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2020/08/31

歌劇「ルル」

Luluベルクの遺作となったオペラ。初演は1937年だが、未完に終わった第3幕をツェルハが補筆完成した全幕版がブーレーズ指揮で初演されたのは1979年になってである。今回鑑賞したのは2015年メトロポリタンオペラ公演の録画。METライブビューイングの紹介文。

20世紀初め、ドイツのある町。町で出会った少女ルルを連れ帰って育てたシェーン博士は、彼女に惹かれながらも官僚の令嬢と婚約し、ルルは医者のゴル博士に嫁がせる。男という男を魅了するルルは画家と浮気をし、現場を目撃したゴル博士は悶死。ルルはシェーン博士の妻の座を手に入れる。だが男女を問わず奔放な関係を続けるルルに、逆上したシェーン博士はピストルを突きつけるが、逆にルルに殺されてしまう。投獄されたルルは女の恋人の手引きで脱獄するが、もはや体を売るしか生きる道は残されていなかった・・・。(引用終わり)

ヴェーデキントの戯曲「地霊」「パンドラの箱」をもとにした歌劇。既成のモラルにとらわれず奔放に生きる女ルルは、彼女に魅入られた男女を次々と破滅させながら、ついには自らも悲惨な死を遂げる。初演当時から音楽界に大きな衝撃を与えた、20世紀オペラ最大の問題作とされる。

「ルル」とは一体どういう存在なのか。本公演の演出家ケントリッジはインタビューで、ただ「魔性の女」とか「犠牲者」と決めつけない方が興味深いと語っている。彼女は多面性を有しながら、その断片しか見せないのだという。その象徴なのか、彼女はルル以外にもネリー、エヴァ、ミニョンという名前で呼ばれ、シェーン博士にすら「本当の名は分からん」と言わせる始末である。

本公演をもって18年間演じてきたこのタイトルロールを卒業したマルリース・ペーターセンの歌唱と演技はさすがで、ルルが憑依したかのような迫真のパフォーマンスを見せていた。また、前回観た「ヴォツェック」のフランツ・グルントヘーバーが、謎の老人シゴルヒ役で健在ぶりを発揮している。

音楽的には十二音技法を駆使した無調音楽でありながら、一方ではヴィブラホンやサックスを導入した響きはジャズの影響を感じさせ、斬新かつ多様性のある音楽はベルクならでは。初演時は最初の2幕と「歌劇<ルル>からの交響的小品」(<ルル>組曲)の一部という形で上演されたそうだが、オペラのハイライトとも言えるこの組曲だけでも面白く聴ける。アバド指揮ウィーンフィル、ユリアーネ・バンセ独唱のCDがたまたま手元にあり、METオケとは一味違った濃厚な響きを堪能することが出来た。

8月30日 ジョグ2キロ
月間走行 14キロ

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2020/08/28

『心の旅路』

Randomharvest1942年、米。ジェームズ・ヒルトンの同名小説を、マーヴィン・ルロイ監督、ロナルド・コールマン、グリア・ガースン共演で映画化したもの。

第一次大戦で負傷して記憶喪失となったジョン・スミス(仮名)は、町で偶然出会った踊り子のポーラと恋に落ちる。彼女と結婚して幸せな日々を送っていたスミスだったが、旅先で交通事故に遭ったはずみに負傷以前の記憶を取り戻す。しかし、逆にその後のポーラと過ごした日々の記憶を失ってしまった。本来のチャールズ・レイニアとして実業家人生を歩み始めた彼のもとで、秘書マーガレットとして勤めながら彼の記憶が戻ることを祈るポーラだったが…。

タイトルも何も知らなかったが、あるところで紹介されていて興味をもったので、久々に戦前の古いモノクロ映画を鑑賞してみた。「王道」を行くメロドラマに記憶喪失を二度も絡ませたストーリーが秀逸である。

また、チャールズと姪キティとの実らなかったロマンスも、スピンオフものが一篇出来そうなくらい良く出来ている。その他、戦傷者を収容した精神病院の様子とか、戦後復興に伴う社会情勢の変化なども織り込まれ、社会派ドラマとしての奥行もある。

邦題『心の旅路』もなかなか気が利いているが、原題の Random Harvest とは、一体どういう意味なのだろうか。NYタイムズの書評では、第一大戦当時のドイツ軍による報告書にある “Bombs fell at random.”(爆弾は無作為に落ちた)から来ているとあり、Random はそこから取ったもののようである。

