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2017/05/31

『ゼラニウムの庭』

Geranium_2大島真寿美の本はこれで3冊目。版元の紹介文。

わたしの家には、謎がある――双子の妹は、その存在を隠して育てられた。家族の秘密を辿ることで浮かび上がる、人生の意味、時の流れの不可思議。おそらく、信じてはもらえまい。こんな話、信じるほうがおかしい。でも、たしかに彼女はそこにいる――秘密の存在はそれを知る人々に大きな影響を与えていく。生きることの孤独と無常、そして尊さを描き出す、大島真寿美の次なる傑作。(引用終わり)

感想を書くには、「謎」に言及せざるを得ない…

5月29、31日 ジョグ10キロ
月間走行 210キロ

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2017/05/28

梅雨時を前に

うちの雨除けテラス屋根の排水ホースが、老朽化してボロボロになり外れてしまっていた。梅雨時を前に何とかしなければならないが、こんなもののために業者を呼ぶのは馬鹿らしい。そこで、前回の網戸に続いて、DIYに挑戦してみることにした。

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結論から言えば、挑戦などというほどのものではなく、部品さえ入手できればものの数分で出来る作業だった。両端の接続部とホースを別々に買って接着剤でくっつけるのかと思っていたが、近所のホームンセンターに行ってみたら、何とこのままの形状の部品が売られていたのだ。1個624円。商品名「角ジャバラ 45×30」。見た目そのものの、分かりやすい名前だ。(笑)

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ついでに、雨樋部分に溜まった土埃も掃除しておいた。これで少なくとも今年の梅雨は大丈夫だろう。

5月27日 ジョグ10キロ

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2017/05/25

駿遠線廃線ラン(その3)

3日目の18日は午前9時過ぎ、浜岡のホテルを出発。国道150号が廃線跡に当たるが、その痕跡は全くなく、単調な行程が延々と続く。途中からは歩道もなくなり、大型車と対向する際は風で帽子が飛ばされそうになる。

風と言えば、この辺りは風の強い地形のようで、海岸沿いに巨大な風力発電設備がいくつも設置されていた。

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国道脇の何もない場所に、合戸(ごうど)駅跡を示す駅名標がポツンと立っていた。

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その先で掛川市に入り、菊川を渡ると、線路は右にカーブして内陸側に進路を変える。西千浜駅跡に駅名標が設置されているが、この先は市街地になっていて痕跡を留めない。

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新三俣駅のあった辺りからは、廃線跡を転用した道路がしばらく続く。野賀(のが)駅跡辺りで一時道に迷いそうになったが、とある住宅横に廃線跡を発見。ここからしばらくは雑草が生い茂る未舗装の道となり、一部区間では迂回を余儀なくされた。

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再び舗装路となり、ちょうど新茶の摘み取り時期となった茶畑の中を行く。小高い場所なので眺望が良い。

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野中駅のあった辺りから再び未舗装、というかほとんど藪漕ぎ状態となる。道はぬかるみ、藪蚊が容赦なく付きまとう。イノシシ対策だろうか、野獣捕獲用の檻が設置されている。地図にも載っておらず、まさに「けもの道」に近くなっている。わずか数百メートルの区間だったが、ちょっとした探検気分を味わえたし、藪を抜けた瞬間には解放感と達成感に包まれた。

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まもなく横須賀の町に入る。横須賀と言えば神奈川県と思っていたが、この掛川市の他にも、千葉県松戸市や愛知県東海市などにもある地名なのだ。昼時になったのでコンビニに立ち寄ってスタミナ&塩分補給。近くに飲食店が見当たらず、弁当などを買い求める客が多かった。

廃線ランを再開。町中では廃線跡は失われているが、町外れの七軒町駅跡付近から先、廃線跡は県道と並行する広い農道に転用され、格好の抜け道として利用されている。

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農道と別れてしばらく進んだ石津駅跡では、民家の庭先に当時のプラットフォームを残している。

