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2019/12/31

2019年回顧

大晦日は第九を聴きながら芋ケ峠往復LSDを走るのが恒例だったが、さすがに今年は無理で、午前中は畝傍山の登り納め、午後は自室で第九のCDを聴いた。選んだのは、今年俄かにマイブームとなったバレンボイムの指揮によるシュターツカペレ・ベルリンの演奏である。一見粗削りのようでありながら、ベートーヴェンの意図を忠実に再現しようとした演奏に改めて感銘を受けた。

さて、これも恒例の今年の回顧。いろいろあり過ぎて、とても総括など「あろうはずがありません」。(笑)

 1月 年賀状を卒業
     息子が転職、四国に引越し
     ガラケーからガラホに機種変更
     アンプの修理を依頼、無事復活する
     2台目の軽自動車を購入
 2月 父が老人ホームに入居
     パソコンを買い替え
 3月 PayPay を使い始める
 4月 京街道を走る
 5月 野上電鉄廃線ラン
     直腸癌が発覚
 6月 直腸摘出手術
     7月にかけ36日間入院
 8月 CDプレーヤーを買い替え
     オペラ鑑賞シリーズ開始
 9月 奈良街道を歩く
10月 奈良街道を歩く(続)
     登山靴を購入
     タブレットを買い替え
11月 大学病院に転院
12月 娘が結婚、首都圏に転居

それでは皆さま、どうぞ良いお年を!

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2019/12/28

歌劇「蝶々夫人」

Butterfly日本が舞台ということで我が国でも絶大な人気を誇るプッチーニの傑作オペラ。2016年4月メトロポリタンオペラ(MET)公演の録画を鑑賞。METライブビューイングの紹介文。

19世紀末の長崎。アメリカ海軍士官ピンカートンは、女衒のゴローの仲介で芸者の蝶々さんと「結婚」するが、100円で買われたその「結婚」は、あくまで一時的なものだった。だがハンサムなピンカートンに夢中になった蝶々さんはキリスト教に改宗し、一族から絶縁されてしまう。ピンカートンが母国へ帰って3年が過ぎた。彼の子供を産み、信じて待ち続ける蝶々さん。だが蝶々さんの前に現れたピンカートンは、アメリカ人の妻を連れていた。絶望した蝶々さんは…。(引用終わり)

当時のヨーロッパではエキゾティシズム(異国趣味)が流行していて、プッチーニは本作のほかにも中国を舞台にした「トゥーランドット」を作曲している。プッチーニは日本の風習や音楽を知るため、イタリア駐在日本公使夫人から教えを受け、日本音楽のレコードや楽譜を借りたりしたそうである。

民謡など日本のメロディが随所に登場するのはその成果で、音楽的には面白く聴けるけれども、問題となるのは舞台装置や衣装、演出である。国内公演は観たことがないので分からないが、METなど海外の舞台を見ると、ほとんど中国と混同してしまっているようで(中国人から見るとそれも違うか?)、日本人の目には相当な違和感がある。

その点は差し引くとしても、音楽劇としての完成度は極めて高い。「トスカ」の項で書いたような「アリアが浮いてしまう」という次元を超え、もうどこからがアリアなのか分からないほど一体化し、最初から最後まで切れ目のない音楽が、ドラマと表裏一体となって進行するさまは見事と言うしかない。

まだ15歳という蝶々さんが、初めて本当の恋を知り、母になり、アメリカに帰国したピンカートンの帰りを待ち侘び、悲惨な最期を迎えるまでを、クリスティーヌ・オポライスが熱演。2014年の伝説の2役連続ロールデビューを経て、既に完全に十八番にしているのが分かる。

一方、ピンカートンを演じたロベルト・アラーニャは、「ひどい男の代名詞みたいに言われるピンカートンだけれど、彼だって20代前半ぐらいの世間知らずの若者で、異国日本に来て羽を伸ばしている中での “若気の至り” だったのではないか」という趣旨のことを、幕間のインタビューで答えていたのが印象的だった。これぞ人間の真実、ヴェリズモというべきだろう。

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2019/12/25

身体障害者手帳

人工肛門を持つ者として身体障害者の認定を受け、身体障害者手帳(4級)が交付されている。これにより様々な福祉制度が利用できるものの、これまでその恩恵に浴することはなかったが、今回娘の結婚に際して首都圏まで往復した折には、その有難さを実感することが出来た。

