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2020/07/20

セルのブルックナー第8番

Sicc10250ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の録音を愛聴していることは何度か書いてきた。主としてモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスの交響曲を折に触れて鑑賞し、その都度新たな感銘を受けてきたが、ブルックナーについてはこれまでほぼノーマークだった。

第3交響曲の廉価盤LPを持っているけれど、昔のCBSにありがちな乾いた音と人工的な残響で、最後まで聴くに堪えなかったのだ。その第一印象が悪すぎたせいで、第8番も録音があることは知っていたが、更に長いシンフォニーを聴いてみようという気が起こらなかった。

しかし、最近ソニー・クラシカルとタワーレコードが共同で、アナログ録音の新たなデジタルリマスターに取り組んでいて、その一環としてセル指揮ブルックナー第3番、第8番のCDが2018年に発売されたことを知り、物は試しと聴いてみたのだ。

まずは第3番。一聴してLPとは次元の異なる音に驚いた。弦楽器の音の艶が感じられ、管楽器とのバランスもよく取れている。LPでは保てなかった集中力が最後まで途切れず、全体で約55分と比較的短めの演奏時間が更に短く感じられた。

そして、初めて聴く第8番は冒頭から異様なほどの緊迫感を孕んだ演奏に、思わず居住まいを正してしまった。何より驚いたのが第2楽章の濃密な表現である。ブルックナーのスケルツォ楽章がこれほど深い味わいをもって演奏された例を他に知らない。

この調子で後半に突入したらどうなるかと思いきや、第3楽章アダージョは意外にも突き放したというか客観性を取り戻した演奏で、いかにもセルらしい精緻で格調の高い表現は比類がない。

終楽章はそれまでの音楽を集大成した音の大伽藍で、とりわけ堂々としたコーダには圧倒された。そこまでの演奏が良くても、このコーダのテンポひとつで台無しになる演奏をいくつも聴いてきただけに、この録音全体の素晴らしさを象徴しているように感じられ、演奏が終わってもしばらく椅子から立ち上がれないほどの感銘を受けた。

あとで知ったのだが、この録音は1969年10月に行われ、セルとクリーヴランド管のコロンビアへの最後のセッションとなったものである。セルは翌年4月に生涯最後の録音となったドヴォルザーク第8番とシューベルト「グレイト」をEMIに録音したあと、5月にはクリーヴランド管と初来日して今も語り草の名演を聴かせたが、帰国後間もない7月30日に多発性骨髄腫のため急逝し世界中の音楽ファンを驚かせた。

来日公演にピエール・ブーレーズを同行させたのはセルの体調不良に備えたためとも考えられ、おそらくセルは自身の病状の進行について知っていたのだろう。このブルックナーの録音についても相当の覚悟をもって臨んだに違いない。普段はLP1枚分を1日で録り終えてしまうセルが、実に4日間もかけてじっくり取り組んだことがその証左であろう。

これまでこの録音を聴かなかったのが悔やまれるが、まだ元気なうちに聴けて本当に良かったと思う。と同時に、この驚異的な名演奏がその後1年経たずに死去した指揮者によって成し遂げられたことに思うと、憚りながら同じく癌との闘いの真っただ中にいる自分にとって、これ以上ない励ましに思える。この先、病状が悪化したとしても、この録音のことを思い出し、また実際に聴いて気持ちを奮い立たせたいと思う。

7月18日 ジョグ2キロ

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