『破獄』
「あとがき」によれば、作者は「元警察関係の要職にあった方から、脱獄をくりかえした一人の男の話をきいた」とあるように、これは「昭和の脱獄王」と呼ばれ白鳥由栄(佐久間清太郎は仮名)という実在の人物の物語である。
作者の、そして小説の関心の大半は4度もの脱獄を果たした佐久間の到底人間業とは思えぬ手口にある。それだけでも十分に面白いが、その背景にある太平洋戦争前後の監獄の悲惨な状況が克明に描かれていて、佐久間の脱獄の動機が浮き彫りにされる。
ただ、佐久間自身の内面については詳細に描かれていない。最後に収容された府中刑務所長鈴江圭三郎のいわば「太陽政策」によって、彼は次第に脱獄する気力を失っていくのだが、彼の内部で何がどんな風に変わっていったのか、その辺りをもう少し踏み込んで書くこともできたかもしれない。しかし、それをあえてしないのが、また吉村昭らしいところかもしれない。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント