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2019/09/29

歌劇「シモン・ボッカネグラ」

ヴェルディ21作目のオペラ。1857年に初演されたが大失敗に終わる。作品に愛着を持っていたヴェルディは改訂上演の機会を探っていたが、24年後の1881年に大幅改訂されてミラノ・スカラ座で初演、大喝采を浴びた。

シモン・ボッカネグラは、14世紀イタリアのジェノヴァ共和国初代総督に就任した実在の人物である。平民派出身の彼を主人公として、対立関係にある貴族派との確執を軸に、そのさなかで翻弄される男女や親子の情愛、復讐と呪い、誘拐や毒薬による暗殺などが混然一体となって繰り広げられる。これまで観てきたヴェルディオペラの要素を全てテンコ盛りにしたようなストーリーで、同じ原作者による「イル・トロヴァトーレ」と同様、いやそれ以上の作り物くささ、ハチャメチャさである。

しかし、不思議なことに観ていて白けるどころか、最後まで心を掴まれたように引き込まれてしまったのだ。これはひとえにヴェルディの音楽の迫力と巧みさによるものだろう。「え、なんでそんな展開になるの?」と突き放す余裕すら与えないというのだろうか。後で考えるとあまり合理的とは言えない登場人物たちの行動や心情に、まんまとシンクロさせられてしまっているのだ。

と、ここまで書いてきて、これは「オレオレ詐欺」の手口と同じだと思った。犯人側が設定したストーリーは事実無根、全く信用するに値しないものであるにもかかわらず、電話をかけてきた人物の迫真の演技そのものに被害者は引き込まれてしまい、その内容に少々不合理な点があってもそれが見えなくなってしまうのだ。

ということは、この手の詐欺には絶対に引っ掛からない自信を持っていた自分も、下手をすると被害者になる可能性がゼロではないということになる。まさかオペラを観て「詐欺には注意しよう」と思うことになるとは。(笑)

なお、今回視聴したのは2010年のメトロポリタンオペラ公演。まだバリトンに転向したばかりのプラシド・ドミンゴ、指揮を務めたジェイムズ・レヴァインともども、スキャンダルを起こしてMETから追放されてしまったのは残念だが、彼らの芸術は記録として長く生き続けることだろう。

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2019/09/26

ベートーヴェン チェロソナタ全集

Uccd2141_20190926082501「全集」と言っても全部で5曲しかないのだが、内容的には「チェロの新約聖書」(「旧約」はもちろんバッハの無伴奏)と称されるほどの深みと多彩さを有している。ピアノソナタや弦楽四重奏曲と同様、作曲時期が初期、中期、後期と分散していて、それぞれの特徴を反映しているのも興味深い。

作品5の第1番と第2番は、いずれも序奏を持つ長大な第1楽章と、軽快なロンドによる第2楽章という特異な構成で、まだピアノが主役でヴァイオリンやチェロはオブリガート(助奏)的な色彩が強かった当時のソナタの様式を残すものの、生き生きした楽想や意表を突く展開に早くも作曲者の特質が現れている。

第3番作品69はいわゆる「傑作の森」の時期の作品だけに大変充実した内容を持ち、朗々としたメロディで開始される第1楽章、スケルツォの第2楽章、序奏のついたアレグロ・ヴィヴァーチェの第3楽章というオーソドックスな構成の中に、いかにもベートーヴェンという快活で躍動的な楽想が展開される。

一転して作品102の第4番、第5番は、作曲者晩年の特徴である自由な楽章構成、個人的な独白のような緩徐部分、フーガによる緊密な構築美などがみられ、後期のピアノソナタに相通じるものがある。

今回聴いたCDは、ロストロポーヴィチとリヒテルが共に壮年期の1960年代初頭に録音した名盤の誉れ高いもので、剛毅にして男性的な、気迫に満ちたベートーヴェン演奏である。ジャケットからしていかにも男性的な画で、面相や頭頂部の具合から、両者はまるで兄弟のように見える。(笑)

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2019/09/23

奈良街道を歩く その3(小倉~三条)

