バレンボイムのブラームス交響曲全集
ブルックナー交響曲全集と同様、バレンボイムにとって2度目となるブラームス交響曲全集。オケは手兵シュターツカペレ・ベルリン、収録は2017年10月で、同年3月にオープンしたばかりのピエール・ブーレーズ・ザールにおいて行われたセッション録音である。ジャケット写真で聴衆が写っているのは、同時期に行われた一般公演時のものだろうか。
第1番第1楽章冒頭から、重心の低い、ズシンと腹にくる重厚なサウンドに引き込まれる。ベルリンの壁が崩壊してもう30年になるけれど、旧東ドイツ地域に残されていたドイツ伝統の響きが再現されたかのようだ。しかし、それでいて対旋律や伴奏音型など細部まで実に見通しの良い演奏であることに驚かされる。このような重厚な響きと見通しの良さを両立させた演奏、録音というのはかつて経験がなく、この全集の最大の成果として誇れるものだろう。
ピエール・ブーレーズ・ザールの音響がそれに寄与していることは間違いない。写真で見ると、楕円形の客席が中央のステージを取り囲む独特の配置となっているが、建物自体はかつての国立歌劇場の倉庫を改造したもので、全体の形状としては天井の高いシューボックス型のホールだそうだ。そのフロアの中央に音源を配置することで、理想的な音響を実現しようとしたのだろう。ちなみにホールの音響設計は日本の永田音響設計が担当した。
ただ、演奏解釈については全面的に賛成とは言いかねる。第1番、第2番は比較的オーソドックスで、じっくり音楽に浸ることが出来たが、第3番、第4番ではテンポをかなり伸び縮みさせた情緒纏綿たる演奏で、時には音楽が止まってしまいそうなほど遅くなる。特に第4番は、冒頭主題からして四分音符のアウフタクトのHを、次の二分音符のGより長くなるほど引っ張る。フルトヴェングラーがベルリンフィルを振った1948年の録音に似た、かなり時代がかったような演奏だ。
自分としては、この第4番は出来る限りインテンポで演奏してほしい。冒頭主題はしばらく演奏してきた音楽の続きででもあるかのように淡々と。第1楽章のコーダも必要以上に煽らず、最後から2小節目のティンパニの四分音符もリタルダンドしない。最低この2点を押さえていない演奏は、基本的に聴く気がしないのが正直なところだ。
ブラームスはこの交響曲を、フリギア旋法だのパッサカリアだの、あえて古色蒼然たる手法を用いて書いた。したがって、形の上ではバロック音楽のような正確なテンポ、地味な音色で演奏すべきである。しかし、そんな古典的な器の中に封じ込めても自ずから滲み出てしまう、作曲者の滾るような熱い思いが籠められている。そのことが分かるような演奏こそが理想であって、クライバーがウィーンフィルを指揮した1980年の録音がまさにそれである。
もうひとつ難点があって、バレンボイムが指揮台で足を踏ん張る「ドン」という音や、ヤマ場で力が入ったときの「シュッ」という呼吸音がかなり頻繁に入る。それだけ気合が入った演奏ということなのだろうが、まるでバレンボイムクジラが指揮台で暴れ回っているかのようである。(苦笑)
しかし、そうしたことを含めてもなお、今日あまり聴くことの出来なくなった重厚な音響によるブラームスは貴重な存在というしかなく、演奏解釈は別として、この音が恋しくなったらまた聴くことになるだろう。
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