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2012/08/25

『やりたいことは二度寝だけ』

2177051_3待望の津村記久子のエッセイ集をようやく読むことができた。版元の紹介文。

アホでも、地味でも、生きてゆけます。
昼は会社員、夜は小説家。“ハイブリッド・ワーカー”かと思いきや、超・庶民系芥川賞作家による、初のエッセイ集!
「本書のどうでもよさについて、自虐も言い訳もしない。何も残らないし、ひたすら地味で意味も無いけど、読んでる間少しらくになった、と感じていただければこれ幸いである。」(あとがきより)
検索が生きがい。文房具集めとハーブティーで日々を潤し、からあげ王子に想いを馳せ、ドラクエで自分の20年を振り返る……。
ささやかで、ちょっぴりおマヌケな出来事を綴る、“地味面白~い”脱力系エッセイ。(引用終わり)

なるほど、カバーからして脱力感満点である(笑)。あとがきで「二度寝」について書く予定だったのが、「胸苦しい話」になったので止めたという「ゆるさ」もいい。しかし、中にはこの作家の創作の秘訣に属する話も出てくる。『ポトスライムの舟』は実は「出会わない系」の小説を目指したものだったという、意外ながら言われてみるとそうなのかという指摘(著者自身だから当たり前か)には膝を打つ思いだった。

ところで、ユニクロの出現まで服を買うのが苦手だったという話を以前書いたことがある。オシャレが生きがいというか本性みたいな女性にはそんな人はいないだろうと漠然と思っていたのだが、芥川賞の副賞金の遣い道に悩む「小心者の散財」にこんな記述がある。

身なりのみすぼらしさには定評があるので、とりあえず服を買うのが妥当なのだろうけど、困ったことに、わたしは服屋の店員が怖いのだった。あの無機質に親しげな独特の服屋喋りの裏に、ほとんど狂信的なほどの服屋ヒエラルキー意識を隠し持っているような気がするのだ。いや、これは言いすぎだとしても、わたしは服屋に着ていく服を持っていない有様である。(本書148頁)

いやあ、その気持ちよく分かるなあ。他にも同じような感想を抱く文章があちこちに出てきて、「庶民系」作家というのも頷けるところだが、そうした誰もが抱く感覚を見事に文章に掬い上げて小説にしてしまう力量は彼女独特のものだろう。そういうところが芥川賞、なのだろう。きっと。

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2012/08/18

「8×4」男子

8×4を初めて使ってみたのだ。花王の8×4。32文字の長ったらしい名前の成分がその由来らしい。脇の下の発汗が気になる女性が使うものと思っていたが、最近では男性用もあるのだ。

この夏の節電でオフィス内は28℃どころか実測30℃近い有様で、さすがに会社も何か対策を講じている格好をしなければならず、こんな商品を配ってくれていた。気休めにしかならないだろうと放置していたが、先日会社まで歩く途中で猛烈に汗をかき、頭が臭っているような気がしたので使ってみた。

幸いというか、ほとんど地肌が見えるほと短い髪型なので、これで頭を拭くと効果覿面だった。ミントの成分が心地よく、宣伝文句の「長時間」は大げさとしても、1時間ほどはクール感が残った。

シャツも脱いで体を拭いたらさぞかし気持ちいいだろうと思うものの、さすがに職場でそこまでする蛮勇は持てないでいる。

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2012/08/12

ド根性桐、続篇。

近所のド根性桐はその後どんどん成長して、ついに店の軒先を越えてしまった。

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どこまで育つのかと思っていたら・・・

続きを読む "ド根性桐、続篇。"

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2012/08/05

『ポトスライムの舟』

51ammt1qjvl__sl500_aa300__2津村記久子著。版元の紹介文。

本当に大事なことは、きっと毎日少しずつ育ってる。
第140回 芥川賞受賞作
「つつましやかに生きている女性の、そのときどきのささやかな縁によって揺れ動く心が、清潔な文章で描かれていて、文学として普遍の力を持っている」――選考委員 宮本輝氏

お金がなくても、思いっきり無理をしなくても、夢は毎日育ててゆける。契約社員ナガセ29歳、彼女の目標は、自分の年収と同じ世界一周旅行の費用を貯めること、総額163万円。

野間文芸新人賞(『ミュージック・ブレス・ユー!!』)に続く受賞!なにげないのに新しい、さりげないのに面白い、私たちの文学!

同時収録「十二月の窓辺」
(引用終わり)

直木賞作家の作品はよく読むが、いわゆる純文学ものは久々だ。この人が朝日新聞夕刊に書いているエッセイがとても面白く、興味をもって読んでみた。

2つの作品に共通するテーマは、今の女性にとって「働く」とはどういうことなのか、という問いかけであると思う。社会の底辺で働く人間の苦しみといった、プロレタリア文学的な読み方をする向きもあろうが、どこにでもいる「アラサー」女子の、いわば等身大の日常生活、ちょっとした事件が、淡々と語られている。

『ポトスライムの舟』では、観葉植物のポトス、カヌー、雨など、いろいろと暗喩らしきものが散りばめられているが、その意味をあまり詮索するのもどうかと思う。主人公の心に去来する心象風景の一部と考えればよいのではないか。

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