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2019/03/31

『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』

Okan 2007年、製作委員会。松岡錠司監督。オダギリジョー、樹木希林、松たか子ほか。映画.com の紹介文。

1960年代、オトンに愛想を尽かしたオカンは幼いボクを連れ、小倉から筑豊の実家に戻ると、妹の小料理屋を手伝いながら女手一つでボクを育てた。1970年代、15歳となったボクは大分の美術高校に入学、オカンを小さな町に残し下宿生活を始めた。1980年代、ボクは美大生となり憧れの東京にやって来るが、仕送りしてくれるオカンに申し訳ないと思いながらも学校へもろくに行かず自堕落な日々を送ってしまう。留年の末どうにか卒業したものの、その後も相変わらずフラフラした生活を送るボクだったが…。(引用終わり)

リリー・フランキーの自伝的要素の強い同名小説を映画化。若い頃さんざん母親に迷惑をかけた息子が、母親の最期を前に一生分の親孝行をする。その姿を見て、これも妻をさんざんな目に遭わせてきたオトンまでもが、静かにその最期を看取ることになる。

自身、癌のため昨年死去した樹木希林が、抗癌剤の副作用に苦しむシーンは胸が詰まった。そう言えば、彼女も夫内田裕也と長年別居していたのだった。二人の娘内田也哉子がオカンの若い頃を演じていて、もう本当に本人の若い頃としか思えない。

脚本は松尾スズキ。また、寺島進、小泉今日子、仲村トオル、板尾創路、六角精児、宮﨑あおい、柄本明といった有名俳優陣がチョイ役で続々と登場するのには驚いた。

3月30日 ジョグ10キロ
月間走行  164キロ

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2019/03/28

ベートーヴェン ピアノソナタ全集

4781821 1992年から96年にかけて録音された、アルフレッド・ブレンデルによるベートーヴェンのピアノソナタ全32曲を初めて通して聴いた。だいぶ前に全集盤を買い求めていたが、3大ソナタなどを適当に摘み聴きしていた程度で、せっかく全集を買った意味がない状態が続いていた。迫力ある音響や多彩な音色の変化を楽しめる管弦楽曲に比べ、ピアノ1台による演奏では飽きるという先入観があり、なかなか手に取る機会がなかった。

今になって考えると、スピーカー買い替え以前の再生環境では、本来のピアノの音が鳴っていなかったという気がする。弦楽器や管楽器と違い、打鍵した瞬間から減衰するピアノの音の再生は特有の難しさがあるのだろう。さらに、同時に奏でられる複数の音が楽器の筐体内で相互に共鳴し、あるいは干渉して生まれる非常に複雑な音空間を再現するのは容易ではない。

しかし、それがきちんと再生されなければピアノ音楽を十分に楽しむことは出来ないし、ましてや作曲当時まさに発展途上にあったピアノという楽器の可能性を極限まで追求したベートーヴェンの意図を聴き取ることは難しかろう。

それが昨秋以降スピーカーを新調してアンプのメンテをして以来、再生音のクオリティが飛躍的に向上し、ピアノについてもこれまでとは次元の異なる音質で再生されるようになった。ピアノの音は決して平板なものではなく、艶と深みをもった音色は奏者のタッチによって千変万化し、立体感や奥行きのある残響となってホールを満たす。これまで聴いていたのは一体何だったのかという思いだ。

というわけで、もちろん一気にではないけれど、全32曲を通して聴いていて、全く飽きるということがなかった。まだハイドンやモーツァルトの影響を脱していない初期の作品から、次第に彼自身の語法を確立し、楽曲構成においても様々な革新的試みを続け、ついには後期のソナタにおける高みに到達した彼の創造の過程を、たいへん興味深く辿ることが出来た。

次は弦楽四重奏曲全集に挑戦しようと思っている。どんな発見があるだろうか。

3月26、28日 ジョグ10キロ

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2019/03/25

何を今さらフォームの修正

先々週から先週にかけて、いつもは公苑を4周、10キロ走るジョグが8キロになっていた。途中から右膝の腸脛靭帯辺りに違和感が出て、大事をとって3周目で切り上げていたのだ。今月上旬に久々の40キロLSDをやった後遺症かもしれないが、その直後のジョグでは何ともなかったというのに。