爆弾が無作為に落ちた結果、スミスが記憶喪失に陥り、それがもとでポーラと知り合い、さらに様々な偶然が random に作用して最終的な幸福という Harvest が得られたと、そういうことだろうか。

映画の中でチャールズ・レイニアの実家として Random Hall という立派なお屋敷が登場する。たぶんタイトルに引っ掛けた名称だろうが、英国ホーシャムには同名の古いB&Bホテルがあって、もしかするとそれを意識したのかもしれない。

ところで、DVDの特典映像として Don't TalkMarines in the Making なる短篇2本が収録されている。おそらく本篇と併せて上映されたものと思われるが、いずれも戦時下における米国民向けの啓発映画で、これが日本版DVDにも収録されている理由は不明である。

前者は民間工場の従業員といえども情報を妄りに口外せず、スパイ活動防止に協力すべきことをサスペンス映画仕立てで訴える。後者は海軍における軍事教練の模様を具体的に紹介するという実録もので、背後から黙って襲撃してくる日本兵への対処方法などというのもある。

総天然色の超大作『風と共に去りぬ』ほどではないにしても、細かいところまでピントの合った美しい映像と粋な音楽で綴られた本篇を鑑賞するのと合わせ、観客は単なるプロパガンダではない、戦時体制に関する具体的な知識も得る。そんな国を相手に、日本人はいざとなれば竹槍で戦えると信じていたのである。

8月26日 ジョグ2キロ

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2020/08/25

ハッカ油スプレー

このところの「ジョグ2キロ」というのは芋ケ峠の一部で、峠の入口に車を止めてそこから約2キロを歩いて上り、帰りを走って下るというパターンである。夏場は何より涼しい山中が最高というのに加えて、ほぼ人気(ひとけ)がないのでマスクをせずに済むのも助かる。

ただ、メマトイと呼ばれる小さな羽虫が、文字通り執拗に纏わりつき、眼の中に飛び込んで来ようとする。涙液に含まれるタンパク質などが奴らの目当てらしいのだが、今月に入ってからは大量に発生していて、十数匹の集団で襲撃してくる場所もあるので鬱陶しいことこの上ない。

何とかならないかと対策方法をネットで検索してみたところ、頭からネットを被る方法も紹介されていたが、ハッカ油スプレーを顔や体に吹き付けるのが効果的という記事がいくつも出て来た。

半信半疑ながら、物は試しと自作してみた。といっても、材料はハッカ油、無水アルコール、水道水だけで、これを百均で入手したアルコール対応のスプレー容器に詰めるだけのことである。油と水はそのままでは溶けないので、まずアルコール10mlにハッカ油約20滴を溶かし、それを水道水90mlで薄めるという手順だ。

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早速、先日のジョグで実地に使用してみたところ、意外にもかなりの効果があった。そもそも奴らが接近することが少なくなったし、偶然顔の近くを飛んでもスーッと除けていく個体がほとんどだ。それでも飛び込もうとする輩はいるがごく少数である。

虫除け以外にもハッカ油には消臭効果があり、芳香剤や入浴剤などとしても使えるらしいので、色々と試してみようと思っている。

8月23日 ジョグ2キロ

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2020/08/22

歌劇「ヴォツェック」

Img00219世紀前半の作家ビューヒナーによる未完の戯曲『ヴォイツェック』をもとに、アルバン・ベルクが1922年に完成させたオペラ。1925年、ベルリンにて初演。クラウディオ・アバド指揮ウィーン国立歌劇場公演のビデオを鑑賞。タイトルロールはフランツ・グルントヘーバー、マリーはヒルデガルト・ベーレンスである。

小心者の貧乏兵士ヴォツェックが愛人マリーの浮気を知ってこれを刺し殺し、証拠隠滅を図ろうとした自分も誤って溺死してしまうという、全く救いようのない悲惨な物語の一部始終を描いた、ヴェリズモ・オペラの極北のような作品である。

音楽的には、新ウィーン楽派の無調音楽でありながら、過去の楽曲形式の博物館とも呼ぶべき多様性と緻密な構成を有し、西洋音楽の歴史上で画期的な位置を占める作品とされるが、そうと知らずに聴いても大編成のオケによる変幻自在の音響には魅了される。

