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2017/02/26

『第三の男』

Thirdman1949年、英。キャロル・リード監督。ジョセフ・コットン、オーソン・ウェルズ、アリダ・ヴァリ他。allcinema の紹介文。

第二次大戦後のウィーン。親友のハリー・ライムの招きでこの街を訪れた作家のマーチンは、到着早々、ハリーが死亡したことを知らされる。ハリーの死には三人の男が立ち会っていたと言うのだが、その三番目の男の正体を追って、マーチンは独自の調査を開始する。陰影や構図を凝らした、サスペンス・スリラーの傑作。(引用終わり)

アントン・カラスによる軽快なツィターのメロディ。花の都ウィーンを舞台にしたハラハラドキドキのサスペンス。男女の擦れ違いを象徴するラストシーン。

そうした先入観をもっていたのだけれども、それはこの映画の表面をなぞっただけのもので、内容的にはとても陰惨で、冷酷極まりない現実を描いた作品だった。テンポの良い展開や巧みな構図などから、「映画の教科書」とも言われるけれど、カラスのあの音楽がなければ、これほど親しまれたかどうかは疑わしい。

冒頭からただちに、第二次大戦で破壊され、米英ソ仏4カ国による分割統治の下、闇市が栄えるウィーンの殺伐たる風景が映し出され、いきなり頭をガツンと殴られる思いだ。そこに乗り込んできたアメリカ人作家のマーチンが、親友のハリーの死の真相を探る物語が展開する。

マーチンはいかにもアメリカ的価値観を体現したような男で、ハリーが手を染めていた不正を絶対に許せないのだが、ヨーロッパ社会の複雑な現実は、到底そんな一筋縄ではいかないのである。それを象徴するのが、有名な観覧車のシーンでのハリーのセリフである。

ボルジア家の下で陰謀やテロが横行した。だが、多くの芸術家が誕生した。スイスは愛の国だが、500年の民主主義と平和は何を生んだ? 鳩時計が精一杯だ。

祖国チェコから偽パスポートでウィーンに逃れてきたアンナもまた、こうしたヨーロッパ社会の現実の中で生き、これからも生き延びなければならない女性である。マーチンの思いに気づいてはいるはずだけれど、それほど現実は甘くないというのが、ラストシーンの意味合いなのだろう。

2月24日 LSD40キロ
2月26日 ジョグ10キロ

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2017/02/23

トゥルーアイに変更

コンタクトレンズがなくなりかけたので、市内の某眼科に行ってきた。基本的に隔日で走るときだけ使うので、3か月分がおよそ半年もつ計算になる。長年、ジョンソン&ジョンソンの製品を使っていて、これまではアキュビュー・モイストという商品に決めていた。理由は簡単で、今のところこれが最も安いからだ。

しかし、今回はワンランク上のトゥルーアイというのに変えてみた。値段はそれほど変わらず、酸素透過度や装用感が良いという謳い文句に惹かれた。実際、モイストに比べると目の中での異物感が少なく、長時間装用しても目に貼りつく感じがあまりない。

Trueye

ただ、今回の視力検査で右の近視がさらに進んでいることが判明した。これまで左右同じ-5.00だったのが、右だけ-6.00に度を強めることになった。普段の眼鏡はまだ左右同じだが、確かに右は遠くが見づらくなっている。

逆に近くは左の方が若干見づらい。老眼ではないと思うが、左右で視力の変化が違うというのは、どういう機序によるものだろうか。いずれにせよ、今後は左右のレンズを間違えないよう注意しなければならず、ちょっと面倒なことになった。

2月22日 ジョグ10キロ

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2017/02/20

『道』

Lastrada1954年、伊。フェデリコ・フェリーニ監督。アンソニー・クイン、ジュリエッタ・マシーナ他。アマゾンの紹介文。

野卑な旅芸人ザンパノに引き取られ、芸を学びながら旅を共にするジェルソミーナ。自分勝手な振る舞いに明け暮れるザンパノにジェルソミーナは苦労が絶えない。
ある日、優しい綱渡り芸人と心を通わせるようになるのだが、その芸人はかつてザンパノと因縁のある男だった……。(引用終わり)

ご存じ、不朽の名作。純真だが少し知能が低いジェルソミーナは、野卑な芸人ザンパノに1万リラで売られる。助手として口上や太鼓など芸を仕込まれるが、彼はジェルソミーナをほとんど人間扱いしない。