先週22日も「なぜだろう」と考えながら走っていて、ふとこの痛みは昔経験したのに似ていることに思い至った。このブログを始めた頃、ボストンマラソンの後遺症と思われる左膝の痛みが、実は間違ったランニングフォームが原因だったのを発見し、骨盤前傾を意識したフォームに修正したら痛みがなくなり、その後の自己記録更新に繋がった経験である。

もうレースから引退し、ペースがどうのタイムがどうのという走りをしなくなって、フォームを意識しなくなっていたのだろう。知らず知らず、ボストン以前のそっくり返ったような体勢に戻っていて、その結果また膝を痛めてしまったというわけだ。14年前のことを思い出し、ただちにフォームを修正したら、それ以降違和感は収まり、無事4周目も走り切れた。

本当にもう何を今さらだけれど、今後も街道走りや廃線ランを楽しむため、また健康維持のため走り続けるには、やはり正しいフォームで走り続けるに越したことはない。

(追記)
ココログリニューアルの不具合により、前の投稿では行間が空いてみっともなかったので新たに書き直し、前の記事は削除することにしました。頂いたコメントも同時に削除せざるを得ませんでしたのでご了承願います。

3月24日 ジョグ10キロ

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2019/03/22

『スプリット』

Splitdvd_1 2017年、米。M.ナイト・シャマラン監督。ジェームズ・マカヴォイ主演。アマゾンの紹介文。

友人のバースデーパーティ帰り、車に乗った3人の女子高生。見知らぬ男が乗り込んできて、3人は眠らされ拉致監禁される。目を覚ますとそこは密室…彼女たちはその後、信じがたい事実を知る。ドアを開けて入ってきた男はさっきとは違う異様な雰囲気で、姿を現す度に異なる人物に変わっていた―なんと彼には23もの人格が宿っていたのだ! そして、さらに恐るべき24番目の人格が誕生すると、彼女たちは恐怖のどん底に。3人VS<23+1>人格。果たして、3人は無事に脱出できるのか!?(引用終わり)

シャマラン監督作品は出世作となった『シックス・センス』以来、大半の作品を観てきたが、『エアベンダー』で大コケして以来ご無沙汰だった。緻密なカメラワークや重厚な音楽により、彼独特の作品世界を作り上げている割には、肝心のストーリー設定が常人離れしているというか、肩透かしを喰らう場合が結構多いのだ。そこがシャマランのシャマランたるゆえんかもしれないが。

本作は解離性同一性障害(DID)で治療中の男が、ある時は潔癖症の男、ある時は女性、またある時は9歳の子供という具合に、登場するたびに人格を変え、誘拐した3人の女子高生の前に現れるという、一種のサイコサスペンスものである。主演のマカヴォイがとても同一人物とは思えないくらい、それぞれの人格を演じ分けているのに驚くが、それらの人格の元であるケヴィン本人も、そしてヒロインである女子高生の一人ケイシーも、過去に癒しがたい心の傷を負っていることが次第に明らかになっていく。

24番目の人格ビーストが登場してからはホラー映画の趣となり、最後は意外な結末が待ち構えているのはシャマラン作品の常道だが、実は本作は彼の過去のある作品とともに、今年1月公開の『ミスター・ガラス』に収斂していき、全体で三部作の構成となっていることが判明する。当地での劇場公開は既に終了しているので、DVD化されたら観てみようかな。というわけで、またシャマランの術中に嵌ってしまいそうだ。(笑)

3月20日 ジョグ8キロ
3月22日 ジョグ10キロ

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2019/03/19

当世結婚式事情

16日土曜日は大安吉日。家内の姪の結婚式のため、日帰り強行軍で東京まで出かけた。その兄に当たる甥の時以来、約10年ぶりの結婚式参列となったが、最近はずいぶん様変わりしているのを実感した。