まず、高速道路の通行料金が半額になる。うちは軽自動車でもともと普通車より安い料金がさらに半額になるのだから助かる。ついでに言うと、最近の軽自動車は性能が向上していて、時速100キロ超えの長距離運転でも全くストレスを感じなかった。

次に、片道100キロ超の鉄道運賃が半額になる。特急などの料金は対象外だが、それでも数千円の割引は有難い。ただ、窓口で係員に手帳を提示して購入する必要があり、混雑時には長時間行列に並ぶ必要がある。優先窓口を設定するなどの配慮が必要かもしれない。

交通関係で言えば、路線バス運賃も半額、タクシー料金は1割引となる。1回1回の割引額は小さいものの、頻繁に利用する人にとってはやはり有難い制度だろう。

意外だったのは、ふと立ち寄ったある観光施設で手帳を提示すれば、同行者1人分も合わせて入場料が無料になることだった。料金を取る施設には基本的に入らないという意味不明なポリシーの持ち主(笑)としては、ただただ感謝するしかない。

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2019/12/22

当世結婚式事情その3

今年3回目の結婚式に参列した。姪、甥に続き、今度はわが娘の番である。昨今多くなった専用施設での挙式、披露宴で、神父や媒酌人の介在しない人前式の挙式、職場の上司は招待せず友人親戚のみの披露宴、スピーチや余興は最小限にした歓談中心の進行は、自分たちの時とは様変わりだが、慣例や形式に囚われない若い人たちの考え方には納得できる部分が多い。

それはともかくとして、今回は新婦のエスコートという大役が待っていて、直前にリハーサルをしてくれるとはいえ、たぶん人生で一度しかない体験には大いに緊張した。娘の手を無事新郎君に引き渡した後、しばらくその場で所在なく待っていると、「花嫁のパパ」の侘しさが込み上げてきたが、一種の通過儀礼なのだと言い聞かせていた。

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披露宴では、写真やビデオの撮影、各テーブルへの挨拶、来賓の見送りと結構忙しかったが、産地にまでこだわったフルコース料理を味わう余裕はあった。新郎新婦のこれまでを振り返るビデオで、娘の子供時分の写真が映し出されたり、最後に娘から感謝のこもった挨拶があったりと、ウルっと来そうな瞬間は何度かあったが何とか堪えた。

ホテルの部屋に戻り一人になってからオイオイ泣いている、というのは真っ赤なウソで、一夜明けた今になってもまだ夢の中の出来事のようで、実感が湧いていないというのが正直なところだ。これから自宅に戻り、何かの拍子に娘の部屋のドアの向こうから何も物音がしないことに気づくたび、いつも夕食の支度の最中に娘を駅まで迎えに行く家内がずっと台所にいることに違和感を感じるたび、娘が結婚して家を出て行ったことを改めて、しみじみと実感することになるのだろう。

 

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2019/12/19

『愛と宿命の泉』

Manon1986年、仏。クロード・ベリ監督。前篇後篇合わせて4時間近い大作である。アマゾンの紹介文。

(前篇)1920年、フランスのプロヴァンス地方。兵役を終えて帰ってきたウゴラン(ダニエル・オートゥイユ)は、伯父のセザール(イヴ・モンタン)の家の近くに身を落ち着けた。セザールは富と力をもつスベラン家の長老であり、人々から“パペ”と呼ばれていたが、結婚もせずに独身を貫いていた。スベラン家の血筋を絶やさないためにも、ウゴランに妻を迎えるようにせきたてた。しかし不器用で内気なウゴランの夢は、結婚よりもカーネーションの栽培だった。
問題は大量に水が必要なこと。パペは甥を助けるために手段を選ばない。泉の出る土地を自分たちのものにするため、その所有者の隣人を殺めてしまい、泉もセメントで埋めてしまった。その土地を相続したのは、隣人の妹フロレットの息子ジャン(ジェラール・ドバルデュー)だった。希望に溢れたジャンが、妻のエーメと娘のマノンを連れて都会から越してきた…。
(後篇)ジャンの悲劇的な死から10年後。策謀により彼の土地を手に入れたパペとウゴランはカーネーション栽培で豊かに暮らしていた。一方、ジャンの娘マノン(エマニュエル・ベアール)は輝くばかりに美しく成長し、同じ村の羊飼いとして暮らしていた。そんなある日、狩りに出たウゴランは、泉で水浴びするマノンの姿を見て一目で恋に落ちてしまう。(引用終わり)