18日は近鉄小倉駅前から京阪三条駅前まで14キロ強を歩いた。今回はほとんど都市部のため、至るところにコンビニ、商店、鉄道駅があり、全く不自由することはなかった。

スタートして間もなく、街道に面してお茶の小山園のディスプレーがあり、本社はこの奥というので思わず誘われて行ってみた。本社併設の売店で煎茶を購入したが、試飲させてもらったお茶がいまいちだったので、あまり期待しない方がいいかも。

古い街並みを行くと、右手に巨椋(おぐら)神社がいかにも由緒ありげな佇まいを見せている。

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この先、街道は大きく左に曲がり、府道69号を越えたところから登りとなる。登り切ると両側より数メートル高くなった道筋が続き、太閤堤(小倉堤)の南端部分に当たっているようだ。堤防道はこの先で削平されて一旦途切れるが、近鉄向島駅手前にも当時の堤防跡を残す場所がある。写真中央が堤防上の街道で、脇には樹齢250年以上というムクノキの大木が聳える。

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向島駅を越えて宇治川に近づくと、風情のある街道筋が残っている。写真では表現できないが、ここでも街道は周囲より数メートル高くなっている。中二階の民家は梯子型のむしこ窓が特徴らしい。

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観月橋を渡ると、伏見宿エリアに入る。

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京阪伏見桃山駅手前の団地内に伏見奉行所跡がある。江戸時代、幕府直轄領だった伏見の奉行職は、遠国奉行としては上席に位置し、旗本よりも大名が任じられることが多かったという。また、この地は慶応4年の鳥羽伏見の戦いの舞台ともなった。

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この先は伏見街道京町通となって、ほぼ平坦な道路が延々と続く。近鉄京都線を越え国道24号を横断する辺りから、以前走った京街道のルートと重複する。右折して京阪墨染駅東側で左折、その先から直違橋(すじかいばし)通となって、これまた真っ直ぐな道が延々と続く。

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京から数えて4番目の橋「四ノ橋」を渡る。親柱に「伏水街道第四橋」とあるが、伏見は古くは「伏水」とも表記されていた。良質な地下水に恵まれ、酒造りに適した土地であることが地名からも分かる。

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名神高速の高架を潜ると、右手に京都聖母学院のレンガ造りの校舎が見える。元陸軍第16師団司令本部だった建物で、疎水を挟んでひとつ西側の大通りは師団街道と呼ばれている。

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JR奈良線の踏切を渡ると稲荷駅で、旧東海道本線時代の最後の遺構である明治13年築のランプ小屋が残る。伏見稲荷は外国人旅行客の人気スポットで、周辺は外国人で溢れ返っていた。

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駅から離れるにつれ、街道は静けさを取り戻し、伏見人形の名店「丹嘉」を訪れる人も今は少ないようだが、そのうち外国人が押し寄せるときが来るかもしれない。

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この辺りから街道は本町通となり、五条通まで続いている。資料によっては伏見街道起点の五条通をもって奈良街道の起点としているが、折角の機会なのでさらに大和大路通を北上して三条まで歩き、旧東海道の終点と接続させて3日間の行程を終えた。

街道「歩き」は今回初めての経験だった。「かったるい」と感じることもあったが、走っていては気づかない遺物や風景もあり、これはこれで面白いことが分かった。また機会があれば出かけてみたい。

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2019/09/20

奈良街道を歩く その2(棚倉~小倉)

16日はJR棚倉駅前から近鉄小倉駅前までの約15キロを歩いた。途中、かつての玉水宿、長池宿を通過するが、長池までは長閑な田園地帯を行く単調な道が続き、名所旧跡などほとんどない区間である。図書館で借りたガイドブックでは、玉水-長池間はJRで移動というコース設定がなされている。

棚倉駅前をスタート。いかにも旧街道という、うねるように蛇行する道を進む。

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間もなく不動川を渡るが、橋で越えるのではなく、トンネルで潜る。この辺りに多い天井川のひとつで、トンネルの高さは1.6メートルと表示されている。身長167センチの自分でも頭を打つと思ったが、何とか屈まずに歩き通すことが出来た。実際は1.7メートル近くあるのを、余裕をみて切捨てて表示してあるのだろう。

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JR玉水駅付近では、線路が川の下を通っている。

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かつて玉水宿の中心部だったと思われる辻に、天保年間創業という料亭「八百忠」が現在も営業中である(左側の板塀の建物)。また、右手の電柱の左には、付近の史蹟名勝などを案内した道標が建つ。これも三宅安兵衛氏の遺志で建立されたものである。

