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2020/02/05

モーツァルトのピアノソナタ全集

Uchida所蔵している全集盤CDを折に触れ通しで聴いているが、今回はモーツァルトのピアノソナタ全18曲である。幼少期の作品から始まるピアノ協奏曲と異なり、作曲者19歳の1775年に作曲された第1番K279から、晩年1789年の第18番(旧全集では第17番)K576まで、彼の円熟期以降の充実した作曲技法が盛り込まれた作品揃いである。

028947752004ピアノ協奏曲が公開の演奏会のために書かれ、作曲者自身がピアノ独奏と指揮を兼ねて演奏する、いわばショーピースのような存在であるのに対し、ピアノソナタはより個人的、内向的な性格を有し、自分自身との対話をそのまま綴ったような音世界が展開する。ベートーヴェンではその対比が際立っているが、モーツァルトにおいてもそうした傾向は窺える。

とりわけ、唯一短調で書かれた第8番イ短調K310は、その直前に遭遇した母の死が影響していると言われ、彼の作品では珍しいほど悲劇的な感情が直接的に表れた両端楽章と、美しく優しさに満ちていながら、中間部で暗雲が急に空を覆うような第2楽章との対比が見事である。

今回鑑賞したのは、うちにあった内田光子盤と、新たに入手したマリア・ジョアン・ピリス盤の2種類である。どちらも名盤の誉れ高い全集盤で甲乙つけがたいが、あえて言えば内田がより古典派的なアプローチで、端正な弾きぶりであるのに対し、ピリスはどちらかというとロマン派への傾斜を含んだ、情感をかなり表面に出した演奏で、ダイナミクスの変化はより顕著になり、テンポも微妙に揺れ動いている。

どちらが良いとか正しいとかではない。いずれもモーツァルトの音楽に内包されている要素であり、両方とも何の問題もなく「アリ」なのだ。詰まるところ、聴く人がそこに何を感じ取るかということに尽きる。

その一例を挙げるなら、吉田秀和氏はかつて「ピリスのモーツァルト」と題する小文(中公文庫『レコードのモーツァルト』所収)の中で、「この人のモーツァルトは、実に生きている。生きて、動いているモーツァルトであって、仮面をかぶった、自己を殺したモーツァルトではない」と記している。

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コメント

「おはようございます。名曲の楽しみ、吉田秀和。
今日は七月の最後の日曜なので「視聴室」の番です。それで僕は、マリア・ジョアン・ピリスのピアノを皆さんがたと一緒に聴きたいと思うんです。ピリスっていう人は・・・」
この回はシューベルトでしたが、
「とっても神経の鋭い、痛いほどピアニッシモとかフォルテとか、あるいはそういう技術を超えた音楽のつかみかたが裸ででてくるような、勇気ある演奏ですね。・・・とくにフォルテがねぇ、聴く者の胸をグッと刺すような・・・」と、ベタ褒めの吉田節。
懐かしいなぁ。
僕をクラシックの深い森に誘ってくれた番組でした。

投稿: ケイタロー | 2020/02/05 11:39

ケイタローさん
これって、放送を録音してあるんですか?
それとも、一言一句覚えているとか?
ともあれ、吉田氏はお気に入りの曲や演奏を、
自分が感じたままを素直に紹介するスタイルでした。
逆に批判めいたことはあまりなさらず、
(例のホロヴィッツの件は例外として)
そのあたり大変好感を持てました。

投稿: まこてぃん | 2020/02/05 21:34

出だしだけは覚えてますが、まさか一言一句は・・・(笑)
『名曲の楽しみ、吉田秀和』(全5巻)が種本です。
40年以上も続いた放送すべては無理なので、「私の視聴室」中心にジャンル別に編集されています。90年代以前の音源はNHKにも残ってなくて、全国のリスナーから録音が届けられたそうです。
「皆さんがたと一緒に聴きたい」という決まり文句のとおり、自分はこう思うけれど、皆さんはどう思う?みたいなスタンスがよかったですね。
簡潔に切り詰められた語り口は、ほとんど名人芸でした。

投稿: ケイタロー | 2020/02/06 12:27

ケイタローさん
なるほど活字になっていましたか。
NHKのアーカイブにも残ってないとは残念。
まさに「送りっ放し」の放送ですね。(笑)

投稿: まこてぃん | 2020/02/06 18:13

モーツァルトのソナタ全集というと私はギーゼキング盤(古!!)やグールド盤(怪!!)をなぜか聴いてしまいます。吉田秀和さんの番組、懐かしいですね。レコ芸にもいつも連載してましたっけ。最晩年は水戸芸術館の館長にもなられ、ここで小澤・水戸室内管を聴いた時は、いつも末席で鑑賞されてました。ところで2/16(日)に急遽、京都出張となりました。休日仕事!夕刻に終えて、ジャンジャン横丁に向かいます(^^;。なかなかお二人にお会いできず残念!

投稿: frun.高橋 | 2020/02/10 11:39

frun高橋さん
コメント、お待ちしていました。
吉田氏は記事本文に書いたピリスについての文章でも、
あくまで録音を聴いた感想と断って書かれています。
ご高齢になっても、あくまで実演を聴くことを
最優先に考えられていたのでしょうね。
地方に住む年金生活者の身ではとてもマネできませんが。

投稿: まこてぃん | 2020/02/10 22:07

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