タイトルすら知らなかったが、ケイタローさんのコメントに紹介されていて興味を持ったので観てみた。セザールを中心に三代(お腹の中には四代目も)にわたるスベラン家を取り巻く愛憎劇を描いた人間ドラマが、極端な少雨のため農業には厳しいプロヴァンス地方の自然と、その中で生きる人々のナマの生活感情を交えて、大河ドラマのように展開していく。

とりわけ、強欲や打算、策謀といった人間の負の側面と、それによる因果応報ともいうべき厳しい運命が、残酷なまでにリアルに描かれている。ダイナマイトが爆発した直後の井戸掘削現場に駆け寄ったジャン。ジャンの家族が出て行くと分かった途端、隠していた泉を確かめに行ったウゴランとセザール。いずれも水が湧くのを一刻も早く自分の目で見たかったからだが、その一瞬の油断が自業自得の結果を招いてしまうのである。

本作を観ながら、何とはなしにではあるが、聖書を引用ないし下敷きにしているような匂いを感じた。各種映画情報サイトでは特に指摘はないが、アマゾンのユーザーレビューで、旧約聖書の「コヘレトの言葉」を踏まえたものであるとの投稿があった。人の運命は予め決められているとする決定論に基づく世界観は、確かに本作の内容に一脈通じるところがあるのかもしれない。

オペラとの関連も少々あって、冒頭から最後まで全体を通じて流れるハーモニカによるメロディは、ヴェルディのオペラ「運命の力」で、そのタイトルは本作の内容を暗示している。また、ジャンの妻エーメは元オペラ歌手で、オペラ「マノン」(マスネかプッチーニかは不明)で評判となったので、娘の名前もマノンにしたというし、ジャンの死後は歌手として復帰し、「アイーダ」の端役を歌ったというくだりがある。

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2019/12/16

『患者よ、医者から逃げろ』

9784334044381夏井睦著。副題に「その手術、本当に必要ですか?」とある。版元のやや長めの紹介文。

著者はキズや熱傷(ヤケド)の湿潤療法の創始者である。植皮手術が必要とされる熱傷の患者でも、ほぼその必要はなく、傷跡や痛みも少なくキレイに治療できることはもはや疑いのない事実だ。だが大学病院や総合病院の形成外科や皮膚科では今も変わらず酷い治療が行なわれている。それは骨髄炎の治療も同じで、手足の切断が必要とされたが実は骨髄炎ではない患者も多くみてきた。
なぜ医者は、我が子には絶対できない手術を患者に勧めるのか。なぜ古い治療に固執し、新しい治療を行なえないのか。自分の頭で考え、逃げてきた患者らの治癒過程も写真や証言を交え紹介。また湿潤療法の誕生秘話、痛みと全身性合併症をめぐる新発見、創感染の本質や骨髄炎、院内感染や合成界面活性剤の闇に切り込むとともに、それらの考察から見えてくる生物・人体の進化史の新説を、独創的に語り尽くす。(引用終わり)

光文社新書から出ている著者の本はこれが4冊目。全て読んできたが、今回は熱傷治療に関する記述が大半を占め、著者のこれまでの取組みの集大成とも言える内容となっている。こと熱傷に関する限り、タイトルの「医者から逃げろ」は、「従来の治療法に固執する医者から逃げろ」という意味において、熱傷患者を救う道に繋がることは疑いない。また、前著までに詳しいが、糖尿病治療においても同じことが言える。カロリー制限、バランスの良い食事という名の下に糖質の多い食事を強要される限り、血糖値の急上昇は収まらず、糖尿病は決して良くならないのである。