逃走を図っても連れ戻され、自暴自棄になりかけていた彼女はある日、綱渡り芸人(今日的には少し問題のある名前がついているが、DVD字幕では出てこない)になぜ逃げないのかと問われ、逃げても同じこと、私は何の役にも立たない女、と泣きながら言う。

それに対して綱渡りが諭すように話した内容がとても深い。

この世の中にあるものは何かの役に立つんだ。例えばこの石だ。こんな小石でも何か役に立ってる。これが無益ならすべて無益だ。空の星だって同じだとおれは思う。お前だって、何かの役に立ってる。

これが正しかったことを証明するのがラストシーンで、彼女を捨てて逃げたことを後悔するザンパノが柄にもなく流す涙は、いくら鋼鉄の肉体を持っていても、人間は一人では生きていけない、か弱い存在なのだということを思い知らせる。

ここで重要なカギとなるのが、ニーノ・ロータによる哀愁に満ちた有名なテーマ曲である。最初は子供用の小さいヴァイオリンで奏され、のちにジェルソミーナがトランペットで演奏する。楽器法的にも、これは天使のメロディなのである。最近も髙橋大輔だったか、フィギュアスケートの音楽に使われたらしい。

(追記)
「小石でも何か役に立ってる」というセリフの引用を、どこかで見聞きした気がすると思っていたが、以前読んだ関川夏央の『石ころだって役に立つ』だった。読んでから10年近く経ってようやく腑に落ちたわけだ。(笑)

2月18、20日 ジョグ10キロ

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2017/02/17

役行者の賽銭箱

最近は月2回になってしまった芋ケ峠LSDに昨日行って来た。先週降った雪を心配していたが、3月並みの陽気でほとんど融けてしまっていた。

さて、峠の明日香側に行者辻と呼ばれる箇所がある。旧峠道もここを通っていて、役行者(えんのぎょうじゃ)の石像が設置されているのが名前の由来だ。日本における山岳ランの開祖(?)みたいなお方で、ここを通過するときは帽子を取って挨拶しているけれども、立ち止まってしげしげと眺めることはあまりない。

しかし、昨日通った際、その像の前に賽銭箱が置かれ、何やら文字が記されているのに気づいた。外見からみて最近のものではないようだが、これまで全く気に留めていなかったのだ。

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「芋峠登輪百回記念 無素不夢」とあり、無素不夢なる人物が、自転車で芋ケ峠に100回登ったのを記念して設置したものらしい。最近、自転車で峠道を走る人をよく見かけるようになったが、きっとそのうちの一人に違いない。賽銭を入れる部分は少し破損しているけれど、中を覗いたら小銭が何枚か入っていた。でも、これってどうするのだろう? 回収して行者ゆかりの寺にでも持って行くのだろうか?

ところで、自分自身の芋ケ峠LSDは昨日で583回目となり、順調に行けば年末までに600回を達成する見込みである。その折には自分も何か記念になることをやってみようかしらん。(笑)

2月16日 LSD20キロ

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2017/02/14

『ショコラ』

Chocolat2000年、米。ジュリエット・ビノシュ、ジョニー・デップ他。MovieWalker の紹介文。

フランスの小さな村。レノ伯爵(アルフレッド・モリーナ)の猛威で因習に凝り固まったこの村に、ある日、不思議な女ヴィアンヌ(ジュリエット・ビノシュ)と娘アヌーク(ヴィクトワール・ティヴィソル)が越してきてチョコレート店を開く。次々と村の掟を吹き飛ばす二人の美しい新参者に、訝しげな視線を注ぐ人々。しかし、チョコレートのおいしさに魅了された村人たちは、心を開き、それまで秘めていた情熱を目覚めさせていく。そして、夫の暴力を恐れ店に逃げ込んだジョゼフィーヌ(レナ・オリン)がヴィアンヌ母娘の生活に加わってまもなく、河辺にジプシーの一団が停泊する。ヴィアンヌは、そのリーダーであるルー(ジョニー・デップ)という美しい男性に心を奪われ、彼を店に招き入れる。だがよそ者であるジプシーたちを快く思わない村人たちの、ヴィアンヌに対する風当たりは強くなった。やがて老女アルマンド(ジュディ・デンチ)の誕生日パーティー中、ルーの船は放火され、ジプシーの一行は村を出ていく。そして疲れて眠ったまま息を引き取ったアルマンドの葬式が続く中、ヴィアンヌは荷造りをして、次の土地に移るべく、嫌がる娘を引っ張って出ていこうとするのだった。(引用終わり)

