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2015/09/03

『負けるのは美しく』

Kodama_3児玉清のエッセイ集。雑誌『すばる』の連載をまとめたもの。カバーのイラストも児玉氏本人のもの。版元の紹介文。

おだやかな微笑みのむこうに、このような人生が!
俳優・児玉清が、母の死がきっかけで入った映画界、忘れ得ぬ監督や俳優たち、結婚、その後転身したテレビ界のこと、大好きな本、そして愛娘の闘病から死まで…。初の回想記。(引用終わり)

紹介文にあるとおり、児玉氏と言えば、人当たり優しくいつも笑みを絶やさない、芸能界きっての紳士というイメージが定着していたが、こうやってご本人の書いたものを読むと、なかなかどうして、熱いハートを持ち、ときには羽目を外したりと、意外な素顔が窺えて興味深い。

その真骨頂とも言うべきなのが、黒澤明監督の『悪い奴ほどよく眠る』に起用された際のエピソードだ。大部屋俳優からスタートしたまだ無名の若手にもかかわらず、天下の黒澤監督の指示に唯々諾々と従わず、ついには現場からつまみ出されてしまったのだ。「一寸の虫にも五分の魂」というのが児玉氏のモットーで、同じ人間として平等ではないかという彼一流の反発だったのだ。

しかし、後日、黒澤監督が「児玉はあと十年あの若者の気概を持ち続ければ、少しは物になるかもしれないよ」と言っていたと聞き、一時は監督を殴りに行こうとまで意気込んでいた児玉氏は、「自分の体が急にへなへなとした」と述懐している。俳優の力量を見抜く眼力は、さすがに世界のクロサワである。

ところで、本書の最後に、昭和57年の大晦日夜9時まで都内でレコード大賞の司会をしていて、翌元日朝6時に大阪朝日放送のスタジオに現れた話が出てくる。当時の新大阪行き新幹線の最終は21時0分である。果たして彼はどうやって移動したのか。夜の高速道路を走ったのではない。

その種明かしはここでは書かないが、実は同様の状況に置かれた自分も、それと全く同じ手段を発見して東京から京都近郊まで移動したことがある。残念ながら児玉氏より数年後だったが、もちろんそんなことは知る由もなく、今回初めて知った偶然の一致に、思わず「おお!」と叫んでしまったのだ。(笑)      

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コメント

高速でなければ夜行? 
でもこれでは簡単過ぎる?(^^;

投稿: くー | 2015/09/06 22:10

くーさん
いい線ですね。寝台特急「出雲」を利用します。
ただし、その「出雲」も確か21時丁度ぐらいに
東京駅を出発してしまうのです。そこから先は
西村京太郎ばりの時刻表トリックです。(笑)

投稿: まこてぃん | 2015/09/07 15:51

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