全3幕15場の合間に演奏される場面転換の音楽も、ただの時間つなぎでない濃密な内容を持ち、とりわけ最終第3幕第5場の前のものなど、単独での鑑賞にも値するほどである。アバド指揮ウィーンフィルによる精緻で集中力に富んだ演奏が光る。

原作者ビューヒナーは生前はおろか死後も長い間注目されることがなかったが、19世紀末からようやく評価されるに至る。手書き草稿の断片を解読した『ヴォイツェック』が1878年に刊行され、その舞台上演を観たベルクがオペラ化を即座に決意、自身で台本も書いて作曲に当たった。なお、当初は本来の Woyzeck を誤読した Wozzeck として刊行され、それがそのままオペラのタイトルに踏襲されている。

ビューヒナーとベルク、時代を超えた両者の才能の結合がなければ誕生しなかった作品であるが、道徳や理性、科学を標榜する近代社会の陰で虐げられ、疎外された者たちの悲劇を描いた本作は、今日における格差や貧困の問題にも通じるものがあり、現代的な価値をも有する作品であると言って過言でない。

ところで、冒頭から登場する主人公の上官である大尉のテーマとして、ベートーヴェンの田園交響曲の主題に似た音型が用いられている。手元にあるオペラ解説書で岩下眞好氏は、田園曲=パストラーレはもともとキリスト生誕を祝う「羊飼いの曲」であったとして、主人公とマリー、子供の一家が、キリスト同様に迫害を受けた聖家族像でありえたことの暗示ではないかとしている。

しかし、これはあくまで大尉のテーマなのであって、いくら「大胆に推理」とはいえ牽強付会の謗りを免れまい。大尉は歩みの遅い人物として描かれていて(第2幕第2場など)、まるで田舎を散歩するように彼が歩く様子を揶揄したもの、ぐらいに考えるのが自然だと思うのだが、いかがなものだろうか。

8月20日 ジョグ2キロ

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2020/08/19

固定電話機を買い替え

Kimg1035今どき、そんな人がいるのかと思われるかもしれないが、長年使い続けて来たファクス兼用電話機の調子が悪くなり、シンプルな電話機を新たに購入したのだ。ファクスはもう何年も使ったことがないので電話機能だけで十分なのだが、もちろん固定電話そのものを解約するという選択肢もあった。

うちの子供たちもそうだが、今の若い人たちは携帯だけで固定電話を持っていない人が多い。しかし、我々世代の親戚や知人の中には、むしろ逆に携帯を持っておらず、常に固定電話でかけてくる人がいたりするので、全くなくしてしまうわけにいかないのだ。災害時には携帯より固定電話の方がつながりやすいという話も聞く。

今回購入したのはシンプルな機種で、5千円もしなかったのだけれど、機能的には十分すぎるほどだ。特に、オレオレ詐欺対策の仕掛けが何種類が内蔵されていて、今や固定電話の利用者が高齢者中心であることを如実に物語っている。

ところで、NTTの固定電話を使い続けているもう一つの理由であるADSLが、来年9月末でサービス終了となることが分かった。近いうちに光インターネットなどに乗り換える必要があるが、それと同時にNTTの電話回線を解約して、同じ電話番号の光電話として使うことになりそうだ。NTTの回線使用料がなくなるので、費用的にはかなりお安くなる見込みである。

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2020/08/16

When I'm Sixty-four

映画「ガープの世界」のオープニングとエンディングは、裸の赤ん坊が青空を浮遊する印象的な映像が使用され、そのバックにビートルズの When I'm Sixty-four が流れる。まるでこの映像のために作られたのではないかと思うほどピッタリな選曲に舌を巻く。

歌の内容は、「年をとって髪が薄くなっても・・・君はまだ僕を必要として、僕にご飯を作ってくれるかな。僕が64歳になっても」といったもので(need と feed で韻を踏んでいる)、この歌の作曲当時64歳なんて遥か彼方の将来で、これはもう幾久しく変わらぬ愛を歌ったと考えて良いだろう。

作詞作曲はレノン=マッカートニーとなっている。ジョン・レノンは40歳で凶弾に斃れたが、ポール・マッカートニーは64歳をとっくに過ぎた78歳の今も相変わらず元気でご活躍のようだ。

ところで、映画の主役を務めたロビン・ウィリアムスは、薬物やアルコール依存などの病気を抱えた末に自殺したとされるが、死亡時の年齢は63歳を迎えた直後だった。「64歳になっても」とはいかなかったわけだが、この映画を観たあとでは「それが紛れもなく彼の人生だったのだ」と思えてならない。

