夏井睦著。光文社新書。カバーの紹介文。
著者は、光文社新書のロングセラー『傷はぜったい消毒するな』でもよく知られる「湿潤療法」のパイオニアだが、じつは昨今の糖質制限ブームの陰の火付け役としても知られている。
湿潤療法の時と同様、自分の身体で糖質制限を試し、その効果や危険のなさを確かめた著者は、糖尿病の糖質制限治療の第一人者である江部康二氏と親交を深めながら、栄養素としての糖質の性質や、人類の糖質摂取の歴史、カロリーという概念やその算出法のいいかげんさ、そしてブドウ糖からみえてくる生命の諸相や進化などについて、独自の考察や研究を開始。
本書では、糖質からみた農耕の起源についても新説を展開、穀物栽培によって繁栄への道を得た人類が、穀物により滅亡への道をたどりつつあることも指摘する。著者のHPに日々寄せられる、多くの糖質セイゲニストからの体験談の一端も紹介。糖質を切り口に様々なことを考える。(引用終わり)
大変面白く読んだ。低糖質食によるダイエットについては、かつて自分も実践して効果を確信しているし、このブログの「マラソン論」の中で紹介したことがある。だから、その点については、改めて本書の理論的な解説を読み、確信を深めたというに過ぎない。
しかし、話はそれだけで終わらない。穀物栽培の開始による人類史の大転換と、それに伴う人口爆発や環境破壊といった弊害を論じ、穀物が人間の体のみならず人類そのものを滅ぼすだろうという警鐘を鳴らしているのである。
穀物に依存した食生活を否定して、今の地球人口が養えるとは到底思えず、農耕開始以来の大転換に匹敵する、あるいはそれ以上の社会変革が不可避と思われる。しかし、これをただの妄想と片づけてしまうわけにはいかない、重要な指摘を含んでいると思う。
もうひとつ興味深かったのは、食物のカロリーという概念のいい加減さである。食物から摂取するカロリーと、動物が得るカロリーは一致しないのだ。現に、ウシは牧草だけを食べて生きているが、ウシ自身はその主成分のセルロースを消化も吸収もできず、摂取カロリーはゼロである。それなのに何百キロという巨体になるのは、複雑な構造の消化管の中に棲息する共生微生物が、セルロースを分解してアミノ酸や脂肪酸を作りだし、それがウシの栄養となるからである。
これは何もウシだけの話ではない。ヒトの大腸には100兆個もの腸内細菌が棲息していて、各種ビタミンや脂肪酸を生成し、ヒトはそれを栄養としている。極端な例では、1日に青汁を丼1杯だけで生き続けている人がいるし、比叡山の千日回峰行では、極端な少食しか摂らずに1000日もの間、山歩きを継続する。これらの現象は、もはや摂取カロリーという概念では説明ができないのである。
ダイエットに限らず、人間の体については、まだまだ分からないことだらけだと言ってよい。著者が言うように、失敗を恐れずいろんな仮説を立てて思考実験することは、科学者の責務といっても過言ではない。さして根拠のない従来の通説や学会の権威といったものが幅をきかせる医学界においては、なおさらのことである。
最近のコメント