華主演の連続TVドラマが製作されてきたが、今回は版元の角川春樹が自らメガホンを取った劇場版が、まさに満を持しての登場となった。

全体に時代劇として大変オーソドックスな作りで、映像アングルやカット割り、セリフのテンポや間の取り方など、いずれもお手本のような完璧さである。ただ、ロケ地のせいだろうが、大坂や江戸の町から見えるはずがない山が、背後に映り込んでいるのは残念だ。

主演は若手女優の注目株とされる松本穂香。大阪・堺出身という同郷人の贔屓目を差し引いても、ベテラン揃いのキャスト陣の中で大健闘していたと思う。標準語と大阪弁、完全バイリンガルの彼女だけれど、江戸言葉に上方訛りが混ざるという芸当が出来れば、もう言うことなしの澪になるだろう。そこは、あるかもしれない続篇に期待することにしよう。

ところで角川映画と言えば、自分のような世代の人間にとっては、青春時代を風靡した数々の作品を思い出す。出版、映画、TV、ラジオなど各種メディアをタイアップした新しい宣伝手法が話題となったものだが、さすがに同じことが通用する時代ではなくなった。

たまたま同時期の公開となったアニメ映画がSNSや口コミで話題を集め、シネコン上映回数の大半を占める賑わいを見せているのを横目に、小さなスクリーンにシニア層がポツポツという状況は致し方ないところか。

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2020/10/21

セルの「新世界」

Szellドヴォルザークの交響曲第9番ホ短調作品95。「新世界より」という標題で知られた名曲中の名曲である。「家路」として有名な第2楽章のテーマが全国各地の小学校の下校音楽になっていたり、第4楽章の主題が繁華街「新世界」に近いJR新今宮駅の発車メロディに使われているほどだ。

ただ、個人的な感想を言えば、あまりに名曲すぎて何度も聴く気が起こらないのが正直なところ。メロディや構成、オーケストレーションを含め、よほどよく出来た曲なのか、プロアマ問わず誰が演奏しようとそれなりに聴こえるという不思議な楽曲で、何となく面白味がないのである。その代わり、心を震わせるような名演奏というのにも出くわしたことがない。「新世界に名演駄演なし」というのが持論だった。

しかし、ジョージ・セルは違った。全体的にセルの持ち味であるキビキビとした演奏で、余計な感情移入を排した純音楽的な表現が貫かれている。なかでも驚いたのが、第2楽章の中間部46小節目以降である。それまでのほのぼのとした雰囲気が一転、人生の悲哀を切々と語るかのような表現に度肝を抜かれた。Meno という指示のある78小節目からの痛切さはいかばかりだろう。

その後、木管楽器から始まる6連符の特徴的なリズムを持つテーマでほっと救われ、全管弦楽のクライマックスを築いた後、冒頭のテーマの再現となるが、今度はイングリッシュホルンは4小節でお役御免となる。そこまで各パート4人で伴奏していた弦楽器群が続きを受け持ち、最初は各パート2人、そして最後はヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの3人だけの合奏となる。

下手をすると甘ったるいムードミュージックになりかねない箇所だが、ここでのセルの表現は休符を含めて精緻を極めており、息を呑むような迫力すら感じさせる。こんな演奏は他では絶対にないだろう。

セルはハンガリー生まれだが、母方にチェコの血が混じっているそうで、チェコ音楽には人一倍の思い入れと自信を有していたという。その自負がただものでないことを十分に感じさせる演奏である。新世界にも名演はあったのだ。

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2020/10/18

松阪再訪

松阪はちょうど2年前に伊勢街道を「走った」とき(そんな時代もあったね・笑)に訪れているが、今回再び行くことになったのにはちょっとしたワケがある。

実は近鉄の株主優待全線乗車券を行使するのが主たる目的だった。これまでは近所のチケット屋で買い取ってもらっていたのだけれど、今年はコロナの影響で需要が落ち込んだせいで、買い取り価格が従来の半分以下になっている。

それならば自分で行使した方がまだマシと思い、松阪まで往復することにした。2年前に立ち寄ってその美味さに感激したステーキハウスを、また機会があれば再訪したいと考えていたのだ。

春先からは営業自粛や時間短縮に追い込まれていたそうだが、7月には通常どおりの営業時間に復帰、訪れた日も地元グループ客などでほぼ満席の盛況だった。精肉店直営のステーキの味は相変わらずで、同行した家内も感激していた。

