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2017/10/28

東海道を走る その17(岡崎~知立)

「東海道を走る」第5回目は、岡崎から亀山まで走った。三河から尾張へ、さらには伊勢に入り、江戸から京までの長い道のりも、いよいよ終盤を迎えたことを実感した。

残念ながら雨となった10月25日午前8時半過ぎ、愛知環状鉄道中岡崎駅前をスタート。この付近は八帖といい、八丁味噌の郷として有名である。味噌の香りがかすかに漂い、街道から脇道を覗くと、味噌蔵が軒を連ねている。NHKの連続テレビ小説「純情きらり」のロケも行われたそうで、宮﨑あおいの手形が残されていた。

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すぐに矢作(やはぎ、「矢矧」とも)橋を渡る。東海道随一の長さを誇り、広重の「岡崎」もこの橋から岡崎城下に向かう大名行列を描いている。

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現在の国道1号矢作橋の様子。広重の絵では橋の左(上流)側に見えている岡崎城が、現在では橋の右(下流)側に見える。これは、往時の橋が現在より若干下流側にあったためと思われる。

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矢作橋を渡り、国道1号と分岐、合流を繰り返しながら進むと、尾崎の一里塚(江戸から83里)のあった熊野神社前を過ぎ、右手に見える永安寺には推定樹齢350年という「雲竜の松」がある。

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そう言えば、稀勢の里は次の九州場所はどうするのだろうと思っていたら、その先の神社の境内で力士の石像がこちらを睨んでいた。江戸末期から明治初めに活躍した地元出身の力士、清見潟又市の像だという。どすこい。

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猿渡川を渡ると、元禄9年の無量寿寺道標がある。街道を右に入った八橋の無量寿寺には在原業平作の観音像があり、伊勢物語の中で「かきつばた」の五文字を織り込んだ歌を詠んだ庭園があるそうだ。

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その先に来迎寺一里塚(江戸から84里)を残す。

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間もなく知立(ちりゅう、「池鯉鮒」とも)宿に入る。見事な松並木が保存され、その西端に馬市跡の碑が立っている。往時、ここでは毎年初夏に馬市が立ち、広重の「池鯉鮒」はその模様を描いている。

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草を靡かせて吹き渡る風の心地よさを感じさせる傑作に、少しでも近づきたかったが…。(苦笑)

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知立の市街地に入る。往時の風情は全くないが、明治時代創業の小松屋の名物「あん巻き」を食べてひと息つく。

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知立神社境内にある御手洗池の鯉と鮒。ここから「池鯉鮒」という地名が生まれたそうだ。

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再び国道1号と合流、分岐しながら進むと、とある寺の墓地に中津藩士二人の墓が並んでいる。遊女を巡って斬り合い、命を落としたそうで、何度直しても墓石が傾くそうだ。「もう、ええ加減に成仏しなはれ」と手を合わせてきた。

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間もなく、三河と尾張の国境の境橋を渡る。往時は三河側の土橋と尾張側の板橋を継いだ橋で、質素な三河と派手な尾張、それぞれの国柄が表れていたそうだ。「これやにかわの継目なるらん」という歌碑がある。

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10月25日 LSD37キロ
10月26日 LSD36キロ
10月27日 ジョグ10キロ

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コメント

来春は私もこの辺りを歩くつもりです。(^^)
走れたら早いんですけどね。(^^;

ところで、先の話題の荷物発送の話ですが、
荷物を送らないといけないのがよくわからないのですが?

投稿: くー | 2017/10/29 10:32

くーさん
走り終えてから風呂に入り、
着替えをするための荷物です。
とても背負っては走れません。

投稿: まこてぃん | 2017/10/29 20:22

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