『戦艦武蔵』
漠然とした先入観から、太平洋戦争末期における戦艦武蔵の戦いぶりを描いた戦記小説と思っていた。もちろん、本作の後半部分はそれに充てられているのだが、この小説の真骨頂はむしろ前半、この巨大戦艦の建造過程の方にあるように思った。
空前の規模の戦艦建造に当たり、厳重に敷かれた機密体制の下で、不可能を可能にした男たちの奮戦自体が、ひとつのドラマに仕上がっているのだ。クライマックスは進水式の次のような場面である。
「バンザイ」
不意に喘ぐようなかすれた声がした。それにつられて、作業員たちは、両手をあげて唱和しはじめた。号泣に近い声だった。熱いものが、頬にあふれた。巨大な城がすべって行く。それは、一つの生き物だった。(中略)
作業員たちの叫ぶ声が次第に静まり、船台一杯に激しい嗚咽が潮騒のように起っていた。にじんだ眼に、参列者が式台から退場して行くのがみえた。その姿が消えると、嗚咽は一層たかまった。作業員たちは、崩折れるように坐りこんでゆく。二年八カ月にわたる船体工事と十九時間を要した進水作業の緊張した重労働の疲れが一時に出たのか、かれらは、膝を屈して肩をふるわせていた。
これに比べれば実戦に投入されてからの武蔵が辿った悲惨な運命は目を覆うばかりである。以前読んだ淵田美津雄氏の自叙伝の中で述べられているように、航空兵力主体の時代に乗り遅れた巨艦巨砲主義の過ちを自ら実証してしまったのだ。
それにしても、この悲惨な後半にせよ、感動的な前半にせよ、吉村氏は自身の価値判断をあまり交えずに、淡々と事実をもって事実を語らせている。読者はただその事実の重みをずしりと受け止めるだけである。背後に綿密な調査があってのことだろうが、余人にはなしえない、特異な作風であると思う。
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コメント
うわ、またまた恐れ入ります。
私は長崎に出張した時に、仕事後、タクシーで三菱造船所の前まで行きまして(^^;。
やはり、この進水の場面が感動的ですね。対岸に津波(^^;が押し寄せ、人家から慌てて飛び出す人々を、警ら官が押し戻す...、凄い風景ですね。
あとは主砲発射の場面とか。
棕櫚が消えた!という意外な出だしも好きです。
まぁ、「漂流」同様、キリがないので...。
GWは餃子の王将、行ってみます(^^;。
投稿: 高橋 | 2009/04/30 06:54
高橋さん
またまたご登場、ありがとうございます。(笑)
棕櫚が消えたという出だし、確かに意表を突きます。
『漂流』にしても、今読んでいる『高熱隧道』にしても、
本題とは少し離れたエピソードから語り起こしてますが、
その辺りにも何となく惹かれています。
投稿: まこてぃん | 2009/04/30 22:53