昭和末期の自分の時との比較で言えば、
・会場はシティホテルのビルの中から、屋外庭園を備えた婚礼専門施設へ
・挙式は神主や神父が仕切る形式から、本人たちの宣誓や署名による人前式へ
・媒酌人を立てず、職場の上司も全く招待せず
・来賓のスピーチや余興、ウェディングケーキ入刀、キャンドルサービスもなし

親族以外は全て友人または同僚で、披露宴の最中も彼らが自由に高砂席(この言葉自体が古いのか)に押しかけ、新郎新婦にお酌をしたり写真を撮りまくっている。早い話、かつては披露宴がお開きになった後に友人だけで集まった二次会に、いきなり突入したような趣なのだ。

還暦を過ぎたオジサンはカルチャーショック、ジェネレーションギャップを感じたが、考えてみれば、結婚式とは二人を心から祝福してくれる人たちが集い、語らう場であるとすれば、これが正しいのかもしれない。宗教的、慣習的な儀礼とか、たまたまその時上司であるに過ぎない人間の型通りの挨拶とか、考えてみればどうでもいいことなのだ。

何はともあれ、若い二人に幸多かれと願う気持ちだけは、昔も今も変わりない。

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3月18日 ジョグ8キロ

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2019/03/16

シュミット=イッセルシュテットのベートーヴェン交響曲全集

Uccd7053昨年秋にドホナーニ指揮クリーヴランド管による全集を聴いたが、今度はさらに時代を遡って、1960年代後半に収録された、ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮ウィーンフィルによる全集を通して聴いてみた。このコンビの「田園」は、自分にとっての「刷り込み盤」というか、いまだこれ以上の演奏に接したことがないくらいの名演だが、それと第九以外の交響曲は聴いたことがなかったのだ。

ウィーンフィルが一人の指揮者とベートーヴェンの交響曲全曲の録音をしたのは、実はこのシュミット=イッセルシュテットが初めてだったそうだ。そう言えば、EMIから出ていたフルトヴェングラーの全集盤も、第8番はストックホルムフィル、第九はかのバイロイト祝祭管との録音であった。

総体的に言うと、独墺系の伝統に根差した、正統派で模範的なベートーヴェン演奏である。しかし、決して教科書どおり四角四面の演奏というのではなく、ここぞというメロディは弦を中心に思い切り歌わせ、またメロディよりもむしろ対旋律を引き立たせたりと、ハッとさせられるような箇所も多かった。

そうした演奏は、ウィーンフィル楽員たちの自発性あってこそだろう。指揮者の統率下、一糸乱れぬアンサンブルを聴かせるというより、指揮者と楽員間の丁々発止の遣り取りはスリリングであり、いかにも生身の人間がやっているという、生命力に溢れた演奏となっている。ベートーヴェンがよく用いる con brio (生き生きと)という曲想標語は、彼の音楽の本質を突いた言葉でもあると思うが、ここで展開されているのは、まさに「con brio の音楽」なのである。

また、特筆すべきは英デッカによる録音の優秀さで、とりわけ弦楽器の艶のある音色が生々しいくらいのクオリティで再現されている。第九の終楽章、歓喜の主題が提示されるところでは、チェロとベースがはっきり聞き分けられる。ただ、入手したCD固有の問題かもしれないが、最後に録音された第7番は低音がやたらと誇張され、また雑音も多くて、今日的レベルでは鑑賞に堪えない。カップリングされた第8番が、演奏録音とも最高の出来だけに残念なことだ。

3月14日 ジョグ8キロ

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2019/03/13

『幼な子われらに生まれ』

Osanago2017年、製作委員会。三島有紀子監督。公式サイトの紹介文。

バツイチ、再婚。一見良きパパを装いながらも、実際は妻の連れ子とうまくいかず、悶々とした日々を過ごすサラリーマン、田中信(浅野忠信)。妻・奈苗(田中麗奈)は、男性に寄り添いながら生きる専業主婦。キャリアウーマンの元妻・友佳(寺島しのぶ)との間にもうけた実の娘と3カ月に1度会うことを楽しみにしているとは言えない。
実は、信と奈苗の間には、新しい生命が生まれようとしていた。血のつながらない長女はそのことでより辛辣になり、放った一言―「やっぱりこのウチ、嫌だ。本当のパパに会わせてよ」。今の家族に息苦しさを覚え始める信は、怒りと哀しみを抱えたまま半ば自暴自棄で長女を奈苗の元夫・沢田(宮藤官九郎)と会わせる決心をするが・・・。(引用終わり)

