『愚行録』
陰惨な一家皆殺し事件と、その被害者夫婦の関係者の証言から浮かび上がる、人間の愚かさ、あざとさ、弱さ。インタビューに答えたままの口語体で書かれていることもあるが、「怖いもの見たさ」の趣もあって最後まで一気に読ませる。しかし、作者もそれを意図したというとおり、読後感は非常に悪い。
しかも、それは何も小説の登場人物だけに限ったことではないと思わせるほどのリアリティがある。例えば、マンション購入に際して営業マン(惨殺された一家の主人)にしつこくクレームを続けた鈴木という中年女性についてのくだりは、実際に大手不動産会社に勤務した作者の述懐でもあるのだろう。
人間って本当に身勝手な生き物ですよね。鈴木さんのことは極端な例だと思いますでしょ? でも、住販の人間なら二度や三度は経験する、特別珍しくもない話なんですよ。つまり、その辺りを歩いてるごく普通の人も、きっかけさえあれば鈴木さんみたいな行動に走るかもしれないってことです。ぞっとしますよね。人間の思いやりだの真心だの、そんなものが本当に存在すると思っている人がいるなら、一度不動産屋になってみなさいと言いたいですよ。人生観変わるから。
また、物語の背景としてバブル華やかなりし時代の(特に東京の)空気をよく伝えている。ファッションやグルメのみならず、進学も就職も結婚も、全てがブランド化され序列化され、それに踊らされた人々は血眼になって空虚なイメージを追いかけていたのだ。それがこの小説の登場人物たちの「愚行」の下地となっている。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント