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2020/08/22

歌劇「ヴォツェック」

Img00219世紀前半の作家ビューヒナーによる未完の戯曲『ヴォイツェック』をもとに、アルバン・ベルクが1922年に完成させたオペラ。1925年、ベルリンにて初演。クラウディオ・アバド指揮ウィーン国立歌劇場公演のビデオを鑑賞。タイトルロールはフランツ・グルントヘーバー、マリーはヒルデガルト・ベーレンスである。

小心者の貧乏兵士ヴォツェックが愛人マリーの浮気を知ってこれを刺し殺し、証拠隠滅を図ろうとした自分も誤って溺死してしまうという、全く救いようのない悲惨な物語の一部始終を描いた、ヴェリズモ・オペラの極北のような作品である。

音楽的には、新ウィーン楽派の無調音楽でありながら、過去の楽曲形式の博物館とも呼ぶべき多様性と緻密な構成を有し、西洋音楽の歴史上で画期的な位置を占める作品とされるが、そうと知らずに聴いても大編成のオケによる変幻自在の音響には魅了される。

全3幕15場の合間に演奏される場面転換の音楽も、ただの時間つなぎでない濃密な内容を持ち、とりわけ最終第3幕第5場の前のものなど、単独での鑑賞にも値するほどである。アバド指揮ウィーンフィルによる精緻で集中力に富んだ演奏が光る。

原作者ビューヒナーは生前はおろか死後も長い間注目されることがなかったが、19世紀末からようやく評価されるに至る。手書き草稿の断片を解読した『ヴォイツェック』が1878年に刊行され、その舞台上演を観たベルクがオペラ化を即座に決意、自身で台本も書いて作曲に当たった。なお、当初は本来の Woyzeck を誤読した Wozzeck として刊行され、それがそのままオペラのタイトルに踏襲されている。

ビューヒナーとベルク、時代を超えた両者の才能の結合がなければ誕生しなかった作品であるが、道徳や理性、科学を標榜する近代社会の陰で虐げられ、疎外された者たちの悲劇を描いた本作は、今日における格差や貧困の問題にも通じるものがあり、現代的な価値をも有する作品であると言って過言でない。

ところで、冒頭から登場する主人公の上官である大尉のテーマとして、ベートーヴェンの田園交響曲の主題に似た音型が用いられている。手元にあるオペラ解説書で岩下眞好氏は、田園曲=パストラーレはもともとキリスト生誕を祝う「羊飼いの曲」であったとして、主人公とマリー、子供の一家が、キリスト同様に迫害を受けた聖家族像でありえたことの暗示ではないかとしている。

しかし、これはあくまで大尉のテーマなのであって、いくら「大胆に推理」とはいえ牽強付会の謗りを免れまい。大尉は歩みの遅い人物として描かれていて(第2幕第2場など)、まるで田舎を散歩するように彼が歩く様子を揶揄したもの、ぐらいに考えるのが自然だと思うのだが、いかがなものだろうか。

8月20日 ジョグ2キロ

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コメント

昨シーズンのMETで一番面白かった作品(新演出)でした。
ビジュアルで衝撃的な舞台。バリトンもよかったし。
もちろんベルクの音楽も。オケもいつになく繊細な気がして。
アバドとネゼ=セガンを聴き比べると面白いかもしれません。

ただ
妻に裏切られ、上官にいじめられ・・・
たしかに現実は不条理に満ちているけれど。
あまりに悲しく救いのない話で、心は暗くなるばかり。
大人のオペラですね。(^^)

投稿: ケイタロー | 2020/08/22 11:55

ケイタローさん
今年1月の公演のライブビューイングですね。
WOWOWで放映されれば観てみたいです。
今、同じケントリッジ演出の「ルル」を鑑賞中です。
こちらも負けず劣らず悲惨な話が3時間続きます。(苦笑)

投稿: まこてぃん | 2020/08/23 17:43

ヴォツェックに来ましたか。新婚旅行時にウィーンシュタツオパーで妻と鑑賞しました(新婚旅行で観るのもどうかと思いますが)。アバドの公演の配役と同じ。指揮者がホルライザーでした。このオペラに初めて接したのは小澤・新日本フィルの特別公演。日本初演はベームでしたが、国内のオケによる演奏はこの時が初めてだったと思います。初演時のエピソードほどではないですが、新日本フィルも歌手陣も譜面と苦闘し、なかなか大変だったとか、そんなニュースもありました。「冒頭」の「田園テーマ」ですが、これは私もいまだに謎です、仲間達も明快な答えがない。偶然とは思えないわけで、何かベルクが暗示したと思うのですが…。

投稿: frun 高橋 | 2020/08/24 10:01

frun 高橋さん
内容が内容だけに奥様もびっくりされたのでは?(^^;)
楽器はともかく、声楽で無調音楽ってよく出来ますよね。
いくら絶対音感があっても、十二音音階を自由自在に
歌えるとはなかなか思えないです。

投稿: まこてぃん | 2020/08/25 08:53

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