重松清の同名小説を映画化。主人公と目される信をはじめ、妻・奈苗も、その元夫・沢田も、信の元妻・友佳も、いわゆる「理想的な」夫や妻ではない。そんな彼らのせいで「つぎはぎだらけ」の家庭で育つことになった子供たちこそ、この映画の本当の主人公なのかもしれない。

「本当のパパ」に会いたがっていた長女との確執は、一見落ち着いたようでありながら、実は最後まで解消されていない。そんな中で信と奈苗の間に出来た赤ちゃんが生まれる。その瞬間の信の表情をアップで映したまま映像は静止し、いかにも消化不良のままで本作は終わっている。

この家族はこれから先どうなるのか。家族とはいったい何のためにあるのか。血が繋がっていなくても家族は家族なのか。「友達」との違いは何なのか。そうした諸々の宿題を観るものに突き付けているようなエンディングだ。

作中、友佳が信のことを評して言ったセリフが心に刺さった。

   「理由は聞くくせに 気持ちは聞かないの あなたって」

ところで、信たち家族が住むマンションは「斜行エレベーター」で昇っていく高台にある。どこかで見たことがあると思っていたら、ロケが行われたのは西宮名塩ニュータウンで、そこの斜行エレベーターは中国自動車道からも見えるのだ。

3月12日 ジョグ10キロ

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2019/03/10

『gifted/ギフテッド』

Gifted_22017年、米。マーク・ウェブ監督。クリス・エヴァンスほか。KINENOTE の紹介文。

フロリダの小さな町。独身男のフランク(クリス・エヴァンス)は、生意気ざかりの7歳の姪メアリー(マッケナ・グレイス)、片目の猫フレッドと一緒にささやかな生活を送っていた。その小さな幸せは、メアリーの天才的な才能が明らかになったことから揺らぎ始める。メアリーの特別扱いを頑なに拒むフランクの前に母イブリン(リンゼイ・ダンカン)が現れ、孫のメアリーに英才教育を施すため、フランクから引き離そうとする。だが、フランクには亡き姉から託されたある秘密があった。メアリーの幸せは、一体どこにあるのか……? そして、フランクとメアリーはこのまま離れ離れになってしまうのか……?(引用終わり)

原題の gifted は「(才能などに)恵まれた」という意味であるが、周囲を驚嘆させるような才能に恵まれたとしても、それが当の本人にとっての幸運や幸福を意味するとは限らない。

天賦の才と引き換えに、精神のどこかに異常を抱えるという場合もあるだろうし、何より親や教師の過剰な期待に圧し潰されることもあるだろう。感受性を育むべき幼少期や、多感な思春期にあるとすればなおさらだ。

そうした期待をかける側の祖母イブリンと、普通の子供らしく育てたいと考える叔父フランクの対立を軸に物語が展開していく。そこにメアリーが通う学校の女性教師ボニー、メアリーの飼い猫フレッドが、終盤にかけて意外に大きな役割を演じることになる。

さらに、メアリーの母でフランクの姉のダイアンが、既に故人となっていて作中一度も登場しないにもかかわらず、イブリンとフランクの対立に終止符を打ち、メアリーの将来を決定づけることになる、ある業績を遺していたことが明らかになり、観る者に静かな感動をもたらす。

3月8、10日 ジョグ10キロ

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2019/03/07

『生きる』

Ikiru1952年、東宝。黒澤明監督。志村喬主演。allcinema の紹介文。

市役所の市民課長・渡辺勘治は30年間無欠勤のまじめな男。ある日、渡辺は自分が胃癌であることを知る。命が残り少ないと悟ったとき、渡辺はこれまでの事なかれ主義的生き方に疑問を抱く。そして、初めて真剣に申請書類に目を通す。そこで彼の目に留まったのが市民から出されていた下水溜まりの埋め立てと小公園建設に関する陳情書だった……。(引用終わり)

