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2020/01/30

ハイティンク&ベルリンフィルのマーラー交響曲集

Mahler昨年末にかけてブルックナーばかり聴いていたが、今年に入ってからはマーラーを集中的に聴いている。タイトルにあるように、ハイティンクつながりというわけだが、ベルリンフィルを振ったマーラーは第8番と第9番を欠き(第10番のアダージョは収録)、ブルックナーと同じく交響曲「全集」ではないのが何とも残念である。

さて、その演奏内容だが、ブルックナーの項で書いたのとほぼ同じことが、曲想がまったく異なるマーラーでも該当するというのは、ある意味驚くべきことなのかもしれない。究極の職人技とでも言えばいいのだろうか、作曲者がスコアに籠めた音の世界を忠実に再現することに徹している。そこに余計な主観や誇張、聴衆への媚など一切入り込む隙もないのである。

まさに「なにも足さない。なにも引かない。」であるが、そんな演奏が面白いのかと言えば、最初は面白くないだろう。しかし、何度か聴くと飽きてしまう演奏と、何度聴いても飽きない演奏とがあるとすれば、ハイティンクは明らかに後者に属する。マーラー特有の粘着質で執拗な反復が多い長大な交響曲を聴き終えて「胃もたれ」するどころか、一種の爽快感を与えるような演奏はそうあるものではない。

優秀な録音も含めて全般的に水準が高いが、より後期の作品ほど上記の特質が発揮されているように思う。第10番のアダージョが大変美しく感動的な演奏であるだけに、せめてあと第9番だけでも録音しておいてくれたらと思わずにいられないが、マエストロは既に昨年夏、惜しまれながら引退してしまった。若い頃にコンセルトヘボウと録音した全集盤や、2011年バイエルン放送響とのライヴ録音などもあるようなので、入手できれば聴いてみようかと思う。

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2020/01/27

拾う神、再び

だいぶ前になるが、ジャンク品のFMチューナーを買った話を書いた。今も故障なく使用出来ていて大変お得な買い物をしたと思っているが、今回また新たにジャンク品のMDデッキを購入することになった。同じソニー製で値段は税込みたったの550円。

それもその筈で「動作しません」という貼紙がしてあった。解体して使える部品を取り出すぐらいしか利用価値がないということだ。そもそもMDデッキなどもはや必要ないのに、なぜそんなものを買ったのかと言えば、コレのせいである。

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自分の部屋のソニー製デスクのロゴマーク「SONY」の「Y」だけが剥がれて、「SON」(損?息子?)になってしまっていたのだ。ほぼ自分しか見ることがないので、本人さえ気にしなければどうということもないのだが、気になりだすと何とかしてみたくなる性分である。しかし、マークだけ補修部品として売られているはずもなく、かといって適当なレタリングシートなどでお茶を濁すのも癪に障る。

そこで、別のソニー製品からロゴマークだけ取り外して、デスクに移してしまえば良いのではないかと思い至った。厳密に言えば商標法とかに引っ掛かるのかもしれないが、正規のソニー製品同士だし個人的利用に限られた用途なので、まあ後ろに手が回ることにはなるまい。(笑)

デスクのロゴはシールだったので簡単に剥がれたが、MDデッキの方はプラスチック製で接着剤で貼り付けてあった。破損しては元も子もないので慎重に剥がし、裏面をヤスリで滑らかにしたうえ、薄めに塗布した接着剤でデスクに貼り付けた。

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オリジナルより若干サイズが小さいが、ほぼ元通りのイメージに修復することが出来たと思う。それがどうしたと言われればそれまでだが、僅かな出費と若干の手間で済んだことで、ささやかな自己満足に浸っているところである。

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2020/01/24

歌劇「ノルマ」

Normaベッリーニの代表作にして、ベルカント・オペラの最高傑作のひとつに数えられる名作。2017年、メトロポリタンオペラ(MET)の公演録画を鑑賞。ライブビューイングの紹介文。

紀元前1世紀、ローマ帝国支配下のガリア(現在のフランス)地方。ドルイド教の巫女ノルマは、敵方のローマ帝国将軍ポッリオーネとひそかに愛し合い、2人の子供をもうけていた。だがポッリオーネはノルマに飽き、若い巫女のアダルジーザをローマに連れ帰ろうともくろんでいる。恋人の裏切りを知ったノルマは、怒りに任せてローマとの戦いを宣言。そこへ、アダルジーザに会うため神殿に入って捕らえられたポッリオーネが引き立てられてきた。自分のもとに戻るなら解放するとポッリオーネに迫るノルマだが…。(引用終わり)