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それだけで帰るのももったいないので、街道走りが目的だった2年前には訪れなかった松坂城跡付近を散策した。現在は石垣をとどめるだけになっているが、かなり大規模な城だったことが分かる。

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城のすぐ近くに、御城番屋敷(国指定重要文化財)が、文久3年の建築当時の姿のまま残っていて、これには大変興味をそそられた。槇垣を巡らせた十軒長屋が2棟、石畳の道を挟んで向かい合っている。20軒のうち1軒は解体され、1軒は一般に公開されているが、残りは全て今も民家として使われ、当時の武家の子孫も住んでいるという。

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中に入ってみると、当時の日本人の体格に合わせて作られた住宅は狭く感じられたが、それよりも城から丸見えという職住近接の極み、しかも同僚家族と壁一枚隔てただけの暮らしは、さぞかし窮屈だったことだろう。(笑)

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2020/10/15

『エージェント:ライオン』

Lion2020年、仏。ダニー・ブーン、フィリップ・カトリーヌほか。日本初公開となる放映を行なったWOWOWの紹介文。

ある病院の精神科医ロマンは、自分がコードネーム“ライオン”であるスパイ、レオ・ミランだと主張する患者を担当するが、レオはロマンの婚約者ルイーズが誘拐されると予告。実際に誘拐事件が発生してしまい、他に頼れる者がいないロマンはレオに協力を依頼。病院から脱走したレオとともにロマンは、犯人一味が乗っていたバンを手掛かりに、ルイーズを追ってパリへ。やがて一味の目的が意外なものだと明らかになっていく。(引用終わり)

最初から最後まで全く先の読めない展開の連続で、96分間ハラハラドキドキさせられっぱなしだった。精神科の患者と医者だったはずの二人が、何をしでかすか分からない探偵(本人はスパイのつもり)と、彼に頼るしかない哀れな依頼者と立場を逆転させ、一風変わったバディものの冒険アクションを繰り広げる。

そう言えば、同じフランス映画の『最強のふたり』も、大金持ちの障害者と移民労働者の若者という、あり得ないコンビのバディものだったが、こういう設定はフランス映画のお家芸なのだろうか。

ジャケット写真でも想像がつくが、単なるアクション活劇ではなく、随所にユーモアやシャレが散りばめられていてかなり笑える。思い切り脱力もするけれど、そこは「緊張と緩和」の絶妙のバランスと言うべきか。演じているのはフランスで活躍しているコメディスター陣という。笑いのツボを心得た役者たちなのだろう。

WOWOWの惹句のとおり「理屈抜きに楽しめる痛快テイストのコメディアクション」で、日本で劇場未公開というのは惜しい。

10月14日 ジョグ4キロ

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2020/10/12

歌劇「フィデリオ」

Fedelioベートーヴェン唯一のオペラ。1805年、アン・デア・ウィーン劇場で初演。2004年のアーノンクール指揮チューリヒ歌劇場公演のDVDを鑑賞。

セヴィリャ郊外の刑務所。フロレスタンは政敵である刑務所長ピツァロにより無実の罪で捕らえられ不当に監禁されている。フロレスタンの妻レオノーレは男装してフィデリオという偽名で刑務所に潜入、看守ロッコのもとで助手として働きながらフロレスタンを救出する機会を窺っていた。
ある日、ピツァロはフロレスタンの旧友で司法大臣のドン・フェルナンドが視察に来ると知り、その前にフロレスタンを暗殺しようと決心する。地下牢で剣を抜いたピツァロがフロレスタンを刺そうとした刹那、間に割って入ったレオノーレは「まず妻を殺せ!」と自分の正体を明らかにする。ちょうどその時大臣到着を知らせるラッパが鳴り響き、ピツァロの悪事が白日の下に晒される。フロレスタンはじめ囚人全員が解放され、一同がレオノーレの勇気と神を讃えるなか幕が下りる。

ベートーヴェンが何度も改訂を繰り返し、序曲だけで4種類あるなど大変な心血を注いだ作品である。内容的にも自由、解放、夫婦愛を讃える啓蒙主義的な色彩が強く、オペラにしては肩肘張った堅苦しい作品ではないかと敬遠していたが、意外にもそれほど説教臭くはなかった。

レオノーレとフロレスタンの崇高な夫婦愛を賞賛するだけではなく、ロッコの娘マルツェリーネがフロレスタンの男装姿フィデリオに惚れ込み、そのマルツェリーネに横恋慕した門番ヤキーノがしつこく言い寄りといった、よくありがちな実らぬ恋愛を織り交ぜている面白さもある。