時代と場所は全く異なるが、作曲家ヨハネス・ブラームスも64歳を前に癌で亡くなっている。彼の場合はあと約1か月で64歳になるというところだったが、当時の平均寿命はそんなものだったのかもしれない。

さて、自分は64歳まであと2年と3か月だ。64歳に特段の意味があるわけではないが、そこまで頑張ってみようかという目標にはなるかもしれない。64歳になっても、まだ音楽を聴き、オペラや映画を観ているだろうか。まだ少しは走って・・・ま、これはどうでもいいか。(笑)

8月16日 ジョグ2キロ

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2020/08/13

『ガープの世界』

Tsgarp1982年、米。ジョージ・ロイ・ヒル監督。ロビン・ウィリアムス主演。Yahoo! 映画の紹介文。

看護婦のジェニーは、男には束縛されず子供だけが欲しいという思いから、病院に運び込まれた傷病兵と一方的にセックスする。やがて生まれた子供はガープと名づけられた。思春期を迎えた学生ガープは、所属するレスリング部のコーチの娘ヘレンに恋をする。だがある日、ジェニーとガープは突然ニューヨークへ発ってしまう。親子は揃って小説家を志すようになり、ジェニーはウーマン・リブのベストセラー作家となる。ガープも作家の才能が開花し、へレンと結婚。子供も授かり、順風満帆な人生を送るかにみえたのだが…。(引用終わり)

ジョン・アーヴィング(レスリングのレフェリー役でカメオ出演)原作の同名小説を映画化。出生の経緯からして普通でない主人公の、あらゆる想像を超えた摩訶不思議な一生を辿る。

その一例がジャケット写真である。ガープとヘレンが新婚の住まいに契約しようとした家に、何と小型機が激突するのである(無傷で現れたパイロットはヒル監督のカメオ出演)。

これほど不吉なことはないと他を当たると思いきや、茫然とするヘレンや不動産屋に向かって、ガープは「この家に再び飛行機が衝突する確率は天文学的に小さい」と喜び、そのまま契約するのである。

一事が万事、思いも寄らぬ展開の連続に唖然とするうちに、ハチャメチャとも破天荒とも、何とも形容しがたい主人公の人生は唐突に終わりを迎える。その前の彼の述懐が意外に深い。

「過去の人生が一つの弧を描いてて、出来事が次の出来事につながってる。1本の線だ」

どれだけ奇想天外な出来事、悲惨な出来事であろうと、振り返ってみればその全てに意味がある。なぜなら、その繋がりの全体こそが人生に他ならないのだから。

人生かくあるべし。そこから外れたら軌道修正が必要だ。そういう普通の生き方、言うなれば道徳的な価値観、世界観に対するアンチテーゼのようである。原題の The World according to Garp とは、そうした「ガープ流の世界観」といった意味なのだろう。

それを開き直りと非難することは可能だけど、究極のプラス思考と言うこともできる。どちらが素晴らしい人生か。ロビン・ウィリアムスの底抜けの笑顔を見れば、答えは自ずと明らかである。曰く「人生は冒険だ」と。

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2020/08/10

歌劇「アラベラ」

Arabellaシュトラウスとホーフマンスタールのコンビによる最後のオペラ。1933年初演。ショルティ指揮ウィーンフィルによる映画版を鑑賞。

19世紀後半のウィーン。没落貴族ヴァルトナー伯爵は美しい娘アラベラを金持ちと結婚させ、経済的苦境を脱したいと考えている。アラベラには士官マッテオをはじめ求婚者が何人もいるが決めかねているうち、ハンガリーからやって来た大地主マンドリカをふと見かけ心惹かれる。舞踏会で対面した二人は互いに一目ぼれして将来を誓い合う。
一方、経済的事情から男の子として育てられているアラベラの妹ツデンカは、マッテオに密かな恋心を抱きながらも、彼の姉への思いを成就させようと画策するが、とんでもない誤解を生んでしまい…。

「第二の『ばらの騎士』」を目指して書かれた作品である。初演当時、ウィーンは第一次大戦敗戦後の社会的混乱のさ中にあり、シュトラウスとホーフマンスタールは、ハプスブルクの伝統への回帰により秩序の回復を図ろうとしたと考えられている。

