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2009/11/22

『ひとり旅』

9784163692708吉村昭のエッセイ7冊目。2007年7月に出版された彼の最後の本である。版元の紹介文。

昨年七月に惜しまれつつ亡くなった著者の、単行本未収録のエッセイやインタビュー、対談を一冊にまとめてお届けします。一般の新聞や雑誌に掲載されたもののほかに、長崎の県人クラブの機関雑誌(著者は小説の取材で長崎訪問百回を越える)や、母校開成中・高校のOB会誌など、著者所縁の媒体からも原稿を集めました。また、巻末の小沢昭一さんとの対談「なつかしの落語名人」は出色の面白さです。 著者からの最後のプレゼントを、どうぞお楽しみください。(AK)(引用終わり)

11月21日、22日 休養

他の本とのネタの重複は相変わらず多いが、『私の普段着』を読んだ時に感じた文章力の衰えは、ここではほとんど見られない。

紹介文にあるように、小沢昭一との対談では意外な素顔が覗いていたりして面白い。落語、歌舞伎、相撲、ボクシングと次々に興味を失って、最後にマラソン観戦が残ったのだが、それも

女の解説者が「何々ちゃんのお守りは云々」なんて言うのが嫌で、これも存続の危機なんです。

という。ああ、吉村氏もやはり同じことを感じていたのだなと思った。

ところで、この本の最大の読ませどころは未亡人となった津村節子による「序」ではないか。長くなるが全文引用する。

 この集が、とうとう吉村昭の最後の著作物になってしまった。彼が死去したのは平成十八年の夏の盛りであったが、その前年はまるで物に憑かれたように新聞連載『彰義隊』のゲラ直しをしながら各誌各新聞にエッセイの連載を書き続け、短篇小説の取材のために仙台へ行ったり東京地裁に行ったりしていた。この年エッセイ集二冊、長篇二冊を上梓している。
 彼の死後も未発表の短篇を含めた遺作集『死顔』とエッセイ集『回り灯籠』が出版されたが、更に文藝春秋から未発表の一篇を収めた『ひとり旅』が編まれるほどの作品があったことに驚かされる。
 この中のエッセイ「一人旅」を『ひとり旅』として表題にしたのは、彼が研究家の書いた著作も、公的な文書もそのまま参考にせず、一人で現地に赴き、独自な方法で徹底的な調査をし、資料はむこうからくる、と自負するほど思いがけない発見をしているその執念と、余計なフィクションを加えずあくまで事実こそ小説であるという創作姿勢が全篇に漲っているからである。
 彼の遺作のゲラや死後出版される著作物は私が読むことになり、この集などもそれぞれ当時のことが思い起される辛い仕事になった。物を書く女は最悪の妻と思っていたが、せめてこれが彼にしてやれる最後の私の仕事になった。
 この集に記されている一番古い戦記小説『戦艦武蔵』執筆時のこと、無名の新人が一流文芸雑誌に四百二十枚一挙掲載されることになったその死物狂いの様子を今も胸苦しく思い出す。
 それまでリリカルで鮮烈な佳品を書く新人と評されていた彼とは作柄の異なるこの長篇は酷評を受ける一方で、平野謙氏に今月のベスト3の一作に選ばれ、本多秋五氏の評には、記録文学作家としての能力をじゅうぶんに示した、とあった。新しい分野に足を踏み入れるきっかけになり、好きな短篇を書きながら戦記小説、歴史小説を書き始めた。
 夜中にうなされているのを起すと、追手に追い詰められている夢を見ており、『桜田門外ノ変』を書き始めた時は、巨大な彗星が現われたのを凶事の前兆としたいと喜んでいたのに、時代的に早過ぎると破棄し、続いて二百五十二枚も書き進めていた原稿を庭で焼却しているのを見た時は唖然とした。尊王攘夷に対する解釈がありきたりで、水戸藩領の海岸線が長いため外敵に対する危機感から生れた思想だと言うのであった。それでも連載は間に合ったのである。
 そんな烈しい性格の彼も、「茶色い犬」のムクの取材の時ひどく心を痛め、「銀行にて」で十万円おろすのに万を押さなかったので十円玉がころんと出てきたと笑う機械には弱い男であった。
 たった一日で終った彰義隊をどう書くのか心配で、お互いの作品を読まないことにしている私も毎日読んでいたが、彼は皇族でありながら賊軍の立場に立たされた輪王寺宮の悲劇を書きたかったのだ。宮の曾孫北白川道久氏が伊勢神宮の大宮司で、『彰義隊』が完結したら二人で御挨拶に伺う予定だったのに、かなわぬ夢となった。

先日書いたスメタナQのモーツァルトではないが、抑制の効いた筆致の中に夫であり作家仲間であった吉村氏への敬愛の念が過不足なく籠められている。蓋し名文というべきである。 

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