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この先、長池までの間も歩き通したが、わずかにコンビニが1軒あるだけで、民家と田畑、学校以外本当に何もなかった。ようやく辿り着いた長池宿の中心部にある元旅籠の和菓子店「松屋」でひと休み。店内には旅籠当時の宿帳や引き札(今日の宣伝チラシ)などが展示してあった。

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集落の西端には「是北京都街道 南奈良街道」などと刻む道標が建つ。これまた三宅安兵衛氏である。なお、「京都五里 奈良四里半」とあるように、長池宿は奈良と京都のほぼ中間点に位置しており、「五里五里の里」と呼ばれていた。

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ここで一旦国道24号に合流し、城陽新池の先でまた旧道に分岐する。久津川付近、街道のすぐ東側に車塚古墳、丸塚古墳が往時の姿をとどめている。

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近鉄大久保駅を過ぎた広野町辺りに「宇治屋の辻」があり、これは宇治、六地蔵を経由する古い奈良街道との分岐点に当たる。「右うぢミち 左なら道」などと刻む道標は、平成9年交通災害で破損したものを、翌年に近隣町内会が再建したとの説明がある。

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近鉄小倉駅前で2日目の行程を終了。折角宇治まで来たので、駅前の吉田銘茶園で少し値の張る煎茶を土産に買い、帰路に就いた。

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2019/09/17

奈良街道を歩く その1(奈良~棚倉)

記事カテゴリーは便宜上「街道走り」としたが、今は「歩く」しかない。体力的にはまだ十分走れるけれども、長時間ストーマに衝撃を与え続けるのが不安だからだ。

今回は奈良から京都に至る奈良街道(大和街道)約40キロを3日間に分けて歩く。往時は途中に木津、玉水、長池、伏見の4宿が置かれていた。ルートは複数ある。かつて京都盆地南部にあった巨椋池が交通の大きな支障となり、古くは六地蔵、宇治方面に迂回していたが(現在のJR奈良線ルート)、秀吉時代に巨椋池を渡る太閤堤が築かれて最短ルートが整備された(現在の近鉄京都線ルート)。今回行くのは後者である。

また、木津川に沿った区間は江戸時代中後期には木津川右岸の土手を行くことが多かったようで、いつも参照している明治末期の地形図でも土手道を奈良街道としている。しかし、あまりに単調で面白味に欠ける上、トイレやコンビニ等もないことから、今回は古くからの集落を抜ける山背(やましろ)古道を通ることにした。

まだ残暑の残る14日午前、近鉄奈良駅前を出発。東向商店街を抜け、三条通に突き当たると以前走った伊勢本街道に一旦合流する。猿沢池から興福寺境内を抜けて大宮通に出て県庁前を東に進むと、今年4月に約45億円をかけて整備されたバスターミナルがある。観光バスによる渋滞の緩和が目的であるが、使い勝手が悪くて利用は想定の半分以下にとどまっているという。この日も3連休初日というのに、広い構内は人気もなく閑散としていた。

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ここを左折して一路北上し、転害門前を経て今在家交差点で旧道に分岐する。佐保川に架かるこの橋の土台は慶安3年(1650)のものだそうだ。

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ここから奈良坂の登りとなり、途中で振り返ると東大寺など奈良市内の風景が望める。

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坂を登り切り、般若寺の先の植村牧場で名物ソフトクリームを食べながら牛たちを眺めて一息入れる。ラン仲間と何度か来たことがあるが、牛舎の屋根の上に牛がいることに、これまで気づいていなかった。フランスの作曲家ダリウス・ミヨーも多分これを見たのだろう。(謎爆)

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この先、奈良豆比古(つひこ)神社の先の辻に弘化4年の道標が建ち、「すぐ京うぢ道 右いがいせ道」などと刻む。

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やがて県道に合流したのち京都府木津川市に入り、州見台(くにみだい)住宅地の中を進む。JR奈良線と国道24号を越えて木津宿エリアに入ると、街道らしい風情が残っている。

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木津川に突き当たる手前のとある寺の境内に和泉式部の墓がある。彼女は木津の生まれで、余生もここで過ごしたという伝承があるものの、それを裏付ける資料はなく、和泉式部の墓と称するものは全国各地にあるそうだ。

