『わが谷は緑なりき』
ギリム・モーガンの一家は、10歳の末っ子のヒューをのぞいて、すべて炭坑で働いていた。彼等はみな応分の収入があり、平和だった。家族の受ける給料は家長のモーガン老によって保管され、家庭のために決められた使途にあてられていた。長男のイヴォーは、新任の村の教会の牧師グラフィードの手でブロンウェンと結婚して、家を出て一家を構えた。だが平和な鉱山町も、経営者が労賃値下げを断行してから波乱が生ずる。モーガンの息子たちは組合を組織して戦おうとしたが、ギリム老は反対だった。息子たちはヒューとアンハラドをのこして、両親の元を去ってしまった。鉱夫たちはストライキにはいった。鉱山の管理人はモーガン老に、鉱夫のストライキを中止するような説得方を依頼したが、老人は断る。鉱夫の収入は依然として低かったので、モーガンの息子たちは渓谷の鉱山を去る決意をしていたが…(引用終わり)
舞台は19世紀末の英国ウェールズ地方のとある炭鉱町。この土地を去ることになったヒューの回顧の形で、炭鉱を取り巻く環境変化に翻弄された一家の歴史が淡々と叙述されていく。
ちょっと頑固な親父と肝っ玉の据わった母、そして6人の息子たちに一人娘というモーガン一家が物語の中心である。食事シーンがよく登場するところを含めて、何となく日本の大家族ものTVドラマでも観ているような気分になるが、むしろこちらが原型になっているのだろう。
一家はいろいろな災難に見舞われながらも、決して逃げることなく真正面からそれらに立ち向かう。そのひたむきさと正直な生き方は清々しくすらあり、こうした作品を1941年という時代に製作したフォード監督の力量、そしてアメリカという国の懐の深さを感じずにはいられない。第45代大統領も、妙な動画を作るヒマがあるなら、本作を是非観ておくべきだろう。
さらに特筆すべきは、モノクロながら非常に画質が良いことで、ピントがぴたりと合ったシャーブな画像は、とても戦時中のものとは思えない。もちろん谷の「緑」など見えないのだけれど、春の山に咲く水仙の群落なども含め、その美しい色彩が十分に想像できる。
7月8日 ジョグ10キロ
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