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2019/04/24

京街道を走る その2(伏見~八幡)

昼食後の腹ごなしを兼ねて、伏見宿内は歩いて見て回る。油掛通に「電気鉄道事業発祥の地」という碑が建つ。銘文によれば、「明治廿八年二月一日京都電気鉄道株式会社は京都市下京区東洞院通東塩小路踏切(旧東海道線)南側から伏見町油掛通まで電気鉄道を我国において初めて開業した」とある。

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ここから少し南下すると京橋だが、その手前を東に入ったところで寺田屋旅館が今も営業中である。京三条通の金蔵寺で内祝言を挙げた龍馬とお龍は、ここで大変な災難に見舞われたわけだ。

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京橋の袂には船着き場を復元した小公園があり、伏見観光の目玉となっているようだが、なぜか野良猫が数匹たむろしていた。

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ここから川べりの遊歩道を西に進むと、三方からの歩道が川の上で出会う珍しい形の橋が架かっている。その名も「伏見であい橋」といい、映画『君の膵臓をたべたい』でロケに使われた場所である。映画では桜が満開だったが、すでにほとんど散っていた。

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この下を流れる濠川(ほりかわ)に沿って下流に向かうと、宇治川との合流地点手前、伏見港公園付近で屋形船に遭遇した。観光客向けに定期運航している十石船と思われる。

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まもなく、宇治川の広い河川敷に突き当たり、ここから淀までは土手上の単調な道のりが続く。

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この先、現在の宇治川は京都競馬場の南側を流れるが、明治期の付け替え以前はその北側を流れ、納所(のうそ)交差点の先で桂川に合流していた。今の京阪電車、府道124号はその右岸に相当する。地図は宇治市歴史資料館編『巨椋池』による。

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府道と並行して小高くなった別の道が残るのはその名残か。付近には「淀小橋跡」や「唐人雁木旧跡」といった、ここを旧宇治川が流れていたことを示す遺跡が残る。この付近からが淀宿のエリアとなるが、その風情を窺わせるものは何も残っていない。ただ、旧街道と競馬場という取り合わせは、東海道品川宿付近の大井競馬場、鳴海宿付近の中京競馬場でもあった。街道と馬というのは、やはり何かしらご縁があるのだろう。(笑)

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淀宿を出ると府道15号を横断するが、これは付け替え前の旧木津川の右岸にあたり、川はこれに沿って北西に流れて桂川に合流していた。少し進んで、もと左岸の辺りから振り返ってみると、確かにそれらしき高低差がある。前方の住宅街は明治以前は河川敷だったわけだ。この付近は現在でも市区境界が変則的に入り組み、八幡市飛地があったりするのはその名残だろう。

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この先で八幡市に入る。往時の街道は旧木津川を渡ったあと、今の京阪橋本駅付近までまっすぐ続いていたと思われるが、現在は付け替え後の宇治川、木津川にかかる御幸橋を続けて渡る。その合流地点にある背割堤は見事な桜並木が有名で、そこに平成29年春、「淀川三川合流域さくらであい館」が完成した。

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地上25メートルの展望塔があり、背割堤を眼下に一望することが出来る。お花見の時期は有料だが、この日はもう無料になっていたので上がってみた。木津川(左)と宇治川(中央)の間にあるのが背割堤で、右奥に見えるのが桂川の左岸堤防である。窓ガラスに内部が映り込んでいるけれど、一部は吹き抜けになっていて、ランニングの格好では長く居られなかった。

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その3に続く。

4月23日 ジョグ10キロ

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