北陸本線旧線(杉津線)ラン その1
4日の日曜日、北陸本線敦賀・今庄間の旧線、通称杉津(すいづ)線を走った。この区間の旧線は当時の鉄道の限界と言われた25パーミル(1000分の25)という急勾配が連続し、また最小曲線半径360メートルという難所であった。そのため、米原・富山間の複線電化工事の一環として北陸トンネルが建設され、昭和37年6月の同トンネル開通をもって旧線は廃止となったものである。
旧線跡は国道、県道などに転用され、地元住民の生活道路として活用されている。10箇所のトンネルは当時のままの姿で残り、国の登録有形文化財に指定されている。また、山中信号所付近ではスイッチバックの痕跡を見ることができる。
午前10時前、敦賀駅前をスタート。北陸特有のどんよりした空が広がり、細かい霧雨が降っている。駅舎は以前はもっと寂れた感じだったと記憶するが、最近リニューアルされたようである。
駅前の市街地を抜けたところで、道路を横切る線路の跡を発見。全くノーマークだったが、後で調べると旧敦賀港線の踏切跡であることが判明した。
国道476号に入って北陸本線の現在線と並んで走ると、北陸トンネル入り口の近くに北陸隧道碑がある。碑に記された建設経緯の説明文は、淡々とした文体ながらも、鉄道史に残る大事業をやり遂げた誇りを感じさせる。
旧線跡の国道はここで現在線と分岐し、高架の北陸自動車道を縫うようにして緩やかな登り坂を進んでいく。
やがて最初のトンネル、樫曲(かしまがり)トンネルが見えてきた。国道が南側に迂回したあとも、古いトンネルが破壊されずに残っているのは喜ばしい。ただ、いかにも後から付けましたというランプ風の照明がやや興醒めではあるが。
次の獺河内(うそごうち)トンネルは拡幅されて当時の姿をとどめない。国道にはほとんどの所で歩道がなく、この辺りから雨が次第に本降りになってきて、ちょっと辛いものがあった。やがて最初の駅、新保駅跡に到着。道路の向こう側で小高くなったところはスイッチバックの痕跡かもしれない。
この先で国道から分岐、なおも北陸自動車道と並行する田舎道を行くと、葉原トンネルの入り口が見えてきた。ここにもスイッチバックがあったそうで、左側の小高くなったところがその痕跡かもしれない。
トンネルは全長979メートル。片道交互通行のため信号が設置されている。当然、自動車の速度を前提に時間設定されているので、人間が走ったのでは間に合わないけれど、幸いこの後のトンネルも含めて、トンネル内で自動車と遭遇することは一度もなかった。
続いて鮒ケ谷トンネル、曽路地谷トンネルを通過。同じような外観なので写真は省略するが、後者はトンネル内に照明がなく、手持ちの小さなLEDライトだけを頼りに走るのはかなり怖かった。
曽路地谷トンネルを抜けるとすぐ、北陸自動車道杉津PAがあり、地道側からも入場することが出来る。地元の従業員のためだろうか。ここが2番目の杉津駅の跡で、眼下には敦賀湾の眺望を楽しむことができる…はずだったが、生憎の雨でまったく何も見えない(泣)。
しかし、ここ以外にコンビニはおろか、自販機1台もないコースにあって、ほぼ中間点にあるこのPAは貴重なエイドステーションとなった。(続く)
11月6、8日 ジョグ10キロ
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