ヴェルディ、プッチーニとイタリアオペラを集中的に観てきたが、今回は時代を遡って1831年に初演されたベルカント・オペラの傑作である。「ベルカント」とは「美しい歌」の意で、文字通り美しいメロディが次から次に現れ、「歌のついた芝居」というよりも「演技のついた名曲メドレー」の趣がある。音楽だけで十分楽しめる作品と言え、デジタル音声出力で改善した再生音の効果をさっそく実感することができた。

一方、ストーリーについてはヴェリズモ以前の作品のこと、相当に浮世離れしていて、主人公ノルマは巫女の長の身なのに、あろうことか敵将軍ポッリオーネと愛し合って子供を二人もうけているし、ポッリオーネはノルマに飽きたのか若い巫女アダルジーザに手を出し、自らの退任を機にローマに連れ去ろうとする始末である。

しかし、そうした設定によってこそ、主人公ノルマは矛盾だらけの特異な人物像として造形されている。一族の命運を託された巫女であり、アダルジーザの指導者にして良き友人、しかし実は恋敵でもある一方で、最愛の男を失いつつある一人の女であり、二児の母でもある。その立場立場に応じて、優しい愛情から激烈な復讐心まで、彼女の感情は非常に振れ幅が大きく、そして常に内面に大きな葛藤を抱えている。

数々のアリア、重唱は技巧的に大変難しいうえに、要求される表現内容は多彩を極め、ソプラノ歌手にとって屈指の難役となっている。それを見事に歌い切ってMETデビューを飾ったのがかのマリア・カラスであり、今でもMETで「ノルマ」と言えば常に彼女の名前が引き合いに出されるという。

一方では、冷静に状況判断して自ら身を引く決意をするアダルジーザは、いわば真っ当で普通の人間である。実際のところ、本作はノルマとアダルジーザ、対照的な二人のダブル主演の作品ではないかとすら思える。とりわけ二人の二重唱が重要な役割を果たしていて、今回上演でのラドヴァノフスキー、ディドナートという二枚看板による競演は聴きごたえ十分だった。

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2020/01/21

BDプレーヤーの音声をデジタル出力する

自宅で映画やオペラを観るときは、5年ほど前に中古で購入したソニーのブルーレイディスクプレーヤーを使っている。音声については、普通の映画ならテレビのスピーカーで十分だけれど、オペラなどを観るときはステレオのアンプに繋いで、本格的なハイファイ(死語?)音声で楽しむことにしている。

で、その接続方法の話なのだが、もう30年も前のアンプなのでアナログのライン入力端子しかなく、おなじみの赤白ケーブルで接続していた。ところが、最近ふと昨年購入したCDプレーヤーにデジタル音声入力端子があったことを思い出し、BDプレーヤーの方も確認してみたら、そちらもちゃんと出力端子があるではないか。

両者のデジタル音声出入力端子を接続すれば、BDプレーヤーで読み取ったデジタル信号を、BDプレーヤー内蔵のD(デジタル)/A(アナログ)コンバーターを介さず直接出力し、CDプレーヤーのD/Aコンバーターでアナログ変換できることになる。両者のD/Aコンバーターの性能は値段相応の違いがあるだろうから、その分だけ確実に音質は向上するはずである。

デジタル音声出入力端子には光方式と同軸方式があるが、ネットで調べてみたところ、光ケーブルは折損の恐れがあるうえに、安価なプラスチック製は伝送時に歪を生じるとかで、そこそこの値段の同軸ケーブルを購入して早速接続してみた。

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何度も聴き馴染んだCDで、①BDプレーヤーからアナログ出力、②BDプレーヤーからデジタル出力、③CDプレーヤー単体で再生、の3通りを比較試聴してみたところ、①から③の順に絵に描いたように音質が向上することが分かった。映画BDの音声での比較では、ドルビーとかサラウンドのせいか、違いがあまりはっきりしないが、少なくも低音の響き方はデジタル出力になると大きく改善した。

同軸ケーブルの数千円の出費と僅かな手間だけで済んだので、お手軽にグレードアップすることが出来た。あとは「もっと大画面で観たい」とか、また余計な欲を出さないことだ。(苦笑)