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この先で袋井市に入る。新三輪駅跡付近から先は、遊歩道としてきれいに整備されている。

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五十岡(いごおか)駅跡にも当時のプラットフォームが残る。

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この先の遊歩道には車輪を模したモニュメントや、機関車を描いたレリーフ画などが設置されていた。これは浅名駅跡。

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諸井駅跡の先で県道41号に合流、柳原駅跡を過ぎると新幹線高架下を潜る。新幹線はあまりに速いので、車体がマンガみたいに後ろに傾いている。(笑)

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間もなく終点、袋井駅に到着。カーブしながら構内に入る線路の跡が残る。

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袋井駅跡に無事到着。左のガードの先に駿遠線新藤枝方を望む。

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さすがは日本最長の軽便鉄道だけあって、十分に走り応えがあった。さて、次はどこを走ろうか。

5月23、25日 ジョグ10キロ

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2017/05/22

駿遠線廃線ラン(その2)

2日目の17日は午前9時前に新藤枝駅跡から出発。しばらく東に進むと、かつての駿遠線は右にカーブして、東海道線を高架で越えていた。そのカーブの痕跡が、勤労者福祉センター「サンライフ藤枝」の駐車場に残っている。

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東海道線を越えると、線路は県道33号、通称田沼街道と並行して走り、新幹線の高架下を潜って、やがて県道に合流する。その合流地点に高洲駅があったが、その痕跡は全くない。県道をさらに南進すると大洲駅跡付近で東名高速の高架を潜り、焼津市に入る。

その先は田畑になっていて辿ることが出来ず、しばらく田んぼの中の道を迂回すると、大井川西小学校の南側で再び廃線跡が現れた。

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間もなく大井川を渡る。写真の国道150号の橋の右側に駿遠線橋梁が架かっていたが、何と橋脚部は木製だったという。その架け替え費用が工面できなかったことが、廃線を決定づけたとも言われている。前述のビデオによれば、昭和55年当時はまだその橋脚の残骸が残っていたが、今はもうなくなったようだ。

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大井川を越えると吉田町。しばらく県道79号と並行して進む。

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遠州神戸(かんど)駅跡。駅名標はむろん最近のものだが、これ以降も同様のモニュメントが設置されている駅跡が多かった。

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牧之原市に入り、榛原町駅跡付近の牛丼店でカロリー&塩分補給。駅跡は現在、同じ静岡鉄道系列のしずてつジャストラインのバスターミナルになっている。

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廃線ランを再開してすぐ、勝間田川を渡る箇所で、橋台の跡が残っていた。今回の廃線ランで初めて発見した、現役当時の遺構である。

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この後は国道150号と並行する歩行者、自転車専用道が延々と続く。海側にはイチゴなどのビニールハウスがずらりと並ぶ。自転車で下校途中の高校生を多く見かけた。駿遠線があれば彼らの通学もラクだったろうが、若いうちから足腰を鍛えておいた方が良いぞ。(笑)

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次第に海岸線が近づいて来たので、一旦コースアウトして海岸に出てみた。駿河湾西端の御前崎が遠くに見えている。

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海岸沿いの単調な行程がようやく終わり、相良(さがら)の町に入る。廃線跡は小中学校などに転用され、痕跡を留めない箇所が多い。新相良駅があった辺りは、ここでもバスの営業所になっている。小堤山公園の近くで廃線跡が復活。県道375号という表示は初めて見た気がする。

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間もなく、駿遠線唯一のトンネル、小堤山隧道が見えてきた。大正12年頃に建造されたとのことである。

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トンネルの特徴はご覧のとおりである。(笑)

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須々木駅跡、落居駅跡を経て、藤相鉄道時代の終点、地頭方駅跡に到着。その手前の小さな川を渡る橋台の跡らしきもの(パイプの向こう)と、構内信号機か何かの土台の跡を発見した。

