歌劇「マノン・レスコー」
自堕落な美少女マノンに振り回される青年デ・グリューの破滅的な恋を描いたプッチーニの出世作。今回鑑賞したのは、2016年3月メトロポリタンオペラ公演の録画で、タイトルロールはクリスティーヌ・オポライス。デ・グリューは当初ヨナス・カウフマンの予定だったが、例によって直前にキャンセルされ、急遽代役に指名されたロベルト・アラーニャが初めてこの役を歌った。演出リチャード・エア、指揮ファビオ・ルイージ。METライブビューイング公式サイトの紹介文。
18世紀(本演出では1940年代)のフランス、アミアンとパリ。修道院へ入るために旅していた美少女マノンは、アミアンの町で青年デ・グリューと恋に落ち、駆け落ちする。だが贅沢好きのマノンは、デ・グリューとの貧乏暮らしに耐えられなかった。裕福な貴族ジェロンテの庇護を得て豊かな生活を送るマノンのもとに現れたデ・グリューは、自分とともに来るようマノンを説得し、彼女も同意するが、そこへジェロンテが踏み込んで…。(引用終わり)
ポスト・ヴェルディのオペラの主流は、いわゆるヴェリズモ・オペラとなる。登場人物は王侯貴族や英雄ではなく、市井に生きる普通の人々であり、物語も神話や絵空事の世界ではなく、生々しい真実のドラマである。その傾向はプッチーニにも見られるところで、この出世作にもそれが色濃く現れている。登場人物はどこにでもいそうな普通の人々ばかり。物語も「カネで囲われた恋人を奪い返した青年が、恋人と一緒に逃亡を図るも…」という、今でも映画やドラマの題材になりそうな、まあよくあるメロドラマだ。
一方、音楽的な面では、より感覚的、直接的に聴衆に訴えかける力が強い。メロディは明快で親しみやすく、伴奏がそれをユニゾンで補強することで、いっそう訴求力を高めている。ヴェルディの音楽が20世紀音楽の到来の近いことを窺わせるとすれば、プッチーニのはさらにそれを飛び越え、現代のミュージカルにも通じる、分かりやすさと魅力を兼ね備えた音楽と言える。
主役以外の群衆の扱い方にもリアリティが感じられ、ヴェルディでは「その他大勢」に過ぎなかった群衆が、このオペラ冒頭の街頭シーンでは、一人一人にそれぞれの動作があり、互いに談笑したり口論したりしている。そこから抜け出てきたエドモントが最初のアリアを歌い始めてオペラはスタートするのだが、まさに「真実主義」に相応しい自然なオープニングである。
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コメント
男を破滅させる魔性の女、マノン。
同じ公演をライブビューイングで観ました。オポライス、いいですね。(^^)
ディーバは、歌唱力はもちろんですが、やっぱり役にあった容姿も大事です。“現代最
高のプッチーニ・ソプラノ”といわれるのも頷けます。去年ローマ歌劇場で来日してました
が、もちろん指をくわえて宣伝を見ていただけで・・・。
マスネの『マノン』が、もうすぐ今シーズンのMETライブビューイングで公開されます。
で、プッチーニ。
ヴェルディ亡き後、今さらシェークスピアでもあるめぇて感じで、切った張ったのヴェリズモ・オペラ。ドロドロした愛憎劇。その分かりやすさのため評価の低い向きもありますが、思わず口ずさんでしまうメロディも多くて、僕は好きです。
音楽もシェーンベルクの影響もあるし、たしかに20世紀を感じます。
で、マノンというと、どうしても思い出すのが(すみません、話が長くなって)
原作を換骨奪胎した『情婦マノン』。
古い映画なんですが、ラストが凄くて、男は死んだマノンの両足を自分の肩に乗せて、マノンを逆さまにぶら下げて砂漠を逃げます。だんだんマノンの身体は腐ってきて・・・まだ先があって・・・怖いです。
『恐怖の報酬』の監督です。
投稿: ケイタロー | 2019/11/17 21:31
ケイタローさん
オポライス、いいですねえ。第1幕から第4幕まで、
それぞれ置かれた状況が全く異なるマノンを、
ほとんど別人かと思うほど完璧に演じ分けていました。
ご紹介の『情婦マノン』も一度観てみたいです。
投稿: まこてぃん | 2019/11/18 21:14