« 久々に仲間と走る | トップページ | 東海道を走る その2(神奈川~戸塚) »

2015/10/17

東海道を走る その1(日本橋~神奈川)

ついに「キング・オブ・街道」東海道の旧街道走りを開始し、その第1回目として先日、日本橋から小田原までを2日に分けて走ってきた。

晴天に恵まれた10月14日午前8時半、街道起点の日本橋を出立。

Ts3r0002_3

ここは今も日本の道路の原点というべき場所で、橋の中央に「日本国道路元標」が埋め込まれ、橋の北詰歩道脇にはそのレプリカが置かれている。

Ts3r0001_3

歌川広重の東海道五十三次の内、日本橋。

Nihonbashi

同じアングルの現在の風景。目障りな首都高速を何とかしようという話があったが、その後どうなったのだろう。

Ts3r0003

ここから日本橋交差点までは国道1号、その先は国道15号(第一京浜)となり、京橋から銀座、新橋とビジネス街の真ん中を走り抜ける。京橋や新橋の親柱が歩道脇に飾られているが、旧街道の雰囲気は当然ながら全くない。

Ts3r0004_3

田町付近に西郷隆盛と勝海舟が会見して江戸無血開城を決めた場所を示す石碑がある。写真では分かりづらいが、画面奥(東方向)に向けて道路がなだらかに下っているのは、昔はすぐそこが海だったからだ。なお、ここは日比谷通りとの交差点に当たり、大手町をスタートした箱根駅伝の選手はここから国道15号に入る。

Ts3r0006

その先は「札の辻」と呼ばれていた桜田通りとの交差点で、北方向を振り返ると東京タワーが秋空に映えていた。

Ts3r0007

高輪に大木戸の跡が残っている。江戸の南口に当たり、治安維持のため夜間は閉鎖されていたそうだ。

Ts3r0008

十返舎一九の『東海道中膝栗毛』に、「高輪へ来て忘れたることばかり」という句が出てくる。旅行に出発して暫くしてから忘れ物を思い出す人間の性分は、今も昔も変わらない。

品川駅を過ぎて八ツ山橋で東海道線を渡ると最初の宿場品川に入る。広重の時代、右は御殿山、左はすぐ海だった。

Shinagawa

現在では山は削られて電車が走り、海は埋め立てられて、街道の両側にはビルが建ち並んでいる。

Ts3r0012

国道15号から分岐すると、ようやく旧街道らしくうねりのある道筋が現れた。往時は沿道に多くの宿屋や茶屋が建ち並び、大変賑やかだったそうだ。

Ts3r0016

大井競馬場付近で再び国道15号に合流するが、その地点に鈴ケ森刑場の跡がある。八百屋お七が火炙りにされたのもここで、火炙台や磔台などというものが今も残されていて、花が手向けられていた。

Ts3r0018

再び国道15号から分岐する地点に大森海岸交番がある。以前の東京マラソンの折り返し地点だった場所だ。2003年の東京国際女子併設で走ったときのことを思い出し撮影していると、若い警官が不審げな目を向けてきたので事情を話した。「先輩からそういう話を聞いたことはあるが自分はよく知らない」と言っていた彼も実はランナーで、最近、福島の小名浜マラソンに出たが途中棄権したのだという。

Ts3r0019

この先で再び国道15号に合流し、そこから多摩川までは単純な直線道路である。途中、京急蒲田駅付近で京急空港線が高架で国道を横断している。ここは以前踏切だった箇所で、箱根駅伝のランナーが足止めされたこともあった。

Ts3r0020

ひたすら直進すると間もなく多摩川を越える六郷橋に差し掛かる。元禄時代に橋が流された後は渡し舟で越えていたといい、広重はその渡し舟の向こうに川崎宿を描いている。

Kawasaki_2

川崎側に渡ったところに渡し舟の跡があった。街道はここで国道15号を今度は西側に分岐して、川崎駅近くの繁華街の真ん中を進んでいく。

Ts3r0022_2

市街地を通り抜けると、また長い直線道路(八丁畷)で、横浜市に入ってすぐのところに市場一里塚がある。江戸日本橋から五里。京急鶴見市場駅、箱根駅伝の鶴見中継所の近くである。

Ts3r0023

今日の予定の半分まで来て、ちょうど昼時になったので近くのコンビニでカップラーメンを買って食べた。最近昼食は食べておらず、どちらかというと塩分補給が目的でスープも飲み干す。爽やかな陽気だが、日中は気温が上がって結構汗をかいている。

鶴見駅前を経由して、国道15号を斜めに横断すると、JR鶴見線国道駅のガードを潜る。このアーチの上が高架駅なのだが、独特な雰囲気が漂うため映画などのロケによく使われるらしい。

Ts3r0024

その先が旧生麦村で、幕末に薩摩藩士がイギリス人を殺傷した「生麦事件」の発生現場である。街道沿いに記念碑が建っているが、付近で行われている高速道路工事の関係で仮移設されていたのを見逃してしまい、150メートルほど先から引き返す破目になった。

Ts3r0025

再び国道15号に合流して暫くすると、京急仲木戸駅付近で神奈川宿に入る。以下、次回に続く。

10月14日 LSD42キロ
10月15日 LSD42キロ

|

« 久々に仲間と走る | トップページ | 東海道を走る その2(神奈川~戸塚) »

コメント

街道を行く、ありましたね
2日で84kは当時の倍速ですかね

投稿: まほろん | 2015/10/19 12:45

まほろんさん
司馬遼太郎の『街道をゆく』シリーズですかね。
ただ、東海道や中山道などメジャーな街道は
取り上げていないようですね。
歩いた距離は除いたので実際は約86キロですが、
1泊目戸塚、2泊目小田原は当時の標準行程です。
『膝栗毛』の弥次さん喜多さんも同様です。

投稿: まこてぃん | 2015/10/19 14:23

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/95622/62491291

この記事へのトラックバック一覧です: 東海道を走る その1(日本橋~神奈川):

« 久々に仲間と走る | トップページ | 東海道を走る その2(神奈川~戸塚) »