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やがて線路跡は御前崎の付け根を横断して御前崎市に入り、今度は遠州灘に沿って西進する。V字の折り返し部分だ。浜岡付近で国道150号に合流、国道沿いのホテルに到着したところで2日目の行程を終了。周辺のアパート群は浜岡原発の従業員用と思われるが、長期運転停止の影響だろうか、ほとんど人気がなくて少し不気味だ。

5月21日 ジョグ10キロ

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2017/05/20

駿遠線廃線ラン(その1)

今週、駿遠線の廃線跡を走ってきた。東海道街道走りの準備で袋井近辺の地図を見ていて、廃線跡を転用したと思われる道路を発見。調べてみたら大変長い鉄道の痕跡の一部と判明したため、街道走りとは別の機会に踏破すべく計画していた。

静岡鉄道駿遠線は静岡県藤枝市から御前崎市を経由し、袋井市までをV字形に結んでいた軽便鉄道で、路線総延長64.6キロと日本一長い軽便鉄道であった。元々、藤枝側は藤相鉄道、袋井側は中遠鉄道と、別個の路線であったものが、戦時統合で静岡鉄道に一本化され、その後昭和23年に両線の終点を延伸、直結したものである。

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通勤・通学や夏の海水浴など、地元の人々の足として利用され、終戦直後は多くの買い出し客を乗せたが、ご多分に漏れず、モータリゼーションの進展等で経営が悪化。昭和39年以降段階的に廃止され、昭和45年7月末をもって全路線が廃止となった。

軌間762ミリのナローゲージ、単線・非電化の長閑な鉄道だったようで、乗客が多くて坂を上がれない時は乗客が降りて押したとか、ブタと衝突して脱線したという逸話も残っているそうだ。

廃線跡は、藤枝側の一部は県道375号静岡御前崎自転車道として、また袋井側の新岡崎-諸井間は遊歩道として整備されているが、農村部では雑草に覆われて通れなくなった箇所や、市街地では住宅や工場が建って全く痕跡を留めない箇所も多い。

16日午後に藤枝に到着、まずは藤枝市郷土博物館に向かう。入口にB15形機関車が展示されている。

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博物館では駿遠線に関するコーナーが設けられ、起点の大手駅の模型などが展示されていた。また、藤枝市が昭和55年に制作した駿遠線の記録ビデオが再生されていて、とても興味深かった。

博物館からほど近い大手駅跡から歩いて探索を開始。駅跡は現在は大型書店などが建っていて、全く面影を留めない。しばらくは何の変哲もない街路を進むと、藤枝本町駅のあった辺りから、明らかに線路跡と思われる遊歩道が現れた。

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瀬戸川を越える鉄橋は、現在は歩行者、自転車専用の橋となり、格好の通学路になっている。

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対岸に渡ると、ぐんと廃線ぽくなってきた。

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旧国道1号(現県道381号)のガードを潜る。

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志太駅跡か?

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新藤枝駅跡付近は再開発が進行中である。写真右手方向にJR藤枝駅がある。

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この日は、大手線とも呼ばれる、ここまで約4キロの区間のみで終了、藤枝駅前のホテルに投宿した。

5月17日 LSD33キロ
5月18日 LSD27キロ

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2017/05/16

土曜時代ドラマ『みをつくし料理帖』

あきない世傳』の項で少し書いたが、黒木華主演のNHK土曜時代ドラマ『みをつくし料理帖』が13日から始まった。第1回「はてなの飯」では、上方ではよく食されるが、江戸では「猫またぎ」として見向きもされない戻り鰹を、江戸の人々に食べてもらうまでの苦労話が描かれた。

細かいところまで原作に忠実に作り込もうという制作者の意図が窺えるし、何と言っても大阪弁ネイティブで、耳に心地よい黒木華のセリフが良い。原作にたびたび登場する「下がり眉」という特徴も見事に再現されていて驚いた。

