« 伊勢街道を走る その2(白子~津) | トップページ | 伊勢街道を走る その4(松坂~伊勢) »

2018/10/27

伊勢街道を走る その3(津~松坂)

3日目はJRで松阪駅から高茶屋駅まで戻ってから街道走りを再開。いつも思うことだが、電車で移動していると10キロほどの距離がとんでもなく遠く感じられ、これからその3倍の距離を走るのかと思うと少し気持が萎える。

JRの踏切を渡るといきなり田畑の中の一本道である。雲出(くもず)川を渡る手前が雲出宿のエリアであるが、ここも宿場の痕跡はほとんどない。僅かに「神明道」と刻まれた古い道標が打ち捨てられたように佇んでいる。

Ts3r0070

雲出川を渡ってしばらく進むと、「北海道」の名付け親である松浦武四郎の生家が保存、公開されている。入場料を取るので当然パスだけれど(笑)、玄関先から少しだけ中を覗いてみた。

Ts3r0072

さらに南下すると、「右からすみち」などと刻む文政4年の道標がある。海岸近くにある香良洲神社への参詣道を案内している。この先にも香良洲道道標はいくつかあり、伊勢街道からの分岐点が複数あったようだ。

Ts3r0074

すぐ先の月本追分には、「右いかこ江なら道」「右さんくうみち」などと骨太の書体で刻む、天保13年建立の大きな道標が立つ。伊賀越え奈良街道との分岐点に当たる。

Ts3r0075

中道公会所の前にある道標は、上部に丸い穴が開けられた珍しい形状をしている。

Ts3r0083

JR六軒駅前を通過して、三渡川を渡る。ここも橋の架け替え工事をしていて、南詰めにあるはずの初瀬街道との分岐点を示す道標は見当たらなかった。どこかに移設されているのだろう。この辺りにも趣のある旧家が並ぶ。

Ts3r0088

市場庄にある宝暦元年の古い道標。「忘井之道」とあり、天永元年の斎王群行に同行した官女甲斐が詠んだ和歌

  別れゆく 都の方の恋しきに いざ結びみむ忘井の水

に詠まれた井戸への道を示す。ただし、この井戸はもう埋まったようである。

Ts3r0089_2

かと思うと、こんなひどい仕打ちに遭っている道標も。行政当局がこんなことをするとは…。お天道様に罰せられますぞ。(怒)

Ts3r0090_2

南北朝時代から続く名家、舟木家の長屋門。海鼠壁が特徴的だ。平成も終わろうかという現在まで残り、今なお末裔が住まわれているらしい。

Ts3r0092

その先の曲がり角にある「山神(やまのかみ)」。伊勢地方特有のもので、春になると山から里に下りてきて田の神となって農作物の実りをもたらし、秋になると山に戻るのだという。

Ts3r0093_2

まもなく街道は松坂宿エリアに入る。その手前、阪内川手前にある須川屋金物店。相当年季が入っているが、今なお現役で営業中だ。

Ts3r0095

10月25、27日 ジョグ10キロ

|

« 伊勢街道を走る その2(白子~津) | トップページ | 伊勢街道を走る その4(松坂~伊勢) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/95622/67304058

この記事へのトラックバック一覧です: 伊勢街道を走る その3(津~松坂):

« 伊勢街道を走る その2(白子~津) | トップページ | 伊勢街道を走る その4(松坂~伊勢) »