黒澤作品をちゃんと観たのは、実は今回が初めてである。日本映画界最高の巨匠だとか、「世界のクロサワ」だとか、大仰な言葉で評価されるものへの本能的な抵抗があったけれど、まあ死ぬまでに一度観ておいてソンはないかと思った。

それまで、事なかれ主義を地で行くような公務員だった主人公が、当時は不治の病とされた胃癌に侵されていると知ってから、初めて人生の意義を知り、残された余命を懸命に生き切ろうとする。まもなく死ぬと分かってはじめて、彼は「生きる」ことが出来たのだ。背後で流れるハッピーバースデーの歌が象徴的だ。

その皮肉だけでも痛切極まるが、彼の通夜の席で語り合ううちその功績を痛感し、彼に倣って市民への貢献を誓い合ったはずの同僚たちが、現実の職場に戻るとあっさり旧弊に復してしまうという、さらに強烈な皮肉で映画のラストが締めくくられている。

ところで、だいぶ前に観た『最高の人生の見つけ方』という洋画も、余命半年を宣告された主人公2人の生き方を扱った作品だったが、やりたい放題の享楽を尽くすところまでは本作と共通しているものの、今まで真剣に取り組んでこなかった仕事に本腰を入れる、なんていうことには絶対にならない。そこは日本と欧米の文化や労働観の違いなのだろう。

3月5日 LSD40キロ

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2019/03/04

PayPay 始めました

Img_20190302_102948_8新しいもの、流行りものには極力手を出さない主義の自分だが、ある必要からQRコード決済なるものを利用することになった。毎週のように行っている食品総合スーパーが、このたび PayPay を導入したためである。

この店は従来は現金支払いのみで、クレジットカードや電子マネーなどに一切対応していなかった。それでも、今年10月から実施される消費税増税対策のポイント還元に対応するためだろうか、追加経費がかからないとされる PayPay を最近になって導入したのだ。

当方としても、現金で支払うよりは、決済するクレジットカードのポイントがつき、更には PayPay 残高にも0.5%の還元があるということならと、主義主張を枉げて容れることにしたというわけだ。(笑)

スマホやタブレットにアプリを入れて、クレジットカードとの紐づけをすれば、すぐに利用することが出来る。現在は特典として新規登録だけで500円、さらに総額100億円に達するまで、利用金額の一部(一般のクレジットカード決済の場合は10%)が還元されるキャンペーンが実施されている。PayPay の回し者ではないけれど、利用する店舗の決済手段が限られているのであれば使わない手はないと思う。

3月3日 ジョグ10キロ

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2019/03/01

『アイランド』

Island2005年、米。ユアン・マクレガー、スカーレット・ヨハンソン他。アマゾンの紹介文。

2019年、リンカーンは大気汚染から救いだされ、完璧に管理された味気ない都市空間のコミュニティで暮らしている。安全で快適だけれど、退屈な日々。唯一楽しみは女性の居住棟で暮らすジョーダンとの心はずむ会話だけ…。ここで暮らす人々の夢は、地上最高の楽園「アイランド」へ行くこと、ときどき行われる抽選会が彼らの最大の関心事だ。
しかしリンカーンはある日ふとしたことから、この都市空間の恐るべき真実を知ってしまう。逃げることだけが生き延びる手段と知った彼は、ジョーダンとともに決死の脱出に挑む! 二人を捕獲するために組織された大規模なセキュリティーチームの容赦ない追跡、陸・空を駆け巡る息詰まる攻防! 果たして彼らは、生き残るために、そして仲間を救うために逃げ延びることができるのか!?(引用終わり)

本作が製作された2005年時点では「近未来」とされていた2019年に既に入ってしまっている。この映画で描かれたようなことは現実になっていないものの、最近も世界中に大きな衝撃をもたらした出来事が中国で起きたばかりだ。

これだけでは何のことか分からない(笑)。以下はネタバレを含む感想である。

2月27日 ジョグ10キロ
月間走行 150キロ
3月 1日 ジョグ10キロ

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