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2020/01/18

『マイ・インターン』

Theintern2015年、米。ロバート・デ・ニーロ、アン・ハサウェイ他。アマゾンの紹介文。

舞台はニューヨーク。華やかなファッション業界に身を置き、プライベートも充実しているジュールス。そんな彼女の部下に会社の福祉事業として、シニア・インターンのベンが雇われる。最初は40歳も年上のベンに何かとイラつくジュールスだが、やがて彼の心のこもった仕事ぶりと的確な助言を頼りにするようになる。そんな時、ジュールスは仕事とプライベートの両方で思わぬ危機を迎え、大きな選択を迫られる――。(引用終わり)

ちょっと前に「ほぼ日」のエッセイで紹介されていて面白そうだったので観てみた。登場人物はいい人ばかりで、70歳のベンは何でもこなせるスーパーマンと、設定がちょっと甘すぎる気もするけれど、疲れた心身をリフレッシュしてくれるビタミン剤のような映画だ。ファッションには疎いのでよく分からないが、細部までこだわったという映像は美しいし、きびきびとした場面転換などテンポ感も快い。

ベンとジュールスが恋仲になったり、ベンが会社の重役に迎えられ、といった結末を恐れていたが、さすがにそんな陳腐なことにはならなかった。厳しい現実に正面から立ち向かおうとする若い人たちを、人生経験豊かなシニアが側面からそっと支える。世代間の協力関係はかくあるべしという見本のようなストーリーだ。

何と言っても、デ・ニーロの表情がいい。長い人生経験が顔から滲み出ていて、少しニコッとしただけで警戒心や反抗心は消え、ツボを押さえた一言に、「いやもう仰るとおり!」と唸ってしまう。こんなシニアばかりだったら、世の中どんなに素晴らしいかと思う。自分自身への自戒を込めて。(苦笑)

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2020/01/15

『オーガ(ニ)ズム』

Organism阿部和重著。版元の紹介文。

作家・阿部和重の東京の自宅に、ある夜、招かざる客が瀕死の状態で転がり込んできた。その男・ラリーの正体は、CIAケースオフィサー。目的は、地下爆発で国会議事堂が崩落したことにより首都機能が移転され、新都となった神町に古くから住まう菖蒲家の内偵。新都・神町にはまもなく、アメリカ大統領オバマが来訪することになっていた。迫りくる核テロの危機。新都・神町に向かったCIAケースオフィサーと、幼い息子を連れた作家は、世界を破滅させる陰謀を阻止できるのか。『シンセミア』『ピストルズ』からつづく神町トリロジー完結篇。作家、3歳児、CIAケースオフィサーによる破格のロードノベル!(引用終わり)

第一部『シンセミア』の連載開始が1999年だから(単行本は2003年刊行)、2010年刊行の第二部『ピストルズ』を経て、完結篇となる今回の第三部が昨年9月に刊行されるまで、ちょうど20年を要したことになる。タイトルの意味はそれぞれ、「種なし大麻(=男性器の比喩)」、「Pistils(雌しべ=女性器の比喩)」と来て、今回は「有機体(としての作品空間)」と「性器同士の合体による絶頂」、両方の意味を籠めたものだという。

作風はそれぞれ違っていて、戦後日本の縮図のような片田舎の町を舞台に裏社会の権力闘争を描いたノワール・ドキュメンタリー、神町に住まう菖蒲家一族に伝わる一子相伝の秘術「アヤメメソッド」を巡るファンタジーと来て、今回はCIAオフィサーと作家親子が菖蒲家の陰謀に立ち向かうバディものミステリー・エンターテインメントの趣である。

著者自身の分身のような主人公とその家族、著者の出身地で山形県東根市に実在する神町(じんまち)や若木山(おさなぎやま)といった地名、オバマ大統領の来日など現実世界の事物を援用しつつ、壮大かつ緻密に構成された虚実綯交ぜのフィクションが進行する、全く独自の物語世界に引き込まれてしまった。四六判864ページ、厚みにして約4センチという大部に当初はひるんでしまったが、読み始めると案外スラスラと読み通すことができた。

しかし、本作は単なるエンターテインメントではない。戦後日本の縮図としての神町を舞台に、日米関係の変遷と将来像を主要テーマに、天皇制の在り方にまで敷衍しつつ、戦後70年を経た今なお米国の強い影響下にある日本社会のありようを活写しようとした意欲作である。その深い意図は巧みに背景に後退させつつ、読み物としての面白さも追求したところが、他に類を見ない本作並びに本シリーズの魅力なのだと思う。

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2020/01/12

冬タイヤは不要?