原作に忠実と言えば、文庫本巻末にあるのと同様、作品中の料理の作り方が、最後に黒木華本人によって紹介されている。なぜか「つる家」のセットではなく、スタジオかどこかの近代的キッチンというのが面白いが。(笑)

どうしても北川景子主演のTV朝日版と比較してみたくなるが、一見おっとりとしながら芯の強さを秘めた黒木華、凛とした佇まいにひたむきさを感じさせる北川景子、どちらの澪もそれぞれの良さがあると言うしかない。

ところで前回、これでTV朝日版の続篇がもうなくなったと書いたが、その後、実は北川景子が来年の大河ドラマ『西郷どん』に出演することが発表された。この2つの話がウラで繋がっているのかどうか。芸能界の事情に疎い自分としては、下司な勘ぐりをするしかないところだ。(苦笑)

さて、本日から静岡県内に廃線ランに出かけるので、次回更新までしばらくお待ちを。

5月15日 ジョグ10キロ

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2017/05/13

『恐怖の報酬』

Peur_21952年、仏。アンリ・ジョルジュ・クルーゾー脚本、監督。イヴ・モンタン他。ウィキペディアの紹介文。

ベネズエラの場末の街ラス・ピエドラス。そこは職が無く、食い詰めた移民達が日々何もすることもなく暮らしている。マリオ(イヴ・モンタン)もその一人であった。そこに、ホンジュラスからジョー(シャルル・ヴァネル)がやってきた。マリオとジョーは同じフランス人、意気投合しながら遊んでいた。
そんなある日、500km先の油田で火事が起きた。石油会社は火を消し止めるためにニトログリセリンを現場までトラックで運ぶことに決めた。安全装置のないトラックでニトロを運ぶのは命がけである。そこで街の食い詰め者に2000ドルの報酬で運ばせることにした。選ばれたのは、マリオ、ジョー、ルイージ、ビンバの4人。彼らは2台のトラックに分かれ、500km先の目的地に向かう。
道中は洗濯板のような悪路、転回困難な狭路、落石などいろいろな障害が待ち受ける。マリオと組んだジョーは怖じ気づいてしまい、運転はマリオ任せにして、何かあるとすぐに逃げ出す。「何もしないで2000ドルか」となじるマリオに対して、ジョーは「この2000ドルは運転の報酬だけではない、恐怖に対する報酬でもあるのだ」と答える。
彼らは500km先の油田に無事たどり着けるか? その後の運命は?(引用終わり)

カンヌ国際映画祭でグランプリと男優賞、ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した、サスペンスの古典的名作。今回、148分のディレクターズカット版で観たこともあり、4人がこの仕事にありつくまでの前段部分がやや退屈だったが、トラックが出発してからはまさに手に汗握る展開の連続で、意外な結末まで一気に見せる。

彼らは次々と現れる障害にめげることなく、大型トラックを巧みに操ったり、ニトログリセリンを適量使って岩を爆破したりするのだが、彼らは一体何者で、どんな商売をやっていたのだろうか?

ところで、マリオとルイージという名前でピンと来るように、かの任天堂のゲームのキャラクターの名前は、実はここから取ったようである。実際、映画の中のルイージは、ずんぐりとした体つき、ベレー帽、チョビ髭と、ゲームのそれとそっくりだ。いや、逆か。(笑)

5月11、13日 ジョグ10キロ

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2017/05/10

『君の膵臓をたべたい』

Kimisui_2住野よる著。この作家は初めて。版元の紹介文。

偶然、僕が病院で拾った1冊の文庫本。タイトルは「共病文庫」。それはクラスメイトである山内桜良が綴っていた、秘密の日記帳だった。そこには、彼女の余命が膵臓の病気により、もういくばくもないと書かれていて――。(引用終わり)

