ギレリスのベートーヴェン・ピアノソナタ集
ハイティンク指揮のブルックナー、マーラーの交響曲と同様、「全集」ではない(第1、9、22、24、32番の5曲を欠く)のが残念であるが、これもまた素晴らしいディスクに巡り合うことが出来た。
ベートーヴェンのピアノソナタについては、前に書いたブレンデル以外にもポリーニ、バレンボイムの全集盤を通して聴いた。いずれの演奏もそれぞれに良さがあり、録音も優秀な名盤ばかりであるが、今回聴いたギレリス盤はちょっと次元が異なるように思った。
吉田秀和氏は、ギレリスが弾いたベートーヴェンのソナタのレコードを聴いた感想として、次にように書いている。
「私はピアノの音があまりにきれいなのにびっくりした。まるで音の内部までレントゲン写真で透写したような音、ぬけるように透明な響きがするのである。それはp、pp の時でもそうだったし、f、ff の時でも変わらない」(「ギレリスの音、ギレリスの音楽」、中公文庫『レコードのモーツァルト』所収)
全く同感で、ピアニシモからフォルティシモまで濁りのない澄み切った音は驚異的で、およそ人間技とは思えないほどである。吉田氏は「レントゲン写真」と書いたが、自分は無色透明なクリスタルの彫刻を連想した。ギレリスの音はよく「鋼鉄のタッチ」と形容されるけれど、むしろ「透徹」という方が相応しい。強靭で冷たいというより、ひたすら無色透明なのである。
それは音色だけではなく、音楽の造形についても言える。強弱のダイナミクスやタッチの変化、フレージング、テンポの微妙な動き。そういった全ての要素が、完璧なコントロールのもとに何ら過不足なく表現されている。
譬えて言えば、クリスタル彫刻の形状が、彫刻師の指先の加減ではなく、高次関数のカーブとかAI解析によって出来ているとでも言うべきか。人間の主観やひらめきではなく、極めて高度で複雑ではあるけれど再現可能な客観的分析に基づいているかのようだ。
確かにクリスタル彫刻の表面は触感としては「冷たい」かもしれないが、実際には室温と大して変わらないはずである。表面的な触感ではなく、彫刻全体の完璧なフォルムや無色透明の美しさにこそ、ギレリスの音楽の本質があるように思えてならない。
録音は1972年からギレリスが死去した1985年までに亘り、アナログ、デジタルの両方式にまたがって行われた。収録は主としてベルリンで行われたが、会場はスタジオもあれば、有名なイエス・キリスト教会もある。それにもかかわらず、上記のような透徹した音は一貫して変わらず、そのクオリティの高さは驚くほかない。
5月8日 ジョグ6キロ
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コメント
こんにちは~。
この話題にもコメントできる人間ではありません。(^^;
ギレリスさんは一度も聞いてなかったので(あくまでネットで。(^^;)
聞いてみました。「月光」だけ。
今まで何人かの方のを聞いたことありますが、耳がド素人なので
違いはよくわからず。(-_-;) 第3楽章の迫力が凄い!?
結局私は辻井さんのがお気に入りみたいです。(^^♪
言い方が失礼かもしれませんが、辻井さんのは聞きやすくて素人受けがいい?
https://www.youtube.com/watch?v=Rit8J6QTZSY
これは去年最初に耳にして暫く繰り返し聞いてました。
最近ピアノ弾きのYoutyuberさんもとても多くてそういうので楽しんでます。(^^;
投稿: くー | 2020/05/11 09:01
くーさん
YouTube ということはパソコンとかスマホで
聴いておられるのでしょうか?
一度ちゃんとした(何がちゃんとしたかは難しいですが)
ステレオとかコンポで聴いてみられると
「違い」がよく分かるようになります。
ただし、あまり深入りするとオーディオ無間地獄に落ちて
身上を潰しますので要注意です。(笑)
投稿: まこてぃん | 2020/05/11 21:27