ヒロインのアラベラは自分で結婚相手を決められない受動的な女性であるが、紆余曲折の末、熱烈に求婚された相手と結婚して家庭を築くという幸福を得るに至る。それこそが古き良きウィーンの生き方であるというのだが、オペラの主人公としては若干キャラクターが弱い感じは否めない。

それよりも、妹ツデンカの方が遥かに面白い存在で、後半では実質的な舞台回し役を担っている。実際、本作の前身となったホーフマンスタールの短篇小説「ルツィドール」は、本作のツデンカに相当するルツィドールが主人公なのである。

しかし、ツデンカが行なったことは決して褒められたことではなく、一歩間違えば血みどろの決闘騒ぎになっていたはずである。結果オーライでハッピーエンドだからいいじゃないかと言えばそれまでだが、その辺も含めての懐古趣味のメロドラマというべきか。

ただ、シュトラウスの音楽の素晴らしさは「第二の『ばらの騎士』」に恥じず、ショルティ指揮ウィーンフィルの演奏は作品世界を見事に再現している。歌手陣では、何と言ってもタイトルロールのヤノヴィッツの透明でリリックな歌唱が素晴らしい。残念ながら映像では年を隠せず、カザリアン演じるツデンカと並ぶと、姉というより母親にしか見えないのが玉にキズだが。(笑)

8月9日 ジョグ2キロ

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2020/08/07

感染は拡大しているのか?

「国内での新型コロナウィルスの感染が拡大している」と、連日のように報道されている。果たしてそれは本当か。

「感染が拡大している」とは、①「国内のウィルス感染者の総数(またはその推計値)が増加している」という意味のはずである。しかし、報道されているのは、②「国内で新たに感染が確認された人の数が急増している」ということである。①と②は同じではない。無関係と言ってもよい。

①を実証するためには、統計的に有意な(意味のある)結果を得るのに十分な数のサンプルを無作為に抽出し、毎回同じ方法で検査を行って推計した感染者総数を、時系列で比較する必要がある。各種の世論調査はその方法に則って行われ、それではじめて「内閣支持率が低下している」などと言うことが出来るのだ。

しかし、ことコロナの感染者総数に関しては、統計的に信じるに足る推計値は見かけたことがない。検査陽性率から大雑把に推計することは出来なくないが、次で述べるように検査が無作為抽出でない以上、あまり意味をなさない。

②は、統計のための検査ではないので当たり前だが、感染者の総数を把握する上では意味がない。検査は無作為抽出ではなく、その対象者や人数自体が変化(増加)している上に、使用器材の関係で検査の内容や精度も変わっていると聞く。

その結果数値の日々の変動をいくら追跡したところで、それ以上の事実を推測することは出来ない。「感染が新たに確認された人の数」をもって、「感染者総数(またはその推計値)の増減」を論じることは出来ないのだ。

では、感染者総数は増加しているのか? ①のような推計値がない以上、「それは分からない」としか言いようがない。増加しているかもしれないし、もしかすると総数は減少しているのに、新規確認者だけ増加していることだってあり得る。しかし、いくらそれが真実だと言ったところで、なかなか理解してもらえないだろう。

それよりも、こうして実際に感染確認者が増えているのだから、感染は拡大しているに違いないというイメージが広まるのは無理もないところだ。問題は、それに乗じて「感染は拡大している」「感染の第2波が起きている」と言い切ってしまうことで、自己の利益になる人々が少なからず存在することだ。

人々の不安心理を掻き立てれば掻き立てるほどテレビの視聴率は上がるので、スポンサーや広告代理店は喜び、その方向で発言する「評論家」や「感染症の専門家」は出番が増え、一部の自治体トップはここぞとばかり自己アピールに精を出し、抜け目ない連中は買い占めや転売でひと儲けするという具合である。

実際には感染が拡大していなかったとしても、「感染拡大の危険はあった」といくらでも言い逃れが出来るし、そもそも彼らは責任を取る必要がないのだから気楽なものだ。

8月6日 ジョグ2キロ

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2020/08/04

アンダー・コントロール

D病院に戻って抗癌剤治療を再開してから約2か月、投薬が4サイクル終了した時点で造影剤CT検査等を行い、現在の肝臓の状態を調べてもらった。

その結果、肝臓の腫瘍は相変わらず数多く見られるものの、一つ一つのサイズは若干縮小していることが分かった。また、血液検査での肝機能の数値も正常範囲であり、現状は薬剤によって癌をコントロール出来ているようだ。