2016年年間ベストセラー第1位。本屋大賞第2位。流行りものには手を出さない自分がなぜ読んだのかは後で書くとして、さらに言えばこれはライトノベルというジャンルに入る作品のようで、柄にもないというか新鮮な読書経験になった。

まずはタイトルの奇抜さに驚くが、これが作品のテーマを象徴する言葉であることが、最後の方で明らかになってくる。これだけ売れれば、将来、ある慣用句がこれに置き換わるかもしれない(笑)。ただ、本文中では「食べたい」と漢字を使っているのに、タイトルが平仮名になっている理由は不明である。

対照的な性格の「僕」と桜良だが、その会話はジョークも交えてとても滑らかで、それだけ見れば青春ラブロマンスものかと思いきや、実は人間の存在の本質に迫るような内容を含んでいる。そのあたりのギャップがちょっと面白かったし、「僕」と同類の人間である自分としても、ふと胸に手を当ててみたくなった。

ところで、本作は映画化されて、7月下旬に公開される予定である。原作にはない12年後の「現在」が描かれ、桜良の親友恭子役で北川景子が出演する。原作との違いも含めて、今から楽しみにしている。

5月9日 ジョグ10キロ

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2017/05/07

『自転車泥棒』

Biciclette_31948年、伊。ヴィットリオ・デ・シーカ監督。アマゾンの紹介文。

ローマの職業紹介所に並ぶ長い列。失業者アントニオはポスター貼りの仕事にありついた。ただし自分の自転車でという条件。話を聞いた妻はベッド・カバーをはぎ取って質屋へ行き、交換で自転車を受け出す。一家に希望がさしこんだのもつかの間、ポスターを貼っている間に虎の子の自転車を乗り逃げされた。泥棒は雑踏に消えて呆然と路上に立ちつくす。警察は相手にしてくれない。失望といらだち、6歳になる息子と自転車をさがし歩く。(引用終わり)

イタリア・ネオレアリズモの傑作とされる名画。主役の父子はともに演技経験のない素人を起用し、ほぼ全篇ローマ市内でロケ撮影されたこともあり、ドキュメンタリー作品を観ているような気分になる。

ストーリーは極めて単純で、盗られた自転車を探し求めて果たせず、その挙句他人の自転車を盗もうとして取り押さえられるまでの一部始終なのだが、それが残酷なほど丹念に、リアルに描かれている。大戦後の貧困に喘ぐイタリア社会の現実を、丸ごと切り出して観客の前に示したような作品だ。

とりわけ、息子ブルーノの表情や動作が本当に自然で、素人の演技とはとても思えない。茫然自失の態の父親の手を、彼がそっと握り締めるラストシーンは大変切なく、胸に込み上げてくる。

5月5、7日  ジョグ10キロ

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2017/05/04

謎の鳥の名前が判明

ここ2、3年ほどだろうか、家の近所や橿原公苑などで、それまであまり見かけなかった鳥が、綺麗な声で囀っているのを目撃するようになった。ムクドリぐらいの大きさで、背は青紫、腹が赤錆色という鮮やかな色合いが特徴だ。

それが何という鳥なのか、知りたくて仕方なかったのだが、うちにある野鳥図鑑で調べても分からなかった。それが、一昨日の朝日新聞夕刊に、まさにその鳥の写真が掲載されていたのだ。

「イソヒヨドリ」。名前はヒヨドリでもツグミの仲間で、本来は岩の多い磯や崖のある海岸に生息する鳥なのだが、最近は内陸や都市部でも見られるようになっているそうだ。ただ、図鑑では「干潟や海洋で見られる鳥」に分類されていて、そこまでは確認していなかったのだ。

虫や小動物のみならず、植物の実も食べるそうで、そうした食べ物の多彩さが、生息エリアの拡大をもたらしているのだろう。むろん、わが町の環境がそれに適しているということでもある。家の前の川では、サギやカモを見かけることもある。

