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2016/01/31

『空中庭園』

Kuuchuu角田光代著。版元の紹介文。

あたしはラブホテルで仕込まれた子どもであるらしい。その名も「ホテル野猿」。「何ごともつつみかくさず」というモットーのもとに、ママが教えてくれた。あたしはどうしてもそこを見てみたくなって、森崎くんを誘ったのだけれど……。郊外のダンチで暮らす京橋家。でも、本当はみんなが秘密を持っている。目に見えないドアの内側から、「家族」を演じている。一番親しいはずの人達になじめない方、嫌いだと思ってしまう方へ。どうかこの本を最後まで読んでみてください。(引用終わり)

京橋家は夫婦と高校生の娘、中学生の息子の4人暮らし。この4人に、祖母(母親の母)、父の愛人を加えた6人が、京橋家にかかわる様々な出来事について、各人の秘密を含めて語っていく。

「何ごともつつみかくさず」というのは建前でしかない。お互いの秘密を他の誰も知らないまま、毎日が流れていくのである。そもそも京橋家の成り立ちからして、母絵里子の「完全なる計画のもとに端を発している」が、それは彼女だけの秘密なのだ。「空中庭園」というタイトルは、絵里子が丹精しているベランダの植物群のことだが、虚構のような存在である現代家族のありようを指す比喩にも思える。

紹介文にあるように、家族とはそれぞれの構成員が「演じる」ものかもしれない。最終章「光の、闇の」の最後で、一家がバスに乗って食事に行くシーンが象徴的だ。彼らはばらばらの座席に座り、窓の外に思い思いの視線を向けているのだ。ふと「四人はなんとなく顔を合わせ」「ちいさく笑い合う」が、それが家族再生の兆候なのかは、最後まで不明のままだ。

1月31日 LSD20キロ
月間走行 206キロ

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2016/01/28

エキスポシティ

『の・ようなもの のようなもの』は109シネマズ大阪エキスポシティで観た。何でわざわざ千里まで出かけたのかというと、奈良県内では封切上映している映画館がなかったからだ(怒)。大阪市内でも良かったのだけど、昨年11月にオープンしたエキスポシティに一度行ってみたかった。

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お目当ては水族館 NIFREL(ニフレル)にいるカピバラ。一昨年暮れに伊豆で見て以来である。2匹だけだったが、意外に近くで見られて良かった。

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また、ららぽーとの BC-bakery ではカピバラさんに囲まれたカフェタイムを過ごした。心温まる映画に続いて、癒されるひとときだった。

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1月27、28日 ジョグ10キロ

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2016/01/25

『の・ようなもの のようなもの』

Noyounamono1月16日封切。製作委員会、松竹配給。松山ケンイチ、北川景子、伊藤克信ほか。公式サイトの紹介文。

東京、谷中。30歳で脱サラ、落語家になるものの、いまだ前座の出船亭志ん田(松山ケンイチ)。師匠、志ん米(尾藤イサオ)の自宅に住み込み修行中だが、「小学生が国語の教科書を読んでいる」ような落語で、全然パッとしない。同居している師匠の娘、夕美(北川景子)に秘かな想いを寄せているが、彼女にはいつもイジられっぱなし。
ある日、志ん田は志ん米から、以前、この一門にいた兄弟子・志ん魚(伊藤克信)を探し出すよう命じられる。志ん米の師匠、志ん扇の十三回忌一門会に、スポンサーである斉藤後援会長(三田佳子)のご機嫌とりのため、彼女お気に入りの志ん魚を復帰させようという魂胆。
すったもんだの挙句、夕美と張り込んだ墓地で見つけ出した志ん魚は、落語とは無縁の生活を送る55歳の男になっていた。志ん扇が亡くなってから、もう二度と落語はやらないと誓っていた志ん魚の頑なな心を動かすべく、志ん米の命令で志ん田は志ん魚と男2人のおかしな共同生活を始めることに。
志ん田は、のんきに暮らしながらも、自分らしく、楽しく生きる志ん魚の姿に、自分の中に足りない何かを見つける。一方の志ん魚も、不器用ながらもまっすぐな志ん田の姿に昔の自分を重ね、忘れかけていた落語への愛を思い出すようになっていた。果たして志ん田は落語も恋も最高の“オチ”を見せることができるのか?(引用終わり)

故森田芳光監督の劇場デビュー作『の・ようなもの』(1981年)の35年後を描く。最初のシーンからオリジナルを踏襲しているし、登場人物がしょっちゅう何かを食べていたり、鉄道ネタがさりげなく織り込まれているなど、全体に森田色が濃厚に漂う。

