『オーガ(ニ)ズム』
阿部和重著。版元の紹介文。
作家・阿部和重の東京の自宅に、ある夜、招かざる客が瀕死の状態で転がり込んできた。その男・ラリーの正体は、CIAケースオフィサー。目的は、地下爆発で国会議事堂が崩落したことにより首都機能が移転され、新都となった神町に古くから住まう菖蒲家の内偵。新都・神町にはまもなく、アメリカ大統領オバマが来訪することになっていた。迫りくる核テロの危機。新都・神町に向かったCIAケースオフィサーと、幼い息子を連れた作家は、世界を破滅させる陰謀を阻止できるのか。『シンセミア』『ピストルズ』からつづく神町トリロジー完結篇。作家、3歳児、CIAケースオフィサーによる破格のロードノベル!(引用終わり)
第一部『シンセミア』の連載開始が1999年だから(単行本は2003年刊行)、2010年刊行の第二部『ピストルズ』を経て、完結篇となる今回の第三部が昨年9月に刊行されるまで、ちょうど20年を要したことになる。タイトルの意味はそれぞれ、「種なし大麻(=男性器の比喩)」、「Pistils(雌しべ=女性器の比喩)」と来て、今回は「有機体(としての作品空間)」と「性器同士の合体による絶頂」、両方の意味を籠めたものだという。
作風はそれぞれ違っていて、戦後日本の縮図のような片田舎の町を舞台に裏社会の権力闘争を描いたノワール・ドキュメンタリー、神町に住まう菖蒲家一族に伝わる一子相伝の秘術「アヤメメソッド」を巡るファンタジーと来て、今回はCIAオフィサーと作家親子が菖蒲家の陰謀に立ち向かうバディものミステリー・エンターテインメントの趣である。
著者自身の分身のような主人公とその家族、著者の出身地で山形県東根市に実在する神町(じんまち)や若木山(おさなぎやま)といった地名、オバマ大統領の来日など現実世界の事物を援用しつつ、壮大かつ緻密に構成された虚実綯交ぜのフィクションが進行する、全く独自の物語世界に引き込まれてしまった。四六判864ページ、厚みにして約4センチという大部に当初はひるんでしまったが、読み始めると案外スラスラと読み通すことができた。
しかし、本作は単なるエンターテインメントではない。戦後日本の縮図としての神町を舞台に、日米関係の変遷と将来像を主要テーマに、天皇制の在り方にまで敷衍しつつ、戦後70年を経た今なお米国の強い影響下にある日本社会のありようを活写しようとした意欲作である。その深い意図は巧みに背景に後退させつつ、読み物としての面白さも追求したところが、他に類を見ない本作並びに本シリーズの魅力なのだと思う。
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