個人的には、本書の最後に方に出てくる合成界面活性剤の弊害に関する部分が大変興味深かった。これまで著者の流儀を取り入れ、シャンプーやボディソープを使わず、お湯だけで洗い流す入浴法に切り替えていたが、入浴後は医師から処方されたヒルドイド(または同種の商品)を手足に塗布して保湿に努めていた。ところが、これがとんでもない間違いで、クリームを基剤として作られた保湿薬や化粧品は、実は肌を乾燥させるだけのものであることが分かった。これまでのところヒルドイドによる弊害は生じていなかったが、即刻廃棄したことは言うまでもない。

ところで、自分は基本的に本を読む際にはカバーを付けない。何の本を読んでいるのか他人に知られたくないなどというのは、読書人として潔くない態度だと思うのである。しかるに、本書だけは例外とせざるを得なかった。医大病院での待ち時間を利用して読むことが多く、さすがにこの書名はまずいと思ったからだ。(笑)

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2019/12/13

歌劇「トスカ」

このところ何かと多忙でまとまった時間が取れず、オペラ鑑賞はちょっと久しぶりとなった。

プッチーニの代表作のひとつ。主要登場人物がいずれも死んでしまい、さらには尾行や拷問、セクハラと、これでもかという陰惨な内容にもかかわらず、最後まで愛を貫いたトスカとカヴァラドッシの悲運が胸を打つ。悪役の警視総監スカルピアとの対決の構図は分かりやすく、そこにプッチーニの名旋律が絡んでとなれば、純粋な歌芝居の世界に浸り切ることが出来るというもの。

「ラ・ボエーム」の項で書いたような、音楽の流れとストーリーの一体感はさらに強まり、ほとんどワーグナーの楽劇に近いものがある。実際のところ、トスカとカヴァラドッシそれぞれの名アリア、「歌に生き、恋に生き」と「星は光りぬ」が、そこだけ浮いてしまっているような印象すらある。作曲者自身そのことに不満を持っていたというが、それでも、これらのアリアがあってこその「トスカ」であることは間違いない。

今回鑑賞したのは、2018年メトロポリタンオペラ公演のライブビューイング。トスカのソニア・ヨンチェヴァ、カヴァラドッシのヴィットーリオ・グリゴーロとも、今回がロール・デビューとは思えないほどのハマり方だ。スカルピアのジェリコ・ルチッチも、憎々しいながらどこか人間味を感じさせる演技が光った。

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2019/12/10

抗癌剤治療第2弾開始

昨日から大学病院での抗癌剤治療の第2弾が始まった。D病院での第1弾は初日に通院で点滴、その後2週間は自宅で薬を服用して、3週目は休薬というパターンだった。第2弾では初日は同じく通院点滴だが、それに引き続いて、携帯可能な容器(ポンプ)からCVポート(腕に埋め込んだ点滴用の器具)を通じて46時間点滴を継続する処置をした状態で帰宅、3日目に点滴を終えて針を抜いた後は休薬、2週後にまた点滴するというパターンである。

使用する薬剤が異なり、それに伴って投与方法も変わるため、単純な比較は出来ないが、最初の3日間だけ我慢すれば後の10日余りは服薬もなく、身体への負担は比較的少なくて済みそうだ。2日目の今日現在、吐き気や倦怠感などの副作用はほとんど出ていない。ただ、今回の薬剤では髪の毛が抜けるというよく知られた副作用が出る可能性がある。まあ、もともと超短髪なので目立つことはないと思うが。(笑)

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2019/12/07

娘の新居

昨日は娘を首都圏の新居まで送り届けた。高校時代から家内が駅までの送迎を続けてきたが、今回が最後にして最長の送りとなった。奈良から箱根を東に越えて約470キロ。東海道の昔とは違い、数時間もあれば行き来できる距離ではあるが、それでもいよいよ離れ離れになるのかという実感が湧いてきた。

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当日に引越荷物が届き、その整理が待っているし、来週初めには入籍、そして転勤先への初出勤と、結婚式まで予定は目白押しである。ともあれ、新しい門出に幸あれと祈るばかりだ。疲れを溜めず、体調万全にして結婚式を迎えてほしい。おっと、自分自身も十分気を付けないといけないのだった。

