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2017/05/22

駿遠線廃線ラン(その2)

2日目の17日は午前9時前に新藤枝駅跡から出発。しばらく東に進むと、かつての駿遠線は右にカーブして、東海道線を高架で越えていた。そのカーブの痕跡が、勤労者福祉センター「サンライフ藤枝」の駐車場に残っている。

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東海道線を越えると、線路は県道33号、通称田沼街道と並行して走り、新幹線の高架下を潜って、やがて県道に合流する。その合流地点に高洲駅があったが、その痕跡は全くない。県道をさらに南進すると大洲駅跡付近で東名高速の高架を潜り、焼津市に入る。

その先は田畑になっていて辿ることが出来ず、しばらく田んぼの中の道を迂回すると、大井川西小学校の南側で再び廃線跡が現れた。

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間もなく大井川を渡る。写真の国道150号の橋の右側に駿遠線橋梁が架かっていたが、何と橋脚部は木製だったという。その架け替え費用が工面できなかったことが、廃線を決定づけたとも言われている。前述のビデオによれば、昭和55年当時はまだその橋脚の残骸が残っていたが、今はもうなくなったようだ。

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大井川を越えると吉田町。しばらく県道79号と並行して進む。

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遠州神戸(かんど)駅跡。駅名標はむろん最近のものだが、これ以降も同様のモニュメントが設置されている駅跡が多かった。

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牧之原市に入り、榛原町駅跡付近の牛丼店でカロリー&塩分補給。駅跡は現在、同じ静岡鉄道系列のしずてつジャストラインのバスターミナルになっている。

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廃線ランを再開してすぐ、勝間田川を渡る箇所で、橋台の跡が残っていた。今回の廃線ランで初めて発見した、現役当時の遺構である。

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この後は国道150号と並行する歩行者、自転車専用道が延々と続く。海側にはイチゴなどのビニールハウスがずらりと並ぶ。自転車で下校途中の高校生を多く見かけた。駿遠線があれば彼らの通学もラクだったろうが、若いうちから足腰を鍛えておいた方が良いぞ。(笑)

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次第に海岸線が近づいて来たので、一旦コースアウトして海岸に出てみた。駿河湾西端の御前崎が遠くに見えている。

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海岸沿いの単調な行程がようやく終わり、相良(さがら)の町に入る。廃線跡は小中学校などに転用され、痕跡を留めない箇所が多い。新相良駅があった辺りは、ここでもバスの営業所になっている。小堤山公園の近くで廃線跡が復活。県道375号という表示は初めて見た気がする。

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間もなく、駿遠線唯一のトンネル、小堤山隧道が見えてきた。大正12年頃に建造されたとのことである。

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トンネルの特徴はご覧のとおりである。(笑)

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須々木駅跡、落居駅跡を経て、藤相鉄道時代の終点、地頭方駅跡に到着。その手前の小さな川を渡る橋台の跡らしきもの(パイプの向こう)と、構内信号機か何かの土台の跡を発見した。

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やがて線路跡は御前崎の付け根を横断して御前崎市に入り、今度は遠州灘に沿って西進する。V字の折り返し部分だ。浜岡付近で国道150号に合流、国道沿いのホテルに到着したところで2日目の行程を終了。周辺のアパート群は浜岡原発の従業員用と思われるが、長期運転停止の影響だろうか、ほとんど人気がなくて少し不気味だ。

5月21日 ジョグ10キロ

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