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2017/08/17

『月の満ち欠け』

283991佐藤正午著。初めての直木賞受賞作を出版した岩波書店の紹介文。

あたしは、月のように死んで、生まれ変わる――目の前にいる、この七歳の娘が、いまは亡き我が子だというのか?  三人の男と一人の少女の、三十余年におよぶ人生、その過ぎし日々が交錯し、幾重にも織り込まれてゆく。この数奇なる愛の軌跡よ! 新たな代表作の誕生は、円熟の境に達した畢竟の書き下ろし。さまよえる魂の物語は戦慄と落涙、衝撃のラストへ。(引用終わり)

「前世を記憶する子どもたち」が存在するのだという。イアン・スティーヴンソンによる同名の書物が、本書巻末に参考文献として挙げられている。俄かには信じがたいけれども、もし本当に「生まれ変わり」があるとしたら…という、一見するとSFとかファンタジーめいた作品である。

しかし、(以下、ネタバレ)

8月16日 ジョグ10キロ

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2017/08/14

『リリイ・シュシュのすべて』

Chouchou2001年、ロックウェルアイズ。岩井俊二監督。allcinema の紹介文。

中学生になった蓮見雄一は同じクラスの優等生・星野修介と仲良くなる。夏休み、2人はほかの仲間たちと西表島へ旅行に行く。そこで星野は2度命の危険にさらされる。そして逆に、島で知り合ったばかりのバックパッカーのあっけない死を目の当たりにする。旅行から戻った星野は変質し、番長を倒し自らその座に収まり、蓮見はいじめの対象になっていく……。学校での星野の凶悪さは常軌を逸し、その仕打ちに傷つく蓮見は、唯一の慰めとなっていたカリスマ的女性アーティスト“リリイ・シュシュ”のファンサイトを立ち上げ、そこで痛々しい心情を吐露していくのだったが……。(引用終わり)

この監督の作品を観るのはこれで6本目になるが、どれも独特の世界観を持っていて、「同工異曲」の対極を行くかのようである。本作では現代の中学生の実像を、残酷なまでにリアルに描き出している。

万引き、いじめ、暴力、援助交際、レイプ、自殺…。ドビュッシーの美しいピアノ曲をバックに、陰惨なシーンが続き、正直言って、観終えたあとは何とも言えない重さが胸に残る。唯一救いと思われたリリイ・シュシュの音楽すら、雄一にとっての存在意義を否定されかねない、大変皮肉な結末が待っている。

西表島旅行の詳細や合唱コンクールの顛末など、ディテールに凝り過ぎているきらいもあるが、それにもかかわらず、観る者の心に決して消えない刻印を残す作品である。監督自身が「遺作を選べたらこれにしたい」というのは多少大袈裟であるとしても。

8月12日 LSD20キロ
8月14日 ジョグ10キロ

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2017/08/11

なら燈花会

奈良市内で行われている燈花会(とうかえ)を初めて見に行った。近いのでいつでも行けると思いながら一度も行かないというありがちな例だったが、今年は家族の希望でようやく実現した。

出発した時点で自宅近くは激しい夕立に見舞われていたが、奈良市内に入る頃には雨も上がり、幸い最後まで傘の出番はなかった。その代わり、歩くだけもじっとり汗をかく蒸し暑さに閉口した。

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写真は東大寺近くの春日野園地の光景。左奥に大仏殿の屋根が見えている。いや、見えないか(笑)。例によって中国人観光客が多かったが、意外に大人しく見物していた。浴衣姿の日本人女性も含めて、SNSにアップするためだろう、皆大変熱心に写真を撮っていた。

8月10日 ジョグ10キロ

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2017/08/08

映画『君の膵臓をたべたい』

Img0072017年、東宝。住野よるの同名小説の映画化。公式サイトの紹介文。

高校時代のクラスメイト・山内桜良(浜辺美波)の言葉をきっかけに母校の教師となった【僕】(小栗旬)。彼は、教え子と話すうちに、彼女と過ごした数ヶ月を思い出していく――。膵臓の病を患う彼女が書いていた「共病文庫」(=闘病日記)を偶然見つけたことから、【僕】(北村匠海)と桜良は次第に一緒に過ごすことに。だが、眩いまでに懸命に生きる彼女の日々はやがて、終わりを告げる。桜良の死から12年。結婚を目前に控えた彼女の親友・恭子(北川景子)もまた、【僕】と同様に、桜良と過ごした日々を思い出していた――。そして、ある事をきっかけに、桜良が12年の時を超えて伝えたかった本当の思いを知る2人――。(引用終わり)