ただ、商業映画に堕していないというか、徹し切れていないオリジナルは、ある種の猥雑さやアナーキーな味わいがあったが、本作では志ん田と志ん魚の世代を超えた絆が深まる物語を中心に、老若男女の誰もが楽しめる肩の凝らない作品に仕上がっている。

お目当ての北川景子は『間宮兄弟』の夕美に還ったかのようだったが、さすがに年齢を感じさせる(笑)。尾藤イサオ、でんでんらオリジナルのメンバーの他、鈴木京香、佐々木蔵之介、塚地武雅、ピエール瀧、仲村トオル、鈴木亮平といった「森田組」の面々が、チョイ役を嬉々として演じているのも見ものだ。

1月23、25日 ジョグ10キロ

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2016/01/22

『海街diary』

Umimachi2015年、製作委員会。東宝配給。公式サイトの紹介文。

まぶしい光に包まれた夏の朝、鎌倉に住む三姉妹のもとに届いた父の訃報。十五年前、父は家族を捨て、その後、母(大竹しのぶ)も再婚して家を去った。父の葬儀で、三姉妹は腹違いの妹すず(広瀬すず)と出会う。 三姉妹の父を奪ったすずの母は既に他界し、頼りない義母を支え気丈に振る舞う中学生のすずに、長女の幸(綾瀬はるか)は思わず声をかける。「鎌倉で一緒に暮らさない?」
しっかり者の幸と自由奔放な次女の佳乃(長澤まさみ)は何かとぶつかり合い、三女の千佳(夏帆)はマイペース、そんな三姉妹の生活に、すずが加わった。季節の食卓を囲み、それぞれの悩みや喜びを分かち合っていく。しかし、祖母の七回忌に音信不通だった母が現れたことで、一見穏やかだった四姉妹の日常に、秘められていた心のトゲが見え始める―。(引用終わり)

「妹は妹だけど、父を奪って姉たちの家庭を壊した女の娘」という難しい役柄を演じた広瀬すずが実質的な主演である。役名が同じ「すず」という偶然(?)もあってか、完全に役になりきっていて、もはや演技とは思えないほどだ。

これで周りを大竹しのぶ、樹木希林、堤真一らベテランがガッチリと固めているのだから、いい作品にならないはずがなく、菅野よう子の音楽も映像にぴったり合っている。カンヌの映画祭に出品したというが、それだけのクオリティを十分持っていると思う。

1月20、21日 ジョグ10キロ

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2016/01/19

PCの内蔵電池を交換

パソコンにボタン電池が内蔵されていることすら知らなかったのだ。

最近、パソコンを起動するたびに、日付と時刻が無茶苦茶になっていた。その都度、インターネット時計と同期させていたが、今回は何と2010年に逆戻りしていた。パソコンを購入した年で、ひょっとして初期設定に戻ったのかもしれない。

それだけならまだしも、おそらくその影響だろう、インターネットで一部サイトが閲覧できない状態になってしまった。何度再起動しても同じで、特にニフティメールが使えないのは困る。

調べてみると、「内蔵されているボタン電池の消耗が原因です」という。へ? パソコンにはメインのバッテリーの他に、メモリー保持用のボタン電池があるらしいのだ。5年半も使っていれば、そりゃあ消耗するわなあ。

そこで、ものは試しと裏蓋を開けてみると、なるほど目立つ場所にCR2032が1個、鎮座ましましている。うーむ、コイツのせいか。

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たまたま同じ電池の新品が1個あったので交換に挑戦してみることにした。爪から外すのにちょっとしたコツが必要だったが、何とか無事に交換することが出来た。最も心配だったウィンドウズの再立ち上げも問題なく、その後は日時設定が狂わなくなった。

ウィンドウズ10騒動のおかげで一旦初期化したパソコンが、また若返ったことになるだろうか。よーし、まだまだ使い続けるぞ!

1月18日 ジョグ10キロ

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2016/01/16

『駆込み女と駆出し男』

Kakekomi_22015年、製作委員会、松竹配給。大泉洋、戸田恵梨香、満島ひかり他。公式サイトの紹介文。

質素倹約令が発令され、庶民の暮らしに暗い影が差し始めた江戸時代後期。鎌倉には離縁を求める女たちが駆込んでくる幕府公認の縁切寺、東慶寺があった。但し、駆け込めばすぐに入れるわけじゃない。門前で意思表示をした後に、まずは御用宿で聞き取り調査が行われるのだ。戯作者に憧れる見習い医者の信次郎は、そんな救いを求める女たちの身柄を預かる御用宿・柏屋に居候することに。知れば知るほど女たちの別れの事情はさまざま。柏屋の主人・源兵衛と共に離婚調停人よろしく、口八丁手八丁、奇抜なアイデアと戦術で男と女のもつれた糸を解き放ち、ワケあり女たちの人生再出発を手助けしていくが、ある日、二人の女が東慶寺に駆け込んできて…。(引用終わり)