しかし、何よりもベートーヴェンの音楽そのものが、諸々の欠点を覆い隠して余りあるほどの説得力をもっている。アーノンクールが指揮したチューリヒ歌劇場の演奏がまた素晴らしく、オケと合唱はとんでもなく上手いし、舞台上の歌手たちのアンサンブルはスタジオでのセッション録音かと思うほどに完璧である。特に、第2幕からしか登場しないフロレスタン役のヨナス・カウフマンが、声楽的には無理があるというベートーヴェンの要求に見事に応えている。

余談を少々。「フィデリオ」という名前は、英語の fidelity(忠実、貞節)と同様、ラテン語の fides(信用)に由来するものと思われ、夫フロレスタンに忠誠を尽くす妻の理想像という意味を籠めた偽名なのだろう。さらに余談になるが、オーディオ用語の high fidelity は「高忠実度(再生)」を意味し、Hi-Fi と略される。それをもじったのが Wi-Fi である。

10月11日 ジョグ4キロ

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2020/10/09

北海道の旅 その4 札幌交響楽団定期演奏会

25日夜は札幌交響楽団第630回定期演奏会を聴いた。同楽団の定演は1月31日、2月1日の第626回以来、約8か月ぶりという。指揮者や曲目も当初予定から変更され、客席は1席おきの半数のみ、さらに入場時は検温と手指消毒を行うなど感染対策が取られた中での開催である。通常は開演前に行われるというロビーコンサートも中止となった。

曲目はシューベルトの「ロザムンデ」序曲、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番、ストラヴィンスキーの「管楽器のための協奏曲」、最後に再びシューベルトの交響曲第5番。指揮は広上淳一、ピアノ独奏は伊藤恵である。

札響、Kitara とも初めてだったが、小編成のプログラムもあってか、当地の爽やかな気候を思わせるような、明快で抜けの良い響きを楽しむことが出来た。特に交響曲では弦をはじめとしてよく歌うフレージングによって、シューベルト独特の音楽世界を構築していた。

ただ、最初の序曲などでは弦楽器の鳴りが十全でないと感じられたのが残念だった。前から4列目のほぼ右端という座席のせいもあるが、とりわけ第1、第2ヴァイオリンが物理的な距離以上に遠く感じられた。

勝手な想像だが、ここ数か月の間、個人練習は怠らないにしても、おそらくパート練習すらままならない状況が続き、揃って弾くのが久々ということがあったのではないか。弦楽器のことはよく分からないが、弓づかいとか、ヴィブラートのタイミングなど、細かいところで微妙にズレるというのは考えられる。

ピアノの伊藤恵はさすがにヴェテランらしい熟達した演奏で、ベートーヴェンのピアノ協奏曲の中では最も地味なこの曲を面白く聴かせることに成功していた。鳴りやまぬ拍手に応えたアンコールは、まさかの「エリーゼのために」。プロオケの定期演奏会で聴くことはまずないが、一流のピアニストが弾くとさすがに違うものだと感心させられた。

10月7日 ジョグ4キロ

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2020/10/06

北海道の旅 その3 千歳線旧線サイクリング

千歳線旧線は大正15年に北海道鉄道札幌線として開通、昭和18年に国有化され国鉄千歳線となったが、昭和48年には線形が悪く輸送上のネックであった北広島-苗穂間の線路付け替えと全線複線化が行われ廃止となった。北広島-東札幌間の旧線跡(18.8キロ)は現在、北海道道1148号札幌恵庭自転車道線(愛称「エルフィンロード」「陽だまりロード」「白石こころーど」)となっている。

24日午前9時半、北広島駅前でレンタサイクルを借りて出発、「エルフィンロード」に入ったところ。名前の由来は北広島市の象徴「エルフィン」(妖精)で、街路灯の支柱に妖精の絵が透かし彫りになっている。

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しばらく現行線と並行してなだらかな登りが続く。左手前方、新ボールパークの建設現場では多数のクレーンが林立しているのが見えた。やがて現行線を跨線橋で越える箇所があり、旧線はこの付近で現行線とクロスするような位置関係にあったのだろう。

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ここからは木立の間を抜ける快適なコースが続く。途中、「自転車の駅」で休憩。案内板には次のような説明があった。