原作にはない「12年後」を設定し、過去と行きつ戻りつする構成を取るが、12年前の出来事を回想するという形であり、内容的には原作にほぼ忠実に作られている。むしろ、やや生硬な印象のある原作の文章を読むより、こうして映像で観た方がスンナリと、それこそ腑に落ちるという気もする。

浜辺美波と北村匠海の主演2人は作品内容をよく理解していて、桜良と【僕】それぞれのキャラクター、表情、しぐさ、声までも表現出来ている。声と言えば、浜辺美波の声には透明感があり、「共病文庫」を朗読する場面(とりわけラストシーン)でそれが生きる。それにしても、今風の可愛らしい顔立ちなのに、何と古風な芸名なのだろう(本名という説も)。

北川景子の出番はそれほど多くない。高校生当時と比べると、やや不自然に感じるほど、格段に美人になっているけれど(笑)、桜良の手紙を読むシーンはテストなしのぶっつけ本番、さらにはアドリブで言った台詞もピタリと決まっている。それでも本人はいたって謙虚で、主演2人の演技を絶賛しているところが、いかにも彼女らしい。

8月6、8日 ジョグ10キロ

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2017/08/05

高橋さん迎撃大阪城ラン

FRUN高橋さんが久々に大阪出張に来られていて、昨日は常連の四代目さんとともに大阪城公園を走った。大阪城ホールの隣にジョーテラスというオシャレな商業施設が出来ていて、その中にランニングステーションがオープンしていたのだ。少し離れた銭湯を拠点に走っていた頃に比べれば、随分と便利に、また快適になったものだ。昨今の異様なランニングブームにも良い面はあるようだ。

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市内西部から阪神間にかけては大雨だったそうだが、奇跡的に雨は降らず、大変蒸し暑かったものの無事に走り終えた。宴会にはさらに常連2人が加わり、例によって大いに飲み、語らい、あっという間に時間が経ってしまった。

8月3日 ジョグ10キロ
8月4日 ジョグ7キロ

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2017/08/02

ディヌ・リパッティ再発見

Lipattiルーマニア出身、33歳で夭折した不世出のピアニスト、ディヌ・リパッティのことは、以前に少し書いた。彼は1917年生まれだから、今年が生誕100周年ということになる。それに因んだものであろう。先月、NHK-FMの「名演奏ライブラリー」では彼の特集があり、またラジオ第1放送の「ラジオ文芸館」では、彼を題材とした恩田陸「二人でお茶を」が朗読された。

それに触発された格好で、手元に1枚だけある彼のCD、グリークとシューマンのピアノ協奏曲を改めて聴いてみた。オケはフィルハーモニア管。指揮は前者がアルチェオ・ガリエラ、後者が若き日のカラヤンである。それぞれ1947年、48年収録の古いモノラル録音で、特にグリークは原盤由来のノイズが混じるなど、今日的感覚では鑑賞に堪えない音質である。それでも…

前に聴いたとき、どうして分からなかったのかというぐらい完璧な演奏である。しかし、それは例えば、速くて難しい音符を完全に弾きこなす(それだけでも大変なことだが)という意味ではない。どんな小さなパッセージでも、そのテンポや強弱の変化、タッチ、僅かなルバートに至るまで、十分に考え抜かれ、これ以上はないだろうという表現を、寸分の狂いもなく次々と音にしていくのである。もはや、生身の人間がやっていることとは思えないほどだ。

コルトーに促されてパリで勉強したリパッティについて、デュカスは「彼に教えることは何もない」と言い、プーランクは「聖なる精神性をもつ芸術家」と形容したという。EMIの名プロデューサー、ウォルター・レッグは、CDのライナーノーツにも引用された追悼文の中で、「彼が弾いたあらゆる音符は、それ自体の生命をもっていた。彼はあらゆるフレーズと、あらゆるフレーズにおけるあらゆる音符に、“性格”を与えることを力説した」「リパッティのように弾くためには、神の選ばれた楽器にならなくてはならない」と述べている。

今日の医療技術をもってしても、彼の病気を完治することは無理だったかもしれないが、少なくとももう少し長くキャリアを続けられた可能性はあるだろう。彼の霊魂が日本の音大生の体を借りて、神がかり的な演奏を繰り広げるという恩田氏の作品にふれ、改めて彼の早過ぎる逝去が惜しまれてならない。

8月1日 ジョグ10キロ

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