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2017/03/28

『大いなる幻影』

Grandeillusion1937年、仏。ジャン・ルノワール監督。ジャン・ギャバン、エリック・フォン・シュトロハイム他。allcinema の紹介文。

第一次大戦のさなか、仏軍のマレシャル中尉(J・ギャバン)とド・ボアルデュー大尉(P・フレネー)は敵情視察に飛び、ドイツ軍の捕虜となる。下町の機械工だった中尉と貴族出の大尉ではなにかと溝があり、収容所で一緒になった連中とも打ち解けないままに、脱走計画が企てられ、一同は団結する。裕福なユダヤ人のローゼンタールの家から送られた慰問物資の缶詰が穴を掘る道具となった。そして、いざ脱出路貫通の間際に別の収容所へ移送される一同。スイス国境に近いケーニヒスブルグの古城が次の彼らの向かう先。そこの所長は中尉たちを撃墜したフォン・ラウフェンシュタイン(E・シュトロハイム)で、大尉とは貴族同士の語らいを持つ。そして、捕虜たちは中尉とロザンタールだけでも逃がそうと行動を起こし、大尉が図らずも所長の銃に撃たれ犠牲となる。脱出に成功した二人は、夫を戦地に送り出した子持ちの人妻エルザに匿われ、無事スイス側へと逃げ延びる…。(引用終わり、一部修正)

我が国には1938年に輸入されたものの、内容が内容だけに検閲により上映が禁じられ、第二次世界大戦後の1949年になってようやく公開が実現した。ナチス・ドイツも本作を敵視し、パリ占領時にネガフィルムを奪取したため、長らく行方不明となっていたという、曰くつきの作品である。

確かに反戦映画という分類にはなるだろうが、本作はそれ以上に、戦時下という特殊な状況における人間と人間の出会いと交流、さらにはそれらが国際情勢に翻弄される姿をリアルに描いた、第一級のヒューマンドラマとみるべきであろう。

フランス人とドイツ人(さらにはユダヤ人)、貴族と平民、男と女。これらが単純な二項対立とはならず、そうした壁を越えた交流が生まれるかに見えるのだが、しかし、現実はそんなに甘くはない。

終盤で「戦争などさっさと終わらせればいいんだ。これを最後に」と言うマレシャルに、ローゼンタールが「それは幻影だ」と冷たく返す(もっと前、マレシャルが足を洗ってもらうシーンにも同様の遣り取りがある)。それがこの作品のテーマなのだろうが、それは現実に第二次世界大戦となって的中したのだ。

3月26、28日 ジョグ10キロ

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