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2019/05/03

京街道を走る その4(牧野~枚方)

4月28日、京街道の後半、京阪牧野駅から大坂高麗橋までの28キロ弱を走った。午前10時過ぎに牧野駅前を出発。住宅街の狭い道路を進んで京阪電車の踏切を渡り、三栗(めぐり)交差点で一旦横断した府道13号にすぐ合流する。京阪御殿山駅を過ぎ、磯島交差点で府道から分かれて旧道を進むと天野川に突き当たる。往時は川越え人足が常駐していたが、現在は下流側の府道に架かる鵲橋(かささぎばし)を渡り、再び街道筋に戻ったところが枚方宿の東見附に当たる(写真奥の堤防下)。近くの旧家からご当主夫妻と思しき男女がちょうど外出されるところだった。

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ここからが枚方宿エリアとなり、京阪枚方市駅近くの「宗佐(そうざ)の辻」に文政9年の道標が残る。「右大坂ミち」「右くらじたき(倉治滝) 左京やわた」などと刻むが、裏側の願主4名の名前の上に、一般には明治以降の表記である「大阪」とあるのは珍しい。

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賑やかな駅前を過ぎると、旧街道の雰囲気が多少残っている。写真では分かりにくいが、沿道の家よりも街道が数センチ高くなっているのは、大名行列が通るたびに砂を撒いて道を整備した名残だという。大名が泊まった本陣の跡は、今は何の変哲もない公園になってしまっている。

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さらに進むと、船宿「鍵屋」の建物が現存し、資料館として公開されている。入館料を取るので当然パスしたが(笑)、外観からでも「鍵屋浦には錨が要らぬ 三味や太鼓で船止める」と謳われた当時の賑わいを窺うことが出来た。

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この先が枚方宿西見附で、遠方にひらかたパークの観覧車を望みながら西に向かうと、街道から少し外れたところに「水面廻廊(みなもかいろう」と称する河川公園が整備され、三十石船のミニチュアが浮かんでいた。

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この先、京阪の駅名にもなっている光善寺の門前を通り、やがて淀川左岸の堤防に上がる。この下に秀吉の文禄堤が埋まっているのだろうか。右下の河川敷の道路は、その昔に出場した「ひらかたハーフマラソン」のコースになっていた。

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この後は単調な堤防道が続き、レースでなくとも結構辛いものがある。寝屋川市に入って淀川新橋、さらに鳥飼仁和寺大橋を潜った後、一旦京阪国道に出てラーメン屋で塩分補給する。再び堤防道に戻り、守口市に入って鳥飼大橋を潜った先でようやく堤防から降りて市街地に入ると、間もなく守口宿エリアとなる。

その5に続く。

5月2日 ジョグ10キロ

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