 

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かつてはこの付近に木津川を渡る泉橋が架かっていたが、現在は少し上流側にある国道24号の泉大橋を渡る。

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対岸の旧泉橋の袂と思しき付近に「西京都街道 東笠置山伊賀上野街道」などと刻む道標が残っている。裏面に「□□年春稟京都三宅安兵衛遺志建之」とあり、幕末から明治期の商人三宅安兵衛の遺志を稟けて、その子息が京都各地に建立した多数の道標のひとつと知れる。

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この先は茶問屋が並ぶ地区であるが、土曜で休みなのか茶の香りが漂うという風情はなく、通りも閑散としていた。国道24号を渡ったJR上狛(かみこま)駅付近に環濠集落が残る。濠を渡る橋が危なげな駐車スペースになっている。

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この先は集落の中を縫うように狭い道が蛇行しながら進み、いかにも古道の風情が感じられる。

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この日はJR棚倉駅前までの約12キロで終了。奈良まで電車で戻ると僅か18分だった。

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2019/09/14

マンガ名作オペラ「ニーベルングの指環」上下

Niebelungen_20190913092701里中満智子著。ワーグナー畢生の超大作「ニーベルングの指環」をマンガ本2冊に纏めたもの。版元の紹介文。

(上)神話世界を描いた壮大な作品、ニーベルング。世界を滅ぼすとの呪いをかけられた黄金の指環。欲望渦巻く神々の世界を描く前編。(下)ジークムントの忘れ形見ジークフリートとブリュンヒルデの全てを焼き尽くす愛の行方は? 世界に破滅をもたらすニーベルングの指環は誰の手に渡るのか?(引用終わり)

ワーグナーのオペラをこともあろうにマンガにするなんてと、最初はとても違和感があったけれど、結果的には読んでみて正解だった。これまで「指環」の概略を把握しようと、(文字で書かれた)あらすじを読んだことは何度かあるが、人間関係が複雑なうえに飛躍の多いストーリーがほとんど頭に入って来なかった。かと言って、予備知識なしに観て分かるような代物でないことは明らかで、作品のあまりの長大さと並んで、なかなか実際の鑑賞に至らない原因になっていた。

それが、このマンガ本上下2冊を読んで、ストーリー全体の骨格というか、大まかな流れがすんなりと把握できたのだ。主要登場人物のキャラクターや相互の人間関係を、ビジュアルを通じて具体的に理解することが出来る。「アルベリヒ」と文字で見るより、あのイボだらけでヒキガエルみたいな顔の小男かと直感的に掴める。

もちろん、これがワーグナーの意図を寸分の狂いなく表現したものとは言えないだろう。今後、オペラそのものを鑑賞してみた後で感想が変わる可能性はある。それでもなお、長年の「食わず嫌い」というか、「とっかかりのなさ」に風穴をあけてくれたことは間違いない。マンガを読んだあとでは、文字で読むあらすじも以前より格段に頭に入ってくる。この調子で予習を続けて、いずれは本編オペラに挑戦してみたいと思っている。

 

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2019/09/11

歌劇「椿姫」

Traviata_20190911094701 ヴェルディ中期3大傑作のラスト。原題は La Traviata で「道を踏み外した女」というような意味だが、本邦ではデュマ・フィスの原作タイトルに近い「椿姫」として親しまれている。ちなみに、私の高校時代の歴史だったかの女性教師が同じ綽名で呼ばれていた。そのココロは、教壇で喋ると唾液が飛んで、最前列の生徒が迷惑したことによる。(笑)

今回鑑賞したのは、1994年英国コヴェント・ガーデン王立歌劇場で行われた公演のDVDである。主役のヴィオレッタを当時新進気鋭のアンジェラ・ゲオルギューが務め、彼女の出世作となった歴史的な公演である。指揮はこの劇場の音楽監督を長年務めたゲオルク・ショルティで、彼が死去する僅か3年前のことであった。

独墺系が得意だったショルティがヴェルディ、しかも「椿姫」というのは意外な取り合わせのように思え、前奏曲が始まってあの厳つい顔がアップで映るとかなりの違和感を感じるが、実際にはオペラ指揮者としてヴェルディやプッチーニもレパートリーにしていたようだ。