主人公の母と娘が村にやってきたのは、四旬節の断食期間という最悪のタイミングだった。日曜のミサにも出ず、平気でチョコレート店を開いた彼女は完全に村の異端者である。さらに、ジプシー船団のリーダーとも仲良くなるに及んで、村全体が彼らを排斥しようと動き出す。

それでも、ジョセフィーヌやアルマンドなど、「わけあり」の女性たちとの交流が生まれ、ヴィアンヌが作る不思議な美味しさのチョコレートに.惹かれる村人が次第に増えていく。その禁断の甘さが、伝統に囚われていた村人の心を開いていくのである。

ついにはレノ伯爵までもがその虜になってしまうが、その姿を目撃した教会の若い神父が、以前は伯爵に手直しされていた説教の内容を自分で考え、自らの言葉で村人に語りかけるシーンが印象的である。

人間の価値とは、何を禁じるかでは決まらない。何を否定し、拒み、排除するかでもありません。むしろ何を受け入れるかで決まるのでは? 何を創造し、誰を歓迎するかで…

最近その言動が毎日ニュースになっているあの方に聞かせてやりたい。翻って、いじめ問題をはじめ、様々な場面で排除の論理が強まり、世間の同調圧力が高まっている我が国とて、このテーマは決して他人事ではないだろう。

それはともかく、映像、音声ともに大変洗練されていて、『青の愛』のビノシュは相変わらず美しいし、店のチョコレートはどれも本当に美味しそうた。バレンタインデーにはぴったりの映画だ。

2月12、14日 ジョグ10キロ

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2017/02/11

『駅馬車』

Stagecoach_21939年、米。ジョン・ウェイン他。シネマトゥデイの紹介文。

1885年、アリゾナからニューメキシコへ向かう駅馬車に、騎兵隊の夫を訪ねる妊娠中の妻ルーシー(ルイーズ・プラット)、酒に目がない医者ブーン(トーマス・ミッチェル)、町を追放された酒場女ダラス(クレア・トレヴァー)などそれぞれに事情を抱えた男女8人が乗り合わせる。途中、お尋ね者のリンゴ・キッド(ジョン・ウェイン)も乗り込んだ駅馬車は次の町にたどり着くが、ルーシーの夫はインディアンに襲われたことにより負傷してしまい、遠くの町へ運ばれており……。(引用終わり)

名匠ジョン・フォード監督の西部劇だが、迫力あるアパッチ襲撃シーン(落馬したあと、馬車がその上を通過する決死のスタント!)だけでなく、それぞれの背景と立場を持つ乗客たちが描く人間ドラマも興味深い。ロマンスあり、サスペンスありと、映画の面白さがテンコ盛りになっていて、不朽の名作と言われるのも頷ける。

ところで、乗客のひとりの銀行家が、途中で護衛の騎兵隊がいなくなったことに腹を立て、ついには政府への不満をぶちまけるシーンがある。人生幸朗みたいなボヤキが続いた挙句、「実業家を大統領にしろ」というセリフが飛び出したので笑ってしまった。まさか、78年後の現在を予見していた? それより、映画俳優が大統領になったと聞いた方が驚いただろうな。(笑)

2月10日 ジョグ10キロ

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2017/02/08

『破門 ふたりのヤクビョーガミ』

Ts3r0002_22017年、製作委員会。松竹配給。佐々木蔵之介、横山裕、北川景子他。公式サイトの紹介文。

主人公は、イケイケやくざの桑原とヘタレで貧乏な建設コンサルタントの二宮。映画製作出資金を持ち逃げされた二人は、失踪した映画プロデューサー、小清水を追って関西、マカオを奔走。何とか居場所を突き止めるも寸前で逃げられてしまう。キレた桑原によるハチャメチャな追走劇はまさかの大トラブルへ発展! 追っている筈が何者かに追われるハメに! 進退窮まった二人は生き残りをかけた大勝負に出るが…。(引用終わり)

前に観たドラマ版とつい比較してしまうが、足して二で割るとちょうど良いという感じか。全体的なストーリー展開やテンポ感、ヤマ場の作り方などは、さすがに2時間の枠がある映画の方がまとまりが良い。

一方で、主役二人のキャストは、ドラマ版の方に軍配が上がる。ホンモノの極道にしか見えない北村一輝に比べると、佐々木蔵之介はやはりどこから見てもカタギの人間である。二宮役の横山もいかにも真面目で、肝心の「ヘタレ」具合は濱田岳に及ばない。

