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2018/05/07

「地続き」その2

もうひとつは、時間的・歴史的な意味においての「地続き」である。東海道、中山道などいわゆる五街道は、慶長年間に入って徳川家康によって整備されたもので、それまで自然発生的に形成された古道をベースに、宿場や一里塚、松並木などを設け、いわば当時の幹線国道として再整備したものだ。

それ以降だけでも400年の歴史をもつ街道は、今もかなりの部分が国道や府県道として現役であり、道路自体が慶長の昔から「地続き」で現代に至っている。部分的に失われた箇所はあるものの、基本的に当時の旅人と全く同じルートを辿って、江戸から京まで歩く体験を共有できるのである。街道の脇に立つ道標は建立当時の姿を今にとどめる。鉄板に青や白のペンキを塗った現代の道路標識が果たして100年もつだろうか。

歴史小説や時代劇などでは、登場人物が東海道を行き来する場面がよく登場する。しかし、例えば「江戸から10日の強行軍で上京した」とあったとしても、途中の経過は省かれるのが普通だが、実際にその行程をたどった人間なら、その人物がその過程でどういう体験をしているか、おおよその想像がつく。

つまり、前回書いた空間的な「地続き」と合わせて、当時の人々と距離感覚、時間感覚を共有することができるわけで、大袈裟に言えば自分の中の一部に江戸時代の感覚が生まれることになり、江戸時代が現代まで「地続き」の存在であることを、自身の感覚として理解することが出来る。

一般的に江戸時代は文明開化前の暗黒の時代と言われ、またその反動か「当時の江戸は世界に冠たる先進都市だった」と言われることもあるが、そんな一面的な見方ではない、いわば等身大の江戸時代像を理解することが重要だろう。「歴史に学ぶ」とは、つまりはそういうことではないか。

5月5、6日 ジョグ10キロ

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