Kimg05971_20200112181201そう言えば、まだうちの車のタイヤを冬用に交換していなかったのだ。例年だとクリスマスから年末頃にかけて寒波が襲来することが多く、週間天気予報に雪マークが出たら交換するようにしていたのだけれど、今冬はまだ一度も雪ダルマにお目にかかっていない。全国的に暖冬傾向で、雪不足のためスキー場がオープン出来ずにいるというニュースも報じられている。

この調子でいくと今冬はついにスタッドレスに交換せずに済んでしまうかもしれない。寒い中の面倒な作業から解放されるのは喜ばしいが、「過去に経験したことのない豪雨」が頻発していることも合わせ、地球規模の温暖化がいよいよ目に見える形で現れてきているのではないだろうか。そして…

20××年、冬用タイヤはもはや無用の長物と化し、タイヤメーカーは売上減少対策として、最高気温40度以上の「酷暑日」が続く夏季に向け、高温路面に対する耐久力を強化した「夏タイヤ」(いわゆる「ノーマルタイヤ」ではなく)を発売した。当面は高速道路の利用が多いドライバーに向けた営業を開始するとしている。

もちろんただの冗談だけれど、果たして本当に冗談で済むかどうか。それとも、空飛ぶクルマが実用化されているだろうか。

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2020/01/09

歌劇「トゥーランドット」

Program_06_0202_imgプッチーニ最後にして遺作となったオペラ。2016年1月メトロポリタンオペラ公演の録画を鑑賞。METライブビューイングの紹介文。

伝説の時代の古代中国、北京。皇帝の姫君トゥーランドット(ニーナ・ステンメ)は絶世の美女として知られているが、求婚者に謎をかけ、解けないと殺してしまう残酷な姫君でもあった。国が滅んで流浪していたダッタン国の王子カラフ(マルコ・ベルティ)は、辿り着いた北京の町で、生き別れになっていた父ティムール(アレクサンダー・ツィムバリュク)と再会する。喜びもつかの間、トゥーランドットを一目見て恋に落ちたカラフは、ティムールとお付きの女奴隷リュー(アニータ・ハーティッグ)の制止もきかずに謎に挑戦するが・・・。(引用終わり)

荒川静香選手がトリノ五輪で用いて以来、第3幕のアリア「誰も寝てはならぬ」が有名になり、誰しも一度は耳にしたことがあるはずだけれど、なぜ「寝てはならぬ」のか、その理由を知る人は少ないだろう。自分自身、本作を今回初めて鑑賞して、カラフの運命を決することになる一夜のことと、ようやく合点がいった次第だ。

それまでヴェリズモ路線を深化させてきたプッチーニが、最後に(と自覚していたかどうかは分からないが)選んだ素材は、異国中国を舞台に繰り広げられる寓話劇で、しかもハッピーエンドの大団円で幕となる。それまでの作品が、いかにも人間臭いドラマの末に、主人公らが悲惨な死を迎えて終わりとなるのと大違いである。

なかでも見所は、氷のような姫君トゥーランドットが、過去の怨念に囚われてそれまで封印してきた人間性を取り戻すところである。タイトルロールを演じたニーナ・ステンメも、幕間のインタビューで「生身の人間としての姫君」の表現に最も苦心したと答えていた。初めのうちは情熱的に迫ってくるカラフを退けながらも、一瞬視線が彼の方を向いた直後、「あ、いけない」とばかり目を伏せるといった細かい演技が、ライブビューイングではハッキリ確認できる。

また、慕い続けて来たカラフの愛を実らせようと自刃を選ぶ、リューの辞世のアリア「氷に包まれた姫君も」が胸に迫った。純真な乙女の自己犠牲というテーマは、ワーグナーの楽劇にも通じるところがある。ステンメもインタビューの中で、「『トリスタンとイゾルデ』と重ねたくなる。プッチーニも第3幕のスケッチでそれに触れている」と語っている。

ゼフィレッリ演出によるスペクタクルな舞台はまさに息を呑む迫力で、特に第3幕の途中で僅かな時間に場面転換し、百名はいようかという群衆があっという間に宮殿前に揃っているのには驚かされた。衣装や小道具も一切手抜きなしの豪華絢爛さである。かつてのアメリカ滞在中に実演を見逃したのが、今さらながら悔やまれる。

さて、これでヴェルディ、プッチーニの手元にある録画は全て鑑賞した。続いて、僅かしかないけれど、他のイタリアオペラに移ることにしよう。

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2020/01/06

電源雑音軽減器

読んで字の如し。壁コンセントとオーディオ機器の間に接続し、AC電源を通じて混入してくる雑音を軽減する機器である。自分自身へのお年玉(何歳?笑)にと購入した。もうちょっと気の利いた商品名がありそうなものだが、おそらく製造販売元は根っからの技術屋が集まった会社なのだろう。