パリ社交界の華として持て囃されていたヴィオレッタが、ある日純真な青年アルフレードの一途な愛を受け入れ、パリ郊外で彼との幸福な日々を過ごすようになるが、突然現れたアルフレードの父ジェルモンから、娘の縁談に差し支えるからと身を引くよう懇願される。このあたり何となく日本の人情劇のようであるが、見知らぬ娘の幸福と自らの境遇を天秤にかけたヴィオレッタはジェルモンの申し出を了承する。その後の紆余曲折を経て、最終的にはジェルモンも考えを改めアルフレードとの仲を認めるも時すでに遅く、肺結核に侵されていたヴィオレッタはこの世を去る。

このようにヴィオレッタの命運は大きく変遷していき、それに合わせたヴェルディの音楽も非常に振れ幅が大きい。この役を演じるソプラノには幅広い歌唱力、演技力が求められるが、ゲオルギューは期待に十分応えて見事な歌唱と演技を披露している。アルフレード役のフランク・ロパードは少し弱いが役柄にはピッタリ、ジェルモン役のベテラン、レオ・ヌッチはさすがの味わい深い演技を見せている。

蛇足ながら、コヴェント・ガーデンの習慣なのだろう、アリアや重唱が終わった直後の拍手喝采は一切なく、すぐに次の場面へと移行する。DVDで観る限り観客の反応は全く分からないが、舞台の歌手たちには雰囲気は伝わっているのだろう。舞台が一旦止まったまま中断することなく、ストーリー展開に集中できるメリットはあると思われ、これはこれで良き伝統なのだろう。

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2019/09/08

歌劇「イル・トロヴァトーレ」

ヴェルディの中期3大傑作オペラの2つめ。メトロポリタンオペラ2015年公演のライブビューイングで鑑賞。

タイトルは「吟遊詩人」の意で、騎士で吟遊詩人のマンリーコとアラゴンの貴族ルーナ伯爵は、ともに女官レオノーラを愛する恋敵であるが(レオノーラが愛するのはマンリーコ)、実は二人は長年行き別れた兄弟であることを本人たちは知らない。ルーナ伯爵は幼い頃ジプシーに誘拐された弟の行方を長年探していて、一方、マンリーコはジプシー女アズチェーナの子供として育てられてきた。アズチェーナはかつて自分の母を先代の伯爵に火刑死させられ、その際誤って自分の子供も一緒に焼き殺してしまったことから、伯爵家に対する復讐の機会を窺っていた。

ルーナ伯爵は弟を誘拐した犯人と判明したアズチェーナと、その息子にして恋敵のマンリーコを相次いで捕らえる。レオノーラは自分の命と引き換えにマンリーコを助けようとするが、それを知って激昂したルーナ伯爵がマンリーコを処刑した瞬間、アズチェーナは「あれ(マンリーコ)はお前の弟だったのだ。母さん、復讐は果たしたよ」と叫び、弟とレオノーラを同時に失ったルーナ伯爵が茫然とするなか幕が下りる。

ああ、ややこしい(笑)。MET幕間のインタビューでアズチェーナ役のドローラ・ザジックが、「イタリアのあるレストランに希少なワインがあって、本作の複雑な筋を説明できたらもらえる」という逸話を紹介していて、「確かまだお店にあるはず」と結んでいる。何もここまでややこしい筋にしなくてもいいようなものだが、復讐とか呪いとか三角関係というのはオペラに欠かせない道具立てで、それらを欠かさず盛り込んだ本作はオペラの中のオペラと言えるのかもしれない。

ヴェルディの音楽が素晴らしいことは言うまでもない。全篇華麗な歌また歌の連続で全く飽きさせることがない。このMET公演では、何といってもレオノーラ役のアンナ・ネトレプコが圧巻の歌唱で聴衆を魅了しているし、脳腫瘍で闘病中だったディミトリ・ホヴォロストフスキーがルーナ伯爵を熱演、影の主役とも言うべきアズチェーナ役を25年前のMETデビュー以来演じてきたザジックはさすがの貫禄を見せている。タイトルロールはヨンフン・リーというおそらく韓国出身のテノールで、線は細いながらもよく伸びる高音で健闘していた。

