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2010/05/04

『ピストルズ』

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阿部和重著。『シンセミア』に続く「神町サーガ」第2作で、四六判668頁もの巨篇である。版元紹介文も相当に長い。

荒廃する世界の片隅で、少女は奇蹟を起こせるか!?
“神の町”に住まう哀しき一族をめぐる大サーガ、開幕。
この物語だけは、誰も忘れることができない

妖しくも美しい馨香に乗せ、いま彼女は高らかに愛を謳う。
読むものをあらゆる未知へと誘う、分類不能の傑作巨篇!

「若木山の裏手には、魔術師の一家が暮らしている――」。田舎町の書店主・石川は、とあるキッカケから町の外れに住む魔術師一家と噂される人々と接触する。その名は菖蒲家。謎に包まれた一族の秘密を探るべく、石川は菖蒲四姉妹の次女・あおばにインタビューを敢行するのだが……。そこで語られ始めたのは、一族の間で1000年以上も継承された秘術にまつわる、目眩めく壮大な歴史だった。史実の闇に葬り去られた神の町の盛衰とともに明かされていく一子相伝「アヤメメソッド」の正体と、一族の忌まわしき宿命。そして秘術の継承者である末娘・みずきが引き起こしてしまった取り返しのつかない過ちとは一体――?やがて物語は2005年の夏に起こった血の日曜日事件の隠された真相を暴きだしてゆく……!!(引用終わり)

5月4日 ジョグ10キロ

この巨篇を読了した昨日5月3日は、物語の菖蒲家にとって因縁の日とされている。そんな偶然まで、もしかしたら私まで秘術に操られていたのではないかと錯覚させられるほど、この作品独特の世界にのめり込んでしまっていた。

標題の「ピストルズ」は pistols ではなく、 pistils (雌しべ・複数)である。作中、草花の秘術が大きな役割を果たすことから名付けられたのだろうが、それが人を意のままに操る「武器」となることも含んでいよう。

前作『シンセミア』では人間の欲望と暴力がこれでもかと描かれていたが、ここでは一転して次女あおばの優雅な語り口の下で、菖蒲家一族の宿命へのレジスタンスを軸に、舞台となった神町の歴史が俯瞰されている。

紹介文に「分類不能の巨篇」とあるが、作者自身「小説の全ジャンルを一作の中に網羅したい」と言っているように、もはや「阿部和重ワールド」としか言いようのない、世界を丸ごと叙述しようとでもいうような途方もない試みに思えてくる。

登場人物の一人として演出家・沢見克実が出てくる。彼の忌まわしい過去を描いたのが、芥川賞受賞作の『グランド・フィナーレ』である。当時は「結末が尻切れトンボで、芥川賞に相応しくない」との声もあったが、今にして思えば、この『ピストルズ』へのちょっとしたプロローグ程度の内容で芥川賞を取ってしまったわけである。

巻末の「補遺」で、「神町サーガ」3部作完結篇の内容がある程度予告されている。ますます楽しみになってきた。

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