今月10日から16日は愛鳥週間である。鳥にとっても、人にとっても、良い環境が保たれることの大切さを、この機会に改めて認識しておきたい。

って、最後は朝日の社説みたいになってしまった。(笑)

5月3日 LSD20キロ

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2017/05/01

東海道を走る その16(赤坂~岡崎)

御油からわずか2キロ弱で赤坂宿に到着。吉田、御油、赤坂はいずれも遊女を多く抱える宿場として知られ、参勤交代随行の武士が「御油に赤坂、吉田がなくば、何のよしみで江戸通い」と詠んだそうである。

宿場の中心付近に旅籠大橋屋(慶安2年創業)の建物が現存する。東海道筋で唯一、今世紀まで営業を続けた旅籠だったが、残念ながら平成27年3月に営業を終えた。しかし、内部は往時の旅籠の造りのまま残り、一般公開に向けた準備が進められているとのこと。大変意義のあることだ。

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広重の「赤坂」は、この旅籠の内部の様子を、巧みな構図で描いている。湯上りの男、お膳を運ぶ女中、化粧に余念のない遊女などが見え、当時の旅籠の実情が分かる貴重な資料だそうだ。

Akasaka

ところで、これまで広重の絵となるべく近い構図の、現在の風景を撮るべく努力してきたが、大橋屋に立ち入れない現在、これはさすがに如何ともしがたい。しかしながら、この絵に描かれた蘇鉄が、近くの浄泉寺に移植されているので見てきた。推定樹齢約270年。広重の絵に描かれた実物を見るのは、「戸塚」の道標に続いて2件目である。

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赤坂宿を出てしばらくすると国道1号に合流する。谷間の狭隘な地形で、名鉄名古屋本線と東名高速道路がすぐ横を並行して走っている。次の藤川宿までの中間付近に、間の宿である本宿があり、その入り口に冠木門(かぶきもん)が復元されている。その先で旧道に分岐する。

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昼時をかなり過ぎていたので、名鉄本宿駅前の食堂でスタミナと塩分を補給する。ちなみに、名鉄本宿駅のプラットホームは高架になっていて、並行して走る東名高速から見上げる形となり、何度か目にして印象に残っていた駅だ。

国道1号と合流、分岐を繰り返しながら進むと、まもなく藤川宿の江戸方口に到着する。宿の端(はな)にあることから「棒鼻」と呼ばれる棒杭が復元されている。

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広重の「藤川」はこの棒鼻の風景を描く。幕府から朝廷に奉納する馬の行列だそうだ。よく見ると、土下座して控える人々の左端に、小さな犬(?)まで畏まっている。(笑)

Fujikawa

宿場の本陣跡は小さな公園になっていて、裏手には当時の石垣が残る。

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宿場を出るとすぐ、吉良道追分がある。吉良道は、三河湾吉良の塩や海産物を運んだことから「塩の道」とも呼ばれる。文化11年の道標が建っている。

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名鉄の踏切を渡った先に、これも立派な松並木が現れた。

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この先でまた国道1号と合流、分岐を繰り返すが、岡崎インターチェンジの手前に、久々にちゃんとした一里塚が残されていた。江戸から80里である。間もなく、岡崎宿に入る。

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江戸方口に冠木門が復元されている。

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ここから、岡崎二十七曲がりとなる。全体はこんな感じで、現状では二十曲がりになっている。曲がり角には、金の草鞋を乗せた案内表示が設置されている。

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迷わないよう、歩いたり走ったりを繰り返しながら、宿場の京方口に当たる松葉惣門跡に17時過ぎに到着。今回の行程を無事に終えた。

ところで、この記事をもって、当ブログの記事総数がちょうど2,000件となった。だからどうということはないけれど、我ながらよく書いてきたものだと、少しばかりの感慨はある。

4月27、29日 ジョグ10キロ
月間走行距離 235キロ
5月1日     ジョグ10キロ

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