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取扱説明書によれば100時間程度のエージングが必要とあるので、まだ真価を発揮するには至っていないはずだが、それでも音質改善効果は予想を遥かに上回る。最も顕著なのは高音域、とりわけ倍音領域の歪の軽減であると思われる。電源を通じて混入する高周波ノイズには可聴帯域(20kHz以下)も含まれるので、それが各楽器の倍音を歪ませ、楽音全体を濁らせているのだろう。

その歪を除去することで、自然な再生音に戻してやることが可能となる。生々しい音は眼の前で演奏しているかのような臨場感に溢れ、ヴァイオリンやトランペットの高音のキンキンした感じがなくなり、抜けの良い音がどこまでも伸びていく感覚が心地よい。

また、音場の広がりはこれまでとは異次元のものである。映像に譬えて言えば、これまでが映画館で本篇が始まる直前にスクリーンがワイド化する程度だとすれば、今回の経験ではもはやスクリーンが存在せず、建物全体に投影するプロジェクションマッピングである。それも左右の広がりどころか、上下にも奥にも広がる精密な3D映像での投影なのだ。

改めて、CDにはこれだけの情報量が刻み込まれていたのかと驚くと同時に、これまでの再生音は何だったのかという思いを禁じ得ない。大袈裟に言えば、家にある全てのディスクを聴き直してみたい衝動に駆られている…とは、実は以前にも書いた感想だが、その時を遥かに上回る驚きに襲われている。

また、今回の購入に際して全く意外な事実を知ることが出来た。オーディオ機器にとって大地アースへの接続は有害だというのだ。というのも、この機器の出力コンセントが接地極付きの3P型であることから、カタログには写っていない入力側も当然同じで、壁コンセントにはアース端子が必要と思い(自室は未設置)、その点を確認すべく製造元にメールで質問したところ、何と同機のコンセントの接地極はどこにも接続していないという意外な回答が返って来たのだ。少し長くなるが回答を引用する。

「最近の大地アースは、大型の電気機器のノイズを含むアースが感電防止等の安全のために接続されていて、ノイズのごみ捨て場状態になっています。従いましてノイズに敏感な機器は接続しない方が正しいのです。ノイズはアースからも侵入してくるので、壁付けコンセントのアース(大地アース)は、オーディオ機器におきましては音質のためには接続しないのが一般的で正しいのです。また誤解されやすい話として『アースを取るとノイズが減る、アースを取らないと機器が不安定になる』という電子機器内のシールドやシャーシアースの場合と、電源のアースとは全く別の話です。電源アースを取れない宇宙船、飛行機、ノートパソコン等、いずれも問題なく動いています。繰り返しになりますが、一般的に壁付けコンセントの電源アースはノイズ防止には関係なく、感電防止が主な目的です 」(一部文言修正)

確かにCDプレーヤーの電源プラグにはアース用のコードが付けられているが、取扱説明書によればそれは「感電防止のため」とある。しかし、感電防止にはなっても雑音を拾うようでは何をしているのか分からない。もう少しでアースを接続するところだっただけに、この意外な回答は大変有益だった。同社サイトのQ&Aにも掲載するようお願いしたところである。

いずれにせよ、中級アンプぐらいの値段がする同機の購入を当初は躊躇っていたが、その価値は十分あったと感じている。なあに、これからも音楽を聴き倒して、元を取ってやればいいだけのことだ。(笑)

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2020/01/03

娘夫婦が来訪

昨年暮れに結婚したばかりの娘夫婦が、正月休みを利用して我が家を訪ねてくれた。結婚式からまだ2週間経っていないけれど、もっと長い間顔を見ていない気がしていただけに、相変わらずの様子を見てまずはひと安心した。

お婿さん(正式には女婿<じょせい>というそうだ)の来訪は二度目となるが、さすがに自宅同様に寛いで過ごせるわけではないだろう。長距離の移動に加え、どこかに緊張感を残したままの滞在に、少し疲れたような様子も窺えた。

それにしても、彼は身長183センチながら体重は私とほぼ同じという長身痩躯。靴の寸法も30センチということで、ご覧のように自分のランニングシューズが子供用に見えるという有様である(笑)。その大きな体で、娘を生涯守ってやってほしいと願わずにはいられない。

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