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2019/12/04

大学病院に転院

闘病日記は8月以来ご無沙汰していたが、そこに書いた抗癌剤治療を5サイクル15週間継続した先月下旬にCT検査等を行った結果、肝臓に転移した癌は少なくとも拡大はしていないことが判明した。そこで、外科手術の可能性を検討するため、県下有数の規模を持つ大学病院の消化器外科に紹介状を出してもらい、肝臓癌については今後そちらで治療を受けることとなった。

大学病院での診察の結果、今のところ画像で見える癌は確かに大きくないものの、癌を疑う小さな病変が複数あること、癌の指標となる腫瘍マーカーの数値が増加傾向にあることから、現時点で手術を行っても残った部分で癌が再発(残肝再発)する可能性が高く、今後別の抗癌剤を投与して経過を見た上で、改めて手術の可能性を探るという方針となった。

主治医は極めて温和かつ紳士的な表情で説明してくれたが、客観的に考えると手術の検討が先延ばしになったということは、根治への道のりがそれだけ厳しくなったと言わざるを得ない。もちろん、現時点では次の抗癌剤が効果を発揮してくれることを祈るばかりだが、そうならなかった場合の身の振り方について、そろそろ現実味をもって考え始めないといけない年の瀬を迎えそうである。

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2019/12/01

アモルメットコア

オーディオネタは久々である。標題の商品は、8月にCDプレーヤーを買い替えた際、上新電機がサービスでつけてくれたもので、オーディオケーブルに通すだけで音質改善に効果があるという触れ込みである。上新の推薦文。

“Amormet”は本来ノイズ防止用のチョークコイルのコアに使われ、オーディオ再生で特に有害な高周波ノイズを除去するための重要なパーツです。『アモルメットコア』は、オーディオ専用に特に音質を重視して設計された、副作用がなく安心して使えるトロイダル・フィルタで、ケーブルを通すことでコモンモード用チョークコイルとなります。その効果は抜群で、高周波ノイズを取り去ることで、これだけ音質が向上することと、本来耳には聞こえない高周波ノイズが、これ程再生音に“悪さ”をしていたことに改めて驚かされました。
『アモルメットコア』の最大のメリットは、従来からあるノイズフィルタでは、例えノイズは取れても本来持っている音楽のエネルギーまで削がれてしまい、痩せた面白くない音になってしまうのが常でしたが、それらを微塵も感じさせないところが“素晴らしい”そして“画期的”と感じました。「超高周波ノイズ」対策において、今後のオーディオ再生にとっての“ターニングポイント”になりそうな予感がします。それ程にインパクトの大きな『アモルメットコア』の登場です。(引用終わり)

文系人間の自分にはチンプンカンプンであるが、要するに周辺の各種電気機器から発生する高周波が、電源系統に乗ってか空気中を伝播してか知らないけれど、オーディオ機器の再生信号を伝送するケーブルに悪影響を及ぼしていて、その影響を安全に除去するという効果があるのだろう(たぶん・笑)。

しかし、何だかちょっと胡散臭い感じもするし、暑い時期に配線作業で汗を掻くのもイヤだったので先延ばしにしていたのだけれど、気がつくともう冬本番の寒さになっていて、頃合いは良しとようやく試しにつけてみようと思い立った。CDプレーヤーとアンプの接続は末端部分の大きなXLR端子で行っていて装着不能であるため、今回はアンプとスピーカーを繋ぐケーブルに装着することにした。

実際にスピーカーケーブルに装着したところ。

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合計8本の太い銅線を外して付け直す作業が必要で、使用前後の状態を簡単に切り替えて比較試聴することが出来ないため、あくまで記憶と印象に基づく判断になるけれど、音の透明感がより増して定位感も向上し、音場の自然な広がりが明瞭になったように感じる。特筆すべきは、ピアノの打鍵音やホールの残響音などの減衰音が、音本体と完全に連続したものとして再生されることで、音楽の再生にとって非常に大事なポイントが改善したことになるだろう。

自腹を切って購入したのではなく、それによる評価バイアスは考えられないので、おそらくかなりの効果があるのは間違いないと思われる。このコイルを内蔵したXLRケーブルも発売しているようなので、CDプレーヤーとアンプの接続に用いれば更なる音質向上が期待できるかもしれない。って、またもやオーディオ無間地獄に陥りかけているし、何より上新電機の作戦にまんまと嵌ることになるなあ。(苦笑)

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