旧千歳線は大正15年8月の営業開始に至るまで、大勢の労働者が過酷な労働のもと、宿舎に寝泊まりしながら鉄道建設に従事しました。何人もの労働者がはやり病などでなくなったり、過酷な労働に耐えきれず逃げ出した人もいたと言い伝えられています。このようにして敷設された旧千歳線は昭和48年まで千歳線沿線住民の重要な交通手段として活躍しておりましたが、千歳線の複線化や切り替え工事に伴いその役割を終えていました。

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旧上野幌(かみのっぽろ)駅跡は現在は厚別南公園となっている。自転車で周回できるコースがあり、立体交差やバンクがあったりして楽しそうだったが、ちょっと大人げないのでパス。(笑)

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徐々に市街地に入っていくが、地図から想像していたのと違って緑が多く、サイクリングやジョグのみならず、のんびり散歩している人が多かった。大谷地(おおやち)駅跡の白石東冒険公園。ここも何だか楽しそうだったがパス。

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月寒(つきさっぷ)駅跡は現在アサヒビールの工場の一部になっている。このように自転車道が一般道をアンダーパスしている箇所が多く、交通安全が図られているけれど、排水溝の蓋などの微妙な段差が気になり、自転車では少々走りづらかった。

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ようやく東札幌駅跡に到着。旧千歳線はこの先を左にカーブして函館本線と合流、豊平川を渡って苗穂駅に向かっていたが、現在は痕跡を留めていない。

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東札幌駅跡は現在、ラソラ札幌という商業施設になっている。ちょうど昼時になったのでスープカレーなるものを初めて食してみた。具だくさんでしっかり満腹した。

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廃線探訪はここで終了となるが、レンタサイクルを返却しないといけない。一時は軽トラックなどレンタカーを借りて運ぶことも考えたが、積み下ろしが面倒そうだし、そのレンタカーも返さないといけない。当然費用もかかるので、来た道をそのまま自転車で引き返すことにした。

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往復37キロ余り。後半はさすがに脚に来たが、何とか無事に北広島駅に帰着。同行した家内が意外に健脚で、最後まで付き合ってくれて感謝感謝である。

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2020/10/03

北海道の旅 その2

小樽から札幌に戻り、夕方の演奏会まで少し時間があったので、時計台とテレビ塔を見物した。時計台の2階で解説ビデオを見ていたら、ちょうど鐘が鳴る仕組みの説明の最中に、17時を告げる実物の鐘がすぐそばで鳴った。音は意外に小さかった。

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テレビ塔から大通公園を望む。

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地下鉄で中島公園へ移動。ここは1999年に走った北海道マラソンのフィニッシュ地点で、公園入口から文学館前を通り体育センター前に至る当時のコースを辿ってから、札幌交響楽団定期演奏会が行なわれる札幌コンサートホールKitaraに向かう。ホールを向いて指揮棒を手にするこの人は、PMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)の立役者、レナード・バーンスタイン氏である。演奏会についても稿を改める。

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演奏会が終わって外に出ると雨が降っていた。ストーマの不安があるため我慢していた夕食をとるため、雨の中をすすきの近くまで歩き、某居酒屋で名物ホッケの開きや、毛蟹が入ったカニ玉などを注文した。本来は日付が変わる頃まで営業しているはずだが、今は22時ラストオーダーで慌ただしい限りだった。折角のプレミアムフライデー(死語?)だというのに。

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最終の26日は雨も朝方には上がり、爽やかな秋空が戻った。朝一番に北海道大学の構内を散策。ジョグやインターバルをしているランナーを多くみかけた。来年の東京オリンピックのマラソンでは、大学構内が後半の周回コースの一部になっていて、中央ローンと呼ばれるこの辺りも含まれている。

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最後は大通公園で焼きとうもろこしを頬張りながら、まったりと過ごす。お零れに与ろうと鳩が一羽近寄ってきたが、餌付けはダメと無視していたら諦めて居なくなった。

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少し早いがそろそろ空港まで移動しようと思って札幌駅まで行くと、何とJR千歳線が設備故障か何かで運休している。再開のメドがすぐには立たないようなので、急遽高速バスで空港に向かうことにした。

幸い行列はそれほどでもなく、すぐにやって来た臨時便に乗り込むことが出来た。3密回避も何も補助席まで満席状態だが誰も文句を言わない。バス業者にとっても棚ぼたのチャンスなのだし。(笑)

フライト時刻が迫って急いでいる人たちはバスを待ちきれず、タクシーに相乗りして空港に向かっていたが、当方はストーマ処理の必要があるため時間に余裕をみていたので事なきを得た。まさに「怪我の功名」だったと言うべきかもしれない。

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