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2019/09/05

方丈記を読む

<ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとゞまりたる例なし。世中にある人と栖(すみか)と、またかくのごとし。>

あまりにも有名な文章で始まる鴨長明『方丈記』の全文を初めて読んでみた。高校の古文で抜粋版を学習したはずだが、この冒頭以外全く記憶になく、ただ、世の無常を悟った長明が山中にひと間だけの庵を構え、孤独な隠遁生活に安住の世界を見出すまでを記した随筆文学、という程度の理解で過ごしてきた。

そこまでは別に間違ってはいない。平凡社「世界大百科事典」の説明を引用する。

人と住家の無常を述べた序章に続き、その例証として長明が体験した災厄、すなわち安元3年(1177)の大火、治承4年(1180)の嶋風(竜巻)、同年の福原遷都、養和年間(1181‐82)の飢饉、元暦2年(1185)の大地震を挙げる。さらに俗世の居住は他を顧慮しなければならず心の休まることのないものであるといい、零落一方の自分の境涯を回顧して、遁世の後に仮のものとして構えた日野の外山の草庵で、かえって心の赴くままにすごせる現在の閑居のさまをよしとするが、

問題はこの後である。

末尾では一転して、その閑居に執着すること自体が往生のさまたげではないかと、みずからの遁世の実質を問いつめたまま、それに答えることなく〈不請(ふしよう)の阿弥陀仏〉を二、三遍となえるというかたちで全編の叙述を終える。

ここは全く予想外だった。彼は決して遁世すなわち隠遁生活を全面的に肯定しているわけではなかったのだ。この箇所を岩波書店「日本古典文学大系」の注釈を元に意訳してみる。

私の一生も終わりに近づき余命が少なくなっている。すぐに三途の闇という暗黒世界が待っている。今さら何を嘆こうというのか。仏の教えは「何事にも囚われるな」である。(仏の道から言えば)この草庵を愛するのも罪なら、閑寂に囚われるのも障害だろう。何で役にも立たない楽しみを述べ立てて、大切な時間をむだにしようぞ。

どんでん返しというのか、最近の推理小説ばりに「ラスト1頁で衝撃の事実が明らかに!」というのか。長年の試行錯誤を経て辿り着いた隠遁生活に一旦は満足し、それを賛美しておきながら、今度はそれに執着している自己を客観視、疑問視しているのである。

そして、その執着の原因はどこにあるのか自分自身に問いかけたが、心は何も答えることなく、ただ、心の要求からではない念仏を二三回唱えるだけだったとして、この随筆を終えている。

この箇所の解釈については、閑居賛美のための周到な韜晦とする説、「維摩一黙」を踏まえたものとする説など諸説あるそうだが、いずれにしても透徹した自己観照ないし自己批判がそこにあることだけは間違いないだろう。

翻って、最悪のケースを覚悟しつつ、今はオペラなどの音楽鑑賞やブログ執筆に多くの時間を費やしている自分であるが、それはそれで一つの執着ではないのか。それだけに囚われるのは良いことなのか。仏の道に帰依するつもりなどサラサラないけれど、大先輩に見習って自分を客観視し、自己批判することを忘れてはならないと思う。

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コメント

難しいことはわかりませんが(^^;
異常なものでない限り執着はあってよいのではないでしょうか?
あった方がいいくらい?
何もなかったらよからぬことばかり考えたりして???
どうなんでしょう?

投稿: くー | 2019/09/06 14:44

くーさん
私にも難しいことはよく分かりませんが、
何ものにもとらわれない境地に達して、
はじめて本当の意味の自由を獲得できる。
たしか、それを「解脱」とか「涅槃」と言うのでは。
「よからぬこと」を考えているうちはダメですね。(笑)

投稿: まこてぃん | 2019/09/07 10:38

変な話ですが、
日々煩悩だらけで困ってますが(笑)
逆に何ものにもとらわれない境地、解脱?涅槃?とかの
境地に達してしまったら、
今度は人間でなくなってしまうような気もしたりして?(^^;
相田みつをさんじゃないですが、
にんげんだもの・・・ですかねえ。

投稿: くー | 2019/09/07 20:24

くーさん
本文でも書きましたが、解脱や涅槃を求めて
仏の道に帰依するなんて私にはとても無理です。
それでも、「にんげん」だからこそ、
自分を客観視し、自己批判することを
忘れてはならないのだと思います。

投稿: まこてぃん | 2019/09/08 08:56

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