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2017/05/01

東海道を走る その16(赤坂~岡崎)

御油からわずか2キロ弱で赤坂宿に到着。吉田、御油、赤坂はいずれも遊女を多く抱える宿場として知られ、参勤交代随行の武士が「御油に赤坂、吉田がなくば、何のよしみで江戸通い」と詠んだそうである。

宿場の中心付近に旅籠大橋屋(慶安2年創業)の建物が現存する。東海道筋で唯一、今世紀まで営業を続けた旅籠だったが、残念ながら平成27年3月に営業を終えた。しかし、内部は往時の旅籠の造りのまま残り、一般公開に向けた準備が進められているとのこと。大変意義のあることだ。

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広重の「赤坂」は、この旅籠の内部の様子を、巧みな構図で描いている。湯上りの男、お膳を運ぶ女中、化粧に余念のない遊女などが見え、当時の旅籠の実情が分かる貴重な資料だそうだ。

Akasaka

ところで、これまで広重の絵となるべく近い構図の、現在の風景を撮るべく努力してきたが、大橋屋に立ち入れない現在、これはさすがに如何ともしがたい。しかしながら、この絵に描かれた蘇鉄が、近くの浄泉寺に移植されているので見てきた。推定樹齢約270年。広重の絵に描かれた実物を見るのは、「戸塚」の道標に続いて2件目である。

Ts3r0121

赤坂宿を出てしばらくすると国道1号に合流する。谷間の狭隘な地形で、名鉄名古屋本線と東名高速道路がすぐ横を並行して走っている。次の藤川宿までの中間付近に、間の宿である本宿があり、その入り口に冠木門(かぶきもん)が復元されている。その先で旧道に分岐する。

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昼時をかなり過ぎていたので、名鉄本宿駅前の食堂でスタミナと塩分を補給する。ちなみに、名鉄本宿駅のプラットホームは高架になっていて、並行して走る東名高速から見上げる形となり、何度か目にして印象に残っていた駅だ。

国道1号と合流、分岐を繰り返しながら進むと、まもなく藤川宿の江戸方口に到着する。宿の端(はな)にあることから「棒鼻」と呼ばれる棒杭が復元されている。

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広重の「藤川」はこの棒鼻の風景を描く。幕府から朝廷に奉納する馬の行列だそうだ。よく見ると、土下座して控える人々の左端に、小さな犬(?)まで畏まっている。(笑)

Fujikawa

宿場の本陣跡は小さな公園になっていて、裏手には当時の石垣が残る。

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宿場を出るとすぐ、吉良道追分がある。吉良道は、三河湾吉良の塩や海産物を運んだことから「塩の道」とも呼ばれる。文化11年の道標が建っている。

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名鉄の踏切を渡った先に、これも立派な松並木が現れた。

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この先でまた国道1号と合流、分岐を繰り返すが、岡崎インターチェンジの手前に、久々にちゃんとした一里塚が残されていた。江戸から80里である。間もなく、岡崎宿に入る。

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江戸方口に冠木門が復元されている。

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ここから、岡崎二十七曲がりとなる。全体はこんな感じで、現状では二十曲がりになっている。曲がり角には、金の草鞋を乗せた案内表示が設置されている。

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迷わないよう、歩いたり走ったりを繰り返しながら、宿場の京方口に当たる松葉惣門跡に17時過ぎに到着。今回の行程を無事に終えた。

ところで、この記事をもって、当ブログの記事総数がちょうど2,000件となった。だからどうということはないけれど、我ながらよく書いてきたものだと、少しばかりの感慨はある。

4月27、29日 ジョグ10キロ
月間走行距離 235キロ
5月1日     ジョグ10キロ

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