カラヤン最高の名録音
音楽ネタをもうひとつ。先日、フォノカートリッジを買い替えて試聴した際、カラヤンがベルリンフィルを指揮した、チャイコフスキーのバレエ組曲「白鳥の湖」を聴いた。LPとCD、同じ音源のディスクで比較してみたというわけなのだが、改めてこの録音の凄さに気づかされた。
中でも1曲目の「情景」は、これまで自分が聴いたカラヤンの録音の中で、最も素晴らしいというか、最もカラヤンらしい名録音だと思う。オペラの序曲や間奏曲など、小品でも全く手を抜かないどころか、小品になるとその芸が一層冴える、カラヤンの面目躍如といったところだろう。
「バレエ」というと必ず登場する、あまりにも有名なメロディで始まる、僅か3分ほどの短い曲。「何をいまさら。こんなの誰が振っても同じ」と、並みの指揮者なら思いかねないところ、カラヤンは違う。最初から最後まで気迫に満ちた真剣勝負を繰り広げるのだ。
まず、「つかみ」が見事だ。ヴァイオリンとヴィオラのトレモロ、それにハープのアルペジオ。冒頭わずか1小節だけで室温が4、5度下がり、霧の立ち籠める北国の湖の風景が現れる。そこに浮かび上がるように、オーボエソロが白鳥のテーマを切々と奏でる。5、6小節目のハープの細かい音型は湖面を吹き渡る冷たい風のようだ。
ところで、このオーボエソロはローター・コッホの演奏だとずっと思い込んでいたが、ネットで調べてみるとカール・シュタインスとする記事があり、その可能性もありそうだ。いずれも名人というにふさわしい奏者であることは間違いない。特に、10小節目アウフタクトからの後半では、クレシェンド、デクレシェンドに応じて微妙にテンポを揺らし、緊迫感をさらに強めている。
19小節目からはトゥッティ(総奏)でテーマを繰り返す。前半は荘厳なホルンの響きが、鬱蒼とした北国の森林風景を思わせる。後半は木管の3連符に乗って、ヴァイオリンとヴィオラが情熱的に、うねるような節回しで歌い、聴く者の心を鷲掴みにする。一歩間違えると低俗趣味に陥りかねない、そのギリギリ手前で踏みとどまるのがカラヤンの「芸」である。
テーマの終わりから3連符による経過的な部分に入り、次第に高潮していく。ff の42小節からの金管楽器群の掛け合い(特に3連符!)は、まるでブルックナーの交響曲のような迫力である。52小節目以降、fff で白鳥のテーマが再現されクライマックスを迎えるが、その轟然たる音響は聴く者を圧倒する。60小節目で再び冒頭の霧の湖畔の風景に戻り、余韻を残して曲は終わる。
一篇の壮大な音楽ドラマを聴き終えたような感覚になり、これ1曲でお腹いっぱいになるのだが、演奏時間は僅か2分43秒でしかない。自分はこの演奏を聴くたびに、「邯鄲の夢」という中国の故事を思い出すのである。
6月5日 ジョグ10キロ
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