原案は井上ひさし。言葉遊びや俗語、隠語に満ちたセリフ回しがいかにも彼らしく、深刻な話の中にクスッと笑えるユーモアが散りばめられている。そこに大泉洋の「立て板に水」の口上がぴったり合っている。ふと故渥美清を思い出したが、実際、二代目寅さんをやらせてはという話もあるそうだ。

お吟が駆込んだ本当の理由とか、鯵売りの正体とか、とてもいい話がいくつかあるのに、ちょっと欲張り過ぎたというのか、いくつものエピソードが脈絡なく盛り込まれていて、やや「とっ散らかった」印象が否めない。もう少し絞り込んで尺を短くすれば、もっといい作品になったと思う。

1月16日 ジョグ10キロ

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2016/01/14

『紙の月』

Papermoon角田光代著。この作家は初めて読んだ。版元の紹介文。

わかば銀行から契約社員・梅澤梨花(41歳)が約一億円を横領した。梨花は発覚する前に、海外へ逃亡する。梨花は、果たして逃げ切れるのか? ――自分にあまり興味を抱かない会社員の夫と安定した生活を送っていた、正義感の強い平凡な主婦。年下の大学生・光太と出会ったことから、金銭感覚と日常が少しずつ少しずつ歪んでいき、「私には、ほしいものは、みな手に入る」と思いはじめる。夫とつましい生活をしながら、一方光太とはホテルのスイートに連泊し、高級寿司店で食事をし、高価な買い物をし・・・。そしてついには顧客のお金に手をつけてゆく。(引用終わり)

昔、三和銀行の女子行員が銀行から多額の金を横領して男に貢ぎ、その挙句逃亡先のフィリピンで逮捕された事件があった。おそらくはそれを下敷きにした作品だろう。ひとことで言えば、「金の持つ魔力」がテーマということになるだろう。本書にこんな記述がある。

お金というのは、多くあればあるだけ、なぜか見えなくなる。なければつねにお金のことを考えるが、多くあれば、一瞬でその状態が当然になる。百万円あれば、それは一万円が百枚集まったものだとは考えない。そこに最初からある、何かかたまりのようなものだと思う。そして人は、親に庇護してもらう子どものように無邪気にそれを享受する。(265頁)

光太との交際が始まるとともに服や化粧品への出費が増え、最初に彼と関係を持った翌朝、「やろうと思ったことをどのようにでもやることができる」万能感を覚えた梨花の心の箍が外れる。顧客からの信頼が厚いことを利用して、架空の定期預金証書を渡して現金を着服するに至り、内部検査が入る直前にタイに逃亡したところで終わっている。

全体は梨花自身に加え、岡崎木綿子(中学高校の同級生)、山田和貴(昔の交際相手)、中條亜紀(料理教室での友人)、都合4人のストーリーが交互に綴られる形になっている。関係者の目から見た梨花像を浮き彫りにするのが狙いかもしれない。しかし、だとすればいかにも中途半端で、せいぜい彼女のある一面を描いているに過ぎない。

それよりはむしろ、金の魔力に取り込まれ、一直線に犯罪に堕ちていった梨花ほどでなくとも、一部の大金持ちを除けば誰しも、大なり小なり「お金にふりまわされるような生活」を送っている。ふとしたことで落とし穴にはまるかもしれず、決して梨花だけが特別な存在ではないということを言いたいのではないか。

裕福な家に育ったため身の丈以上の買い物を続け、ついに消費者金融に手を出した和貴の妻牧子然り。一旦ブランドショップに入ると店員が勧める服や靴を全て買ってしまう、買い物依存症の亜紀然り。スーパーのチラシを丹念にチェックし、同窓会では余った食べ物を持ち帰るような倹約家の木綿子ですら、ついには娘がスーパーで化粧品を万引きしてしまうのである。

ところで、表題は英語では paper moon (紙で作った月)で、ここでは「他人の金で買ったまやかしの幸福」といった意味だと考えられるが、あるいは貨幣そのものの本質を言い当てているとも取れる。

1月12、14日 ジョグ10キロ

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2016/01/11

北川景子、入籍

新年早々、おめでたいニュースが飛び込んできた。発表は時間の問題と思っていて、年末のファミリーミーティングでも言わなかったようなのでヤキモキしていたが(余計なお世話)、ともあれほっとした。相手もまあ悪いヤツではなさそうだ。幸せな家庭を築き、それをまた女優業の糧にしていってほしい。

ところで、周知のとおり DAIGO は竹下登元総理の孫に当たるが、娘の子供で本名は内藤というらしい。良かった、竹下景子にならなくて。(笑)