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2019/09/05

方丈記を読む

<ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとゞまりたる例なし。世中にある人と栖(すみか)と、またかくのごとし。>

あまりにも有名な文章で始まる鴨長明『方丈記』の全文を初めて読んでみた。高校の古文で抜粋版を学習したはずだが、この冒頭以外全く記憶になく、ただ、世の無常を悟った長明が山中にひと間だけの庵を構え、孤独な隠遁生活に安住の世界を見出すまでを記した随筆文学、という程度の理解で過ごしてきた。

そこまでは別に間違ってはいない。平凡社「世界大百科事典」の説明を引用する。

人と住家の無常を述べた序章に続き、その例証として長明が体験した災厄、すなわち安元3年(1177)の大火、治承4年(1180)の嶋風(竜巻)、同年の福原遷都、養和年間(1181‐82)の飢饉、元暦2年(1185)の大地震を挙げる。さらに俗世の居住は他を顧慮しなければならず心の休まることのないものであるといい、零落一方の自分の境涯を回顧して、遁世の後に仮のものとして構えた日野の外山の草庵で、かえって心の赴くままにすごせる現在の閑居のさまをよしとするが、

問題はこの後である。

末尾では一転して、その閑居に執着すること自体が往生のさまたげではないかと、みずからの遁世の実質を問いつめたまま、それに答えることなく〈不請(ふしよう)の阿弥陀仏〉を二、三遍となえるというかたちで全編の叙述を終える。

ここは全く予想外だった。彼は決して遁世すなわち隠遁生活を全面的に肯定しているわけではなかったのだ。この箇所を岩波書店「日本古典文学大系」の注釈を元に意訳してみる。

私の一生も終わりに近づき余命が少なくなっている。すぐに三途の闇という暗黒世界が待っている。今さら何を嘆こうというのか。仏の教えは「何事にも囚われるな」である。(仏の道から言えば)この草庵を愛するのも罪なら、閑寂に囚われるのも障害だろう。何で役にも立たない楽しみを述べ立てて、大切な時間をむだにしようぞ。

どんでん返しというのか、最近の推理小説ばりに「ラスト1頁で衝撃の事実が明らかに!」というのか。長年の試行錯誤を経て辿り着いた隠遁生活に一旦は満足し、それを賛美しておきながら、今度はそれに執着している自己を客観視、疑問視しているのである。

そして、その執着の原因はどこにあるのか自分自身に問いかけたが、心は何も答えることなく、ただ、心の要求からではない念仏を二三回唱えるだけだったとして、この随筆を終えている。

この箇所の解釈については、閑居賛美のための周到な韜晦とする説、「維摩一黙」を踏まえたものとする説など諸説あるそうだが、いずれにしても透徹した自己観照ないし自己批判がそこにあることだけは間違いないだろう。

翻って、最悪のケースを覚悟しつつ、今はオペラなどの音楽鑑賞やブログ執筆に多くの時間を費やしている自分であるが、それはそれで一つの執着ではないのか。それだけに囚われるのは良いことなのか。仏の道に帰依するつもりなどサラサラないけれど、大先輩に見習って自分を客観視し、自己批判することを忘れてはならないと思う。

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2019/09/02

歌劇「リゴレット」

Rigoletto_20190902111601ヴェルディ中期の傑作オペラ。今回視聴したのは歌劇場の公演ではなく、オペラの舞台となったマントヴァなどで撮影された映像に音楽をつけた「オペラ映画」とも言うべきもの。パヴァロッティ、グルベローヴァ、ヴィクセル等の名歌手を揃え、シャイー指揮ウィーンフィルの音楽、ポネル演出と、大変贅沢な顔ぶれで製作されたものである。

ただ、ストーリー的にはどうにもついていけなかった。好色で狡猾なマントヴァ公爵。毒舌の道化役リゴレット。その清純な娘ジルダは公爵に騙される。どの人物にも感情移入どころか、心情理解すらできず、おまけにキーワードが「呪い」というのだからお手上げだ。

しかし、音楽は文句のつけようがないほど素晴らしい。有名な「女心の歌」や、様々な組み合わせの二重唱、大詰めでの四重唱など、緊迫感を増しながらドラマを盛り上げていく。端的に言って、この作品の魅力の大部分はその音楽にあるのだと思う。

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