« 身体障害者手帳 | トップページ | 2019年回顧 »

2019/12/28

歌劇「蝶々夫人」

Butterfly日本が舞台ということで我が国でも絶大な人気を誇るプッチーニの傑作オペラ。2016年4月メトロポリタンオペラ(MET)公演の録画を鑑賞。METライブビューイングの紹介文。

19世紀末の長崎。アメリカ海軍士官ピンカートンは、女衒のゴローの仲介で芸者の蝶々さんと「結婚」するが、100円で買われたその「結婚」は、あくまで一時的なものだった。だがハンサムなピンカートンに夢中になった蝶々さんはキリスト教に改宗し、一族から絶縁されてしまう。ピンカートンが母国へ帰って3年が過ぎた。彼の子供を産み、信じて待ち続ける蝶々さん。だが蝶々さんの前に現れたピンカートンは、アメリカ人の妻を連れていた。絶望した蝶々さんは…。(引用終わり)

当時のヨーロッパではエキゾティシズム(異国趣味)が流行していて、プッチーニは本作のほかにも中国を舞台にした「トゥーランドット」を作曲している。プッチーニは日本の風習や音楽を知るため、イタリア駐在日本公使夫人から教えを受け、日本音楽のレコードや楽譜を借りたりしたそうである。

民謡など日本のメロディが随所に登場するのはその成果で、音楽的には面白く聴けるけれども、問題となるのは舞台装置や衣装、演出である。国内公演は観たことがないので分からないが、METなど海外の舞台を見ると、ほとんど中国と混同してしまっているようで(中国人から見るとそれも違うか?)、日本人の目には相当な違和感がある。

その点は差し引くとしても、音楽劇としての完成度は極めて高い。「トスカ」の項で書いたような「アリアが浮いてしまう」という次元を超え、もうどこからがアリアなのか分からないほど一体化し、最初から最後まで切れ目のない音楽が、ドラマと表裏一体となって進行するさまは見事と言うしかない。

まだ15歳という蝶々さんが、初めて本当の恋を知り、母になり、アメリカに帰国したピンカートンの帰りを待ち侘び、悲惨な最期を迎えるまでを、クリスティーヌ・オポライスが熱演。2014年の伝説の2役連続ロールデビューを経て、既に完全に十八番にしているのが分かる。

一方、ピンカートンを演じたロベルト・アラーニャは、「ひどい男の代名詞みたいに言われるピンカートンだけれど、彼だって20代前半ぐらいの世間知らずの若者で、異国日本に来て羽を伸ばしている中での “若気の至り” だったのではないか」という趣旨のことを、幕間のインタビューで答えていたのが印象的だった。これぞ人間の真実、ヴェリズモというべきだろう。

|

« 身体障害者手帳 | トップページ | 2019年回顧 »

コメント

娘さんのご結婚、おめでとうございます。
で、娘を嫁がせた父親といえば、小津安二郎。
一人寂しく台所で・・・『秋刀魚の味』
娘のいなくなりがらんとした部屋・・・『晩春』
小津の映画は似たような設定が多いですが、年取ってから観ると本当いいです。

すみません、はじめは「蝶々夫人」について書くつもりだったんですが、ずれたコメントになってしまって。(^^!
マダムについては別項にて。

投稿: ケイタロー | 2019/12/29 11:40

ケイタローさん
小津作品はだいぶ前に『東京物語』を観たような
記憶があるのですが、ほとんど覚えていません。
なるほど、歳をとってから観る映画かもしれません。

投稿: まこてぃん | 2019/12/29 18:28

「蝶々夫人」、実はあまり好きじゃないんです。(すみません)
おっしゃる通り音楽はすばらしいのですが、なんたって15歳の少女には悲しすぎる話ですよね。ピンカートンは誰がやってもスケベオヤジだし(失礼)、植民地主義の偏見が微かに臭うし。(考え過ぎか?)
それと、勘違いジャポニスムがどうも肌に合いません。とくにミンゲラの演出は、文楽風の人形を使ったり評価が高いようですが、日本が舞台なら、それなりに細部に拘ってほしい。とにかく着物はちゃんと着てほしい。(笑)

で、思い出したのが『SAYURI』。
貧しい少女が祇園の芸者として成長する映画ですが、主演が中国人のチャン・ツィイーで、やはり勘違いした日本趣味が横溢してました。ジョン・ウィリアムズの音楽はよかったですが。

いつもながら、脈絡のない話ですみません。
今年の後半は、まこてぃんさんのブログにコメントするのが楽しみになりました。自分の考えが整理できてありがたいです。来年もオペラ、映画、音楽をガンガン批評してください。待ってます。
よいお年をお迎えください。

投稿: ケイタロー | 2019/12/31 10:14

「蝶々夫人」となると私はカラヤン&カラス盤を挙げます。ストーリー的には、ケイタローさんと全く同感です。実演に接したのは1回しかなく小澤さんの指揮でしたが、ここでは氏の弱点というか、細かく作るというスタイルで「遊び」があまりなくて残念でした。長崎に出張に行った時にグラバー園を訪れました。三浦環さんの像がありました。長崎では「マダム・バラフライコンクール」という声楽コンクールが行われているようです。今年もいよいよ今日で終わり。私は今、フルトヴェングラーの「第九」(ルツェルン)を聴いています。良いお年をお迎えください。

投稿: frun 高橋 | 2019/12/31 11:08

ケイタローさん
「勘違い」については全く同感なのですが、
では、アメリカ人から見るとどうなのか?
シャープレスのような常識人もいるけれど、
「海軍兵は皆スケベ」となりかねません。
国際理解の難しさを感じざるを得ませんが、
それが国際紛争の遠因である場合も多く、
大変深刻で根深い問題の「氷山の一角」ですね。
来年もガンガンコメント下さい。待ってます。(笑)

frun 高橋さん
日本国内上演で、日本人が舞台や演出に関われば、
少なくとも海外公演のような勘違いは少ないでしょう。
でも、音楽はそれとはまた別というところが難しい。
第九は今日の記事にも書きましたが、
フルトヴェングラーを信奉しているとされる
バレンボイムのCDを聴きました。合唱が凄いです。

投稿: まこてぃん | 2019/12/31 18:23

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 身体障害者手帳 | トップページ | 2019年回顧 »