1月10日 LSD46キロ

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2016/01/08

『ビリギャル』

Birigal_72015年、製作委員会。副題と同名の実話本『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』を映画化したもの。有村架純、伊藤淳史他。公式サイトの紹介文。

さやかは高校2年生。中学入学以来、全く勉強をしなかったので、ついに成績は学年ビリ。いくらなんでもこのままではマズイと思ったのか、そんな女の子が学習塾にやってきた。でもその姿は金髪、ヘソだし、超ミニスカのギャルメイク。対応した塾講師の坪田もびっくりの彼女の知識は小4レベル。聖徳太子を「セイトクタコ」と読み、東西南北も分からない。それでも夢は大きく第一志望はチョー難関の慶應大学! (←ゼッタイ無理! ) 「さやかが慶應なんてチョーウケる~!」 こうしてノリで二人三脚の受験勉強がはじまった! (でも、まずは小4ドリルからね) 果たして、こんなことでビリギャル・さやかは慶應大学に受かるのでしょうか??(引用終わり)

何といっても有村架純の可憐さ、ひたむきさがいい。学年ビリで担任からクズ呼ばわりされていた女子高生が一念発起、というより「なんかイケメン揃ってそう」だからという軽いノリで「ケーオー」大学を目指すことになるが、幾多の障害を乗り越えて人間的に大きく成長していく過程を見事に演じ切っている。

映画自体は大学受験のノウハウ物などではなく、ましてや難関大学に合格することが「負け組」から脱出する条件だとかいう話では決してない。テーマは何も受験でなくてもよく、さやかの弟龍太が目指した甲子園でもいい。夢や希望に向かって、人を突き動かすものは何なのか。また、それに気付かせてくれる人間や、どんな時も無条件の愛情を注いでくれる家族の存在が、いかに大きなものであるのか。笑って泣いての面白い映画の割に、内容は結構深いものがある。

1月6、8日 ジョグ10キロ

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2016/01/05

『チャップリンとヒトラー』

Chaplinhitler_3太秦ライムライト』の脚本を書いた大野裕之著。以前、NHKラジオの「著者に聞きたい本のツボ」で紹介されて興味を持ち、チャップリン映画の鑑賞と並行して読んだ。版元岩波書店の紹介文。

20世紀に最も愛された男チャップリンと最も憎まれた男ヒトラーは、わずか4日違いで生まれ、同じちょび髭がシンボルとなった。二人の才能、それぞれが背負う歴史・思想は、巨大なうねりとなって激突する。知られざる資料を駆使し、映画『独裁者』をめぐるメディア戦争の実相、現代に連なるメディア社会の課題を、スリリングに描き出す。(引用終わり)

さすがは岩波、簡にして要を得ているので、あまり付け加えることはない(笑)。映画『独裁者』の成立前史から制作過程を丹念に辿るとともに、ナチスドイツが外交ルートなどを通じてこの映画を執拗に妨害し続けた事実などが明らかにされる。

同じように新しいメディアを駆使して映画界と政界の頂点に登りつめた2人の対決は、チャップリンに軍配が上がる。映画『独裁者』の上映を機に、ヒトラーの演説は激減したのである。

ヒトラーは、イメージという武器を失い、『独裁者』によって世界中で笑い者にされたことで、リアルな戦場での敗北より先にメディアという戦場からの撤退を余儀なくされていた。(230頁)

映画『独裁者』はまた、「時代を超えて(中略)新しい人々を巻き込み続ける」(259頁)という指摘は重要である。デフレ経済から脱却できず閉塞感が漂う中、「改革」のイメージだけが叫ばれる今の日本の状況下においても同じであろう。

チャップリン側に立った記述が目立つのは仕方ないとしても、ヒトラー側の取材が不足している感は否めないが、チャップリン映画の価値を改めて評価するきっかけとなる力作と言ってよいだろう。

1月4日 ジョグ10キロ

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2016/01/02

箱根駅伝

往路の実況中継を最初から最後までちゃんと観たのは実は初めてだった。動機はやや不純で(笑)、昨年秋に走った旧東海道の風景を再確認したかったからだ。一部、別ルートを通る箇所はあるものの、大半は旧東海道に沿ってランナーたちが駆け抜ける。

確かにその通りなのだが、よく考えると画面は当然ランナーたちの正面アップが中心で、カメラは進行方向の後方に向けられている。自分の覚えている風景とは逆方向になるのだ。明日の復路ではそれは解消されるが、今度は巻き戻し再生状態になる。

走者を追走するバイクなどから前方を撮影すれば、実際に走っているランナーの気分が味わえていいと思うのだが、そういうアングルの映像は少なかった。

1月2日 ジョグ10キロ

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