逆に、脇役陣は映画の方が数段素晴らしい。特に、小清水役の橋爪功の「食えないジジイ」ぶりは、ほとんど原作から抜け出してきたかのようである。ドラマでこの役を演じていた木下ほうかは、映画では桑原らと対立する滝沢組の初見を演じているが、ドスの利いた大阪弁が板についていて、明らかにこちらがハマリ役だ。

お目当ての北川景子は、期待どおり気の強い大阪のお姐ちゃんを好演している。神戸弁と大阪弁の違いにまで気を配ったという、彼女らしいひたむきさが報われている。原作やドラマでは「太腿を露わに昼寝している」というシーンがあって、ちょっとドキドキしていたが、映画ではカットされていたのでホッとした。(笑)

2月6、8日 ジョグ10キロ

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2017/02/05

『探偵はBARにいる』

Tanteibar2011年、製作委員会。東映配給。大泉洋、松田龍平他。KINENOTE の紹介文。

札幌・ススキノ。この街の裏も表も知り尽くした探偵(大泉洋)は、いつものように行きつけのBARで相棒兼運転手の高田(松田龍平)と酒を飲み、オセロに興じていた。そこへ“コンドウキョウコ”と名乗る女から電話が……。職業柄、危険の匂いには敏感なはずが、簡単な依頼だと思い引き受け、翌日実行。だがその直後に拉致され、雪に埋められ、半殺しの目に遭ってしまう。怒りが収まらぬ探偵の元に、再び“コンドウキョウコ”から電話が入る。その依頼を渋々こなし、自力での報復に動き出した探偵と高田は、知らず知らずのうちに事態の核心に触れていく。その過程で浮かび上がる沙織(小雪)という謎の美女と大物実業家・霧島(西田敏行)の存在。そして、探偵は4つの殺人事件にぶつかる……。果たして“コンドウキョウコ”は何を目論んでいるのか。事件と事件のつながりは何なのか……。 (引用終わり)

途中から「コンドウキョウコ」の正体と大体のストーリーが読めるので、最後までハラハラドキドキという展開ではなかったが、小樽から札幌に戻るときの探偵の心情には共感できて、少しだけホロリとさせられた。

ハードボイルドの探偵ものという以上、多少の暴力シーンや血糊は付き物だと思うが、女性の胸や脚をアップにしたお色気シーンが必要以上に盛り込まれていて、なんだかB級っぽくなっているのは頂けない。

ところで、この映画を観る気になったのは、言うまでもなくコレである。続篇の『ススキノ大交差点』も観ておかないと。(笑)

2月4日 ジョグ10キロ

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2017/02/02

『アラビアのロレンス』

Lawrence_21962年、英。ピーター・オトゥール主演。アマゾンの紹介文。

1914年、第一次世界大戦が勃発し、アラビアはドイツと結んだトルコ帝国の圧政下にあった。英国は、ドイツ連合軍の勢力を分散させるため、稀代の天才戦略家ロレンスをアラビアに派遣する。アラビア王族のファイサル王子の軍事顧問となったロレンスは、ハリト族のリーダー・アリや、黄金を探し求めるアウダらとともに、独自のゲリラ戦法を駆使して反乱軍を指揮し、アラブ国民から砂漠の英雄とうたわれるようになる。だが、次第に自分が軍上層部に利用されていることを知り、アラブ民族もまた、部族間の対立からロレンスを裏切っていく・・・。(引用終わり)

これまた言わずと知れた不朽の名作。監督は『戦場にかける橋』のデヴィッド・リーンである。母国イギリスでも毀誉褒貶相半ばするというロレンスの半生を、227分という長尺でスケール豊かに描き切った力作だ。

とにかく、実写映像の有無を言わせぬ迫力に圧倒される。映画というのは映像表現なのだという当たり前のことを、改めて思い知らされる。壮大な戦闘シーンもさることながら、地平線の彼方の蜃気楼の中から豆粒のような人影が現れ、こちらに近づくまでを長回しで撮った映像は、砂漠とはどういう場所かを雄弁に物語っている。望むらくは、映画館の大スクリーンで観たかったところである。

ロレンス役は当初、マーロン・ブランドが候補に挙がっていたが、二転三転の後、舞台俳優のピーター・オトゥールに白羽の矢が立ったそうだ。当時まだ無名に近い存在だったと思うが、アラビア世界の中に飛び込み、次第に同化していきながら、ついには、降参の姿勢を示すトルコ軍の兵士を構わず虐殺するに至るまでを、文字通り身体を張って見事に演じ切っている。

1月31日 ジョグ10キロ
月間走行 200キロ
2月 2日 ジョグ10キロ

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