このままいつまでも薬が効き続けるというわけではないそうだが、当面は今の状態で生活できる見通しがついたというわけだ。「当面」が何時までなのかは分からないけれど、この先のことを考えるとまだ体が動くうちに出来ることはしておかなければならない。

まずは、この秋に家族と旅行する計画を進めている。旅行といっても国内の観光地に一泊するだけの話なのだが、自分の病気のこと、子供たちの仕事や家庭のことを考えると、もしかすると一家揃っての旅行はこれが最後になるかもしれない。

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2020/08/01

レオン・フライシャーのこと

5cdこのところセルのCDを集中的に聴いていて、これまで耳にする機会がなかった協奏曲もいくつか聴いた。ロベール・カサドシュと録音したモーツァルトは、デリケートな美音で綴るピアノと、細かい音型まで気を配った「物言う」オーケストラとの対比が面白かった。

一方、ルドルフ・ゼルキンとのブラームスは立派な演奏ではあるけれど、音楽の進め方について独奏者と指揮者の間に微妙な齟齬が感じられた。この頃を境にセルとゼルキンの長年の友好関係が終わったとされるが、もしかするとそんな事情が演奏にも表れたのだろうか。

そうした中、最も感銘を受けたのがレオン・フライシャーである。彼については「昔々、アメリカにそんな新進気鋭のピアニストがいました」という程度の知識しかなく、その後の病気のことや、最近見事に復活して活躍を続けていることは全く知らなかった。簡単にその経歴を振り返る。

1928年にサンフランシスコに生まれたフライシャーは幼少期からピアノの才能を発揮、アルトゥール・シュナーベルに師事するなど研鑽を積み、1952年エリザベート王妃国際コンクールではアメリカ人初の優勝者となった。その後、国際的ピアニストとして華々しく活躍するも、1964年頃から突然右手薬指と小指が動かなくなる異変が彼を襲う。後に「局所性ジストニア」と診断される症状で、指の運動機能ではなく脳神経に異常があるというのだ。

弱冠37歳にしてピアニストとしての引退を余儀なくされたフライシャーは、その後は指導者と指揮者という新たなキャリアを歩み始める一方、左手ピアニストのためのレパートリーにも挑戦しながら、両手でピアノを演奏することを決して諦めなかった。

外科手術の結果、ある程度の回復を果たした彼は1982年、ボルチモアの新しいコンサートホールで、両手ピアニストとして18年ぶりとなる演奏を行ない、ニューヨークタイムズが1面記事で伝えるなど大きな注目を浴びたが、彼自身は弾きやすい曲に変更したことに不満があり、あれは pretend(偽り)だったと自省している。

Fleishernowその後も様々な治療法を試した結果、ロルフィングと呼ばれる手技療法で大きな改善が見られ、1990年代半ばから本格的な演奏活動を再開するに至る。2004年には Two Hands と題した復帰後初のアルバムが発売された。また、2006年には復帰までの経緯を纏めた Two Hands: The Leon Fleisher Story という短篇ドキュメンタリー映画が作られ、翌年のアカデミー賞ドキュメンタリー部門にノミネートされた。

略歴が長くなってしまったが、1960年代にセルと録音したベートーヴェン、ブラームス、シューマン、グリークの協奏曲はどれも素晴らしい。卓越した技巧をひけらかすことのない純音楽的な演奏は、30歳台とは思えない熟達ぶりである。オーケストラとの息もピッタリで、流石にセルのお眼鏡にかなったピアニストだけのことはある。

シューマンの第1楽章カデンツァは、これまでリヒテルの演奏が最高と信じてきたが、フライシャーはそれに匹敵する。オケの質を考えると、楽曲全体としてはこちらを決定盤にしたいぐらいだ。

そんな実力あるピアニストが、これからという時期に故障で引退を余儀なくされる。その絶望たるや他人には想像すらできないが、指導者としての能力を自覚し、さらには指揮活動、左手ピアニストとしての活動にも乗り出すなど、新たな進路を自ら切り拓きつつ、両手ピアニストとしての復帰を諦めなかった姿勢には頭が下がる。

きっと神が見捨てなかったのだろう。奇蹟的な回復を果たした彼は、再度ステージに立ち、CDを出すまでになった。Two Hands の最初2曲はバッハのカンタータからで、静謐な音楽に籠められた深い思いが伝わってくる。また自分の病気を引き合いに出して恐縮だが、決して諦めなかった彼の生き方は、自分にとっても大いに励みになる。

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